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プロローグ

 魔力を持ち操る者を魔女・魔術師と魔力を持たぬ人間は畏怖を込めてそう呼んだ。

 魔術協会とユリウス国。彼らが住まうところは違えど、同じ言語を扱い順調に交流が行われてきた。

 ただ、どうしても深く関わり合う上で些細なことで諍いは発生してしまう。どちらに非があろうとも1vs1なら勝つのは決まって魔女、魔術師側。謝罪し和解までいくものの人々も腹の中ではよくは思っていなかった。

 長と国王は永久問題として頭を悩ました。このままではいずれ対立を招いてしまうと策を模索している時、事件はついに起きてしまった。

 報復の意を込めて、あるいは無関係に、ある時人の操る荷馬車は長の一人娘。魔女の娘を轢き殺してしまう。

 後に対面することになった我が子の変わり果てた姿、亡骸を前に長ら両親は崩れ落ち、あまりの悲惨さから参列者らは復讐を誓った。

 彼らに同調する者も多くおりあわや戦争にまで発展しかけた時、当時のユリウス国の王が謝罪し当事者を秘密裏に魔術協会に差し出した。

 長らは、彼を前にして瞳を揺らし、然れど生きよと述べた。

 「この者を殺せば心は幾分晴れるだろう。だが、我々二間の関係に埋めようのない亀裂が生じることになる。..娘は..あの娘は...ユリウスのこと...大好きと言っていたんだ...。だから...せめて...。帰ってくれ。二度と我々の前に姿を現すな...。_____国王...協会の内部が落ち着くまでしばらく関係を絶つことを許して貰いたい。」


 絶縁状態の関係のまま王ら長らの寿命が尽き、代代わりしても関係性は変わることはなかった。

 だが、白の魔女 ホワイトリリー。絶大な魔力を持ちし者の出現により事態は好転する。彼女は人々のために力を振るい魔女の価値を示し続けた。

 その甲斐あって徐々に二間の蟠りがほどけていく。

 しかし、同時に、国王は危惧した。

 白の魔女が味方のうちは頼もしい。

 だが、もし、もしも、その力を我々人間に向けることがあったなら...。

 そんな折、魔術協会の長と名乗る者から信じられない提案を受けた。

 「白の魔女を消すため我自ら力を貸そうではないか。成功した暁には、我々魔女、魔術師と、人間、昔にあったような関係性を取り戻したいと思っておる。我らの代で、また歩みを共にしようではないか。」

 差し伸べられた小さな手を目にし、迷うことはなかった。

 人には皆忘れてしまった思い出がある。

 楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、後悔していること、人生の数だけ無限大。

 大なり小なり忘れることで、前を向け、時には俯くことになる。覚えてることで今を生きる原動力にし、覚えていることで生涯の枷とする。

 良いことばかりの人生でなくとも、きっと何処かに、幸せな時間があったに違いない。

 それは人によって違う形で、他人から見ればくだらないと一蹴されてしまうものなのかも分からない。

 思い出の価値は人それぞれ。

 辛い時はちょっぴりの幸せを思い出して、吐き出してみると。きっと少しだけ心が軽くなる。

 そうすれば、また立ち上がれるはずだから。

 例え、時間がかかっても。

 

 我と時間を共にせし森よ...どうか水をお恵みください...。

 「全てを覆う白霧よ、汝を生みしこの森を、降り注ぐ無数の火矢から守りたまえ【霧牢獄(ミストプリズン)】。...あなたは私の希望、きっと私が歩めなかったような道をあなたなら歩める。力を使いこなし人々の危機を救う英雄となりなさい。あなたが私の元にたどり着いたとき、私は魔法を解きましょう。だからエミリヤ...頑張って生きるのですよ...。母はそれまで眠りにつきます。母の我が儘を...お許しください..。」

 「ままー?」

 「大丈夫てす。こちらへいらっしゃい。しばらく一緒に眠りましょう。」

 「わかったー。」

 「外界よりかの人訪れるまで我らは眠る。我らの眠りを覚まさせし者の名は___」


 今日という日を人々は忘れないだろう。


 偉大な白魔女は森全体に結界を張り巡らせた。

 何人の侵入を拒む完全防壁。霧の結界。

 無数に注がれる火矢は瞬時にして森を包み込んだ霧に飲み込まれ、次に全容を露にした時、放った当人らに牙を向いた。

 雨の如く降り注ぐ無数の矢に目を見張りながら多くは命を散らし。

 それを凌ぐ重軽傷者の数は図り知れず、極少数の無傷の者らも惨状のあまり膝から崩れ落ちる。

 温厚で優しい白魔女様の逆鱗に触れてしまったと、自らの過ちを認め誰もが死を受け入れ顔を曇らせ。

 手にしていたはずの弓を落とし、またある者らは手にしていた弓をわざわざ投げ捨てた。

 命乞いというよりも、どうか恩を仇で返した我々を殺してくださいと。懇願しているかのようだった。

 そんな中、矢の届かない少し離れた所、兵たちに憐れむような眼差しを向けた男がいた。

 筋骨隆々の40を過ぎた辺りの強面の男の胸中、作戦立案段階から今に至るまで一時も穏やかであったことはない。

 自分の号令により彼らは弓を引き、自らの矢で帰らぬ人に、また負傷させてしまった。あまつさえ白魔女に恩を感じている者たちにも弓を引くことを強制してしまったことに計り知れない罪悪感を覚えていた。

 横に佇む王には目も向けず、撤退の指示は独断で下した。

 「奇襲に失敗した我々に勝ち目などありませぬ。降伏致しましょう。端から上手く行かぬと分かっていながら何故このようなことをなされたのですか、マテウス王。彼女が国のためどれだけ尽力してくれたか...。あなた様も一番近くで見ていた筈なのに何故恩を仇で返すような真似ができたのですか。」

 「くっくっく...これはこれでよい。」

 「マテウス王...。」

 かつてはこんなお方ではなかった。何が王をここまで変えた。

 「白魔女ホワイトリリー、あいつは昔から無茶苦茶な奴でなぁ...目障りだったものだ...。だが、あの女は何を思ってか自らの魔法により眠りに就いたようだ。結界のせいで命まで取ることは叶わないが、まぁ..自発的に眠りの魔法をかけたのなら魔力が尽きぬ限り永遠に目を覚ますことはあるまい。はぁ...我宿敵ながら最後はこんなものか...」

 「何を仰っているのですか...。王と白魔女が宿敵とはいったい。」

 「鈍い奴だのぉー。お主が今見ているのは幻覚じゃ。隣に()るのはワシ、魔術協会の長にして黒の魔女、ブラックローズ、可愛い可愛い魔女様じゃ。汝らが慕っていたマテウス王など我が傀儡に成り果てておるわ。気分がいい。今すぐにお主の望んだマテウス王を召喚してやろう___再開を喜ぶが良い。」

 王と思い接していた人物がいきなり少女のような姿に変わり果てた。

 体格に似合わない大きめな黒の魔女ハットを被り、綺麗に伸びた黒髪、背が低く童顔で可愛いらしい、黒がとにかく好きなのか全身黒コーデ娘と印象を受けたが、妙にはきはきとしたしゃべりから年齢は見た目通りではないことは理解した。しかし、誰だ...こいつは。敵か?味方か?インパクトがあまりにも強すぎた。

 魔女。魔術師。

 自ら生成する魔力を操り奇跡を起こす者らのことを人は呼称した。

 ある者は魔力で物質を操り形状すらも変えてしまう。

 ある者は魔力で偽りの姿を纏い声すらも模写する。

 ある者は魔力から様々な物を作り出し糧とする。

 ある者は自ら魔術印を刻んだものを呼び出すことが出来るという。

 かくして、王マテウスは召喚された。

 「ま..マテウス王...。」

 「あぁ..リーン将軍か。久方ぶりだな。」

 長髪の白髪頭に、長く伸びた顎の髭。シワシワの顔に似つかわしくない眼光、スッと伸びた鼻筋。王家に代々継承されてきた衣に身を包み堂堂たる佇まい。

 若干やつれたように見えたそのお方は、私のよく知る王様だった。目に狂いはない。正真正銘本物だ。

 「王よっ、この者はあろうことか魔法で王に成り代わり軍を動かし白魔女様襲撃を指示しました。このような暴挙___」

 「知っておる。して成果の方はどうだ。ブラックローズよ。余を呼んだということは白魔女の封印に成功したのだろうな。」

 「勿論。嬉しい誤算はあったがな___」

 黒魔女は高らかに事の顛末を話だし、フムフムと王は耳を澄ます。

 全てを瞬時に理解した。

 王は白魔女様を、自称 魔術協会の長 の黒魔女とやらに売ったのだと。

 「何故...そのようなことを...。」

 「あやつが悪いのだ。我は長年再三声を届けた。その力を国のため、国の中央に常駐し引き続き振るってくれまいかと。だが...あやつは言ったのだ。」

 王様、何度お誘い頂いても返答は変わることはありません。あぁ...でも、森にちょっかいを出すのはやめてください。娘が怖がっていました。娘に何かあった時は...ふふふ。王様、国が滅ぶまでどれくらい時間を要するか知っていますか___一瞬です。

 「それを聞いた瞬間...生きた心地がしなかった。国の命運は...あやつの気分次第だと...。怖かったのだ...爺になった今も何とか保っている平和を、人の手で壊されることが...」

 白魔女様のハッタリだ。あのお方には子供などいらっしゃらない。妙齢の女性にして、孤高の人。絶世の美女でありながら所帯を持たないことが巷では有名な話だった。

 彼女なりの森を守るためのジョークの一つで、まさか王が行動を移すまでにはなろうとは。しかも白の対をなすであろう黒魔女とやらの力に頼るとは何とも愚かな...。

 「まぁ、マテウス王よ。結果的に見ればお主の選択は間違っていなかった。見よ、無残に転がった兵士どもの亡骸を。悪意なく振るわれただろう力の一端のみでこの被害じゃ。形はともあれあの化け物を封印できたのはお主の力添えあったからじゃ。感謝する。これで魔術協会とユリウス国、()()()()()()共に本当の平和が訪れることだろう。これにて契約は解除する。この場に呼ぶためとはいえ、王にこのような仕打ち謝罪させていただきたい。すまなかった。」

 「構わない。...ただ一つ聞かせてほしい。余の下した判断は間違っていなかったか。」

 「間違ってなどおらぬよ。」王の右の手首に浮かび上がっていた魔術印をなぞると消してみせる魔女は王の行いを肯定してみせた。立場同じように魔術協会を背負う身として、時に非道な道を選択しなければいけないことがあると理解があった。

 国と協会の和平のため、かつての友であっても殺める覚悟は出来ていたが。

 世界すらも簡単には壊してしまうほどの力を持った白の魔女ホワイトリリーは、自らの魔法で覚めることない眠りに就くことで、脅威は消え去った。多くの死者を出しながらもその犠牲は無駄じゃない。

 生き残った運の良い者らは肩を組み互いに支えあって王の元に集まりつつあった。

 これで..良かったんだよね..リリー....。

 貴方は本当の意味で魔術師と、人間、その垣根を無くそうとしていたのだから。

 私、やったよ..リリー..。..リリー..。...。

 「さようか__ならばやはり脅威は全て取り除かねばあるまいな。悪く思うな、黒魔女よ。」

 「...。王..いったい何を...。何故その者を__」

 ニュルっと鳩尾の辺りに何かが滑り込んで強烈な痛みが走った。

 立ってることさえ困難になって、ドサッ!と、音を立て後ろ手を着くように崩れると眩い太陽と青々とした大空が私を見返す。

 フワリと視界を横切った魔女ハットは何処かに消えた。

 「..ぇ..どう...して?...協定...」

 ゴボッ!っと口から生暖かい赤黒い液体が吹き出した。

 「何、簡単なことだ。やはり魔術師どもの力を脅威だと判断したまでのこと。手を取り合うより、手を下した方が後の世のためになろう。白魔女を除けば、後は始末できないことはなかったのだが、あやつが睨みを利かしておったからな...。」

 そんな...。それって...。

 そんなのまるで、私たちが...彼女に守られてきたみたいじゃない...。

 あまりにも強大な魔力から側に居るだけで魔術師、魔女の毒になる白魔女は。頭を凝らし魔力を抑制する魔法を自ら創造し、それでも漏れ出る大きな魔力で他を傷付け泣いているような優しい娘だった。

 そんな娘の側にいられる私は、歴代でも類を見ない程の魔術の天才と謳われていたが、天才という言葉が霞んでしまうくらいの力量差が明確にあった。側に居るだけで私でさえ軽く目眩を覚え、悟られないように過ごした日々が遠い思いで。

 思い返せば誰よりも近くにいた一番の友だった。

 人形のようにとても美しかったのを覚えている。

 いつか堂々横に並べる存在になりたいと強く願い。

 日々の魔術精錬を怠ることはなかった。

 成長過程で高まる魔力。留まることを知らない彼女の力、追いつくどころか差は絶望的になり、とうとう耐えられなくなった私はある日、気を失った。目を覚ました時、彼女は魔術協会から、皆の前から姿を消していた。

 その日から彼女を宿敵と見なし、血の滲む努力を続けてきた。

 すべては、隣に並ぶため。

 それを何で今思い出す...。

 痛みから?苦しみから?流血からなのか分からない。ボロボロと涙が零れ出し、呼吸が異常に乱れだした。

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ...過呼吸みたいなって。出そうとも思っていない声が血液と共に流れ出た。

 腹からも血が滲み止まらない。身に纏っていた黒のローブは徐々に赤みがかっていく。

 無意識から目元を覆うように動いた手を染め上げるほどの真っ赤っか。

 これ全部...私の血...

 「白魔女襲撃の話を持ちかけたのはお主だったな。今回の作戦の立案、実行も然り。大義であった。余が認めよう。一番の功労者はお主だ。それに免じてすぐに逝かせてやろう。」

 せめてもの情けとばかりに差し込まれたままの短剣に手を伸ばす__前に一人の男は割って入った。

 「王よ!どうか考え直しください!この者は先程協定を結んだと_」

 「退かぬかっ!リーンよ。我の成すこと邪魔立てしようものなら貴様も__」

 「やれるものならやるがいい!だが、彼女を殺せば、その瞬間魔術協会との無意味な争いは避けられなくなる___戦争が始まる。それこそ王が望む平和から遠く離れた__今ならまだ彼女は助かる可能性も___俺の首を差し出せば今回の一件___。」

 あぁ...喧騒が遠くに聞こえる。

 報いを受けるのは当たり前か。友を売るような真似をしたのだから。

 それでも...今からでも..会って謝りたいな...。

 彼女が結界を張った原因は自分にある。そして、その結界を解くほどの力は私にはない。

 もう一度会うことすら叶わないことだと承知している。

 最後にその顔を目にしたのはいつの日のことか。

 私の永遠の友、憧れた娘。

 快晴の日に。不自然な程の霧の立ち込める森を横目に黒魔女は懸命に手を伸ばす。

 その中に彼女は居る。彼女の魔力の波動が穏やかながらも類を見ない強大さから物語っている。

 よく分からないけど膨大な魔力を使い続けている筈の白魔女から一向に魔力の減少が感じられない。

 底の知れないような魔力量を許容し操れるからこそ彼女は、白魔女は化け物と密かに呼ばれていた。

 数年どころか数十年、数百年__あるいは永遠に魔法を維持し続け、二度と出ては来ないだろうことが窺えた。

 魔力の流れに淀みはなく、これは眠っているときの状態だと黒魔女は知っている。

 眠っててこれとか...一生かけても..追い付け...ない...や....。

 「ホワ..リリー..ごめ____」

 流れ出る涙、吐き出された血で綺麗な顔は見るも耐えないほど、歪ませていた。次の瞬間血溜まりを残し忽然と魔女は姿を消した。

 「「消えた!?」」

 「リーンよ、警戒せい。」

 「は。」

 「さては黒魔女め、しくじりおったな...。いや、それはなかろう。仮にもあやつは言い放った。白魔女は眠りに就いたと。魔力が尽きぬ限り目覚めることはないと。つまり、あの霧が消えぬ限り、白魔女は眠ったままということになる..。」

 嘘ならばどうだ?だがそれが真実であった場合、別の魔術師が...それもかなりの手練れがいるのではないか?手負いの手勢では手に余るか...。

 「マテウス王。ここは迅速に陣形を組み直すのが最善かと。」

 「....。やむを得ない。死んだ兵たちは捨て置け。帰還する。」

 それはあんまりです。身分をわきまえず伸びてしまった手は王が歩き出すことにより空を切ることになった。お陰でこの場は命拾いした。いや、既に__私はやらかしていたな、つい先程。だが...負傷兵多き今、全員を生きて連れて帰ることは叶わないだろう。その上、亡骸までとなると...現実的ではない。

 「は。すぐに編成致します。」

 「よい。...リーンよ。お主の妨害により状況が変わったのだ。今後は魔術協会との戦いを視野に入れよ。」

 「!」

 「何...こちらから仕掛けることはもうない。こちらは既に多くの兵を失い、やつらの頭も取り逃した。今攻めいってもむざむざ兵を殺しに行くようなもの。..奴は死なんよ。だから分かる。奴は回復し準備を整え次第協会総出でユリウスに攻め入って来る。だから備えるのだ。そう遠くない戦いの日に向けて...。」

 この世の終わりだとばかりに覇気なく語る王は歩みだし、馬を近衛兵の一人から受けとると乗り込んだ。

 護衛も待たずしてとぼとぼと馬は歩き出す。

 慌てたように近衛兵、騎馬隊の者達は続いていた。

 敗戦後のような空気感。リーンはこれで良かったと安堵していた。自分が生かした命によってより多くの血が流れる可能性があっても、彼女、魔術協会の長が生きているなら交渉の余地はあるだろうと。

 死ぬ覚悟は出来ている。自分の首一つで足りるなら、戦争を回避出来るなら安いものだ。それでも足りないというのならば、多少の色を付けよう...。

 今はただ生き残ってくれ。願いを残し、務めを果たしに振り返る。その場から前進した。

 「生き残った全兵に次ぐ。王は命令なされた。散って行った者らはあまりに多く、回収は困難を極める。今は自身の体を休めるため即刻帰還せよと_____後に訪れるかもしれぬ魔術協会との全面戦争に備えよと。」

 リーン将軍が目にしたのは、こちらを見返す疲弊しきった兵の顔は思考を停止させているようだった。

 無理もない。撤退早々に見せられたのは王が仲間?の魔女に襲いかかる姿。将軍が仲裁に入り、だが、近衛兵達も王を庇わず傍観し、王と将軍の揉み合う模様。混沌とした現場を目にし、泣きながら何かを求め手を伸ばす健気な女性(魔女)がふと消えた。

 それだけで頭はパニック。

 付け加え苦楽を共にした仲間を捨て置けと言われたこと。魔術協会との戦争を突如として告げられたこと。あまりの事の大きさに状況を飲み込めという方が無理な話だった。

 だが...その中でも考えることを止めぬ者がちらほらいた。だからこそ、的確に返された矢を無傷で防ぎきることが出来た者たちは敬意に値した。

 「将軍!一雑兵に過ぎない身分ではありますが発言お許しください。」

 場の空気に飲まれない。自分を強く持つ者たち。

 一人が名乗りをあげ前へ進み出た。「名をブレイブと言います。」

 このように威勢が良く若く才能ある者はたちが今後のユリウスを作っていくことだろう。

 ユリウスの未来は明るいと思いたい。だが___

 「ならぬ。王の決定は絶対。異論を唱えることは許さぬ。ブレイブ、お主、お主、お主、お主__以上の10名、お前たちは、王への疑念が顔に表れていた。自ら沙汰を下してやろう。心してこの場に残るように。後の者は、王を守護しながら帰路へつけ。行けぇっ!」

 トコトコ歩む騎馬を、王らを追うように手負いの歩兵は草原を行く。

 森の前に残るは多数の亡骸と、リーン将軍、有望な10名。

 将軍リーンはざっと周囲を窺って近くに他の誰も居ないことを確かめ、最後に小さくなりつつある王率いる一団を確認し。

 腰元に据えた剣を引き抜くと、ブレイブらは息を飲む。9人は互いに目でやり取りをはじめ示しを合わせ出方を伺う。

 一色触発の空気の中。

 ブレイブは決心し、腰に据えた剣に手を伸ばし、触れた時、残る9名同じく動きを共にした。

 仮にも相手は将軍リーン。先程まで己らを指揮していた人物で。

 国で年一開かれる大会に毎年出場し剣技の程は割れている。からこそ問題がある。

 その技は、凄まじく速く、無駄がないように思われた。

 10人で束になって連携よく斬りかかれば倒せなくはないだろうが、内数名は間違いなく死に、一人二人は無傷でいられるかどうかだろう。

 その運の良い1、2名に果たして残れるか、首尾よく斬りかかり、そもそも倒せるのかが問題だった。

 死んだらおしまい。生き残っても王の意向に本格的に背いた反逆者の仲間入り。何も果たせずどっち付かずで二間の争いを指を咥えて見ることしか叶わない。あるいは魔術協会の側に立ってかつての仲間達と殺し合いをしなければならない。

 一同、何でこんなことになったと、冷や汗が滲み出す頃。リーンは笑い、剣を地面に突き立て言い放つ。顔を見たい、兜を外せと。

 戸惑う者ばかりだった中、真っ先に脱ぎ捨てたのはやはり青年、ブレイブ。見習うように皆各々のタイミングで兜を投げ捨て、内二人は丁寧にその場に置いていた。

 「ほうー...。まさか兵の中に女も紛れ込んでいたとは...驚いたな。ともあれ、お前たち10人、度胸もあり素質もある。白魔女様に弓を引き無傷で生き残った9人よ。そして、白魔女様に弓すら構えなかったのはブレイブ、お前だな。」

 「...。」

 へぇ?間抜けな声を出したのは、意外にも9名全員だった。

 非難とも驚愕ともとれる眼差しを受けブレイブは沈黙の後に観念したように天を仰ぐ。

 「お前ら、良く打てたな___白先生に向かって。ジュン、シュウマ、アクス、アレク、ノクト、クリス、ムルド...スズネ...アリス...。...。他の仲間たちはどうした?」

 「...」

 その問いに誰とも目が合わず。スズネは涙し目元を擦る。アリスは戦地に転がる者らをぼんやり映し両手を組んで祈りを捧げていた。

 「そうか...馬鹿野郎ども...」

 一段と強い風が吹き荒れ黒魔女の被っていた魔女ハットが足元に運ばれていた。

 これは黒先生の宝物だと言っていた。

 「スズネ頼んだぞ。先生は生きてる。今度会ったらお前の手で返してやれ。大喜びして昔みたいに頭を撫でてくれるかもな。」

 「本当?....でも__寧ろ私が頭を撫でてあげたい...。」

 「「「「.....。」」」」

 拾った物を手渡し、受けとるやいなや被っていた彼女に皆多少なり元気を貰っていた。

 お前は特に黒先生大好きだったもんな...。

 事態は収束に向かって行ったように思えたが、いつまでもこの雰囲気ではいられないと、ブレイブは目付きを鋭くした。

 「リーン将軍。黒先せ...黒魔女様を助けていただきありがとうございました。あなた様は恩人です。」一同頭を下げた。「ですが、先生方魔術協会の人間と戦争をするとなれば話しは別。この命をとしてでもあなた様を狩らせていただきます。」

 それが合図となり9人一斉に散らばり、将軍を囲い込む。

 「ほう...なかなかいい統制だ。だが、」キッと一睨みされただけで勝てないと皆の頭には過ったのか歯をギリギリと噛み締める。

 本当に同じ人間なのか?そう問いたくなるほどの重圧に知らず知らず一歩後退する者が多い中、やはり彼は踏み出した。

 「将軍一つ聞きたいことがあります。」

 「なんだ?」

 「自分は分かります。ですが、何故この者達を王に疑念を抱く者として残したのですか。それだけは聞いておかねばなりません。」

 「先程言ったであろう。疑念が顔に現れ出ていたと。」

 「それには無理があります。何故なら__」

 「兜を被っていたからよく見えない。」

 無機質な調子でアリスが言った。

 「うむ...あまりに軽薄だったか...。今となっては隠すことはない。先程も言ったが、おまえ達を優秀な人材と見込んで、その顔を見ておきたかった。だがそれが功を奏した。...白魔女様を先生と呼ぶ辺り...詳しくはないのだが..もしかすると施設出の者達か?」

 「そう__」

 「だったら文句あんのか、あぁーん!?てめぇは随分えらい身分のもんかもしんねぇが__」

 「ノクト、五月蠅い。待て。」

 「俺は犬じゃねぇ!黙れアリス。」

 「黙るのはそっち。ノクト、待て。」

 「んだとてえめぇ!いつもいつも俺を犬扱いしやがって____」

 気を逸らすな。敵なら殺されていたぞ。ノクト。アリス。ブレイブの一言で皆微かに警戒を緩めたのが分かった。こやつ...

 「すいませんでした。我々一同白魔女様が建て黒魔女様が保ってきた施設で育った者たちであります。」

 そうであったか納得した。どおりで矢を防げたわけだ。そんじょそこらの奴らとは鍛え方が違う。

 「わっはっは...わっはははははっ!それなら実に都合がいい。___魔術協会との衝突を避けるためお主ら、わしに力を貸してくれまいか?」

 まじか...。驚きから言葉をなくしたようにポカーンと口を開け放つ一同、その視線はやがて一人へと集約された。

 長年苦楽を共にしていると皆の意見は聞かずして表情を見れば分かるものだ。

 ブレイブはニヤッとする。

 「よかったです。黒先生を助けてくれた恩人に刃なんて向けられませんでしたから。」

 「取り囲んで置いてよく言う。無表情な娘...アリス、黒魔女の帽子を被った娘..スズネ、ブレイブ三人を除き皆、殺意が顔に現れておったわ。」

 「それは...あなた様が試すような真似をしたからではありませんか?」

 「.....。ふむ。お互い様というわけか...よかろう。」

 リーダー格のブレイブが跪くと皆一斉に習った。

 「我ら10名、力をお貸ししましょう。リーン将軍。」

 

 今日という日を人々は忘れないだろう。

 ユリウス国と魔術協会の溝が一段と深くなった日。

 両者静かな睨み合いが始まった。

 魔女は人間に有益だと身を呈して証明し続けた、

 均衡を保っていた偉大なる白魔女が霧に隠れになられてしまわれた日。

 その真実を人々が知ることになるのは三日後。王達一行がユリウスに到着し知れ渡ることになった。

 それから二日後。

 リーン将軍が右耳計10枚を革袋に入れ持ち帰って来たことから、耳狩りのリーンと、一部の兵達の間で蔑称で呼ばれるようになり、全体では、反逆者狩りのリーンとして恐れられながらも国を想う者として支持を受けていた。

 今回の騒動をきっかけに魔術師支持派と排斥派は分断していく傾向にあった。国内部でも空気が徐々にぴりつきを帯びていくのを人々は肌身を持って感じとっている。

 白魔女が眠りに就いて、多くの兵の命が失われ、それを悼む者たちは怒り悲しみ悲痛の声は王へと向けられる。

 現段階、死傷者が出るような暴動は発生していない。だが、多くの声は寄せられている。

 そもそも、白魔女様に手を挙げなければこのようなことにならなかったのに、と。

 「二日もの間何しておったのだ、心して答えよ。」

 「は。王の意向に背きし者の処分であります。」

 玉座に腰掛け疑念を向ける目、3段の段差を挟み、跪き地面に拳を打ちつけたリーンの顔には一切の嘘はないように思えたが。

 一番の信頼を置いていた人物だが、魔術協会の長を庇い立てし取り逃がした一件は目を瞑ることは出来そうにない。

 もう...誰も信じられぬ...将軍さえも...。

 「....。さようか。礼を言う。」

 「は。ありがたき幸せ。」

 「もう下がってよい。」

 「は。」

 王の間を後にするのを片時も目を離さず見守った。

 もう後戻りは許されぬ。そうは思わんかリーンよ。

 その眼光が怪しくも決意を物語っていた。

 「近衛隊長。近衛隊長レグルスはおるか。」

 「はい、お爺様。お呼びでしょうか。」

 どこからともなくスッと現れた青年は不敵な笑みをチラつかせる。

 「...。」

 頭を垂れながらも、世の後釜を狙う卑しい奴め。

 優男風の雰囲気を醸し出しながら腹の中は真っ黒。性格は歪んでいる。

 世の後継ぎとなるはずだった愚か者を父に持ち、低俗な魔女を母に持つ、混血。

 己の力を示し、ここまで登ってきたのは認めよう。

 だが、認めるのは駒としてとしての力のみ。

 お前のことを孫とは、後継とは認めんぞ。

 「お前に命じる。リーン将軍の今後の動向を監視しろ。」

 「お安い御用です...お爺様。」

 ピカッと王の間が照らされ、ゴロロロッッッ!!!!彼の目が怪しく輝きを放ち、直後姿を消していた。

 

 人々はまだ知らないだろう。

 白魔女には2人の娘がいたことを。

 うち一人は母と共に眠りにつき。

 もう一人は後に英雄と呼ばれようとは。

本文はあまり弄りませんが、誤字脱字などの修正は加えていきます。

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