1-6:異世界露店めぐり
「ん~~!おいしー!!」
紫之葉は市場を歩きながら、例の甘辛焼きを頬張って、左手にはちゃっかり別の食べ物をにぎっている。
古物商で、きっちり20金貨(と、紫之葉が壊した寄木細工)を受け取った二人はさっそく市場の露店に直行し、お目当ての食べ物にありついていたのだった。
「みてチヨ。このパン、ふわっふわだよ。別の店で買ったソーセージみたいなの、はさんじゃおー。」
「ああ。こっちの唐揚げのようなものもなかなかだ。火を簡単に使えないと言うことは熱源には何か別のものを使用しているんだろう。興味深いな」
ふたりは市場をゆっくり歩きながら、思い思いの食べ物を、思い思いの方法で楽しんでいた。
「なんかいろんな調理法とか食材が集まってて縁日みたいで楽しいね」
「ああ。さっきの古物商の店主が言っていた転移門のおかげだろう」
「そほいへば、むぐ。そんなこと言ってたね」
夜千代の言葉にパンを頬張りながら答える紫乃葉。
「あのあと聞いた話だと、転移門というのは古代人の残したオーパーツらしくて、世界各地にゲートがあって、そのすべてがこの街の北端にあるメインゲートにつながっているらしい。」
「え、すご。すべての道はローマに通ずのマジなやつじゃん。」
「案外、この世界の古代人はローマが成し得なかった統一帝国を成し遂げたのかもしれないな」
「ふんふん。で、チヨ。つぎ何食べる?」
夜千代が異世界のはるか古代の歴史に思いを馳せているところに、紫乃葉が遠慮なく食欲をぶつける。
「まだ食べるのかい?」
きりたんぽのような食べ物にぱくつきながら、次の食べ物のことを考えている紫之葉になかばあきれたような微笑みをみせる夜千代。
「さすがに私はもういいかな。シノほどじゃないが、普段の私では考えられないくらいには食べたよ」
「えー、だって、こんなにいろんなお店があって、みんな優しくてオマケしてくれるし、もっと食べ歩かないと損じゃない?」
「まあ、一理無いこともないね。この世界は、かなり治安が良い。やはり人間という種族に対する結びつきが強いように感じる。他の異世界がどうかはわからないが、観光するにはうってつけの世界だよ。」
そんな話をしながら露店を散策していた二人だったが、夜千代が不意に足を止め、バザーのように地面に布を広げただけのお店に近づいていく。
「ん?なに?チヨ、なんか美味しそうなものでもあった?」
「店主、これは鉱石かい?」
「いかにも。私の国では採掘業が盛んでね。時折副産物として珍しい鉱石が出てくる。ソイツをここで売ってるという次第さ。」
「ほぅ。主には何を掘っているんだい?」
副産物、ということはメインで掘っているものがあるということだ。もしかしたら石炭や石油を掘っているのではと期待した夜千代のその質問に、店主は怪訝そうな顔をする。
「何って、採掘といえば小麦だろう。他になにかあるのか?」
「え?小麦……を掘るの?」
横で棒キャンディのようなものを舐めながら話を聞いていた紫乃葉も驚いて口を挟む。
「なんだ?お嬢ちゃんたち、パンぐらい食ったことあるだろ?」
「あー。いや、私達は海の近くの国から来たから……」
夜千代の言い訳になっているのかなっていないのかわからない適当な言葉に店主は合点がいったように笑う。
「ナハハ、最近になってようやく転移門が稼働した口か!それなら単なる小麦の結晶でも珍しいわな!ほれ、宝石に混ざってたんだ。タダでやるよ。」
そう言って店主は夜千代のとなりで身をのり出していた紫乃葉に黄色っぽい鉱石を手渡す。
「えぇ、ありがとう!……これが、小麦?ねぇチヨ、どうなってんの?」
「あー、これはなんというか、私の翻訳ソフトの不具合というか仕様上の問題だね」
「どういうこと?」
「現状の翻訳アルゴリズムでは固有名詞を類推して直訳しているんだ」
「……えっと?」
「ようするに今回の場合は、この世界の主食である食べ物を“パン”と翻訳したために、その原料を“小麦”と訳したんだろうね。その結果、小麦の結晶なんていうトンチンカンなワードができてしまったんだ。……まさか鉱物を主食にしている世界があるとは。このあたりの改善は次回の課題だな」
説明、と言うよりも自分自身の頭の整理という感じでひとしきり話した後、まだ合点のいっていない紫乃葉を放置して、夜千代は店主に向き直った。
「いや、店主。面白い物を見せてもらった。ありがとう。ところで、探しているものがあるんだ」
「おう。なんでも聞いてくれ。力になれるかは別だが。」
「一度火がつくと長い間燃え続ける、そんな液体を見たことあるかい?」
夜千代がそういうと、店主はすこし意外そうな顔をして言った。
「ふむ。あるにはあるが……」
店主は、懐から鍵の付いた小さな箱を取り出し、二人の前で開いてみせた。
中にはインク瓶のような小瓶が何本か入っている。その中から一本取り出し、夜千代の前に置く。
「こいつは、かなり貴重なものでな。とある鉱山の山頂付近に湧き出ているんだが、たったこれだけを炉の土に混ぜておくだけで窯の火を半年は燃やし続けることができるって代物だ」
「これは……ほんの数滴だけ試させてもらえないか?」
夜千代のそのお願いに、最初は渋っていた店主だったが、最終的に一滴に銀貨1枚払うと言った夜千代の熱意に根負けし、タダで数滴試させてくれることになった。
「試すのはいいが、そんな少量どうしようってんだ?」
「いや、なに、ちょーっとばかり成分を調べるだけさ」
そう言って夜千代はポーチから取り出した体温計のような機械に、瓶から少量垂らし入れる。店主はこぼさないかハラハラした様子だ。やはり、よほど貴重な物らしい。
紫乃葉はそんな様子を見ながらふと思いついた疑問を店主に向かって口にする。
「そういえばさ、これ、鉱山のどっかに“湧き出てる”って言ってたよね。そんな少しづつしか出てないの?」
その疑問に店主が答える。
「いいや。山頂付近の台地にちょっとした池くらいは溜まっている」
「ええ?じゃあ何で貴重なのさ。たくさん汲んでくればいいじゃない?……あ、道がすごく険しくて身一つじゃないとたどり着けないとか?」
「いいや、広くて緩やかな坂道が山頂まで続いているから馬車でもその場所まで行けるくらいさ。」
「えー?じゃあなんで?」
紫乃葉の至極当然の疑問に、店主は少し表情を険しくして答えた。
「……モンスターが出るんだ。」
「モンスター?」
「ああ、とてつもなく大きな鳥型のモンスターがでる。鉱石が主食だからヒトを食べたりはしないんだが、遊びのつもりなのかなんだか知らないが、人や馬車を見かけると空高く持ち上げてから、谷底に向かってほおり投げるんだ。山頂から谷底までですでに数百メートルはあるってのに、そこからさらに持ち上げられるんだ。一度掴んだら途中で離すことは絶対にない。奴らにとっちゃ遊びかもしれないが、人間はひとたまりもないぞ。」
淡々と語る店主の言葉に、紫乃葉は薄寒いものを感じてだまっていると、
店主に背を向けるようにしてスマホで解析結果を確認していた夜千代が店主に向き直って言った。
「……店主、その液体、買わせてもらえないか」
「ふむ。もちろんいいが、こいつに関しては命がけで手に入れた何本かのうちの一瓶だ。さすがに値引きするつもりはないぞ。金貨10枚。払えるなら売ろう。」
その店主の言葉に、夜千代は無言で懐から金貨10枚を取り出し、店主の前に並べる。
「おいおいおい、マジかよ。」
観光客然とした若い女性二人組。言ってはみたものの、まあ手が出ない金額だろうと思っていたら、あっさりと即決されてしまい驚く店主。
「言っておいてなんだが、ほんとにいいのか?金貨10枚といやぁ、場所によっちゃ大人ひとりが一年は遊んで暮らせる金額だぞ?」
「もちろん。承知しているさ。ただ、条件があるんだ。」
「お?なんだい?」
夜千代のその言葉に「そうこなくては」といった反応をする店主。
「場所を教えてほしい。」
「場所?さっきとある鉱山の山頂だと……」
「そうじゃなくて、詳しい場所と行き方だ」
「!!まさか取りに行こうってのか!?」
「私達には、そうせざるを得ない理由がある」
さっきの話を聴いていなかったのか、危険な場所だぞ、と言いかけた店主だったが、夜千代の覚悟を決めたような眼差しに気付いて、かわりに黙って頷いた。
紫乃葉のえっ!?聞いてないんだけど!?みたいな眼差しには気づかなかった。
「……フッ、止めても無駄のようだな。いいぜ。そこの近くの転移門までの転送呪文を教えてやろう。」
そう言って店主は商品を差し出して、代金を懐に入れてから、夜千代たちには聞き取ることも発音する事もできないような言葉を口に出した。
「え?なんて?」
困惑する紫乃葉を横目に夜千代は素早くスマホを取り出して録音アプリを起動する。
「それが転送呪文かい?もう一度言ってもらえるかな?」
「ああ、もちろん。━━━━だ」
「うん。大丈夫だ。ありがとう。」
夜千代はこっそり録音を確認してから頷く。
「転移門から出たら目の前に3連峰が見える。一番右端の山が目的地だ。要所要所に赤い布のついた杭を打ち込んである。目印にして進めばいい。道幅も広くてなだらかだから、歩き詰めれば半日もあればつくだろう───が、ヤツがいるからな。山の麓についたら岩陰沿いにゆっくり進む羽目になる。3日は覚悟しておいたほうがいいぞ。」
「わかった。助かったよ。」
夜千代がそう言って瓶を受け取り紫乃葉と一緒に立ち去ろうとすると、店主は神妙な面持ちで何かを差し出した。
「……俺も人間だ。次に採取に行ったときにアンタ達の死体が転がってたら目覚めが悪い。コイツを持っていけ。」
そう言う店主が手にしているのは金属でできた鈴のようなもの。
「これは?」
「特殊な鉱石を加工したものでな、強く振ると甲高い音がなる。ヤツはこの音が嫌いだ。過信はできないが、気休めくらいにはなるだろう。」
「ありがとう。この礼はいつか必ずするよ」
「ふん、あんたらがくたばらなきゃそれでいいさ」
静かに笑う店主を背に、二人は市場を後にした。