1-5:異世界交渉
二人の入った古物商の建物は先程までの露天商と打って変わり、静かで広い店内には、おそらくこの世界で歴史的価値のあるであろう品々がきっちりと間隔を開けて並べられている。
ところどころに見える彫刻のような商品はどこか厳かな雰囲気すら感じる。
「こんにちはー……」
先程まで異様にテンションの高かった紫乃葉だったが、
今度は店内の雰囲気に当てられて、おそるおそるといった様子で店の奥に声をかける。
要するに紫乃葉は周りの雰囲気に影響されやすいのだった。
紫乃葉の挨拶に、カウンター奥の扉がキイと音を立てて開き、中から身なりのいい初老の男性が現れる。
「いらっしゃい」
「あ、その、こんにちは。」
「なにをお探しで?」
「えっと、探しものというか、逆というか……」
市場での元気はどこへやら、しどろもどろで100円ショップの商品が入ったビニール袋をいじりながら俯く紫乃葉に、夜千代が声をかける。
「シノ、かわるよ」
「あ、うん。お願い。」
夜千代は紫乃葉からビニール袋を受け取ると、詳細は伏せながらも異世界の住人に伝わるように明朗に話し始めた。
「実は私達は遠くの国からこの街に来たんだけど、なにぶん着いたばかりなもので、この国の通貨が入用でね。私達の国の品物をすこしばかり買ってもらえないだろうか」
夜千代は翻訳機の性能を試すように長文を意識して話しているようだった。
「どこから来たのかは知らないが、転移門がまた稼働するようになってから、ほとんどの国の特産品は容易に手に入る。困っている君たちの力にはなってやりたいが、ウチも商売だ。よっぽど珍しいものでなければ買い取れないぞ。」
「転移門?」
「なんだ?まさか正門から入ってきたわけではあるまい」
怪訝な顔をしている紫乃葉とは対照的に、夜千代は転移門という単語だけでおおよその状況を把握したようだった。
「なるほど、転移門か。それでこの街の市場があんなに活気づいていた訳だ」
一人でつぶやいて納得したあと、店主に向き直り、続けて言った。
「いや、そのまさかさ。私たちは転移門の無い国からきたんだ」
「本当かい!?いや、転移門のない国から人が来るとは。よく無事で辿り着いた物だ」
店主のその言葉に、紫乃葉と夜千代の二人の脳裏には、自分たちを襲った巨大なミミズが鮮明に浮かび、なるほど店主が驚くのも無理はないと納得したのだった。
「まあとにかくそういうわけで、きっと店主のお気に召すような珍しい品物があるはずさ。とりあえずこれを見ておくれよ」
そういうと夜千代はビニール袋の中身をテーブルの上にガサガサと乱雑に放り出した。
「どうだい店主。何か気になるものはあるかい?」
「ふむ。そうだな。どれも確かにこの辺りでは見ないもののようだが……この白いのは何だ?」
「ああ。それは消しゴムだよ」
「何?すまない、聞き取れなかった。もう一度言ってもらってもいいか?」
「ん、そうか。この世界に消しゴムに相当する単語はないのか。っと、そうだな。それは、えっと、鉛筆で書いた字を消すもので……えーと、うん。民芸品だよ」
この世界に消しゴムがない時点で鉛筆が存在するかどうかも怪しく、確認するのも面倒だ。説明に困った夜千代は、しまったな、鉛筆もセットで買ってくるんだったと、ちいさく呟いてから、あきらめて民芸品で通すことにしたようだった。
「まあ、確かに珍しいが、今ひとつインパクトに欠けるなぁ……こっちの長方形のはなんだね?」
「そっちはライターだよ。ライター。聞き取れるかい?」
「そっちの国の言葉か?さっぱりだ。」
「ふむ。この世界……もとい、この国では火をつける時にはどうやってるんだい?」
「火?そんなもの、どこでも同じだとおもうが。火打ち石と打ち鋼で干草に点火するのさ。それとも何だい?キミたちの国ではドラゴンの喉石でも使っているのかね?」
ドラゴン──どうやらこの世界にも火を吐く翼竜という概念があるらしいが、マッチやライターに準ずるものはまだ発明されていないらしい。
「いや、そこまで大層なものじゃないが、指一本で火をつけられたらすごいと思わないか?」
「ははは、そんな芸当ができるなら見物料だけで金が取れる──!?」
店主がそんなセリフを言い終わらないうちに夜千代はライターに火をつけて見せた。
「ふふ、見物料でも払ってもらおうかな」
「ど、どうなってんだ!?あ、あんたモンスターじゃないだろうな?」
「違う違う。言うなればこれも民芸品さ。可燃性の液体と、小さな火打ち石が仕込んであるんだ。回数制限はあるが、これがあれば誰でも火をつけられるよ。手にとって見てくれてかまわない」
「これは驚いた。どうやって使うんだ?教えてくれ」
それから夜千代は店主に使い方をレクチャーし、店主が難なくライターの火をつけれるようになってから、消耗品であることを強調して、値段の交渉に入った。
「さて、いくらで買う?」
「ううむ。正直こんな代物、ワタシに値段がつけられるようなものじゃないぞ。逆にいくらだったら売ってくれるんだ」
「そうだな。ざっくりこの国の物価をおしえてもらえるかい?」
「ああ、いいとも。パンがおおむね3“通貨“、服一着が1“中位通貨”で……」
「まった、この国で流通している通貨は全部で何種類あるんだい?」
店主がこの国の物価を説明し始めたが、翻訳機によってどうやら通貨の単位がうまく翻訳されていないらしい。そこで夜千代は一度店主の説明を遮って、通貨の基本的な説明を受けることにした。
店主からこの国で使われている通貨の種類とそれぞれの価値を聞いた夜千代は「ふむふむ。ちょっと待っておくれ」といって、店主に見えないようにスマホを取り出すと、手早く翻訳アプリに修正を加え始めた。
「通貨は全部で四種類か、とりあえず銅貨、銀貨、金貨、白金貨とでもしておくか──店主、パンは1ついくらくらいだっけ?」
「ああ、パンは1つ3銅貨だよ。」
アプリに修正を加えたことで、”通貨”と翻訳されていたものが、それぞれの価値に応じて夜千代の設定したワードに変換されている。
うんうん。わかりやすくなったと夜千代はうなずきながら、店主に続きを促す。
「そうだな、この国でそこそこ良い宿に泊まろうと思ったら5銀貨は覚悟しておいた方がいい。服は贅沢を言わなければ一着1銀貨。剣やら鎧やら揃えて外でモンスター討伐でもしようってんなら金貨が2〜3枚は必要になるが、ま、普通に生活するなら金貨が10枚もあれば大人ひとり一年はゆったり生活ができるだろうね」
「ふむ。ならあのライター、大人ふたりが一年は生活できるだけというわけで、金貨20枚でどうだい?」
夜千代がそう言うと、店主は驚いた顔をしたので、夜千代はふっかけすぎたかと思ったが、店主の口から出たのは真逆の言葉だった。
「おいおい、ワタシがこんなことを言うのも何だが、うまくやれば城の一つでも買えそうな代物だぞ。一生遊んで暮らせるくらいは要求してくるかと覚悟していたんだが。」
なんてお人好しなんだ、いや、そういう世界なのか。と、夜千代は肩をすくめる。別にそんなに長く滞在するつもりはないし、あんまり大金を持って歩くのもトラブルのもとだ。そう考えた夜千代は欲張らずに20金貨で通すことにした。
「なら、店主がうまくやっておくれよ。私たちにはそんなに大金があっても仕方ないよ。」
「キミがそれでいいなら、ありがたい話だが……」
と、商談がまとまりかけたあたりで、夜千代の背中をつつくものがあった。
「ん?」
夜千代が振り返ると、そこには上目遣いで、申し訳無さそうにする紫之葉が立っていた。
「シノ、どうしたんだい?」
「その、ごめんチヨ……」
心底情けない声を出しながら、おずおずと手に持っているものを差し出す紫之葉。
紫之葉の左手には寄木細工のような正方形の物体がのっている。
そして、右手にはその一部らしい三角形の物体。
「えっと……パズルかなって、おもって……適当にいじってたら外れたんだけど……」
「戻らなくなったと。」
「うん……」
「まったく、やけに静かだと思ったら……」
夜千代は、やれやれという顔をして頭を抱える。
「店主、あれ、いくらだい?」
心なしか、店主もしょうがない嬢ちゃんだとでもいいたげな表情で、紫之葉を見ている。
「そいつは用途は不明ながら西方の遺跡の奥から発見された珍品でね……6金貨で売り出してるものだ。」
「あー、すまないんだが、その、ライターの買取価格は26金貨ということにしておいてくれないかな……」