1-3:街を目指して
「──で、チヨ。まずは何から始めるわけ?」
転移早々に襲われたモンスターから逃げるために加速用の燃料を使い切ってしまった事で、そう簡単には帰れなくなってしまった二人は、この後どこへ向かうかについて話し合っていた。
「そうだな。まずは街で情報収集といこう。」
「街?」
突然出てきた街という単語に怪訝そうな顔をする紫乃葉に、夜千代がはるか前方を指さす。二人のいる丘の上は見晴らしがよく、遮るもののない異世界の地平線は、遠くまでよく見える。
「ほら、あれ。街じゃないかな?」
「えー?どれ?」
「ほら、あそこだ、赤い土のところ。中央付近には城みたいなものもある」
「あー、言われてみれば、街……っぽい気もするけど、遠すぎてわかんないかも」
確かに夜千代の言う通り、遠くの方にぼんやりと人工物らしきものが見えてはいるが、肉眼では街と断定するには少々頼りない。
「シノ、これを使うといい」
そう言って夜千代は自分のかけていた眼鏡を外して紫乃葉に手渡す。
「いや、別に眼が悪いわけじゃなくてね?」
「実は私も眼は悪くないんだ」
「えっ、なにそれ、初めて聞いたんだけど」
「まあいいからかけてみなよ」
紫乃葉は半信半疑のまま夜千代の眼鏡をかける。
「うわ、なにこれ、画面になってるの?どう見ても普通のメガネなのに」
夜千代の眼鏡をかけた瞬間、紫乃葉の視界には大気の組成情報や線量計に車の速度計まで、様々な情報が表示される。
「私お手製のスマートグラスさ」
夜千代は得意げに眼鏡をついっと持ち上げようとして空振りし、誤魔化すように前髪をかきあげた。
「操作は基本的にスマホからおこなうんだ。アプリケーション経由で必要な情報を追加したり……と、それは今はどうでもよくて。シノ、メガネフレームの右側、ヒンジの上にボタンがある。押してみな」
「えーと、この曲がるとこ?……おぉ。ズームした!!」
「下側から押せばズームアウトだ。それで街のあたりをみてごらんよ」
「うーんと、あ!!見つけた!!たしかに街だ!!」
だろう?と、得意げな顔をする夜千代に眼鏡を返しながら、紫乃葉が訊ねる。
「全然距離感つかめないんだけど、途中で野宿とかになったりしないよね?」
「大丈夫。ざっと目算で40キロもなさそうだ。道も平坦だし、一時間もあればつくだろう」
「一時間かぁ……そういえば今何時くらいなんだろ?」
紫乃葉のその質問に、夜千代は眼鏡の表示を確認して答える。
「元の世界ではお昼の12時を回った辺りだね。この世界の時間に関しては全くもって不明だ。太陽がある以上は惑星だとは思うが、公転周期なんかがわからない以上、時間を割り出すこともできない。」
「ふぅん。まあ、太陽真上にあるしお昼ぐらいなんじゃないの?暗くなる前には帰りたいね。」
若干含むところのある紫乃葉のセリフに、夜千代は曖昧な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「まあ、何はともあれ街へ向かおうか」
「賛成。街に行けばなんか食べ物あるかなぁ」
そんな話をしながら車に乗り込んだ二人は、遠くに見える街を目指して車を走らせる。
「──風が気持ちいいねぇ、チヨ」
丘をくだった二人の車は、窓を開け晴れわたる太陽の下、青々と茂る草原を軽快に走行していく。
「そうだねシノ。私たちの世界よりほんの少しばかり酸素濃度が濃いせいだろう」
「いや、酸素濃度とかそういうんじゃなくてさ、こう、綺麗な景色のところをドライブする高揚感っていうか」
「その高揚感こそ──」
夜千代は酸素濃度が心身に及ぼす効果を説明しようとして助手席に目をやり、紫乃葉の横顔に浮かぶあまりにも純粋な笑顔に理屈などどうでもよくなってしまい、説明をあきらめて“自身が今楽しい気分を感じている”という事実を享受することにしたのだった。
「……いや、そうだな。うん。いい風だ。」
「でしょ?」
紫乃葉は穏やかな表情で外を眺めたまま、そう答えた。