1-1:はじめての異世界
「シノ、シノ、着いたよ」
運転席の夜千代に頬をつつかれて初めて、紫之葉は自分が目をつむっていた事に気付いた。
「……もうついたの?」
「そうだよ。大成功だ。」
さっきまでガレージにいたはずの車の外には、いつの間にか木々が鬱蒼と生い茂っていた。
「え、すごい。おりて大丈夫なの?」
「ああ。調べたが、大気の組成は私達の世界と概ね同じだ」
夜千代にそう言われ、紫之葉はおそるおそるドアを開けて異世界の大地に最初の一歩を刻んだ。
「わぉ、ここって道?車2台くらいすれ違えそうなくらい広いけど」
「うーん。でも人工物っぽくは無いな。どちらかというとワダチのようだ」
二人の車は森の中、不自然に木の生えていない広い地面の一本道にぽつんと停まっていた。どうやらこの道らしきものは森の出口まで続いているらしい。
「で、どうだいシノ、異世界の大地は」
「うーん。ふつう?ただの森っぽい」
夜千代に感想を求められた紫乃葉は首を傾げながら素直に思ったことを述べる。
「あはは、それはそうかもしれないね。一応、理論上は地球とよく似た世界を選んで転移したつもりだよ」
夜千代のその言葉に、驚いたように聞き返す紫之葉。
「え、異世界ってそんないっぱいあるの?」
「ああ。この宇宙には様々な世界が重なり合うように存在しているんだ。神々のいる世界や、科学技術が高度に発展した世界、エルフやドラゴンの居るようなファンタジーみたいな世界もあるかもしれないね」
「え!エルフいるの!?会ってみたい!!」
「いや、いるかもしれないというだけで、居るとは一言も──」
話しながら何気なく後方を見た夜千代が、不意に言葉を切って話題を変える。
「……シノ、トレマーズという映画を観たことあるかい?」
「え?なに?知らないけど、エルフの出てくる映画?」
「いや、牙と触手の生えた巨大なミミズみたいなのが襲ってくる、古典的なモンスター・パニック映画なんだ。面白いから一度観てみるといいよ」
「……ねぇチヨ、いまなんで急にそんな話した?」
「……何も言わずにゆっくりと車に乗ってくれ」
夜千代がそういった瞬間。
明らかにエンジンの振動とは違う、地響きのような振動が、辺りを揺らした。
「な、なに?」
「振り返らないほうがいいよ」
「そ、そういうのは振り返る前にいってくれる!?」
思わず振り返った紫之葉の目に飛び込んできたのは自分たちに向かって這いずってくるミミズに似た巨大生物だった。
「やっぱり急いで車に乗ってくれ!早く!」
「言われなくても!!」
紫乃葉が車に乗り込むのを確認して素早くアクセルを踏み込む夜千代。
「なにあれキモッ!!でかすぎない!?道の幅と同じくらいあるよ!?」
「ちがうんだ、これ、道じゃなくて、あいつの足跡だ」
「なるほど!理解!逃げよう!!」
「もちろん逃げてる」
「どんどん距離が!近づいてきて!います!!」
「そうは言っても、もうアクセルを踏み抜きそうさ」
夜千代が軽口を叩いた瞬間――ドン!!と、後ろから車に衝撃が加わる。
「わぁあ!!煽り運転ダメゼッタイ!!」
「良かった。キバは無いみたいだよ」
「良くない!潰されたら一緒!!なんかないの!火炎放射とか!まきびしとか!!」
「武器は積んでないけど、車を一時的に加速させる方法はある」
「じゃあすぐやって!!」
「しかし──」
「いいから!!」
「アイアイマム。回路直結、リミッター解除。サブセル開放。予備燃料点火!」
夜千代の操作に合わせて、車が急加速。
車内には警告音が鳴り響く。
「おぉわぁぁ!はやいはやい!!」
「口閉じてないと舌噛むよ」
二人が黙ったことで、
車内に緊張感が漂う。
小刻みに揺れる車内。
車はさらに加速する。
速度計の針はとっくに振り切れ、
少しでもハンドル操作を誤れば最悪の結末が待っている。
車はぐんぐんと巨大ミミズを引き離していく。
森の出口、明るい太陽の光が近づいてきて──
「──っはぁ。やれやれ。どうやら、森の外にまでは追ってこないみたいだ」
先程まで猛烈な速度で追いかけてきていた大ミミズは、
森の外に出ると、一瞬ビクリと眩しそうに震えた後、
器用に身体を捻って反転し、森の中へと帰っていった。
「はぁ、はぁ、さっきチヨが言ってた映画は一生観ないと思う。巨大ミミズに襲われる映画を楽しめるのは巨大ミミズに襲われたことのない人だけだよ」
「じゃあ人食いトマトが襲ってくる映画はどうだい?」
「……。この先、人食いトマトが追いかけてくることがなかったら考えとく」