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2-1:異世界ふたたび

 濃淡のない青一色の不思議な空の下、見渡す限りの荒野を一台の軽自動車が土煙を上げて走っている。その丸みを帯びた可愛らしいミント色のボディには似つかわしくない猛スピードだ。日本国内では到底許されない速度だが、この世界にそれをとがめる人間はいない。


 車には二人の女性が乗っており、助手席の女性が大騒ぎしている。

「もう!チヨ!!のんびり観光って言ってなかった!?」


「いやぁ、シノ、それについては大変申し訳なく思っているよ」

 チヨと呼ばれた運転席でハンドルを握る、メガネを掛け、やや薄汚れた白衣を着た女性、(おおとり)夜千代(やちよ)が飄々と答える。

 

「なんでまたミミズなわけ!?」

シノと呼ばれた女性、すなわち助手席で大騒ぎしている東雲(しののめ)紫乃葉(しのは)は、そのままのテンションで言い返す。


そう。今まさに後ろから巨大なミミズが車と同じように土煙を上げ、猛スピードで追いかけて来ているのだった。


「やばいやばい!!もうすぐそこまできてる!!」

「案外、どこの世界も動物は同じような進化を辿っているのかもしれないね」

「言ってる場合!?もう勘弁してよぉ──!!」



──遡ること1時間前。



「よし、メンテナンスはバッチリだ。シノ、異世界へ出発するぞ」

「えっ、また行くの?!あんな死にそうな目にあったのに?」


 前回、異世界への処女転移を成功させ、なんとか無事に帰ってきてから1週間。大学で午前中の講義を終え、今日もいつものように夜千代の部屋で何をするでもなくソファに寝そべってダラダラしていた紫乃葉に、ガレージから戻ってきた白衣姿の家主がふたたび異世界への冒険に誘う。


「今回行くのは前回とは違う異世界だ。どんな人たちが住んでいて、どんな世界なのかワクワクしないかい?」

そう語る夜千代の目は未知のものに対する好奇心で、子どものように輝いている。


「いや、チヨ。それはするけどさ、なにかあったらと思うとさぁ」

そんな夜千代の表情に心動かされながらも、前回の異世界で危険な目にあい、心配が先に立つ紫之葉。


「冒険に危険はつきものさ。可能な限り万全の体制は取るつもりだし、何があってもシノだけは守ると約束する。……それでもシノが嫌だというなら、しかたない。私は一人で行ってくるよ」

だんだんしょんぼりとした顔になっていく夜千代の説得に、紫乃葉はソファの上で寝転んだまま、少しだけ考えるフリをしてから答えた。


「……うーん、しょうがないなぁ、今日中に帰ってこれるならいいよ。まだエルフにも会ってないしね。」


 その言葉に夜千代は見るからに表情が明るくなったが、紫之葉は特に口には出さず、今回はどんな世界なの?とだけ聞いた。


「実はどの異世界に行くかは、まだ決めていないんだが……」

 そう言いながら夜千代は部屋の隅に設置している異様に大きなパソコンに向かう。


「シノはどんな世界に行きたい?」

「決めれるの!?」

 がばっとソファから起き上がって夜千代の近くに歩いてゆく紫乃葉。


「正確とは言えないが、時空間の重なり方から私達の世界とどれくらい似ているかは数値で割り出せる。その数値の異なり具合からある程度はどんな世界か予測できる……はずだ。」


「はず?」


「あまりにもサンプルが少なくてね。最初に転移する前になんどか無人の小型探査機を送ったんだが、いかんせんコストが高くてたいした数は送れなかったんだ。」

 そう言って夜千代はデスクトップに置かれたいくつかのアイコンをクリックしてアプリケーションを立ち上げ、紫乃葉に見せる。そこにはたくさんのボタンと、シリアルナンバーのような十数桁の数字が表示されていた。


「これが私達の世界を数値で表したものだ。住所みたいなものだと思っていい。私はコレをユニバースコードと呼んでいる。」

 夜千代がさらに何ヶ所かクリックすると、夜千代の言うところのユニバースコードがリスト状にずらりと並ぶ。


「これらはすべて異世界のユニバースコードだ。いくつかのセグメントから構成されるが……ここ、この数字。特にこの数値だけは同じくらいでなければならない。ここが変動しすぎると大気の組成が変わって呼吸ができない可能性が高い。」


「ふぅん。前行った世界はどれ?」

 夜千代の小難しい話には興味なさげに紫之葉は適当に相槌をうつ。


「これだね。ただ、さっきも言った通り、まだデータが少ない。あまり大きく異なる世界に行くのは得策じゃないからこの数値に近い世界を選んだほうがいいね。」

 そこから夜千代はどの値がどういう世界である可能性が高いのかをグラフやリストを出して説明を始めたが、紫乃葉の「さっぱりわかんない。」の一言でばっさり切り捨てられた。


「むう、しょうがないな。じゃあまあ、適当に決めてさっそく出発するとしようか。」

 基本的に説明をするのが好きな夜千代は不承不承といった感じで説明を省略してひとつのユニバースコードを画面に表示した。


「これが次の異世界?」

「ああ。ここなら前回と同じように程よく地球と異なる環境で人間が存在しつつ、ヒトという種が個よりも群れとしての結びつきが強く、いわゆる優しい世界が構築されている可能性が高く……」


「わかったから!出発!!」

 またしても説明モードに入ってしまった夜千代を遮って紫乃葉が夜千代の手を引く。


「おっと、すまない。オーケー、行こうか。きっと今回はのんびり観光ができるはずだよ」

 夜千代は、紫乃葉に手を引かれる形のままガレージの車に向かう。


「あれ?なんか機械増えてない?」


 車の助手席に乗り込んだ紫乃葉がダッシュボードの上に増設された機械に気づく。古いビデオデッキのような機械には十数桁の数字といくつものダイヤルが並んでいる。


「ああ。ユニバースコードを入力できるようにしたんだ。前回はメモリーに決め打ちだったからね。」

 夜千代はそう答えながら、先程メモした次の異世界のユニバースコードを紫乃葉に手渡した。

「シノ、コレをその装置に入力してくれ。さっき言った()()()()()()()()()()は固定にしてあるから安心していい。」


「了解!……どうやるの?」

 何もわからないまま元気よく返事をした紫乃葉は、夜千代から入力方法を教わりクルクルとダイヤルを回して言われたとおりに数字を合わせた。


「おっけーチヨ。できたよ。」

 なんどかメモと機械を見比べて数字が合っているか確認した紫乃葉が言う。


「わかった。それじゃ出発だ。転移装置の圧縮を開始してくれ」

「あいあいさー!これはまかせて!」

 紫乃葉はグローブボックスを開けてバルブとスイッチのついた操作盤を取り出す。前回の行きと帰りで2回。さすがに3回目ともなれば慣れたものだ。夜千代がエンジンをかけ、転移装置を始動。紫乃葉がランプの点灯を確認してからバルブを回し、2秒間隔でスイッチを入れていく。


「チヨ、最後のスイッチいれるよ!」

「了解シノ。レバーを準備してくれ」

 紫乃葉が最後のスイッチを入れ、二人はそれぞれ自分の脇にあるレバー(時空ブレーキ)に手をかける。


「いくぞシノ。」

「いつでも、チヨ!」


 二人は息を合わせてレバーを引く。


「「時空ブレーキリリース!!」」


 ふたりがレバーを引くと同時に車は虹色のモヤに包まれ、ガレージから忽然と姿を消した。


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