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プロローグ:異世界は軽自動車で


『──異世界に転移できる車を発明した』


……親友の(おおとり)夜千代やちよから東雲(しののめ)紫之葉しのはにそんな電話がかかってきたのは1時間ほど前。


今しがた止めたクーラーの、ひんやりとした冷気が残る玄関とは対象的に、もうすっかり夏の太陽が登りきったドアの外で、セミが『外は暑いぞ』とでも言わんばかりに鳴き喚いている。


紫乃葉は一瞬外に出るのをやめようかと思ったが、夜千代のうれしそうな顔を思い浮かべて思いとどまる。今日の彼女はやけに電話口のテンションが高かった。「異世界に転移できる車」には、いまいちピンと来ていないが、よっぽどすごい発明なんだろう。


なら、それをわかち合ってやろうじゃないか。なんか奢ってくれるかもしれないし。と、幾ばくかの打算的な感情も持ちながら、意を決して真夏のコンクリートジャングルへとつづく玄関のドアを開けた。



「──おっ、シノ。おそかったね」

汗だくになりながら、夜千代の住む丘の上の一軒家にようやくたどり着いた紫之葉を、やや薄汚れた白衣を着た夜千代が、涼しげな部屋の窓からひらひらと手を振って迎える。


「おはようチヨ。暑すぎて死にそう。早く部屋に入れて」

「まあ、そうせかすなよ。とりあえずガレージに回ってくれ。冷たい麦茶を出そう」

「コーラがいい」

「すこし濃いめに煮出したから色は実質コーラみたいなものだよ」

「むちゃくちゃだ」


二人が大学の講義で出会ってからまだ1年と少ししか経っていないが、年齢が近いこともあって、あっという間にあだ名で呼び合う関係になり、いまでは親友と言って差し支えない間柄となっていた。


「おじゃましまーす」


一応挨拶はしながらも、紫之葉は勝手知ったるといった風情でシャッターが開いたままのガレージに踏み込む。


夜千代が普段買い物に使っている軽自動車が1台だけ止まっている広いガレージは、よほど強い空調がかかっているのか、ひんやりと心地よかった。


紫乃葉は、足元に散乱している工具類を避けながらガレージの隅にある小洒落たテーブルの方へと歩いていき、なれた動作でイスに腰を下ろして顔を上げると、ちょうど夜千代が氷の入った麦茶のグラスを持ってきたところだった。



「──んぁ〜〜いきかえるぅ〜」

「遠いところをすまないねぇ」

グラスに注がれた麦茶を景気よく飲み干す紫之葉に、夜千代が田舎のおばあちゃんのようなわざとらしい声色で答えながらおかわりを注ぐ。


だんだん白衣が割烹着にみえてきた。


「──で、田舎のチヨばあちゃん。電話で言ってた”すごい乗り物”ってのはどこなの?」


映画でみたようなデロリアンやボンドカーを想像してキョロキョロとガレージを見渡す紫之葉。


「ここだよここ!」

そんな紫之葉に夜千代が、見慣れすぎて視界から完全に外れていた軽自動車のボディをぺちぺちと叩く。


「え、チヨがいつも乗ってるやつじゃん」


女性向けを意識した、丸みを帯びた四角いデザインに、ポップな薄緑のボディが目をひく、かわいいウサギのマークが目印の国産車。それも2世代ほど前の型落ちモデルだ。とてもではないが夜千代が言うような“異世界に転移できる乗り物“には見えない。


「ふふふ、見かけは大して変わっていないが、中身は私の研究成果がこれでもかと詰まっているんだよ」


そう言いながら夜千代は、いつものクセで、かけている眼鏡のブリッジを指で摘んでついっと持ち上げた。


「ま、とにかく動かして見せようじゃないか」

そう言いながら夜千代はワイヤレスキーのスイッチを押してドアのロックを解除した。


「さあさあ、助手席にのりたまえアインシュタイン」

「せめてマーティにしてもらえる?」


そんな軽口をたたきながら車に乗り込むやいなや、夜千代が出発の宣言をする。

「じゃあ早速、異世界旅行に出発!!」

「いやいやいや、まってまって。明日は普通に講義あるし、今日は9時から観たいドラマあるんだけど」

軽く友達の家に遊びに来たつもりが、そのまま旅行に行く流れになってしまい、困惑する紫之葉。


「大丈夫さ。今回は試運転みたいなものだし、ちょっと行ってそのあたり一周りしたらすぐ帰ってこようじゃないか。まだ昼前だし、9時のドラマまでにはきっと間に合うさ」

「ほんとぉ?頼むわよ?」

夜千代の勢いに押し切られ、まあ、日帰りなら……と渋々承諾する紫之葉。


「よし、じゃあ気を取り直して、異世界転移開始!!──と、言いたいところなんだが、実は配線の関係でシノにも手伝って貰わないと転移装置が始動できないんだ」


「なにすればいいの?」

「グローブボックスをあけてみてくれ」

「えーと、グローブボックスって車検証とか入ってるこの引き出しよね?」

いいながら、紫之葉がグローブボックスの取っ手を引くと、ガコッっと音がして勢いよくグローブボックスが下に開き、中からバルブとスイッチのついた操作盤が現れた。


「いいかい、シノ。そこについてるランプが点灯したら、バルブを左に回して、右側についているトグルスイッチを、左から順に、二秒以上間隔をあけて、オンにしていってくれ」

「なんだかわかんないけどまかされた」

「じゃ、はじめるぞ」

そう言って夜千代はエンジンを空ぶかしし始め、運転席に増設されたレバーやらスイッチやらを操作し始めた。


「おっ、光った。えぇっとえっと、まずバルブをひねって……ぉお」

指示されたランプが点灯したのを確認した紫之葉がバルブをひねると同時にシューッという蒸気音がなり、やや驚いたものの、そのまま指示通りに操作を続ける。

「二秒間隔……いち、に、よし。」

「いち、に、よし……」


パチ、


パチ、


スイッチを入れるごとにどんどんと車体の振動が大きくなってゆく。


パチ、


パチ、


車に積まれた機械類が派手な音を立て始め、

もうどこかにつかまっていないと、

耐えられないくらいの振動が車全体をゆらしている。


「いち、に、よし……と。全部入れ終わったよ!」

ダッシュボードに手をおいて身体をささえながら、

紫之葉が運転席の夜千代に向かって叫ぶ。


「よし!それじゃ私とタイミングを合わせて、座席の左側にあるレバーを引いてくれ!」

「……レバー、レバー、あった!いつでもいいよ!」


「OK、行くぞ、せーの!時空ブレーキ、リリース!ドライブ開始!!」


紫之葉は自分の左側のレバーを、夜千代は自分の右側のレバーを、

グイッと二人が全く同じタイミングでレバーを引き上げる。

機械の騒音と、車体の震えが最高潮に達する。

窓の外がオーロラのように瞬き始めると同時に──


──車内は静寂に包まれた。



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