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氷壁の貴公子が望むもの

 グブリア皇家に受け継がれる銀色のオーラは「破壊のオーラ」とも呼ばれ、二百年前の戦争での勝利はその力があってこそ。


 イブナリア王国の降伏をもってグブリア帝国の領土拡大戦争は終結。そして、その後の皇位争いを血生臭いものにしたのも銀色のオーラだった。


 ニ代目皇帝は臣籍降下した元皇族をことごとく暗殺したことで『銀狩り王』の異名で呼ばれ、彼に影響されて各家門の後継争いも血で血を洗うものとなった。この時期に銀色のオーラを継ぐ者が半減したとも言われている。


 三代目皇帝はこの事態を収束し、かつ皇家の権威を確かなものにするため皇族以外が銀色のオーラを鍛えることを禁じた。筋肉と同じでオーラは鍛えなければ育たないからだ。


 銀色のオーラを受け継いだ元皇族は公爵の爵位が授けられ、帝都住まいを強いられ文官として皇宮に出仕することになる。多少の例外はあるが、基本的にはグブリア皇帝の目の届く場所で監視されることとなった。


 ――というのが、帝国貴族の一般常識。帝都から遠く離れたクラウス侯爵領で、ウィリアムズ緑士と領内の平民の間に生まれたわたしになぜ銀色のオーラが発現するというのか。


「わたしがオーラを持つわけがありません。小侯爵様の勘違いでは?」


 クラウス侯爵家の跡取りザカリー・クラウスは無表情のまま剣を抜いた。意図は分からないが、怯めばつけ入られるだけだ。


「わたしを殺して峡谷に捨てればすべてなかったことにできますね」


「そう警戒するな。脅しているのではなく、おまえが銀色のオーラを発現した証拠を見せてやろうとしているのだ。おまえは自ら放った閃光を見逃したようだからな」


 あの出来事がほんの数時間前に起きたことだとは未だに信じられなかった。言われてみれば閃光を見たような気もするけれど、なにせ毒のせいでも朦朧としていたから記憶は曖昧だ。


「構えろ、シャーロット」


 構えられるものはひとつしかない。先ほど手渡されたアイスピッケル。


 わたしが右手でピッケルを握ってザカリーの前に突き出すと、ザカリーが部屋に灯っていたマナ石ランプを消した。直後、心の準備をする間もなく彼はピッケル目がけて剣を打ちつける。


 カッと銀色の光が弾け、右手がビリビリと痺れた。


「わかったか?」


 問われても今のが銀色のオーラの証になるのかわたしには分からない。


 刃こぼれを心配したザカリーが剣に顔を近づけ目をすがめた。彼が手にしているのはどうやら普通の剣ではなく魔力付与されているようだから、あの剣が閃光を放ってもおかしくな……い?


 ふと違和感に気づいた。


「……どうしてわたしに魔力の気配がわかるの?」


 フッとザカリーが吐息を漏らす。


「この剣が魔法武具だと気づいたか。魔力の気配を感知できるのも銀色のオーラを発現した証拠だ」


「本当にわたしに銀色のオーラが?」


「そのようだ。銀色のオーラは金属に流れ込んだ時に最も威力を増大すると聞いているが、ピッケルでオーラを発現した者はおまえの他にはいないだろう」


 ザカリーは「氷壁」と称するにはずいぶん穏やかな笑みをわたしに向けた。


「信じられないかもしれないが、平民の中にも銀色のオーラを持つ者がいる。〝銀狩り〟の際に貴族の身分を捨てて逃げた者の子孫や、婚姻や家督相続に制限の多い元皇族が外でもうけた落とし種も少なくない」


「では、わたしの母もオーラを継いでいたということですね」


「命の危機を経験しなければオーラを発現しないままでいることもある。緑士家に嫁いだことを考えると、シャーロットの母上はオーラのことを知らなかったのだろう」


「なぜ断言できるのです?」


「魔力のない子しか生めないと知っていて緑士家に嫁いだのなら、おまえの母親はどこぞの回し者と疑われても仕方ない。だが、そうではないだろう? おまえの母はおまえを産んですぐ死んだ。その死についてウィリアムズ家に怪しい動きがあった形跡はない」


 緑士家がクラウス侯爵家に監視されているということは知っていたけれど、わたしとさほど年の変わらないザカリーが十六年前のことまで知っているのはさすがにおかしい。彼はわたしの疑問を察したようだった。


「迎春の宴でその銀髪を目にしておまえのことを調べた」


 銀と紫は国旗にも使われている皇族カラーだ。それは銀色のオーラを継ぐ者が銀髪と紫の瞳を持つからだが、どちらともそう珍しいものではなく、その特徴を継がない皇族もいると聞く。


「銀色のオーラに詳しいようですが、小公爵様も銀色のオーラをお持ちなのですか?」


 残念ながら、と彼は首を振った。


「だが、今朝モンリックヴィルを探していた者たちはみな銀色のオーラを持っている。さきほど仲間と言ったのはそういうことだ」


「四、五人はいたように思いますがそんなに?」


「この建物には十五名のオーラ所持者と八人の獣人が暮らしている。新種の捕獲と駆除のためにクラウス家が雇っている者たちだ。クラウス侯爵家は貴族と交流がないと思われているからか銀色のオーラを持つ者が流れ着きやすい」


「大丈夫なのですか? 皇帝陛下に知られれば反逆罪に問われかねません。魔塔主様はここのことをご存じのようですが……」


「心配はいらない。魔塔主様は魔術か魔獣が絡まない限り口を挟まないから」


 ザカリーが振り返って「ノラン」と扉の向こうに声をかけた。すぐ顔をのぞかせたのは双子と同じ年頃の銀髪の男の子。彼はわたしと目が合うとペコッと頭を下げた。


「シャーロット、おまえはこのあとタイリィス町の治癒院に行け。ノランをついて行かせるから一ヶ月ほどそこで過ごせ」


「ウィリアムズ家には?」


「放っておけばいい。おまえは家出してタイリィス町に向かう途中で盗賊に襲われ左腕を負傷した。通りすがりの誰かに治癒院に運ばれたが、傷口は化膿して切り落とさざるを得なくなった。襲われたせいで一時的に記憶を失い、傷が完治してからようやく自分がウィリアムズ家の娘だと思い出した」


「ということにするのですね」


「そうだ。治癒師はわたしの馴染みだから信用していい。見せかけの包帯を巻いてしばらく痛がっておけ。おまえが治癒院にいるあいだにやるべきことはノランからオーラを隠す方法を学ぶこと。魔術師にはオーラの気配が感知できるから今のままではウィリアムズ家に戻せない」


「戻りたくないから家出したのですが」


「わかっている。だが、ただ逃げるだけでは捕まって連れ戻されるだけだ。ちゃんとした手続きを経てウィリアムズ家から解放してやるからわたしの言う通りにした方がいい」


 なぜこの男はわたしのためにここまで――と頭に浮かんだけれど答えはひとつ。わたしが銀色のオーラを受け継いでいるから。


「小侯爵様はわたしに何をお望みですか?」


 ザカリ―がわずかに口角をあげた。左手をわたしの左肩に置き、顔を寄せて耳元で囁く。


「次期侯爵夫人に」


 驚いて身を引くとバランスを失ってベッドに仰向けになった。ザカリーはベッドの縁に膝をつき、シャツの上から左腕がないことを確かめるようにわたしの体に触れる。ノランが気まずそうに目をそらし、足音を忍ばせてドアから出ていった。


「小侯爵様。ノランは小侯爵様がわたしの体を望まれたと思ったようですが」


 ザカリーは意外にも驚いた様子で扉を振り返り、「しまったな」とひとり言を漏らした。


「誤解を解くには早々に部屋を出ないといけないようだ。だが、体を望んだというのはあながち間違いでもない。夫婦になれば褥を共にするのだから」


「ですが小侯爵様、クラウス家とウィリアムズ家は結婚できません」


 世界樹跡地に関わるクラウス家とウィリアムズ家には制約が多い。婚姻に関する制約もそのひとつで、クラウス侯爵及び後継者は領内から結婚相手を選ばなければならなかった。領外への秘密漏洩を防ぐためだが、領内でクラウス家以外の貴族といえばウィリアムズ家しかない。にもかかわらず、ウィリアムズ家とクラウス家では結婚できない理由があった。


 ウィリアムズ家はいわば魔塔支部のような存在。グブリア帝国は魔術の完全管理を掲げており、帝国貴族は皇室の許可なく魔術師と直接関わりを持つことを禁じられている。そのため、貴族と魔術師は結婚することができなかった。


 過去にクラウス家とウィリアムズ家の結婚を皇帝に願い出たことが二度あったらしいが、どちらも認められなかったと義母が釘を刺すようにわたしに言ったのは迎春の宴の前日だと記憶している。


「シャーロット、様子を見て治癒院に顔を出すから詳しい話はその時にしよう」


 わたしの疑問はすべて棚上げにされ、ザカリ―は潔白を証明するように扉を大きく開いた。ドアの向こうで聞き耳をたてていた三人の男が部屋の中に転がり込み、ノランは通路で困ったように視線をさまよさせている。


「盗み聞きとは命が惜しくないようだな」


「いやっ、その……、おれらはザクの将来を心配してだな……」


「おれの将来?」


「だって、ザクはフラれてばっかりだろ? あの人は貴族だって聞いたし、うまくいけばいいなー……って」


 ザクというのはどうやらザカリ―のことのよう。「氷壁の小侯爵」に対してずいぶん気安いのも驚いたけれど、わたしが思わず聞き返したのは別のことだった。


「小侯爵様がフラれてばかり?」


 男たちは「しまった」という顔をして一斉に口に手をあてる。ザカリーはため息をつき、男たちを無視して話を進めることにしたようだ。


「シャーロット、申し訳ないがその恰好のまま少年のふりをして治癒院に向かってくれ。長い髪は隠した方がいいが、この時期に帽子をかぶっていては逆に目立つな」


「ならばその剣で切ってください」


 わたしは両手で髪を束ねようとし、左手がないことを思い出した。


「そこまでする必要はない」


「いえ、左腕は生えてきませんが髪は切ったところで生えてきます。ウィリアムズ家に戻ったとしても家の者とは数か月に一度しか顔をあわせませんのでカツラがあれば十分です」


 男たちはわたしの冷めた態度に気圧されたのか、貴族女の散髪役を押し付けられそうで怖気づいたのか、じりじりと後ずさって部屋を出ていった。


「ノラン、来い」


 ザカリ―はノランを呼ぶとわたしの髪を束ねるように持たせ、逆手に握った剣で下から上へと髪の束を薙ぎ払った。ザクッと鈍い音がし、魔力の気配が背中をかすめる。ノランが手を離すと毛先がサラサラと首元をくすぐった。


「馬はその腕では無理だな。馬車を呼べば目立つ……。タイリィス町まで十五キロほどあるが歩けそうか?」


「問題ありません」


 家から持ってきたザックはノランに背負ってもらい、ピッケルもその中に突っ込んだ。部屋の前にはさきほどの三人の男以外にも野次馬が集まっていて、女性の姿もある。


 ――やっぱりザクのお嫁さんは貴族じゃないとね――あたしたちには荷が重いよ――うまくいくといいね――でも、どうして貴族のお姫様があんなとこに――


 ヒソヒソ話はザカリーのひと睨みでピタっと止まった。野次馬たちは顔を見合わせ、そのあとなぜかわたしに視線が集まる。期待と心配とがないまぜになった複雑な顔。


 わたしと同じ年頃の女性が一人、意を決したように口を開いた。


「ザクのお嫁さんになって下さい! ザクはカッコいいし頭もいいし、ザクの隣にはお姫様みたいな人がピッタリなんです。でも、あの、嫌なら断ってもザクは悪いようにはしないから……」


「ユナ」


 ピシャリとザカリーが遮る。あまり気が進まないけれど確認しておいたほうがよさそうだった。


「ザクはユナにフラれたんですか?」


 わたしが砕けた口調で問うと、ザカリーを含めた全員が視線をそらした。



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