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「お姉様!」

 二週間ぶりの自宅へ到着し厩に馬を預け、気が急くまま玄関へ走る。案の定、お姉様はいつものように美しい笑顔で待っていてくれた。


「おかえりなさい、リディア。変わりはない?」

「はい! 今日も元気いっぱいです! お姉様のお顔を見て、ますます元気になりました!!」

「あらあら。嬉しいことを言ってくれるわね。私もリディアの顔を見たら、なんだか元気が出てきたわ」

 はぁ、今日も私のお姉様が尊い。



「本日は訪問を許可いただき、感謝します」

 私に少し遅れて、淡々とした声が後ろから聞こえてきた。そういえば、居たんだっけ。この感動の再会を邪魔するなんて、本当に空気が読めない。もうちょっと待つとかできなかったのかな。


「これは遠いところをようこそ。何もないところではありますが、お寛ぎくださいませね」

 お姉様が完璧すぎる淑女の礼で挨拶した。私も渋々ながら淑女の礼をしておく。本当はすごく嫌だけど。全く歓迎してないけど。早く帰ってほしいし、なんなら今すぐ帰ってほしいけど。

「駆けながら見ただけではありますが、良いところですね。リディア嬢が誇る理由がわかった気がします」

 だから何度も言うけど、だったらもっと感心した顔しなさいよ。無表情で淡々と言われても、嫌味かと思ってしまう。




 客人の案内は使用人に任せて、私はお姉様とお茶するため、サンルームへ向かう。


「そういえば、今日はもう一人、お客様が来ているの。もうサンルームでお待ちだから、紹介させてね」

「お姉様のお客様ですか?! 失礼のないようにしますね」

「まぁ、私の客というか、リディアの客でもあるのだけど……でも私の客になるのかしら?」

「どちらでも構いません。お姉様が紹介してくださるなら、礼を尽くします」

「まぁ、可愛らしいことを言ってくれるわね。今日は手紙にも書いたけれど、大切な話があるのよ」

 ……きた! きっと赤ちゃんの話だ!!

「わかりました。心して聞きます!」


 くすくす笑うお姉様に先導され、二人でサンルームに出ると、見知らぬ令嬢が座っていた。

 ……誰? 全然知らない人だ。たぶん歳は私と同じくらいだけど、お姉様のお客様にしては、随分と雰囲気が……。

 端的に言うと、いつもお姉様の客人は大抵、理知的な雰囲気の人が多い。しかしこの場に居る彼女は、健康的な雰囲気はあるものの、理知的とは言い難い……よく言って、可愛らしい?


 サンルームはレースカーテンで日差しを遮られ、ふんわりとした明るさに包まれている。いつもはカーテンだけでなく窓も全開なのに、珍しい。


「お待たせしてしまってごめんなさいね。妹のリディアよ。リディア、こちらはチェルシー・ミルディス男爵令嬢」

「初めまして。チェルシー・ミルディスです。どうぞチェルシーとお呼びください」

「こちらこそ初めまして。ではわたくしのことも、リディアとお呼びください、チェルシー様」

「最初はあなたの友達になりたいと殴り込み……訪ねて来られたんだけど、ほら、普段は居ないじゃない? だから代わりにお相手をしていて、そのままなんとなく仲良くなって、今に至る……感じかしらね」

「お恥ずかしい限りですわ」


 いや、今、殴り込みって言いましたよね? 何? どういうこと? 私はもしかして、この見知らぬ令嬢に殴り込まれるような何かしらを仕出かしていたんですか?


 どう反応すれば良いのかと混乱する私をそのままに、お姉様が手を振って人払いした。えっ?

「それで、本題なのだけどね。リディア、大切な話をしましょう」

「は、はい……!」

 大切な話は全然構わないのだけど、家族でもない人が居て良いんだろうか……? ネイトならともかく、このチェルシー嬢とやら、そんな親しい友人になったのか? この短期間で?

 それはちょっと、いやだいぶ、悔しい……。



「リディア、落ち着いて聞いてちょうだいね。私、実は前世の記憶があるの」


「なる、ほど……?」

「それで、そのときに遊んだ乙女ゲームにそっくりなの、この世界。流れとしては、よくある話なんだけど……平民として育ったヒロインが、ある日突然貴族の隠し子として男爵家に引き取られる。そして貴族たちの学園に通いながら、いろんな男性と仲良くなる。たくさんの人物が登場するんだけど、リディアはその中で、悪役令嬢なのよ。あ、悪役令嬢というのは、ヒロインとヒーローが仲良くなるのを邪魔する役どころなんだけど……」

「……は、はぁ」

 オトメゲーム? とやらはわからないが、お姉様が言うのだから、きっと何かゲームなんだろう。そして、私はアクヤクレイジョウ……? という役どころ?


「もちろん可愛い(リディア)が悪役令嬢なんて許せないから、ストーリーなんて全力で捻じ曲げたわ。悪役令嬢の姉ポジション、スペックの高さが桁違いで助かったわね。王太子妃候補になったのは誤算だったけど、まぁボコボコに撃退したから結果オーライでしょう。だからあなたはまだ誰とも婚約していないし、そもそも王国の学園にも入学しなかった。それで、突然貴族に引き取られる令嬢というのが、チェルシー様なんだけど……」


「ここからは私が。私も実は前世の記憶があり、しかし貴族で生きていくのは嫌だなと思い、リディア様の邪魔なんてせず、むしろ応援することによって平民になるか、なんとか侍女として雇ってもらえないかと画策していたんです。しかし驚きました。学園に入学しても、リディア様がいらっしゃらなくて。しかも、第二王子殿下の婚約者でもなくて……」

「えっ?」

「え?」

「いや、あの……私、お姉様のオマケとして王太子妃の打診はありましたが、そもそも第二王子殿下は……お顔すら曖昧で……」


 不敬かも知れないが、事実である。

 王太子殿下はちょくちょく顔を合わせることがあったけれど、第二王子殿下は正式な顔合わせすらしてないし、なんなら顔も思い出せない……くらいの存在だ。


「そんな……本来のストーリーでは、リディア様は第二王子殿下の婚約者であり、辺境伯令嬢であり強力な後ろ盾を持った、凄腕の悪役令嬢なんです」

 私の設定、なにそれ? 強力な後ろ盾を持った凄腕の悪役令嬢……って。恥ずかしい。ちょっと思春期拗らせてるのかな? 雑すぎない? もっとしっかりそれっぽい設定にしてよ!


 あまりに恥ずかしさに、赤くなって俯く私をどう思ったのか、二人が焦ったように励ましてくれる。

「大丈夫よ、リディア! 私が全力でストーリーを捻じ曲げたから、リディアは悪役令嬢なんかじゃないわ! もちろんこれからもならないわよ!」

「そ、そうです! 正直、ハイスペックすぎてヒロイン枠の私も裸足で逃げ出すレベルにすごすぎて、とても立ち向かおうとは思いません!」

 違う、そうじゃない。

 私は私の設定に恥じ入ってるだけであって、別に悪役令嬢がどうとかは気にしてない。正直どうでもいいくらい。それよりも。


「あの……私って、悪役令嬢でなければ、何なんですか?」


「私の世界一可愛い妹」

「スーパーウルトラハイスペック令嬢」

 二人が大真面目な顔で即答するから、私はますます混乱した。いや、可愛い妹は嬉しいけど。スーパー……なんて?

「えっと。お姉様の可愛い妹と言ってもらえるのは、嬉しいのですが。スーパー……なんとか、ハイスペック……というのは、人違いでは?」


 私が全身掻きむしりたいくらいの羞恥に耐えながら指摘すると、お姉様は心外だと言わんばかりの顔で、チェルシー嬢は信じられないものを見たような顔で私を見た。


「いいえ! リディア様は誰が何と言おうとも、スーパーウルトラハイスペック令嬢です! だって、王国を飛び出して皇国の学園に通ってるだけでもすごいのに、特進クラスですよ? いくらヒロイン補正のある私でも、絶対無理です! 勉強のみならず剣術、馬術、右に出る者が居ないくらい優秀だとお聞きしてます。これがスーパーウルトラハイスペックでなければ、何がハイスペックですか!!」


 淑女にあるまじき、拳を握りしめて力説するチェルシー嬢と、聞きながらうんうんと頷くお姉様。二人とも、仲良すぎませんか? 私、ちょっと疎外感……。

 あとヒロイン補正ってなんだろう。

「いや、だけど、私は社交は全然してないし、するつもりもなくて、」

「必要ありません! 結婚相手を必死に探す必要があれば問題ですが、リディア様には現状、何もしなくても求婚状が続々と押し寄せています。その中から適当に選ぶも良し、ご自身でこの人はと思う人を探すのも良いでしょう」

「えっ?」

 なんかさらっと知らない情報をブッこまれて、しかもお姉様でもない人からそんな重大情報を聞かされるとは思わず、想像したより五倍くらい大きな声が出てしまった。


「驚かせてごめんなさいね、リディア。私から言うべきだったのだけど、届く書状があまりにもイマイチ……ぱっとしない……微妙な家からばかりだから、全てお断りしているの」

 混乱する私をよそに、お姉様がふぅと溜息を吐きながら衝撃の事実を告げた。なるほど、どれもイマイチぱっとしない微妙な家からの求婚だから、全て無かったことになっているのですね。


「とにかく! リディア様は今のままでも十分すぎるくらいハイスペックですし、今後さらにハイスペックを極めることでしょうし、何も心配することはありません! 社交がなんですか! そんなもの、犬にでもやらせておけば良いのです!!」

 いや、それはダメでしょ。さすがに田舎者の私でも知ってる。


 困惑した私を見てどう思ったのか、チェルシー嬢はコホン、と一つ咳払いをして、とにかく、と続けた。

「ヒロイン補正で大抵のことを卒なくこなせる私が裸足で逃げ出すくらいには、リディア様はすごいんです。スーパーウルトラハイスペックです。これは譲れません」

「いや、でも私なんて、お姉様の足元にも……」

「リディア」

 お姉様が優しく、けれど有無を言わせない声で私を呼ばう。


「リディア、思い出してほしいの。リディアがとにかく褒めてくれる私だけど、その私があらゆる知識や技術を伝授したのは、誰?」

「……私?」

「そう。リディアが絶賛してくれる私の、その全てを受け継いだリディアが、すごくないわけ、ないでしょう?」


 私は目から鱗がポロポロと落ちる気分だった。

 言われてみれば、そうだ。素晴らしく完璧なお姉様に教えを乞うた私が、出来損ないであってはならないと、常に教えられた以上の結果を出してきたんだった。

 なるほど? 完璧なお姉様が教育した私は、普通に比べるとハイスペック……なのかも?


「言われてみれば……そうかもしれません。お姉様に教えを乞うたのに、結果を出せないなんて自分が許せなかったので、常に最善を目指していました」

「ほらね? 私のリディアはすごいのよ」

「そうです! リディア様は、正直そのへんのヒロインでは太刀打ちできないくらい、すごいですよ」


 私がスーパー……なんとかハイスペックだとすれば、その私を教育したお姉様は、私よりさらにすごいハイスペックだ。

 やっぱりお姉様はすごい。




「それで、このタイミングでこの事実を告げた理由なんだけど」

 内心でお姉様を称賛しまくっていた私は、慌てて気持ちを切り替えた。


「ストーリーの通りに、第二王子からの婚約打診が来たのよ。王太子妃の打診をあれだけ断られて、どの面下げて打診してきたんだか、神経を疑うのだけどね」

 お姉様、本音が飛び出しています。しかし言っていることに関しては全面的に同意しかないです。


「もちろんこれまでのように、お断りするつもりだけどね。でも前例があるから、きっとしつこいと思うのよ。何度も王宮へ足を運ぶのもめんど……たいへんだし」

 ふぅ、と遠い目をしたお姉様は、静かにお茶を飲んだ。びっくりするくらい絵になってる。尊い。


「だから、リディアの結婚相手を決めてしまいたいの」

 にこりと笑うお姉様は、お茶の銘柄を選ぶような気軽さで、さらりととんでもないことを言った。

 私は一瞬、何を言われてるかわからなくて、頭の中でお姉様の言葉を反芻した。ケッコンアイテ……結婚相手……決めてしまおう……。

 ゆっくりと言葉の意味が理解できると、私は一つ頷いた。


「わかりました」

「驚かないの?」

「まぁ驚いてないと言えば嘘になりますが……それが一番、手っ取り早く事態を収拾できそうですし」

「リディアは好きな人は居ないの?」

「居ません。お姉様とネイトのような関係には憧れますが、お姉様の選んだ相手であれば不満もありません。その人を伴侶として大切にできるよう努めます」

「貴族の令嬢としては、満点の回答ね。本音は?」

「よほど人間として認識できないレベルでなければ、正直誰でも良いです」

「あらまぁ。正直でよろしい」

 お姉様が鈴を転がすようにころころと笑う。チェルシー嬢はなぜか尊敬の眼差しでこちらを見ている。どうして。


「掃いて捨てるほど積み上げられた釣書を見るのも面倒でしょうから、わかりやすい方法を用意しておいたの」

 お姉様が手を振って合図すると、控えていた使用人がさっとレースカーテンを開けた。サンルームの外側はもちろん庭で、いつもなら適度に整えられた庭と、そこから続く修練場が見えるんだけど……。

「ヒッ……」

 思わず令嬢らしからぬ声が漏れてしまったのは、私のせいじゃないと思う。



 レースカーテンの開いた先には、いつも通りの庭と、いつも通りとはとても呼べない修練場が見えたからだ。



 ここから見てもわかるくらい、大勢の男性がひしめき合っていた。それも、領地の騎士団所属ではない、見たことのない男性ばかり。あ、でもチラホラと、見たことのある人も混じってる……?


「まだるっこしいのも、面倒なのも嫌いだと思って。一番シンプルでわかりやすい方法にしておいたわ」

「つ、つまり……?」

「最後まで立ってた一人が、リディアと結婚できるの」

 さすがお姉様、わかりやすいまでにはっきり簡潔な手段を選んでくれたんですね。強さこそ正義なお姉様らしいです。



 やや遠い目でなんとなしに修練場を眺めていると、演練刀や六尺棒を振り回す男たちの中に、なぜか遠乗りに来ただけのアラン(クラスメイト)まで混じっている。

 ……もしかして、迷子になったんだろうか。ちょっと散策に出て、迷い込んだ可能性は大いにある。なんせ我が家、それなりに広いので。

 そして辺境伯領の修練場だから、訓練と勘違いして混ざってる可能性も非常に高い。



「お姉様、どうやらクラスメイトが迷子になって修練場に間違えて迷い込んだようです。強い人なので怪我の心配は無いと思いますが、万が一最後まで残って私の結婚相手になると可哀想です。迎えに行っても良いでしょうか」

「まぁ、リディア。迷子なんてありえないわ。だって……バーディア様は、誰よりも早く勝ち抜き戦の参加表明をしてくださったのだから」

「そうでしょう、ですから……、え?」


 なんて?

 今ものすごくおかしな言葉が聞こえたんだけど、お姉様が間違えたこと言うわけないから、私の耳が悪くなったのかな。

「だから、バーディア様は勝ち抜き戦のエントリー番号一番よ」

「…………は???」

 淑女にあるまじき返答をしてしまったけど、こればかりは仕方ないと思う。

 つまり、なに? あの人、遠乗りとか適当なこと言っておいて、実は勝ち抜きトーナメントに参加するつもりで来た……ってこと?


 目線を修練場に戻すと、いつも通りの涼しい顔で切りかかってくる相手を受け流したり、切り返したりしている。剣だけでなく、足も出ているのは意外だ。

 けれどたしかに、あの人は剣術だけでなく体術でもトップだったなと思い出す。




「ルールは簡単、使って良いのは演練刀か六尺棒だけ。あとは己の体一つで戦うの。わかりやすくて良いでしょう? 剣術、棒術、体術、なんでもありで、最後の一人になるまで戦うの。総勢何人だったか忘れてしまったけれど、最後に立っている一人さえ認識できれば問題ないわよね」

 にこりと美しく笑うお姉様は、勝ち残れない弱者は認識に値しないとはっきり名言した。さすが。

「一つだけ、確認したいのですが……」

「あら? 一つで良いの?」

「はい。最後の一人が、私の結婚相手になるのとはわかりましたが、私は結婚する際、嫁ぐのでしょうか? この家を出るのは、寂しいです……」

「心配しないで。リディアの好きなようにできるよう、ちゃんと手は打ってあるのよ」

 ぴらり、とお姉様が一枚の紙を取り出して私に見せた。何やら記されている内容を確認する。


()()()()()()()()()()()()()()()としか明記してないから、どうとでもなるわ」

 たしかにそこには、シェルド辺境伯領で勝ち抜き戦を開催すること、最後まで立っていた一人をリディア・シェルドの結婚相手として認めるとしか書いていない。

 結婚相手として認める(・・・・・・・・・・)、であって、結婚が確定では無いところもミソだろう。さすがお姉様だ。



「今回の参加者で身分が高いのは、婚約を打診してきた第二王子殿下と、その側近である侯爵家子息と、なぜか王太子殿下の側近である公爵家子息と、あとは……バーディア様くらいかしら。強さで見れば、おそらくバーディア様と公爵家子息、それにうちの騎士団に居る隊長クラス? その他は有象無象だから知らなくても問題ないわ」


 なるほど。忘れがちではあるが、アラン(クラスメイト)は侯爵家次男だから高位貴族に間違いない。それに強さも折り紙付きだ。それ以外については、正直よくわからない。


 そもそも第二王子殿下がこんな乱戦のようなトーナメントに出て問題無いんだろうか? 王太子でなければ良いの? 仮にも王位継承者なのに?


 あとその側近もよくわからない。会ったこともないのに、しかも政略でもないのに、こんな戦いに出る意味あるのか?


 もっとわからないのは、王太子殿下の側近だ。あれだけ王太子殿下がボコボコにされる場面を見ていて、よくこのトーナメントに出ようと思ったな? よほど腕に自身があったのか?


 うちの騎士団に所属している人たちなら、まだわかる。顔を合わせる機会も多いし、ネイトの前例があるから、強さを証明する絶好のチャンスなのだ。

 なにせ我が領地の騎士団、強さこそ正義な脳筋集団なので。強い相手と戦うのが生き甲斐なので。




「リディア様、そろそろ決着がつきそうですよ!」

 チェルシー嬢がやや興奮した様子で修練場の様子を教えてくれる。その手に持ってるメモ帳はなんですか?

「あら本当。リディアは誰が勝つと思う?」

「わからないですけど……。私が強いと思うのは、お父様とネイトとお姉様と、アラン・バーディア様だけです」


 修練場では、勝ち抜き戦も佳境を迎えていた。あれだけ大勢居た参加者はすっかり数を減らし、今やほんの数名しか立っていない。

 お姉様の言った通り、アラン(クラスメイト)、公爵家子息、うちの騎士団の隊長が二人。


「リディアが強いと感じたなら、バーディア様は真実強いのでしょう。恐らく最後に立っているのはバーディア様でしょうね」

「そ、そうでしょうか……」

「えぇ。それで、確認なのだけど。リディアはバーディア様を、認識できているのよね?」

「はい……認識できています(・・・・・・・・)


 結婚相手と言われると戸惑ってしまうが、学園では毎日顔を合わせていても不快感は無いし、他の生徒のように認識がボヤけていることもないから、他の人と間違うこともないだろう。

 私は跡取りでもないから後継者問題について悩むこともないだろうし、なんなら白い結婚を貫いても問題は無いのだ。

 この結婚は、王族からの打診を断るためのものだから。一度でも婚姻を結べば、もう王族から打診が来ることは無いだろう。たとえすぐ離縁したとして、社交界で嘲笑されようとも私は痛くも痒くもない。


 とにかく王族からの打診を断る口実が必要だった。



「では、決まりね。そろそろ修練場へ向かいましょうか」

 にっこりしたお姉様が、立ち上がってサンルームを出ていく。私とチェルシー嬢もそれに続く。

 チェルシー嬢はやはり興奮した様子で、何やら必死に手元のメモ帳に書きつけている。なんだろう。メモ魔なのかな?




 私たちが歩いてる間にも、一人、また一人と倒れていく。少しずつ近づくことにより、遠目には見えなかった死屍累々も目に入り、なんとも複雑な気持ちになる。その死屍累々に、第二王子殿下も入ってるのかと考えると、今後トラブルにならなければ良いけど、なんて思ってしまう。


 まぁでもお姉様のことだから、きっと勝ち抜き戦に出る前に、何かしらの誓約書を書かせているはずだ。怪我をしても文句言いませんとか、たとえ後遺症が残っても訴えませんとか。

 恐らく文末には『たとえ負けたとしても弱い自分を恥じ、今後は精進することを誓います』とか書かれているはず。

 強さこそ正義の辺境伯領っぽいと言えばそれまでだけど、そんな誓約書まで書いて参加してくる人たちも相当イカれてると思うんだよね。


「でも、安心したわ。リディアもきちんとした結婚ができそうで」

 思考に沈んでいた意識が、お姉様の言葉で引き上げられる。

「きちんとした結婚、ですか?」

「えぇ、そうよ。だって、バーディア様のことは、強いと思っているんでしょう?」

「それはまぁ……はい。授業や実技でも、首位争いをしてますし」


 私の言葉に、お姉様は輝くような笑顔になった。いや、むしろこれもう発光してるのでは? 眩しい……。

「なら、大丈夫。だって、リディアが認識できている(・・・・・・・)んだから」

「すみません、アリシア様。認識できてたら大丈夫の説明をいただいても?」

 何やらメモを書きつけながら、チェルシー嬢がお姉様に問うた。それ一言一句書きつけてるの? 疲れない?


「簡単なことよ。リディアは興味を持てない相手のことを、認識できない(・・・・・・)の」

 何を当たり前なことを、と私がチェルシー嬢を見ると、信じられないものを見るような顔をしていた。なんで?

 不思議に思ってお姉様を見ると、仕方ないなとでも言うような顔をしていた。え?

「あのね、リディア。これまで言わなかったけど、実は興味を持てない相手を認識できないのって、ちょっと普通とは違うらしいの」


 私は人生で一番の衝撃を受けた。なんてこった!


「えっと……その……では、興味の持てない相手でも、普通は認識できる……んですか?」

「実は、そうなのよ。あぁ居るな、くらいには認識できるものなの」

 知らなかった。興味が持てなくても認識できるなんて。つまり、普通の人たちは、私のようにボヤけていないということ。

 そりゃ私だって、ボヤけてさえいなければ、認識できる……はずだ! たぶん。


「リディア様、お伺いしたいのですが、認識できないとは、どういう……?」

「そのままの意味です。わたくしの場合、存在がボヤけて、うまく認識できません」

「えっ。学園生活、大丈夫なのですか?」

「大丈夫か大丈夫でないかで言えば、まぁ大丈夫ではないのですけど。人の顔を覚えるのが苦手だと言ってるので、大きな問題になったことはないです」

「なるほど、だから社交はできないし、する予定も無いと……」

 やっぱりチェルシー嬢は、必死に何か書きつけている。お姉様の話ならわかるけど、私の話なんて別に、たいしたことないのに。


「とにかく、リディアが認識できるバーディア様なら、大丈夫よ」

「お姉様……」

 私がよほど不安そうな顔をしていたのか、お姉様が励ますように私の背中を撫でた。


「どうしても不安なら、戦って白黒つければ良いんだし」


 貴族令嬢にあるまじき発言ではあるが、それでこそお姉様。素敵!

分割って難しい。

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