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 私のお姉様は、神様に祝福されし世界一素晴らしいお姉様だと思う。




 私、リディア・シェルドには四歳離れたお姉様が居る。綺麗で優しくて、いい匂いがするアリシアお姉様は、もう名前から美しくて素晴らしい人だ。

 私が物心ついた頃には、お姉様は既にお姉様だった。

 いや、私の姉であることは当然なんだが、それだけでなく。慈悲と慈愛の精神に溢れ、そのへんの男に負けないくらい強い騎士であり、とても賢い人だった。


 お母様は私を産んでから産後の肥立ちが悪くて、私が三歳になる頃に儚くなってしまった。冷たくなって目を覚まさないお母様を見て、もう会えないことだけわかった私が号泣するのを、お姉様が強く抱きしめてくれた。温かく優しい腕に、とても安心したことを覚えている。


 お父様は辺境伯として非の打ち所がないくらい強い騎士だった。負け知らずだった。

 しかし悲しいかな、頭はイマイチどころかさっぱり良くなかった。

 だから領内の運営については内政官に丸投げしている有様。それを良しとせず、自ら運営に乗り出したのがお姉様だ。最初こそ内政官や家令に指示を仰ぎながらも、過去の資料をかき集めて勉強し、見事に領主としての業務をこなすようになった。


 後にお姉様に聞いたところによると、内政官が善人だから良かったようなものの、これが悪人であれば領主としての立場を乗っ取られてもおかしくなかったらしい。

 たしかに、お父様は脳みそまで筋肉が詰まっていて、戦う以外はさっぱりな人だから、難しいことは理解できない人だった。乗っ取られなくて良かった、本当に。


 お姉様はさらっとこなしているが、十歳の女の子ができることじゃない。すごすぎる。

 私? 私は六歳児らしく散歩したり絵本を読んだりしてたよ。いやぁ、子どもは子どもらしく過ごすのが一番だよね!



 お姉様はすごい。美人でスタイルが良くて、頭も良くて剣の腕も強くて、まさに神様が創り給うた最高傑作だと思う。欠点なんて無いのでは? と思っていたけど、刺繍だけは苦手らしい。

 いや、他が完璧なんだから刺繍くらいできなくても良くない? 問題ないよね? 溢れる才能でカバーされてるから、むしろ欠点とは呼べないと思っている。

 それにお姉様の刺繍は、あれはあれで味があって可愛らしいのだ。お姉様にもらったハンカチは、私の宝物である。




 お姉様は王太子殿下と同い年で、王太子妃候補に挙がるのは当然の流れだった。お姉様の他にも数名候補は居たけれど、実質的にお姉様か、侯爵家の令嬢かの二択だと言われていた。

 密かに私も候補に入ってはいたけれど、お姉様と私の名前が並んでたら、私なんて居ないようなものだよね! むしろなぜ私の名前が並んだのか疑問しかない。消してよ!


 王宮に集められたお茶会で、候補に挙げられたお姉様は自ら剣を取り、高らかに宣言した。

「わたくしはどこまでも辺境伯の娘。いかに王太子殿下と言えど、自分より弱い男性に嫁ぐ気はさらさらありません。いざ、尋常に勝負!」


 このときのお姉様は、まだ十歳ながらも既に領内の騎士に混じって真剣を振るい、立派な騎士として立っていた。六歳の私から見れば、それはもうあまりにも眩しくて、こんな素敵なお姉様を王太子だからと嫁に貰えると思っているならポンコツだなぁと思っていた。


 実際、レディがそんなお転婆をするものではないよ、なんて笑っていた王太子殿下は、瞬きする間に倒れていた。言うまでもなく、お姉様の圧勝だった。

「失礼ながら殿下、強さに性別は関係ありません。わたくしに負けるようでは、大切なものを守れないかも知れませんよ」

 痛烈な皮肉に何も言い返せないまま、王太子殿下は救護室へ運ばれていた。もちろん、失神しているから、お姉様の言葉は聞こえていなかっただろう。

 けれど側近たちは聞いていたから、それはそれは悔しそうな顔をしていた。お姉様の言葉は、側近たちにも当てはまるものだったからだ。


 お姉様は剣だけでなく、勉学でも誰より秀でていた。側近である宰相の令息よりも、お姉様の方が優秀なのは有名な話だったから、言い返したくても何も言えなかったのだ。


 一応は非公式の対決だったにも関わらず、人の口に戸は立てかけられない。どこからかお姉様が圧勝した話が漏れ、お姉様は自分より強い男としか結婚しないという話が国中に広がった。

 お姉様の話題のおかげで、王太子殿下が負けた話については霞んでしまったので、王太子殿下はお姉様に感謝すべきだと思う。



 晴れて王太子殿下に勝ったお姉様は、王太子妃候補から外れた。外れたというか、自分から候補を飛び出した? 放棄した? まぁとにかく王太子妃候補ではなくなった。

「おねえさま、おうたいしひ、いやなの?」

 清々したと言わんばかりに笑顔のお姉様に聞いてみた。純粋な疑問だった。


「嫌というか……まぁ、そうね。だって王太子妃になったら、こうして毎日リディアに会うことも、抱きしめることもできなくなるもの。それは絶対に嫌だわ」

 ぎゅっと眉を寄せて私を抱きしめるお姉様は、本当に私を可愛がってくれる。王太子妃になるより私の方が重要だと言われて、喜ばない妹とか居る? 居ないよね?

「私はリディアを幸せにするために頑張っているのよ。だから、応援してね」

 そう言って花が綻ぶように笑うお姉様が、私は大好きだ。




 お姉様のおかげで、私は領地で伸び伸びと育った。王都からは学園へ入学するよう連絡は来たけれど、お姉様がすげなく断っていた。

「失礼ながら、わたくしどもは領地での学習で十分間に合っております。また、恐れながらわたくしは学園へ通う時間的余裕がございません。万が一学力に不安が見つかれば、随時入学手続きをさせていただきます」


 同世代で一番の成績を誇るお姉様からの言葉に、誰も何も言い返せなかった。王都では秀才と呼ばれる宰相の令息も、お姉様には勝てなかったのだし。

 実際にお姉様は多忙で、王都の学園へ通う余裕なんて一切無かったのだ。

 領地の運営、辺境の警備・訓練、家庭教師との勉強、隙間時間には私の勉強も見てくれた。忙しすぎる。


 王都の学園は、貴族子女たちが集められ、十五歳から三年間を過ごし、結婚相手を見つけたり他家との交友を深める場所らしい。辺境伯の娘である私たちには、正直あまり魅力を感じられない。

 貴族の子女はこぞって学園へ入学するようだが、婚約者の決まった令嬢は家庭教師で済ませる場合もあるし、実際お姉様は家庭教師との勉強で事足りていた。剣術においては領地の騎士団に混じって実践稽古するのが一番だろう。


 家が王都でのコネクションを求めているならまだしも、お父様は辺境警備の強化を第一に考えているし、お姉様も自分より強い男性を婿に迎えて警備をより強化したいと考えていた。

 領地で完結してしまうから、私も別に王都での出会いを求める必要もなかった。


「リディアは好きな人と結婚してね。理想を追い求めるのも良いわ。もちろん結婚しなくても大丈夫よ。リディアが成人したら、うちにいくつかある好きな爵位をあげることもできるし、もちろん平民として生きていくのも良い。リディアの好きなことを好きなようにしてね」

「お姉様は、好きな人と結婚しないの?」

「やだ、そんなわけないじゃない。私は強い人が好きなの。だから、私より強い人としか結婚しないのよ」


 お姉様はその美しい見目によらず、強さこそ正義という人だった。見た目より中身? 強さ? こそが大切らしい。

 ゴリラような見た目でも、ひょろっとした見た目でも、とにかく自分より強い人であれば良いらしい。理想が高いのか低いのか、よくわからない。


 なまじ自分が美人だから、見た目を求めないのかもしれない。誰と並んだところで、お姉様に比べれば皆等しく醜い判定になるわけだし。

 でもお姉様より強い人って、今のところお父様以外に思い当たらないんだけど……ハードル高すぎるな。



 たまに王太子妃の打診が来て、そのたびにお姉様は王太子殿下と対決した。

 お姉様は何事にも手を抜かないので、毎回コテンパンに打ち負かしていた。さすがである。

「殿下、わたくしは自分より弱い男も、自分より頭の悪い男も、好きではありません」

 毎回遠回しどころかドストレートの豪速球で断るお姉様に、何度も挑んでくる王太子殿下もすごいと言えばすごい。私なら初回の敗北で心が折れている。


 王太子殿下だけでなく、側近たちも毎回しょんぼりしてたのは気のせいじゃないと思う。誰一人として何も言い返せない事実だからね。




 お姉様が十八歳で成人するまで、学園への勧誘は続いたし、王太子妃への打診も続いた。……いや、王太子殿下、諦め悪すぎない?

 王太子殿下があまりに対決に負け続けるから、もはや様式美みたいになっていたのは言うまでもない。本当に勝つつもりあったのかな。


 あまりに打診が来るのが鬱陶しくなったのか、成人したお姉様は突然結婚すると発表した。電撃結婚だ。

 相手は領地の騎士団副団長だった。お父様の次に強い人で、次期団長になる予定の人だ。


「わたくしより強い男に出会いましたので、結婚します」


 お姉様の発言に真っ白になっていたのは、王太子殿下だけではなかった。側近たちもまた、真っ白になっていた。とくに近衛騎士団長令息なんか、真っ白を通り越して透明になりかけていた。人ってあそこまで存在感が薄くなることあるんだ。


 私の義兄になる人は、見目こそ強面で大柄で圧迫感のある人だったけど、心根は優しく穏やかで、お姉様が何より求めたフィジカル的な強さはもちろん、メンタルでも圧倒的強さを持った人だった。

 お姉様より十歳年上のネイトは、お姉様が成人するのを待って求婚し、見事お姉様に勝利して結婚相手としての権利をもぎ取ったのである。


 二人が並ぶ姿は、さながら美女と野獣と揶揄されそうなものであったけど、お姉様が選んだ人が悪い人なわけない。私は心から祝福した。

 貴族としては婚約期間を設けるのが基本であるが、お姉様の場合はその間に要らぬ茶々を入れられたくないとのことで、さっさと結婚してしまった。鮮やかすぎる。


 真っ白な婚礼衣装に見を包んだお姉様は、まさしく聖女もかくや、という美しさだった。隣に立つネイトは普段の倍くらい大きく見えた。膨張色ぅ……。


 結婚式が終わったお姉様が私に言った。

「リディが結婚するまで待とうと思っていたんだけどね。王太子殿下からの挑戦がめんど……億劫で」

 思いっきり本音が飛び出していたが、私ももう小さい子どもではないので、聞き流すことができるのである。


 聖女のようなお姉様をもってしても面倒だと言わしめる王太子殿下は、早くもう一人の候補である侯爵家の令嬢と結婚すれば良いのにな。




 お姉様が電撃結婚したことによって、なぜか私に王太子妃への打診が来るようになった。……ほんとになんで?


 私を王太子妃に据えて、あわよくばお姉様に会いたいと思ってるんじゃないかという思惑が透けて見えて、私は王太子殿下のことが気持ち悪いなぁと思った。不敬になるから、口には出さなかったけど、思いっきり顔には出ていたと思う。


「まぁ、なんて気色の悪い」

 私がなんとか口には出さなかったのに、お姉様ははっきりと顔を顰めて言ったので、私はびっくりしてお姉様の顔をまじまじと見つめてしまった。

 するとお姉様は美しく笑って言った。

「リディア、安心なさい。私より弱い男に(リディア)をやるつもりは無いわ」

 私はたちまちニッコリしてしまった。



 王太子妃の打診は、今までと変わらぬ光景が繰り返された。お姉様と王太子殿下が対決し、お姉様が勝利する。

 以前との違いといえば、婚約者候補が私になったことと、ネイトが付き添ってくれるようになったこと。

 お姉様とネイトの左手首に光る腕輪が、二人が結婚したことを表していた。


「王太子殿下、そろそろ諦めてくださいませ。わたくしはネイトと結婚しましたし、リディアもわたくしより弱い男に嫁がせるつもりはございません。わたくしだって、いつまでもこうしてお相手できるとは限りません。いい加減、侯爵家の令嬢と婚姻なさいませ」

「……なぜだ? アリシア嬢より強い男であると証明するためには、アリシア嬢と対決しなければならないだろう? なぜアリシア嬢が相手をできなくなるのだ?」

「殿下、わたくしは結婚した身です。子を身籠れば、こうしてお相手することはできなくなります」


 お姉様がきっぱりと言い切ったのを聞いた面々は、雷に撃たれたような顔をしていた。考えなかったんだろうか? お姉様は当たり前のことしか言っていないのに。

 結婚したんだから、子どもができてもおかしくない。どうしていつまでもお姉様が相手をしてくれると思っているのか。

「……アリシア嬢が、相手をできなくなったら、誰に強さを証明すれば良いのだ?」

 迷子になった子どものような顔をして、王太子殿下が問いかける。そんな顔して人妻に縋るなんて、王族どころか人としてどうかと思いますよ。


「殿下、はっきり申し上げますとそんな証明をするより、一刻も早く他家の令嬢と婚姻を結ぶことが最善です。尊き御身、立太子された殿下に伴侶が居ないなど、他国に軽んじられてもおかしくありません。ですが、どうしてもと仰るなら、わたくしの代わりにネイトがお相手いたします」


 私の隣に立っていた義兄(ネイト)が恭しく頭を下げると、その様子を見た王太子殿下とその側近たちは、顔色を悪くしながら力無く頷いた。

 これ以降、私への王太子妃の打診はパタリと途絶えた。


 正直、私への打診というより、王太子殿下がお姉様に会いたいから対決を申し込んでいたのではないかと思う。

 本当に気持ち悪い人だなぁ。



 王太子妃の打診は途絶えたものの、学園への入学勧誘は続いていた。必要ないって言ってるのに、しつこい。

 私はお姉様ほど頭が良いわけではなかったが、まぁそれなりの成績は修めていたので、家庭教師からも、王都の学園へ入学しても物足りないのでは? と言われていた。


 わざわざ物足りない勉強をするために学園まで行くのもなぁ、と悩む私に、お姉様がアドバイスをくれた。

「リディア、見識を広めたいと思わない?」

 お姉様が持っていたのは、皇国にある学園への入学案内だった。




「リディア嬢!」

 ここ半年で聞き慣れた呼びかけに振り向くと、整った顔ながら冷たい印象の青年が駆け寄ってくる。私も人のこと言えないけど、表情筋死んでるんじゃないかな。


「……アラン様、何かありましたか?」

 二人並んで歩きながら、馬車寄せへ向かう。あんまり目立つ人と一緒に歩きたくないなぁ。

「いや、大したことではない。留学生の選出を任されたんだが、リディア嬢は留学に興味は無いか?」

「いえ全然、全く、さっぱり」

「そうか。皆こぞって希望するのに、珍しいな」

「わたくしにはこちらの学習レベルが合っておりますので。言い難いですが、留学先の学力は、その……こちらより数段低くなると聞いております」

 その留学先の国から来ました、なんて、言わなくてもわかってるだろうに、今更?


「その通りだが、なぁ。留学したという記録があるだけで、今後のコネクションも繋ぎやすくなるぞ?」

「わたくしは実家へ戻り姉の手伝いをしますので、必要ありません」

「リディア嬢はそればかりだな」

 ぴしゃりと会話を断ち切る私に、隣を歩く彼がひっそりと嘆息した。失礼な、と思うも、そのくらい実家のことを話してるのかと考えたら、まぁ仕方ないのかなと思えた。



 彼、アラン・バーディアは、ミドラル皇国の学園で知り合った、私の数少ない顔見知りだ。

 侯爵家の次男らしいが、詳しいことは知らないし、興味も無い。クラスメイトであり、試験ではお互い競い合うライバルみたいな存在。よく顔を合わせるので、他のクラスメイトよりも仲の良い人物であると思う。たぶん。


 少なくとも、名前呼びを許すくらいには、気心の知れた仲である、はずだ。他の生徒は皆ぼんやりとしか認識できておらず、名前どころか顔すら覚えているか怪しい。彼を認識できているのは、偏にあらゆる成績を競い合い、顔を合わせる機会が格段に多いからだ。

 授業での小テストなど、私と彼の首位争いでクラスメイトたちは賭けをしていると言うのだから、顔を合わせる機会については察していただけるだろう。



 私はお母様の実家である、皇国の伯爵家、レッディ姓を名乗り、リディア・レッディとして入学した。皇国の学園は国や身分を問わず幅広い学生受け入れ制度が整えられていたが、正直に王国のシェルド姓を名乗ると面倒なことが起こりそうだとお姉様が言ったので、面倒を避けるためにも、レッディを名乗ることにした。


 入学から半年経つが、とくにトラブルに見舞われることもなく、平和に過ごしている。さすがお姉様、やはりお姉様の言うことに間違いは無いのだ!


 学園のある日はお母様の実家から通っているが、ほぼ毎週末、実家である辺境伯領へ帰っている。お姉様大好きなので!

 寮に入ることもできると言われたが、とんでもない。寮に入れば門限や寮則に縛られて、自由に帰省することができなくなってしまうのだ。お姉様に会えないなんて耐えられない。お姉様大好きなので!!


 それに、気ままに単騎で駆けるのは楽しい。貴族の令嬢としては馬車に乗るべきなんだろうけど、辺境伯の娘として、自分で馬に乗ることすらできないなんて恥ずかしすぎる。お姉様には程遠いが、私もそれなりに乗馬を嗜んでいる。




「リディア嬢、次の休日はご実家へ戻ると話していたな? 自分もお邪魔して良いだろうか?」

 なんで??????

 思わず飛び出そうな本音をなんとか飲み込み、返事を絞り出す。

「……その、理由を聞いても?」

「リディア嬢のご実家は、良い遠乗りコースだと聞いた」

「はぁ、まぁ……そうですが。他にもいくらでもありますよね?」

 わざわざうちに来る意味ある? うちじゃなくて良くない?

「リディア嬢が毎週のように馬で駆けているのを見て、羨ましくなった」

 それならもっと楽しそうな顔しなさいよ。

 真顔で淡々と言われても、全然羨ましく思ってる様子には見えませんが。


「当主である父と、姉の許可が下りるなら。しかしながら、もてなしは期待しないでくださいね。姉は忙しいので」

「こちらが無理を言うんだ、問題ない」

 やはり淡々と頷く様子は全く感情が読めない。私も人のこと言えた義理じゃないが、もう少しこう、感謝の念とか表した方が良いと思う。

 本当に単騎で駆けてるの羨ましく思ってんの?




 休日の早朝、誰にも会わないよう、薄暗いうちに厩へ向かう。お母様の実家である伯爵家の使用人は、私が早朝に出ることをよく知っているので、用意だけ整えて放っておいてくれる。有り難い。


 誰とは言わないが、誰かに絡まれたりしたら、家に着く時間も遅くなってしまう。つまりお姉様に会うのがそれだけ遅くなってしまう。絶対嫌だ。

 足早に厩を後にし、門の前まで来ると、ぽつんと人影があることに気づいた。まさか……。


「おはよう、リディア嬢」

「……おはよう、ございます」

 なんでもう居るんですか?

「リディア嬢なら誰にも会わない時間に出ると思って、待っていた」

「……、そうですか」

 私のこと観察しすぎじゃない? ちょっと怖いんですけど。気にしたら負けかな……。


「それにしても、随分と早く出立するんだな。まだ夜が明けてもいない」

「はぁ。早く発てばその分早く到着できますし、向こうでのんびりできますから」

 これ以上の会話を打ち切るように、さっさと身支度を整えて馬に跨がる。いつまでも会話していたら、どんどん出立が遅れてしまう。そうしたらお姉様に会う時間も少なくなる! いやだ!


 この場には自分しか居ません、とばかりにさっさと出発する。そもそも遠乗りしたいだけなら、私と一緒に出る必要もなければ、会話だって必要ないのだ。

 ここに使用人の一人でも居れば、何かしらの小言を食らったかもしれないが、幸いにして私たち以外は誰も居ない。淑女らしいマナーなど知ったことではない。


 私が駆け出してまもなく、少し後ろを別の馬が追いかけてくる。まぁ行き先が同じだから仕方ないけどさ……面倒だなぁ。時間ずらしてくれれば良いのに。きっと空気を読むとかが苦手なんだろうな。私も人のこと言えないけど。


 走ってるうちに、薄暗かった空が徐々に明るくなってくる。私はこの、夜明けを迎える空を見るのがとても好きだ。宵の濃紺が朝陽のオレンジに灼かれ、眩しい青空に変化する様子は、何度見ても飽きない。

 朝焼けはお姉様を連想させるので、大好きだ。私にとって、お姉様は太陽と言って過言ではない。そのくらい、大きく偉大で素晴らしい存在なのだ。



 そういえば、今回はお姉様から私に話があるって言ってたっけ。なんだろう。


 もしや、ついにお姉様に赤ちゃんができたんだろうか。そしたらつまり、お姉様の子どもは、私の甥か姪ってことで……うちに天使が来るってこと?

 断言できるが、私の帰省ペースが跳ね上がってしまうどころか、なんなら実家から学園に通うレベルだ。

 通学時間が伸びることより、少しでも長く赤ちゃんを見ていたい。絶対に天使じゃん。


 女の子だろうか、男の子だろうか。どちらにしても、お姉様の子どもなら美人に違いない。ネイトに似る可能性もあるが、ネイトだって強面なだけで整った顔をしているんだし、お姉様の遺伝子を受け継いで美しくないわけがないので、どちらにしても可愛い甥か姪だ。可愛がる以外の選択肢は無い。



 まだそうと決まったわけでもないのに、私はまだ見ぬ甥姪について想いを馳せ、家路を急いだ。

短編を書こうと思ったのに、長くなったので分割します。

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