円卓組始末記(17)
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セリズアデスと俺の剣が触れるまで二秒あるか無いか。
横目でちらりとしか確認していないが、鞍上のニュクスの芝居は上々だと言える。ヒトか人形か、即断できないだけでいい。ほんの一瞬、思考が濁るだけでいい。俺が鍔迫り合いまで持ち込めば、策の九割は達成したと言い切れるからだ。
彼の目は小屋に釘付けとなっていた。俺の方を見ようともしない。構わぬ。その魔剣で俺の剣を受け止めてくれればいい。
そして接触。横へ薙いだ俺の剣の軌道を、彼は半身をねじって斜めに寝かせた魔剣で受ける。金属音。同時、セリズアデスの全身が、俺の剣を受け流すようにくるりと回転した。
その右手が遊んでいる……剣の両手持ちを解除している……意味は不明だが意図は有る。このたぐいの嫌な予感はほぼほぼ当たる。セリズアデスは回転の動作に合わせて背面を探るや、こちらに向いた時には、右手で新たな剣を振りかぶっていた。
見覚えのある特徴的な刀身……独特の禍々しさ。
さらなる魔剣。二振り目を帯剣していたとは。
刹那で、セリズアデスの発言が脳裏で鮮明に蘇る。『古文書』だの『この剣は弱い』だの『十人は喰った』だの……どうりで魔剣製作の裏側をベラベラと喋ってくれた訳である。すべて、この貴重な一振りしかないと思い込ませる布石だった。迂闊。俺が何かしらの策を弄しているのも、お見通しだったか。
だが。
まだだ。まだ勝負は決していない。落雷は二発になったかもしれないが、要は撃たせなければ良い訳である。ユニコーンは全速で駆け抜けている。あと数秒、何とか俺が稼ぐ。正念場である。
さすがはセリズアデス卿。これ以上は考えられない、願ってもない強敵。たぎる。面白い。流された上半身を立て直し、俺もまた剣を振りかぶった。重い。剣が扱いづらい。しかし、構うか。俺は奥歯を割り潰してしまうほどに噛み締め、力任せで強引に剣を振り下ろした。
左の魔剣に遮られる。そのまま流され、俺の上半身が泳ぐ。その隙を突き、右の魔剣が真っ直ぐに闇の彼方を指した。老馬の逃れた方向。契機の所作だ。ためらわずに、俺はセリズアデスへ体当たりを喰らわせた。もつれ込みながら二人して転倒。
すばやく顔を上げる。と、見透かしていたように、魔剣の柄尻が右の頬を痛打、奥歯が何本か弾け、顔面がよじれた。勢いそのまま、俺は彼から剥がされるように弾き飛ばされた。
よろめきながら、懸命に立ち上がる。抜けた歯を吐き捨てる。セリズアデスもまた、魔剣を杖に体制を整えているところだった。
「……してやられたよ。家ではなくて、どうやら馬に乗っていた方が本物だったか」
肩口の土埃を吐息で吹き飛ばし、セリズアデスは無表情の顔を向けた。両の魔剣はだらりと下げたままである。魔女のことは観念したか……いや、まだ油断できない。会話を長引かせなければ。その分、老馬は距離を稼げる。俺は挑発を選択した。
「次はあんたの脚を奪う」
セリズアデスの顔付きに微々たる変化は無く、それこそ眉の一筋も動いていなかった。
「馬を狙うか。なるほど。迷いは晴れた。なんせこの一発しかないからな」
次の瞬間、視界のすべてが再び白化、そして鼓膜を揺るがす爆音が轟いた。
落雷。しかも、老馬の方向だ。
「な!……」
言葉など紡げるはずもなく、ただただ俺は愕然と両の目を見開くのみであった。
両の腕の魔剣は、下を向いたままだったのに……息をするのも忘れている俺へ、セリズアデスがそっと語り掛けた。
「最初のは斬り合い専用の数打ち、後から出した方が使える魔法剣だ。これとは信頼関係が成立していてな、以心伝心なんだよ。わるいな」
そして右腕を持ち上げ、魔剣の切っ先で俺を指した。
「さあ、次はどうするんだ? 魔女を助けに行くのか、それともここで私と斬り結ぶのか、好きな方を選べ……どうした? 逡巡の間なぞ無い。動け。戦え。守れ。どうした、どうした、どうしたんだ? さっさとしないと私がお前の脚を奪うぞ。迷えば迷うほど、選択肢はひとつ、またひとつと枯れて行く。どうするんだ? お前は何がしたい? 何のためにここに来た? 迷うな。断ち切れ。決めろ。命の有る内に後悔なんぞするな。悔やむのは死んでからでいい」
そしてセリズアデスは、どうでもいい方の剣を後方へと放り投げた。次にその左手の親指と人差指で輪を作り、それを口許へ。
一度だけ、短く鋭い指笛を放った。