円卓組始末記(16)
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「これからどうするのか、閃いた策がある。意見を聞かせてくれ」
『もちろんです』と、老馬はうなづいた。『うかがいましょう。いかなる案で?』
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……ニュクスを乗せたユニコーンはロバ子と共に家の影に姿を隠して待機。俺がセリズアデスを引きつけ、頃合いを見計らって合図を出すので、ユニコーンらは全速力で西へ。同時、俺はセリズアデスへと斬りかかる。
『いや、刺客めには落雷の一撃が有ります。わたしと魔女どのへ向かって落とされる可能性があるのでは?』
……剣と所持者が以心伝心とは考えづらく、魔法を振るうのであれば発動に関する契機というべき何かしらの動作を求められると思われる。剣の切っ先で対象を指す、等だ。俺はそれを妨ぐ。ここはどうしても運頼みになるが、こちらだけが一方的に不利という訳ではない。まずは落雷の命中精度の不確かさ。最初の戦闘では魔女に直撃させず、結局のところ陽動にしか使えていない。満足に制御出来ていないのではないのか……の疑問は払拭出来ない。原則として撃たせはしないようにするが、放たれたとしても、的は動いているので当てるのは至難の技、的中は高確率で不可と仮定できる。次に速攻での連発性能も疑わしく、充電に時間を要するらしいのも先の接触で証明済みである。それ等に加えて彼の意識を散らす。俺が斬りかかるのもそうだが、合図として『魔女』と叫ぶ。家の中に彼女が隠れていて、有利区間の射程に入っているのかも?……と、疑わせる。そのために、ユニコーンが背に乗せているのはいかにも人形的な小細工を施す。逃げ出そうとしているのが偽物で、本物は家の中に隠れている……と思わせたいので、ニュクスには闇に紛れるよう視認性の低い黒系統の法衣ローブに着替えてもらい、なおかつ腰やら首やら肩やらの各関節を当て木で固定する……
『なるほど。ガラハドどのとわたし、それに加えて魔女の影を匂わせ、刺客めの意識を三分割すると。彼の用心深さと迅速な状況判断能力を逆手に取る、という事ですか』
……瞬時にして三方向すべてに正しい対応は出来ない……と想定できる。家に雷を落とす……という荒技に出る可能性も有るが、それならそれで好都合である。虎の子の落雷が無駄になる……ただその場合、雷撃と同時にユニコーンの後を追う行動に出るだろうから、おそらくは騎乗してくるであろうと予測し、馬の脚に備えてウマ子は念の為ここに残る……
『……わかる意見ですが、ならばわたしがお供いたします。ウマ子どのはニュクスどのと一緒に退避させるべきでは……』
……ニュクスを円卓へ連れて行くことが最重要項目。ユニコーンには、城へ行く事にまだ同意していないニュクスの説得を頼む。それを含めその他諸々、ここから離れた後の要所々々での最的確の判断を任せたい……心配無用、ウマ子は遅れて後を追わせる。必ず合流させるので、それまではあいつの事も気に掛けてやっていてほしい……
『……ガラハドどの、その言い方ではまるで……』
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……と、そこでようやく荷物をまとめ終えたニュクスたちが出て来たので理由を説明、しぶしぶ納得した彼女の関節を、さっそくうかつに動かないよう縛り上げる事とした。魔女は悲鳴をあげる。
「痛い痛い痛い痛い! ちょっとちょっと! もう少し優しく出来ないのかよ、この不器用騎士!」
「わめくな、静かにしろ。奴が近づいていても不思議ではない」
「えらそうに言うな! 美少女を拘束する性癖でもあんのかゴラァァア!!」
すったもんだしながらニュクスの姿勢を固定し、老馬の背へと移した。落馬しないよう下半身も荒紐でぐるぐる巻きとし、両の腕も手綱を握っている感じで結び付けた。特徴的な銀色の長髪を法衣ローブの下に隠して完成。なんとか様にはなったように思う。
その出来映えに一安心していると、老馬が控え目気味にこちらをうかがっているのがわかった。
「ん……どうした?」
『さきほどの続きですが……』と、老馬は少しだけためらう様子を示した。
『……ガラハドどのの策はニュクスどのをいかにして逃がすか、に終始していました……あの、ひょっとして刺客めをどう倒すのか、考えていないのではありませんか……』
「え、なにそれ?」と、ニュクスも口を挟む。
……大丈夫……
……そう。大丈夫なのである。この判断で間違いない。
「策なら有る……案ずるな」
すると、老馬はその長い首を申し訳なさそうに弱々しく垂らした。
『……今の私の魔力では、どんなに急いても四秒の[見づらい]とて、編むのに二時間は掛かります……この局面でお役に立てないとは……』
「いやいや」と、俺はうなだれる老馬の背中を軽く叩いた。
「おぬしにはかなりの金貨を支払ったがな、実に良い買い物をさせてもらったと思っている……あの宿屋のおやじ、おぬしの素性を知ったら地団駄を踏んで悔しがるだろうな……まぁ、十倍の金貨を積まれても返品には応じないが」
老馬が泣きそうな顔でこちらを見るので、俺は素早く鞍上へと視線を移した。
「ニュクス、俺の中の俺は、どんな生き様なんだ?……その、切羽詰まったりなどとは無縁だったのではないか……違うか?」
動けない彼女はそれでも器用に小首をかしげ、「あー……そうねぇ……」と、つぶやいた。
「……太く短く……真っ直ぐに……ただただ真っ直ぐに駆け抜けた人……そんな感じ……あ、ごめん、なんか故人みたいに言っちゃったけど……」
と、言いよどむニュクス。俺はそれがどこか微笑ましくて、大きくうなづいていた。
「問題ない。死ぬつもりなど毛頭ない……勝つさ」
俺の中の俺も、まったく同じ事を言っていた。