円卓組始末記(15)
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巨木を背にしたニュクス宅、それから二メートルばかりを隔てた場所にて、俺はウマ子と並んで立っていた。セリズアデスとの火花を散らす邂逅から、すでに小一時間ばかしが経過していた。
夜の闇のとばりの中、俺はひたすらに無言。ウマ子も饒舌さを潜め、時折り尻尾をゆらゆらと動かす程度の神妙さを保っていた。緩く吹く風と星の瞬き、それ以外これといった変化のないまま、時だけがただゆるゆると溶けていく。
……と、真正面の闇の中、ほわりとした淡い光が現れた。それがゆっくりと近づいて来る。
俺は腕組みを解き、両の腕を下ろした。
光の点は松明の火か……とも思ったが、どうも違うらしい。淡い光は徐々に輪郭をあらわにし、やがてネーメアの獅子となった。傍らには馬が一頭。もちろん鞍上にはセリズアデス卿。月明かりの許、待ち受けていた俺まであと五メートルほど、というところで彼らは歩みを止めた。
『ふむ。なるほど。貴公の言われた通りガラハド公は威風堂々、我らを待たれていたな』
感心した風に言う獅子へ、下馬したセリズアデス卿は「当然だ」と答えた。
「彼は我が畏友・ランスロットの嫡男だ。そのせがれならこうすると承知していたよ。案の定だ」
俺はすばやく獅子へと問い掛けた。「どちらの味方なのだ?」
すると獅子は、小さな乾いた笑いを一つだけこぼして見せた。
『魔物たるわたしにその質問はどうかと思うぞ、ガラハド公。どこをどう突き詰めても、所詮わたしは魔物の味方でしかない。なんせ魔物だからな。いかなる理由があろうとて、ヒトに肩入れする事はない』
「ではなぜここにいる? そもそもなぜセリズアデス卿と行動を共にしている? 彼は魔女の命を狙っているのだが?」
『魔女を必要としている貴公を先に通したからだ。わたしはヒトへ平等に接し、中立に徹する。過度の加担はしない。故に彼も通し、ここまで案内した。魔女を守るのは貴公の役目。さぁ、命を賭して彼女を護り抜くがいい』
……この野郎……と、罵倒の台詞が舌の根元まで昇ってきたが、なんとか飲み込み、腹の中で悪態をつくに止めた。理解は示すが協力はしない。魔物め。ヒトのもがく様を楽しむか。
苦虫を噛む俺とは対象的に、セリズアデスは穏やかな顔付きを獅子に向けた。
「案内ご苦労、ネーメアの獅子。礼を言う。その首をはねるのは次の機会だ」
言われて、黄金色に輝く獅子は愉快そうに顔をほころばせた。
『ふん、久方振りの再会だというのに実につれない奴だ。まぁ、よい。楽しみにしておこう。ではわたしはこれで。遠慮なく間際なく、そして見境なく存分に斬り合うがいい、円卓の騎士たちよ』
台詞の途中から獅子は宙に浮き、言い終わると同時に闇の夜空へと一直線に飛翔、点と化してそのまま消えた。
聞き捨てならないやり取りに、俺の口はつい開く。
「首をはねるうんぬんの下り、理解に苦しむのだが……」
するとセリズアデスは、その顔をふるふると左右に振った。落ち着いたままに。
「あいつだけじゃない。すべての魔物が嫌いなだけだ。独り者であったか、ランスロットのせがれ。それでも女房と娘を目の前で喰い殺されれば、どんな気持ちになるかぐらいは分かるだろ?……円卓の騎士だの四英傑だの、どんなに褒め称えられ持ち上げられても、家族すらまともに守れないのでは家長として、男として只のクズだ。そう、わたしだよ」
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「魔には【魔】を」
相変わらず声に抑揚はない。それでもセリズアデスの双の瞳には、決意の様が溢れていた。
「そして魔物には魔剣を。だから魔法属性武器の必要性をわたしは説いた。それをマーリンに否定されたのだ。あの腐れ魔導士の言う事を、アーサーは盲目的に受け入れてしまう。付き合いが長いのはわたしも同様の筈なのに、だ。いつもいつもマーリンの発言を優先する。円卓はもはや奴の独壇場だ。わたしは悟ったよ。アーサーはマーリンの言いなりだ。我らが主君は、そういう有利区間を踏まされているのだ。絶対にそうだ。それ以外には到底考えられない」
「一方的すぎる。根拠は?」
「マーリンの横暴は誰の目にも明確だ。それだけで充分なのでは? だからわたしは自らの手で魔法属性武器の製造に乗り出した。そうしなければ、またぞろ誰かが魔物の犠牲になる。知っているか? 王家が秘匿する古文書には二種類の禁書がある。表沙汰には出来ないことを記してあるという触れ込みが表向きのものと、絶対に存在を隠蔽し続けなければならないもの。その二つだ。前者は欺瞞、中身が漏れることもやむなしを前提とした、いわばその程度の情報でしかない。そうすることにより、真の禁書たる後者へ、追求の目が向かぬよう仕向けられているのだ。その分、後者の内容は存分にえげつない。民間への開陳などもってのほかだ。禁呪・妖術・暗器・外法・邪教・卑技その他諸々、【魔】を濃密に煮詰めたものがこれでもかと掲載されている。読むだけで精神を蝕まれる負の書だ。そこに魔法剣の創り方もあった。なるほど、確かに知られてはならない方法だったよ」
そこでセリズアデスは腰に下げていた剣をすらりと抜いた。例の雷撃の剣。目の高さまで持ち上げ、水平に構えた。
「どうやってこいつに【魔】を塗り込めたか、わかるか……材料はな、魔道士だ」
俺は息を飲まざるをえなかった。
「……な…………」
「そうだ、魔道士どもの断末魔をもって、彼らの最期の有利区間を剣に定着させる。そういう事だ……もっとも、着床の成功率は一割を遥かに遠く下回るがな」
重い息をようやく吐いて、俺はセリズアデスをあらためて見た。
「……裏で魔道士たちを殺めていたのはあんただったのか……なんて事を……」
「大義に犠牲は付き物……などと青くさい事を言う気はさらさらない。わたしのわたくしごとで、彼らの尊い命を魔法剣の滋養とさせて頂いた。もちろん亡き骸は丁重に埋葬し、非を詫びた。許してはもらえんだろうがな……それでもこの剣は弱い。まるで貧弱だ。【魔】を意のままに操れない。十人はとうに喰っているはずなのに、まだまだ魔力が足りぬ……もう、思い切ってマーリンを喰わせるしかないのか……そう思っていた矢先に、円卓へ読心術を心得た魔女を招こうなどと、あのじじいが言い出したのだ……あとはもう説明するまでもないな」
「自分が何をしたのか、わかっていないのか?」
セリズアデスは、ふるふると首を横に振って見せた。
「わたしはお前にわかってほしい……お前が魔法を煙たがり、マーリンに違和感を覚えているのを承知している。が、それはお前だけではない。そうだ、お前のその感覚は間違いではない。マーリンは危険だ。奴に何かと権限を与えるのは王国の存亡に関わる。いいか、わかっていないのはお前だ。まだ間に合う。手を貸せ。ランスロットのせがれ」
問われて、俺は再度の重い吐息を絞り出す。肺腑が空になってから深呼吸。心拍数が整うのを待ち、怒り心頭の震えが収まるのを確認してから、ようやく口を開いた。
「……魔法は苦手だし、マーリンのじじいも嫌いだ。しかし、そんな俺個人の感情だけで彼を罰するのはただの傲慢でしかない。おあいにくだが、わかっているつもりだ。その一方、あんたがやった事は誰がどう考えても擁護できないし賛同も共感もできない。間違いでしかない。あんたは私情をこじらせ、怨嗟に取り憑かれた挙句に道を誤った。騎士の、ではない。人としての道だ。手は貸せない」
うなづくセリズアデス。「……そうか、わかった。ではお前を殺し、魔女を殺すとしよう」
その台詞はもちろん想定済みだった。俺は絶叫した。
「今だ、魔女! やれ!」
同時、ニュクス宅の裏から影が飛び出した。
その背に何者かを乗せた老馬である。
素早く身構えるセリズアデス。
ここまでは計算の内、ここからだ。俺は奴に向かって駆け出し、一気に距離を詰めた。抜刀。滑らかな軌道で剣を振った。
賭けるは命、分けるは生死。
決着の時、いざ。