円卓組始末記(14)
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一悶着の後、冷静さを取り戻す。さすがに長居が過ぎたか……さて、どうする……俺は眉間にしわを寄せるしかなかったが、老馬の見解はやや違っていた。
殺意を好意へと変質させる有利区間、ニュクスが用いたのは特異性の強い罠であり、他に類を見ない分、老獪な熟練の騎士だからこそ過剰に警戒するのではないだろうか。薄い可能性を求めるのなら、唯一そこではないだろうか……老馬はそう説くのである。
ニュクスの話では、完走までは十分ほどとの事。とっくに解除されている筈なのだが、[見づらい]や[動きづらい]と異なり、対象であるニュクス本人を目の前にしないと、それを確認できないという質の悪さ。加えて魔女の御手製である。旺盛な魔力量に物を言わせての、長時間仕様の疑いも考えられる。もし解けてなかった場合、自ら斬られに出向くようなものだ。その線も安易に捨てさる事は出来ないのだから、なりふり構わずがむしゃらに追ってくる……という事はしないのではないだろうか。さらにウマ子が東へ向かったのも時間稼ぎとして好判断で、西ならば枯れ沼地から離れる厄介な展開を想定しなければならないが、より奥へと進んだのだから、慌てる必要はない。じっくりと跡を追えばいい……
『……と、考えてくれれば、ある程度の猶予はあるような無いような……まぁ、楽観視が過ぎるのかもしれませんが』
そう言って、老馬はブルルと喉を鳴らした。彼の意見に納得はしつつも、しかし、呑気に構えてはいられない。俺は頭の中で枯れ沼地が占める半島の全体図を思い浮かべた。
「……北へ向かっても南へ下っても、結局は海に出てしまう。さらに東へ進めば……」
『三百年前、黒き竜が現れたという奈落へと続く大穴に至りますな』と、老馬はうなづいて見せた。
つまりは地の獄の入口という訳で、行き止まりと大差はない。八方を塞がれ、いよいよ後が無くなってきたようだ。
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とりあえずの移動に納得してくれたニュクスだったが、最低限の旅の支度は欲しいのでしばらく待ってくれとの事。まぁ仕方ない。俺と老馬は小屋を出て、玄関先で立ち話。その途中にて残酷な現実を突き付けられたと、そのような次第である。
「しかし、魔法ってのは本当に何でもかんでも出来るものなんだな。どいつもこいつも夢中になるはずだ」
やや呆れたように言う俺へ、老馬は『それは少し違うように思います』と答えた。
『相応の負担は当然として、場合によれば命取りにもなります。常に命の危険と背中合わせであることもまた、忘れてはならない事実なのです』
「もちろんそれはそうだろうが、しかし手慣れればマーリンやニュクスの母親みたいに、自らの望みをそのまま編集出来る。利便性の高い特殊技能だと思うが?」
『魔法とは文字通り魔の御業。そもそもがヒトの手には余るもの。ヒトの理解が及ばないからこその存在意義。故に、魔法に取り込まれたヒトは、ヒトの枠を逸脱してしまいます』
と、妙に遠回しな言い方をする老馬。馬に気を使われている。はて、何度目だ?
「……何が言いたい?」
『魔女は短命と聞きます。母君が若くして力尽きたのと同様、ニュクスどのもまたその道を歩みます。彼女に許された時間はあと十年は有るかもしれない。しかし、二十年は無いでしょう。それまでに運命の殿方と出合い、その子を授かり、それは必ず女の子で、自分の得たすべての知恵と経験を授け、この地より離れてはいけない……と伝えて果てる。これが繰り返される魔女の始末です。ヒトの求める幸せのカタチとは、こんなにも歪なものなのでしょうか……私は違うと思いたいのですが……』
思っていた事とはまるで異なる。魔女の生涯とはそこまで過酷なのか。いや、なにを幸せだと計るかは個人の判断でしかない。短い人生であったとしても、その人にすればかけがえのない愛すべき刹那の連鎖であって……違う。これは詭弁だ。他人事だからこそ、ここまで容認の言葉を羅列できる。当人からすれば不運以外の何ものでもないのでは……
ニュクスは魔女の血を卑下している。薄幸の血を。だからロバ子に惜しみなく愛情をそそぐ。そして魔力を忌み嫌いつつも、それで編んだ有利区間を身近に配置している。仮初めでも好意を抱いてくれる魔法を。誰かに必要とされる魔法を。
そんな彼女を、俺は魔女として城へ連れて行こうとしているのである。アーサー王に命じられたとはいえ……
……ちがう、マーリンが呼んでいるのだ……
セリズアデス卿の叫び声が木霊する。まじない師に踊らされているのだと。
「……俺が……ニュクスにしてやれる事は何だと思う?」
『魔女の定めはそうそう覆りはしないでしょう。それでも、この閉ざされた地より一時的にしろ彼女を解き放つ事に、私は賛成です。新しい出会いに、深まる見聞。どちらも彼女の人生に良い影響をもたらす筈です』
「まさか、俺にニュクスの有利区間を踏めと言うのではないよな?」
『それこそまさかですな』と、老馬。
『運命の殿方うんぬんはまったく別の問題です。しかしながら、彼女をこの閉鎖された環境から解き放つ運命の騎士がいるとするのならば、現時点においてガラハドどの以外には考えられません』
……運命の騎士……正直、心苦しい。おこがましいと思う。分不相応である。それでも老馬の言うとおり、今の段階では俺しかいない。それもわかる。その通りだ。
……腹をくくれ……揺らぐな…………
俺の中の、もう一人の俺が肩を叩いた。
老馬を見やる。
「これからどうするのか、閃いた策がある。意見を聞かせてくれ」