円卓組始末記(09/16/1863)
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「 芹沢ぁあああ!!」
京都 壬生。
さしもの芹沢 鴨とて、たらふく痛飲した挙げ句の深夜、愛妾との寝床を奇襲されたとあっては為す術が無かったようだ。しかも壬生浪士組が屯所として間借りしていた八木家の母屋での事である。賊の侵入はまったくの想定外の筈で、それは見事に正鵠を射ていた。辛くも異変を察知、八木親子の寝室である隣の間まで逃れはしたが酩酊は抜けておらず、芹沢は脚をもつれさせて転倒、さらけ出された背面を、歳三は沖田と共に刃にてこれでもかと突きに突いて、突き抜いた。骨も内蔵もグズグズに崩れ、盛大に吐血したあげくに芹沢 鴨は果てた。その騒動にて妾が目を覚ましたが、予定通りに彼女の口も封じた。
「拍子抜けですね」
人を殺めた後とて沖田の軽口は相変わらずだったが、歳三にしても思う事は特に何もなかった。「そうなるように仕向けたからな」
神道無念流・師範の腕前を誇りながらも、芹沢 鴨の私生活の昨今はひたすらに横暴で、暴挙と暴言と暴行に塗り潰されていた。近藤勇と共に作った局中法度、その中で禁じていた金策に自ら走り、商家から金をくすねる。女にだらしがない。洛中にて会津藩士と悶着を起こす等など、とにかく狼藉の数々が目に余る。結果として会津藩に厄介者の判を押され、歳三は近藤から芹沢の粛清を命じられたのであった。
「でも土方さん、静かにやろうって言ったの、土方さんですよ。叫んでたじゃないですか」と、沖田がどこか嬉しそうに言う。歳三の過失を喜ぶような物言いであったが、悪意がないのはいつもの事である。「すまん。ついうっかり、な」と、適当な言い草をあてるに留めた。しかし、沖田の指摘ももっともであり、芹沢 鴨の無防備な背中へ刀を刺すあの瞬間、なぜか意識は混沌と沸き、知らずと叫んでいたのである。
なぜだろう……そんな事を思いながら、建屋から出る。雨。見上げれば視界の隅々にまで曇天が拡がっていた。
……十六夜の月が出ていたような……違うか…………
そこへ沖田が声を掛けてきた。
「八木のご子息の脚をさっきのどさくさで傷つけてしまったみたいで、手当てが必要です。どうします、医者を呼びますか?」
しかし、歳三はそれをあまり真剣には聞いていなかった。
「総司……馬はどうした?」
「馬……ですか?……」
「ああ。馬で……ここまで来なかったか?」
沖田は怪訝な顔を隠さなかった。
「なに言ってるんですか。土方さんたちは角屋から、私は山南さんたちと前川家から、ここまで徒歩ですよ」
それだけ答えると、沖田はすたすたと母屋の中へ戻って行った。
「…………そうか…………」
つぶやいてから、歳三はひとり雨に打たれていた。ふと、刀を抜き身のまま握っている事に気付く。
そうだ……違和感の大元はこいつじゃないか……
……変に重い……
……いや、握り心地が違う……
……剣の重心がズレているような、この感覚は何なのだ……
……まるで違う剣のようだが……
何かが違う。何かがおかしい。
わかってはいるのだが、その正体に皆目見当がつかない。
何かに魂を喰われ、俺は虚無に寄ってしまっているのか……
どうしようもない脱力感に包まれ、歳三はそのまま、ただ黙って雨粒に濡れていた。九月の雨とはいえ、体温を奪われている。それでも不思議と、寒いとは思わなかった。
まるで、自身の身体ではないような…………
いや、違う……ここは本当に……壬生なのか………………
……俺は今、どこにいるんだ?………………