君と手を繋いで歩く日を
プロローグ
年に一度の大切な日。この年は、従兄弟たちでキャッチボールをしていた。その帰りにとある事件に巻き込まれて…。
あの日の出来事は、今も記憶にこびり付いて離れない。もしもそれが運命だと言うのなら。
それでも少しはマシになったよね?宗兄…
「受験結果は…!!合格してる!!手続きが終わったら宗兄達に連絡を入れよう」
この三年間ずっと狙っていた大学へ向けて走らせたレールと時間は、確実に身になる物だとこの時理解した。そして、そのレールを先に走り終え、我が道を行く兄のように慕っている宗は私からしたら従兄だ。
「宗兄!!大学合格したよ」
『おめでとう!予定が合ったら、また今度一緒に野球の試合観に行こうか』
「いいの!?でも仕事忙しいんでしょう?」
『大丈夫、俺頑張るから(笑)』
「そこの問題なんだ(笑)」
『これから帰りでしょ?気を付けてね』
「うん、ありがとう」
帰宅し心を落ち着かせ、親戚一同に合格通知を出した。皆それぞれの喜び方を表現してくれて、次会う正月が楽しみだと言われた。
けれど、それは日常が日常ではならなくなってしまう迄のカウントダウンだとは、誰も予想出来ないだろう…
「にしてもさ、良かったね。合格してて」
「受かってないと宗兄に顔向けできないでしょ。そこは私の維持ですから少しは見習って頂けませんかね!!真菜花お姉様」
「誰があんたみたいなアホを見習えだバカ」
「バカはないでしょバカは!!ついでにアホも無し!」
「大体葵がそうやって名前に様を付ける時は大抵負けを悟った時の防御でしかない。その時点で既に私の勝利は決まってるから」
「お前ら年明けから姉妹喧嘩してるんじゃないぞ。ほら、着いたぞ」
「あけましておめでとうございまーす!!」
「葵うるさい。もう少しボリューム下げてよね。近くに居る人の事を考えてほしいわ」
「文句言ってる暇があったらあけおめくらい言ったらどうです?」
大体二人は互いに侮辱する時に前述のような文言しか発さない事が多い。というよりももはやこれが日常だ。まあ、喧嘩する程仲が良いという言葉ができるのもこういう環境が存在するからだろうな…。
「おぉ!!我が可愛い妹、葵よ!!久しぶりではないか」
「お兄様ご無沙汰しております!!」
「おげっ。気持ち悪…」
「二人共野球観戦の時に会ってるじゃん…」
年始早々二人は熱い劇の様なものが毎年恒例で起こる。普通に考えれば、この瞬間だけ真菜花と拓の回路が正常に回っている。
「真菜花ちゃん、あの二人は放っておいてさっさと上がっちゃいなよ。収まれば勝手にこっちに来るから」
「うん、そうするよ。あぁ、そうだ」
「どうしたの?」
「あけおめ」
「あけおめ!!」
拓は屈折なく笑い、真菜花の心を開こうとする。けれど、他の人と違うオーラを放つ彼女の事を昔から【深く関わろうとするな】と大人から言われ続け、それを真菜花は遠回しに聞いていた。そのせいか、彼女は自ら少し距離を置きがちでいる。
「従兄弟含めたガキンチョ共よ、集合!」
「いや、宗くん。最年少でも18だから。車の免許取れる年齢の人達ガキンチョ扱いするなし。そもそも宗くんだって25行った大の大人じゃないの。昔で言ったら、旧選挙権所持者の年齢だよ」
「突然の選挙話。才女は脳の回転数の桁が違うわ…」
「(´;ω;`)ウッ…」
「嘘泣きで誤魔化そうとするな~」
「兄ちゃん、精神年齢止まってる。お願いだから動いて」
「珍しく拓君が正論言ってる!?」
「僕だって正論言うよ。ていうかさっきも突っ込んでたし」
「マジか!」
「まぁ、ともかく」
「何がともかくよ」
「今年の外のテーマを発表するよ」
「今年のテーマは『野球』です」
「うん、知ってた。グループトークで持ってくるもの言われてたし」
「それ単に葵ちゃんとまた野球観に行きたい理由から来ただけじゃん」
「むむっ、そなたもしやエスパーか」
「受験で合格通知の話聞いた後家ん中でギャーギャー騒いでたからね」
「宗、そろそろ厨二病モード辞めなよ」
「うん、そうする」
「最初っからそうしろや」
「まぁ、例年通り普通に考えて人数少ないんで、キャッチボールと鬼ごっこして終わりかな」
「そうね、人数的に試合やれるわけでもないし、キャッチボールする所もそれ程の広さがあるわけじゃないし」
「昼が終わったら外に出てやりに行こうか。兄ちゃん、今日グローブ二つ持ってきてるでしょ。貸して」
「いつまで買わずに借りてるんだよ」
「そもそも選手でもない人がグローブ二個持っているから弟である僕が借りに来るんだよ。役目全う出来て良かったね、グローブさん」
「宗兄、拓君、喧嘩はよしなって。年明け早々」
「喧嘩じゃないよ。戯れてるだけ」
「怖い!!」
「そういう葵は宗くんと引っ付いてふざけるのを辞めろ」
「さっきから姉様の口が悪う御座いまして」
「はいはい。その口塞いであげようか。フランケンみたいに」
「見た目格好良さそうだけど、顔に傷を付けるのはイヤ」
「そこはメイクだけで十分でしょ」
「あぁ、そっか。でも落とす時面倒臭い」
仲が良いのか悪いのか。それはどちらとも言えないがこの親戚一同だと言える。
「ねぇ、兄ちゃん。そろそろ行かない?」
「女性陣、公園に行く準備整いました?」
「行けるよ!宗兄」
「何時でもどうぞ」
「それじゃあ、何かあったら僕が責任持ちます!!最年長だし最悪の場合連絡入れます」
「そうしてくれ。宗、皆を頼んだぞ」
そうして出て行く20歳前後の兄様姉様方。
「ここはいつ来ても変わらない…ボソッ」
「真菜花、何か言った?」
「別に。空耳じゃない?」
「やっぱりいくつになっても広い場所は広いな」
「当たり前な話過ぎて、寧ろ何言ってるのか分からないよ。宗兄」
「同意見」
「前に同じく」
「皆ヒドくない!?」
一斉に首を横に振る
「準備体操したらキャッチボールしよう」
「ラジオ体操ね(即答)」
即答した真菜花の影響で、とてもシュールな絵面が出来上がるが、正月のせいで周りに人気が無い。良かったな、周りに誰も居なくて。
「拓、いくぞ!!」
「よし、キャッチ。真菜花ちゃん!」
「はい。葵」
「声のトーン低いなぁ。楽しんでるんでしょうね」
「顔に出てないだけで楽しいです!!」
「宗兄!!」
「へいよっ」
それぞれ何かしらの文句は言い合うものの、毎年この時間はかけがえのない時間だった。
「ふぁ~、楽しかった」
「キャッチボールと鬼ごっこだけなのに楽しいって思えるの不思議だけど分かる」
「来年何しようかな」
「兄ちゃん考えるの早いな」
「楽しみは早くに考え出しても良いんだよ。それを現実にする為に生きるのも一つの生き甲斐だし」
「あながち間違いではない」
「急に真面目な奴来た」
「そこは秀才と言ってほしかったね」
「勉強できるもんね。私と違うから」
「ふん」
「こらこら…」
(年明けから楽しそうにしやがって。特にあの最年少らしき女が気に食わねえ。丁度いい。この刃物で刺しに行ってやろうか)
その如何にも怪しい男は急に雄叫びを挙げながら葵目掛けて走り出した
「うぉりゃあ~!!」
「えっ、何!?」
急な出来事に葵は身動きができずに居た
「葵危ない!!」
そう言いながら宗が葵を抱くように庇ったのだ。彼は脇腹を刺され、多少の返り血が葵に掛かってしまった。
「あっ、コラ待ちなさいよ!!」
そう言い叫ぶが、そういわれてはい待ちますよという者は居ない。真菜花は携帯を出すタイミングを失い、自力で相手の特徴を記憶した
「宗兄…宗兄…」
目の前で大切な人が刺され、葵はパニックを起こしかけていた。
「葵、俺は大…丈夫だ…。それより、実家に連絡、それと救急車…警察に連絡を…」
「じゃあ僕は救急車と警察に」
「私は実家に電話をするわ」
「宗兄…宗兄…」
「葵!!泣くな。俺はまだ…死んでもねえよ。必ず生きて帰って来る。それまでの辛抱だ」
「兄ちゃん、お願いだから死んじゃ駄目だからな」
「お前まで泣くなよ。相変わらず感受性高いなぁ…ハハッ」
それから五分程で実家にいた人達が、十分程で警察と救急車が現場に到着した。
先行付き添い組には葵、宗の父がついて行った。その追いかけ組には真菜花と拓、葵姉妹の父が来る事に。真菜花はその際、警察に犯人の特徴を伝えた。
「葵、現場ではどんな状況だったんだ」
「家を出る前に言ってたキャッチボールと鬼ごっこをして帰る所だったんだ。そしたら、茂みに男が隠れてたらしくて…」
「葵が狙われた時に、それに何とか気が付けた俺が庇いに行ったんだ。女子の体に傷は不要だろ。俺の場合はやんちゃ坊主で終わる」
少しだけ話に首を突っ込んだ
「駄目だよ!それでもし最悪の事態に行くような事になっちゃったら…」
「俺はそれで大切な人が助かるのなら…」
喋っていくうちに語尾が段々弱くなっていく
「宗兄!!死んじゃ駄目だよ!!いやだぁ~(泣)」
その後喋るだけ喋って目を閉じてしまった。
病院に搬送された後、宗は何とか命は取り留めた。
しかし、数日経っても目は覚める事を知らせてくれず。
「葵、宗君を刺した犯人、今朝捕まったんだって」
「本当!?良かったぁ、犯人が捕まってくれて」
「ただただ楽しそうにしてるのが羨ましかったんだって話してたそう」
「それが理由なの?信じられない…」
大切な人を目の前で殺されかけ、挙げ句の果てには数日間目を覚ます気配はない。これだけの代償を払ってるのに、相手は何を返してくれるのだろうか。
「姉ちゃん、暫く宗兄と二人だけにさせてくれない?」
「ある程度したら外の空気くらい吸うんだよ」
「分かってる」
そう言って真菜花は病室を出て行った
(兄ちゃんはいつも優しくて、皆を纏めてくれる。時々変人化する時もあるけど、それでも大切な人なんだ。こんな事で死んでほしくない。もっと一緒に居たいよ…お願い、生きて)
私は暫く、その場ですすり泣きをしていた。
時間に隙間が出来た拓は、兄の様子を見ようと病室へとやって来た。
入ると、そこには泣き疲れて寝入ってしまったであろう葵の姿があった。
「葵ちゃん…」
(葵ちゃんが待ってるんだ、絶対に死んだら駄目だからな。逝きかけてるなら必ず帰って来い。兄貴)
敬愛なる兄へと恥ずかしながら必死に祈っていた
それから数日間、見た目の傷は癒えていくものの、やはり目を覚ます気配はなく、葵も日に日におかしくなり始めていた。
「葵ちゃん、大丈夫?元気ないけど」
「大丈夫だよ。でも、今日も学校終わったら病院行かなきゃ」
「無理のし過ぎは駄目だからね。従兄弟のお兄さんの事考えすぎて葵が倒れたら本末転倒だから」
「分かってる、無理だけはしないから」
ある日の朝。病院から宗達家族の家に『宗が目覚めた』という連絡が入った。
皆嬉しくて飛び回る程だったが、一番心配していた筈の葵の顔色が悪かった。
「どうしたの?葵…」
「顔色が悪いが大丈夫か?」
段々息が浅くなっているのが分かった
「お父さん、葵パニック症状起こしてる!!多分、事件の時のフラッシュバックなんだと思う」
頭のキレが良かった分だけ何となく推測出来た真菜花は、小声で父親に伝えた
「おい、しっかりしろ!!呼吸の方に意識を持っていけ」
父親は昔、友人がパニック症状を起こしたことがあるらしく、誰が起こしてもいいように対処法を知っていたのだ。
「大丈夫。すぐ収まるから葵、落ち着いて。大丈夫」
二、三分もすれば症状は落ち着き、お茶を飲める程にまで収まった。
「父さん、真菜花。私…宗兄の所に行けない。分からないけど、行っちゃいけない気がする」
「そうだな、暫くは辞めておけ。今さっきみたいな事がまた起っちまう」
「心の傷が癒えるまでは、父さんの言ってた事に従った方が最善策だよ。完全に大丈夫って思えるようになってからまた宗と会った方が絶対に良いって」
こうして私は、宗兄が入院している病院には目覚めてから一度も足を運ばず、周りが話してくれる様子だけを頼りに彼の現状を聞いた。勿論、自分の体調と相談しながらの話だったけど。聞き過ぎてまた呼吸困難を起こしてしまいかねないから。
葵の症状は極端だけれど、他の人達皆大丈夫かと言ったらそうじゃない。
拓は気晴らしに今まで以上に散歩をよくするようになり、真菜花は表では周りの人達を慰める立場にありながら夜な夜な悲しさを抑えるために一人部屋で音楽鑑賞をするようになった。
「宗、あんたって奴は昔からお人好しだった。自己犠牲をしてでも人に幸せになって欲しいだなんて願いは変わらない。たまには自分の幸せを想ってても良いんじゃないの?」
その悲しみのこもった小言は誰にも届かず。それは他の家族達に気付かれる事もなく。
それからと言うもの、宗は自分の為と思いつつも葵や家族達とも変わらずに過ごせる様になりたいと毎日必死にリハビリを続けた。
その必死さが報われ、退院する頃には後遺症もなく無事に帰る事が出来た。
「父さん、俺退院したら葵に会いたいんだ」
「お前話しただろ。アイツ、パニック症状起こしてる。事故に遭った瞬間のお前が要因なんだ。確かに全ての要因がお前にあるわけじゃない。なるべくなら葵の想いを尊重してやれ。それが今やってやれる最大の力だろ」
「どうしてもか…?」
「そのどうしてもを使いたいのなら俺が代わりに聞いてやろう」
そのどうしても会いたい気持ちが抑えられず、間接的に連絡を取ることにした。
「葵ちゃん、久しぶりだね。元気にしていたかい」
『えぇ、お陰様で。それで、急用と聞きましたけど。叔父さん、何かあったんですか?』
「まあな。宗の事なんだが」
『宗…兄…?』
「そういう反応になるわな。宗が葵ちゃんに会いたがってるんだわ。多分事件前と同じように関わりたいと思ってるんだろ」
『暫くは…ちょっと…』
「そうだよな。どうしたい。決定権はそっちにある。宗が居ても立っても居られない状態にある。今ここで決めてほしい」
『今物理的に会うのは避けてほしい。せめてやるなら文通にさせて…』
「分かったそう伝えておくよ。宗から手紙が来たら無理せず始めればいいさ」
『うん。ありがとう、叔父さん。わざわざ連絡してくれて』
「宗、案の定直に会うのは無理だ。せめてやるなら文通だとよ」
「そうか…葵なりの気遣いかな」
「だと思うぞ。書いてやれ、お前が実際に伝えたかった事を。お前自身の力で」
「あぁ」
こうして手紙のやり取りが始まった。最初は二人共慣れない雰囲気で手紙をしたためた。
やはり見た目の傷とは違い、精神的に味わった傷は癒す為の時間は物凄くかかる。人によっても治る速さは違う。
「葵、最近の調子はどうよ?宗君とも順調に手紙のやり取りが続いてるみたいだけど」
「うん。三年前に比べたら大分楽にはなってる。本当にもう少ししたら会えるかも知れない」
「本当に!?良かったじゃない」
真菜花はあまり表情には出さなかったが、その変化を聞いて嬉しさがこみ上げてきたのを覚えた。けれど、それを見せてしまうと折角本人は頑張って自分なりに宗に近づこうとしているのを見ていた身としていけないと思い、今まで通りの接し方をした。
そこから半年後の手紙にて、次の野球のシーズンが始まりだす頃にもう一度会わないかという話が持ち上がった。勿論承諾。気持ちが楽になっているうえ、拒否している感覚がなかったからだ。
試合当日
「葵ちゃん…?」
「宗兄…」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「うん。そっちこそ、身体はもう大丈夫なの?」
「ああ。傷も目立たないし。俺が言い出さない限り温泉に行っても指摘されないんだ」
「そうか、良かった」
暫しの沈黙が流れ
「今日の試合楽しみだな」
「うん。行こう。チケット…」
「行こう。…昔みたいに…手、繋いで行く?」
「それは…もう少し先、でも…良い?まだ分からなくて」
「そうか、そうだよな。そしたらまた、試合観に行ったり、ご飯食いに行ったりしよう」
「うん、でも結婚出来なくなる…よ?」
「俺、いつまで経っても駄目みたいだな…ハハッ」
「まあ、慌てなくても良いよ。私と宗兄の関係みたいに」
「それでも良いかも知れない」
そう言いながら、ドームの中へと向かって行く。よく出掛けていたあの頃の様に、二人で和気藹々と過ごせる日々を取り戻せたら。そう心の中で誓いを立てて…。
もう二度と大切なモノを壊さないように。
大切に過ごしていきたいから