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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

帝国の姫君

作者: 櫻塚森

「マルティナ様、ようこそお越しくださいました。」

長い銀髪を棚引かせながら颯爽と歩くのは帝国の第三子にして、長女のマルティナ・マグノリア王女だ。

「父上からの書ですわ、陛下にお渡しください。」

後ろに控える側近が出迎えた宰相に渡す。彼の顔色は悪い。

「姫様、」

側近がマルティナに声をかける。

「謁見の間は、そちらではないですよ?」

普段から遠慮のない側近にマルティナは口角を上げた。

「影からの報告は受けている。何、一応、この国では私も在学中の身。学園こそ私のいるべき所だろう、国王との話し合いは、グレース、貴女に任せるわ。」

一人の女性が立ち止まり頭を下げる。

「このグレース、姫様の名代見事勤めてみせましょう。」

マルティナは振り向きもせず片手を上げた。

進むマルティナに、王国の宰相と文官達が慌てて追いすがる。

「マルティナ様!お待ちを!」

「待たぬ。ここを通り道にしたのは、王城にしか竜達を着陸出来なかったからだ。国王との話などグレースで十分だ。」

待たぬと言いながらマルティナは足を止める。

「グレースは、頭が良い。国王は対処出来るのか?宰相殿、よいのか?」

宰相の顔が歪み、何かを飲み込んだ後頭を下げて文官達と下がっていく。

「下手に隠し事をするからボロが出るんでしょうねえ。」

再び歩き出したマルティナに追随しながら側近のリューキが言う。

「アレは、相変わらずのようだな。」

歩くマルティナの服装が軽微な制服に変化した。

側近達の姿も制服に変化していく。

「デミオ、お前に制服は似合わんな。」

思わず呟くマルティナ。

デミオことデミオロスは筋骨粒々な体格をしており、しゅっとした制服のデザインは似合ってなかった。

「お目汚しを。」

「いや、面白い。」

10分ほど歩いた先に学園と王城を結ぶ回廊がある。回廊に続く扉の前にマルティナと側近二人、そして、グレースにそっくりな生徒達がたっていた。

彼らは頭を下げると掌を向けた其々の中に吸い込まれていった。立ち止まっていたマルティナ達はほくそ笑む。

「グレース、貴女も後で本体に。」

頭を下げた制服を着たグレースが扉を開けて通るマルティナに続いた。


王城隣にある学園では、この国の王子が一人の少女の腰を抱きながら、薔薇の咲き乱れる中庭で甘い時を過ごしていた。

「王子よ、いい加減、マルティナ姫を蔑ろにしすぎです。あなたの婚約者はあくまでもマルティナ姫です。」

「あれは、同盟を理由に宛がわれた政略の相手に過ぎない。俺が国王になれは、あれは名ばかりの王妃に置き、このエミリアを寵愛するのだ。エミリアは、心も顔も美しいが身分が足りない。けれど、側妃として迎え子を成せば国母だ。王妃の権限もエミリアに譲渡させればよいのだ。」

「デビィ、嬉しいわ!マルティナ様はとても意地悪で、デビィに振り向いて貰えないからって辛く当たってくるのよ、私を守ってね!」

「あぁ、エミリア!なんて愛おしい!」

抱き合う二人を暖かく見ている生徒達。しかし、目の前の青年は苦言を呈する。

「何度も申し上げておりますが、マルティナ姫のお立場は、王子が考えているようなものではありません。」

王子は顔を歪ませる。

「お前、しつこいぞ!父上が選んだ側近とは言え不敬だ!私が何も知らぬ無知のように扱うな!」

目の前の生徒以外は王子に甘い母妃が選んだ側近だった。

「俺だって、あなたみたいな、アホにとやかく言いたくありませんよ、俺をあんたのお目付け役にしたのは国王じゃねぇし。ちゃんと物事を噛み砕いて説明することは封じられてるしな。」

先程とは態度の違う側近に王子も周囲も目を丸くした。

「貴様!不敬にもほどがあるぞ!」

騎士団長の息子が吠える。

「ん?本音を言えてると言うことはマルティナ姫が近くにいる?」

振り向くと腕組みをして立っているマルティナがいた。

ぶつぶつとデイビスに文句を言っていた青年が一歩下がり頭をさげる。

「デイビス王子、その娘がそなたの愛人か?」

デイビス王子の前に現れた娘。羽衣のように靡く銀髪を背に流し、腰に手を当て見下ろす、学園の制服を纏った娘。座っているデイビスは、王子に対する態度ではないと叱責しようと思っていたが、娘の美しさにごくりと息を飲んだ。

「美しい人、貴女の名を教えてくれるかな?」

先程まで腰を抱いていたエミリアを無視する形で立ち上がった。近寄るデイビスを側近の二人が阻んだ。

「無礼なっ!」

デイビスは青筋を立てた。

しかし、大柄なデミオに怯む

デイビス王子。

「そなたは、私のことを知らないのかい?」

ニッコリと微笑む娘に王子は頬を染め右手の甲を額に当てながら、

「ああっ!何てことだ!女神のような貴女のことを忘れているなんて!」

大袈裟な芝居のようだとマルティナは苦笑した。

「会っただろう?この国が我が国の属国に決まった時に。」

「えっ?」

「二年前の戦争で大敗を予見したお前の祖父は、全面降伏した上で我が国の属国になるとことを提案し、我が父は受け入れた。この国の民への被害を最小限にするための英断に父は、私にこの国を下さっただろう?」

「へっ?」

「私の成人まで、そなたの父王が中継ぎになることも決まったではないか。」

デイビス王子やその周囲は顔色を青くしている。苦言を呈していた生徒だけが頷いている。

「会っただろう?まぁ、私は、壇上からの挨拶だったゆえ、そなたから、顔が見えていたかは不明だが。」

「マ、マルティナ……。う、嘘だ!私の知っているマルティナではないっ!」

デイビスの後ろに控えていた騎士団長の息子がマルティナの左後方に立っていた女生徒を指差した。

「マルティナ姫は後ろだ!」

皆の視線が女生徒に注がれた。

「グレース?」

マルティナが尋ねると彼女はニッコリと笑う。

「私がいくら、マルティナ・マグノリア妃殿下側近、グレース・カノンだと申し上げてようとしても、マグノリアの途中で口上を遮られますの。この方々以外は、私が誰であるか理解していると思いますが、」

あんぐりとしたデイビス達。

「お前は、マルティナではないのか?」

やっと紡ぎだした言葉にマルティナの左隣に立っていた青年が低い声で言う。

「この国を担う女王であるマルティナ様に敬称なしとは!無礼千万!」

「ひぃっ!」

デイビスは大きく後ろに下がった。

「女王?」

デイビスの側近が呟く。

「私はね、王配を誰かと共有する趣味はないよ、私が生む子を、国を背負うに相応しい者にするために共に育てることが出来る男を求めている。そなた、帝王学の成績が悪いらしいな、それでは、候補からも落ちるな。」

デイビスら面々は未だにぽかんとしていた。

「成績?」

「この国の未来を任せる優秀な人材は、宝だ。調べるのは当たり前だろ?」

姫の隣に並んだリューキが言う。

「学園にいる内に有望株は選別済みです。」

恭しくマルティナに報告するリューキに目を丸くするデイビス。

「リューキ、お、お前……。」

「帝国の犬だったのかっ!」

「俺は、元々帝国の人間ですよ。忠誠を誓う姫の婚約者候補が余りにもアホ過ぎるのでどうしたものかと思ってましたので、何回も苦言を呈していたでしょ?」

「もっと、ハッキリ教えてくれてもいいだろう!」

「大分優しく教えてましたが、それ以上の情報を自分で調べようともしなかったのは、あなた方でしょう?責任転嫁しないでいただきたいですね。」

呆れたと言わんばかりのリューキ。デイビスはすがるような目をマルティナに向けたが彼女は彼を見ず、リューキに目配せを送る。

「因みに、現政権の御偉方の能力も調査済みです。この国を良くしたいと言う先代国王の願い通り、国内の優秀な人材は地方にも多数存在しました。この者達は不合格ですので、国政には関わることはないでしょう。」

あっさりとした言葉。

「現国王は、本人の希望で既に退位に向けて準備中だ。王立植物園勤務が決まった。王妃殿は能力のある方だから内務省の官僚に内定した。そなたの弟は、海を総括する海軍に入ったぞ。」

初めて聞く内容にデイビスの頭は沸騰寸前だった。

「デ、デビィ!どういうことなの?この国はいつの間に帝国の属国になったのよ!」

この国とマルティナの祖国である帝国は軍事力に差がある。しかし、数年前、先代の国王が幾度とない交渉を行い、和平が樹立したと歴史で習った。その和平に関わる法案は帝国にかなり有利なものだったが、近年続いた天候不良と戦争により疲弊していた国民にとっては帝国からの人道的支援とも言える政策は、ことのほか喜ばれた。地方に行くほど帝国からの恩恵に預かっていたのだが、中央政府のプライドが高いだけの貴族達は先代国王が皇帝を任し、国は救われたと思い込んだ。幾度となく先代国王を始めとした首脳陣は、自国が首一枚で繋がっているだけで、いずれ帝国の名の下に消滅する運命であること、新たな国のために尽力するなら貴賤を問わず登用される社会となると宣言したにも関わらず、現実を受け止められない一部の上位貴族の暴走により真実が曲げられて伝わることになった。

その一部の貴族は、帝国の姫であるマルティナがデイビスに夢中になっており、いずれ王となる彼を支える立場であるとデイビスに吹き込んだ。幼い頃から甘言に乗せられ都合のよいことしか受け入れられないお花畑な王子は現実を見ていなかった。

「とりあえず、この者達に試験を受けさせ適正を見つけよ。身の振り方はそれからだ。適材適所で。」

いつの間にかやって来た王国騎士がデイビス達を取り囲んだ。

「お前達!不敬だぞ!」

「我らの忠義は、すでに次期女王にあります故。」

「裏切り者かっ!」

騒ぐ王子と取り巻き達。

「貴殿の父親である公爵は王国反逆罪で既に処されている。」

そう言われたのは財務大臣の息子。

「私腹を肥やすために、重税を民にかし、政治を腐られた張本人だ。しかも、帝国に実権を握られるのが許せず隣国へ亡命する予定だったようだ。かなりの金品を持参してな。」

知らなかったのか息子は膝を付く。

「お前達の親も大臣と通じ甘い汁を吸っていた。」

3人の側近達は連れていかれた。残されたのはデイビス王子とエミリア。

「さて、あなた方は、どうしたいの?お二人は、結婚なさるのよね?」

一人掛けのソファに座り、背もたれに体を預けながら、足を組み、デイビスとエミリアを見下ろす。その覇気に二人は震えた。

「デ、デイビス王子は、どうなるの?」

意を決してエミリアが尋ねる。

「許しなく、姫に声を掛けるとは何事か!」

煌めく剣先がエミリアの首筋に向けられる。エミリアは小さく息を飲み仰け反る。

「よい、その男は、己の立場を理解せず、現在の国の状況を己で理解もせずにいた。国王も宰相も、その男に散々言っていたが、耳障りのよい馬鹿の言葉しか信じなかった。デイビス王子よ、そなたが信じる高位貴族の連中はとうの昔に新たな国から見捨てられぬよう動いておるぞ?」

デイビスは顔を上げる。

「学園と言う花園から外を見ようとしなかったお前らは、既に帰る家はない。」

デイビスの取り巻き達の家の状況を伝えていく。

既に貴族ではなくなった家、今代当主を更迭し、新たな当主を据え置き、一族を守った者もいた。いずれにしてもデイビスの取り巻き達に帰る家はない。

「新たな試験を受け、一定以上の成績を修めた者には恩情を与えてくれるかもな。」

リューキの言葉に取り巻きは真っ青になり、駆け出した。事実確認に向かったのだろう。残されたのはデイビスとエミリア。

「で、お前達は、どうするのかな?」

デイビスがすがるような目でエミリアを見る。しかし、エミリアは視線をそらす。

彼女の視線は唯一の知り合いであるリューキに向けられる。

「何で俺を見る。」

庇護欲をそそる潤んだ目で見るエミリア。

「きも。適正検査と試験場へ連れていけ。」

いつの間にか現れた帝国の紋章を付けた騎士が現れエミリアを連れていく。

「全く、この国の王も宰相も面倒事を押し付けてくれる。」

ズラリと並んだマルティナと側近達。

「姫様、」

マルティナだとデイビスが勘違いしていたグレースが膝を付く。

「国王から、言質をとりました。デイビスなる王子は存在しないと。扱いはそちらに任せるとのことです。」

グレースの述べた言葉にデイビスは真っ青になる。

「で、どうしたい?ただのデイビス。」

真っ青なデイビスは、親に見捨てられたと理解した。

「お前に残された道は、後顧の憂いを払うため死を選ぶ。記憶処理をした上で、ただの平民としてもう一度人生をやり直す。もしくは、一応学歴はあるから、役人試験を受ける。魔力をこの国のために生かすため魔法省の試験を受ける。騎士の試験を受けるくらいか?」

「な、何故だ!私は、王族だぞ!」

「この国で貴族と呼ばれるのは、我が帝国の者と姫様及び皇帝陛下が認めたこの国の者だけだ。お前の父親は、これからの貢献度を鑑み、伯爵の地位を得たが、母親の元王妃は侯爵位を得て既に王族ではない。」

「なら、私は、次期侯爵でよい!」

白けた空気が流れる。

「お前さん、学園を卒業できてないけど、成人してるだろ?成人を迎えた者は親からの自立が基本だし。侯爵位は優秀なお前さんの弟が継ぐ予定だぜ。」

マルティナの側近達が口々に言う。デイビスにとって思ってもない名前だった。

「ク、クロノスは死んだ!」

叫ぶ声に被さるように声がかかった。

「生きてますよ、兄上。」

現れたのはデイビスを少し幼くし、髪色を黒髪した少年だった。マルティナの側近の側に立っているのは明らかだった。デイビスは驚愕の顔を浮かべる。

「瀕死のクロノスをグレースが拾った。」

クロノスとグレースが見つめ合う。

「お前さんが、弟を殺そうしたことは、元国王も王妃も知ってるぞ。で、その責任をとって、元側妃殿は死んだぞ。お前さんの御母堂にしては常識的だったな。」

ポンポンと肩を叩く。

項垂れるデイビス。

「し、死にたくな、い。」


数ヶ月後、新たな国がたった。初代女王となったマルティナは善政を行ったと知られている。




デイビスの結末は御想像に。

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