帰還
異形化した御使いが、拳を腰だめにする構えを取った。
生前がどんな人間だったのか知らないが、明らかに武術の動きだ。
「シッ」
奴が動き出す寸前、無理矢理打った猫パンチが御使いの身体を後ろに吹き飛ばした。
右腕が動かないなら左腕で打てば良い。
とはいえ、威力も精度も大幅に落ちる。
吹き飛ばされながら空中で姿勢を立て直し、着地と同時に一気に距離を詰める。
狙いはシートに隠れて銃を構えている戦闘員たち。
「させ、るか!」
動かない右手に左手を合わせて、横っ面を狙うように左腕を振る。
「――!!」
上半身をかがめるようにして回避しようとした御使いは、衝撃で横から殴られたように床を転がった。
感触的には外したと思ったんだけど、普通に当たった。
威力と角度はともかく、狙って打ちさえすれば必中なのか。
だったらいけるかな。
やつの目的は明確だ、戦闘員を仕留めて神兵を増やす。
奴らの血に感染能力はないとしても、必要な骸骨の血は床に広がっている。
骸骨はすでに沈黙した、目下最大の脅威は再生御使い。
ブギーマンの猫パンチじゃ決定打にならない。
しかも再生御使いは常に左右に動き続けて狙いをつけさせない。
明らかに銃を理解して意識している動きだ、どこかの軍人か戦闘員だったんだろうか。
たまに当たる銃弾は普通に皮下組織で弾かれている。
防御力と耐久力はそのままで、思考力と運動能力が常人並に戻ったのか。
御使いをなんとか出来たのは奴が木偶の坊だったからだ。
強制的にノックバックさせられる猫パンチが必中だから何とか押さえているだけで、切り込みに成功されたら一気に死者が増える。
しかも奴はまだ骸骨の血をまとったままだ、攻撃を許すってことは厄介な敵が増えるってことでもある。
仕方ない。
『やつはぼくが受け持つ、他は任せた』
『何をする気だ!?』
『遠隔で次元穿孔機を起動して、ぼくたちが通れる穴を開けて。やつを向こう側に押し込んで、そっちで狩る』
こっちのメンバーだけでは厳しい。
だけど向こう側に連れて行くことが出来れば手はある。
シラタマがいれば血液は怖くない。
ポケットを回収できれば追加の小瓶で幻体ワイルドウルフを使える。
何よりも……スフィたちが、みんながいればあんなやつに負けない。
『……それは、だが』
リーダー格の男は明確に渋る様子を見せた。
一歩間違えば貴重なアンノウンを向こう側に逃すことになるからだろう、組織の一員としてはそれは出来ないよな。
ろくでもない組織の一員、なんでこんなやつらの命を守らないといけないのか……そう聞かれたら返す言葉はない。
『ぼくはわがままを通すと決めた。おまえたちも死なせたくない……だからアレはこっちに任せろ』
『………………』
だから理由なんてない。
理屈も何も無い、ただそうしたいってだけだ。
『何とか説得してみよう』
『たのんだ』
リーダー格の男が深い溜息とともに誰かと会話しはじめる。
それを横に聞きながら、ぼくは再生御使いに集中する。
奴は猫パンチに慣れていない、まだ均衡は保たれている。
『ベティちゃん! "それ"しっかり抱えて!』
『ベティチャン!』
手を合わせた後、アッパーの動作で再生御使いを上空に打ち上げる。
着地するまでの時間で瞬間移動し、ベティちゃんの元へ跳んだ。
ブギーマンの『子供をさらう』能力がベティちゃんにも通じるかどうかだけが賭けだった。
視界の端で着地する御使いを捉え、もう一度上に殴り飛ばす。
御使いは空中で姿勢を整え、次の衝撃に備えている。
もう慣れてきてやがる。
ベティちゃんは布で包んだぼくの本体とコリーをしっかりと抱えていた。
その頭部に触れながら能力を発動させる。
『いくよ』
『ベティチャン!!』
試みは成功した。
御使いの背後の空中に一瞬で移動した。
ここからなら次元穿孔機が見える。
再び能力を発動して機械の前へ。
『ベティちゃん、準備出来たら飛び込むよ。ついてきてくれる?』
『ベティチャン! トモダチ、タスケル!』
ベティちゃんを機械の脇に残して振り返り、再生御使いに向けて猫パンチを2発。
一撃目は左手で背中を打って崩し、2発目は腹部分を狙って右腕を振り上げる。
狙い通り、床方面から真上に殴ることが出来たようで、巨体が天井近くまで打ち上がった。
『使いやすいといえば使いやすいけど、破壊力が欲しい時は困るな』
ここまで使ってなんとなくわかってきた猫パンチの特性。
狙って打てば必ず当たる、視認さえできていれば遮蔽物は関係ない。
『………………』
しばらくすると、背後で装置が動きはじめる。
説得には成功したみたいだ。
再びテレポートして、今度は動きを邪魔しながら装置の方へ再生御使いを弾いていく。
戦闘部隊は血を避けながら、異形に変異させられた元戦闘員の相手をしている。
あっちもあっちで厄介みたいだ。
今のうちに、奴が慣れる前に……再生御使いを装置の中へ叩き込む。
猫パンチの問題は攻撃力。
ワイルドウルフの例からして、ぼくの幻体の攻撃は精霊の力が由来になっている超耐久や再生能力を貫通できるはずだ。
なのにいくら殴っても再生御使いにダメージらしいダメージは入っていない。
これは骸骨の時もそうだった。
猫パンチそのものは相手を"叩く"のではなく、"勢いよく押す"に近い性質なんだろう。
手加減したい時にはこの上なく便利で使いやすいけど、相手を倒したい時には厳しい。
やっぱりブギーマンはサポート用か。
装置まで後少し。
床になんて触れさせない。
すれすれで打ち上げ、左腕を大きく振りかぶって装置に叩き込む。
最後の一撃を入れた瞬間、再生御使いが空中で何かを投げる動きを見せた。
「!?」
咄嗟に身体をのけぞらせる。
凄まじい速度で何かの破片が頭のあった位置を通過していった。
遠くで銃弾がぶつかったような音がする。
……あぶねぇ、直撃コースだ。
しかし最後の一撃はしっかり叩き込んだ。
吹っ飛んでいく御使いの身体は装置の中心に飛び込み、景色の向こう側へ消えていく。
『ベティちゃん!』
装置の前にテレポートして、ベティちゃんの手を掴む。
そのまま能力を発動し、向こう側へと移動した。
■
「……なにあれ」
飛び出た先は青空の真っ只中。
落下する再生御使いの向かう先には、地面を埋め尽くさんばかりの異形の群れがいた。
角の生えた長身の異形、空中に浮かんでいるミイラみたいな異形。
他にも奇妙な武器を持った異形の姿がちらほらと見える。
その一部が、不意にこちらを向いた気がした。
ちょっと居ない間にこっちもだいぶやばいことになってるな。
スフィたちが無事でいるといいんだけど……。
『このままあの建物まで跳ぶよ』
『ベティチャン!』
地面から複数の光がこっちに飛んでくる。
このままじゃいい的だ。
遠くに見える煙がいい目印になった。
モールに視線を向けて能力を発動させると、一瞬でモールの上空にたどり着く。
落下しないようにもう一度使って安全に着地して、ようやく一息つけた。
今はとにかくスフィたちと合流かな。
『ベティチャン、トモダチ、シンパイ』
屋上のヘリポートあたりについたところで、ベティちゃんが抱えていた布をそっと床に横たえた。
布が開いて現れたのは意識のないぼくの本体と、心配そうにしているコリー。
陽の光の下で見ると……傷だらけで全身ズタボロ、なんというか。
「我ながら見事なボロ雑巾」
ここまでボロボロだと笑えてくる。
このまま城に持っていったら何人か卒倒しそうだ。
『ベティちゃん、ぼくのお姉ちゃんと友達がいるんだ、合流したい。……その友達とも仲良くしてくれると、嬉しい』
『ベティチャン! トモダチ、スキ!』
わかっているのかいないのか、ベティちゃんの元気のいい返事がわずかな救いだ。




