├ポケットの中の怪物
「それ、かえして!」
「■■■■?」
シラタマと合流し、エスカレーターを駆け上がったノーチェたちが見たのは、ニホンジンらしき集団とスフィが揉めている場面だった。
きらびやかな機械が並ぶゲームコーナー、スフィが大型機械の上にのぼって牙をむいている。
対するは対するのは髪の毛の根本だけが黒い男を中心とした一団。
武器を手になにか喋りながら、スフィを睨み付けている。
「スフィ! 大丈夫にゃ!」
「あ、ノーチェ! 泡はふたつあったんだけど、アリスのポケット取られちゃった!」
声をかけてきたノーチェに向かって、スフィが端的に状況を伝える。
実はこのゲームコーナーの奥にはシラタマの入った泡と不思議ポケットの入った泡が並んでいた。
泡を遠巻きに囲んでいるニホンジンの間を抜けて突入したスフィがシラタマを解放したのだが、シラタマに気を取られている隙にポケットの方をニホンジンに拾われてしまったのだ。
「それって……」
ニホンジンたちは男ばかり10人近く。
武器を構えてスフィを睨み付け、威嚇するように声をあげている。
そのうちの何人かが黒いポケットを興味深く眺めていた。
「それはあたしらのにゃ、返すにゃ!」
「■■■■■■■?」
手を伸ばして叫ぶノーチェを見て、ポケットを持っていたニホンジンの男が鼻で笑い、手にしていた鉄の棒で床を叩く。
驚かせようとする相手の動きにノーチェは警戒心から目を細めた。
そうしているうちにスフィが機械を降りてノーチェと合流し、男たちを睨む。
子供たちの様子を見ていた男たちは何かを話し合い、その中でもリーダー格と思われる男の指示によって武器を手に持ち、ノーチェたちを囲もうとしてくる。
「■■■■■■■、■■■■■」
「■■■■■! ■■■■」
「こいつら、やろうってのにゃ?」
「ウゥゥゥ……」
言葉はわからないが、敵意と害意だけは伝わってきた。
遠目に倒れている角の異形が何体か見える。
彼等も腕には覚えがあるのだろう。
「それ返して! 妹のものなの!」
「おまえらも怪我する前にやめとくにゃ」
スフィとノーチェは武器を構えて背中を合わせ、男たちを警戒する。
まだ見付かっていないフィリアには隠れているようにと手で合図を出してある。
正直負ける気はしないが、どうしてこの緊急時に人間と争わなきゃいけないのかと頭を抱えたい気分にはなっていた。
「■■■■■! ■■■■?」
ポケットを手にしている男が、徐ろに袋の中に手を突っ込んだ。
しばらく何かを探す素振りを見せたあと、手を引っ張り出す。
手にしていたのは瓶入りのポーション。
それを隣の男に手渡したあと、また袋の中を漁りはじめる。
着替え、布きれ、木の葉、石ころ、ポーション、いい感じの木の棒、何かの骨、壊れかけた鎧の一部、平たい石ころ、木の枝、枯れ葉の混じった土が入った透明な袋、付箋のついた中身入りのガラスアンプル、丸い石ころ、予備の武器。
次々と出てくるゴミと備品。
「あいつ、普段あれに何入れてるにゃ」
「あの子しゅうしゅうへきあるから」
そんな中、男たちの興味を惹いたのは予備の武器。
永久氷穴の中でシラタマが集めた大昔の冒険者の遺品。
最深部にたどり着けるレベルの冒険者の装備品だ、当然のように強力な魔道具も含まれている。
体格的に子供が使えるものでもないため、ポケットの中に死蔵されていたものだった。
念じるだけで炎を生み出す赤い宝石のついた長杖を手に、男が大袈裟に驚いてみせる。
それを受け取った仲間が適当に振り回し、突然ノーチェたちに杖の先を向けてきた。
「■■■!」
「シィッ!」
男が何かを叫ぶと同時に杖の先に炎の球が生み出され、ノーチェたちに向かって飛んでくる。
振り上げた氷の刃で炎を切り裂き、ノーチェとスフィは揃って距離を取る。
「■■■■!? ■■■■■■■!」
「スフィ! あんな武器あったにゃ!? 見たことないにゃ!」
炎の魔法を放つどう見ても便利そうな武器をなんで隠していたのかと、少し怒りながら姉の方を詰めるノーチェだったが、スフィの方は微妙そうな表情を浮かべていた。
「あれ、武器じゃなくて氷を溶かすための道具だって言ってた。温度も低いからスフィたちなら普通に石投げたほうが強いって」
「…………」
そういえば見た目の派手さの割にノーチェの腕で切り払うことが出来た。
ああいう魔道具は使い手の能力も影響するとはいえ、あの程度の威力では武器として使うのは心許ない。
スフィの風の刃を放つ剣は、あくまでも剣のほうがメインで遠距離攻撃はおまけだ。
「でも危ないのも結構あったから、はやく取り返さないとまずいかも」
「もー、危険だから持たせないとか言っといてこれにゃ!」
「ピィ」
不思議ポケットはアリスが占有している便利道具だ。
そのことについて不満があるわけでもないし、特別疑っていた訳でもない。
しかし普通にポケットの中身を引っ張り出している男を見るに、シラタマたちと同じように心配性なだけなんじゃないかという疑問が浮かび上がってくる。
少なくとも、ノーチェはあのポケットが危険なところを見ていない。
「どくにゃ!」
「■■!」
「たー!」
工具のような武器を手に迫ってくる男に向かってノーチェが斬りかかる。
しかし氷の刃は切れ味がないため、鍔迫り合いに近い状態になってしまう。
その隙を狙うように炎が飛んできたが、そちらはスフィが風の剣で切り捨てた。
やはり、魔道具の存在が厄介になってくる。
「■、■■■■■!」
ポーション、石ころ、何かの薬品、まとめられた葉っぱ、石ころ、木の棒と続いて男が無骨な長剣を引っ張り出す。
近くの男が長剣を受け取り、何かを叫ぶながらノーチェに向かって振ってみせる。
「!!」
……しかし何かを放つような効果はなかったようで、何度か振ったのちに男が怒った様子で長剣を放り捨てた。
他の男たちはそれを見て笑っている。
「あーもう、ひやひやするにゃ!」
「ねぇノーチェ、魔力だいじょうぶ?」
冷や汗をかきながら、ノーチェは毛の逆立ったしっぽを不機嫌そうに振る。
その様子を見ていたスフィが心配そうに訪ねた。
ノーチェは2階にあがってから加護を使っていない。
相手は見る限り普通の人間、使えば一掃するのは簡単なはずだ。
「……正直使いたくにゃい」
迅雷の加護は魔力を雷に変換する力。
モールに戻ってからは激しい戦いが続いていたため、ここまで使いっぱなしだった。
勿論まだ余力は残っている。
しかし、他の異形のことを考えるとこんなところで無駄に消耗したくない。
シラタマのエネルギーにも限りがある、この程度の相手に力を貸してくれるつもりはないようだ。
「足止めされてるのも面白くにゃいな」
とはいえ、こんなところで足止めを食らうのも具合が悪い。
前髪をくしゃりとかきあげ、シラタマに指を突かれながらノーチェは仕方ないと加護を使おうとする。
「■■■■■■■■!?」
その時、ポケットの中を探っていた男が悲鳴をあげて袋の中に引きずり込まれた。
突然の出来事に周囲の人間全員がぽかんと見ることしかできない。
本当にいきなり、腕から腰までをポケットの中にのみ込まれ男は足をバタつかせている。
「■■■■■■■! ■■■■!」
我に返った他の男たちが慌てた様子で、飲み込まれた男を助けようと足を掴む。
ひとりが袋を持ち、他の数人で飲み込まれた男を勢いよく引っ張った。
次の瞬間、くぐもった悲鳴とともに男の下半身だけが袋から引きずり出された。
「■■■■■■■■! ■■■■■!!」
「■■■■■■■■■!?」
唐突な異常事態にパニックに陥った男たちが下半身を放り出して逃げ出す。
ノーチェたちを囲んでいた男たちも惨劇に気付き、慌てた様子で逃げた連中を追いかけていった。
「…………」
「………………」
残されたのはノーチェとスフィ、何かに食いちぎられたようになっている男の下半身。
何ごともなかったかのように床に落ちたまま、沈黙を保つ半円型の黒いポケット。
「チュリリ」
「にゃあ、スフィ」
「ノーチェがリーダーだもん」
「おまえの妹の持ち物にゃ」
「くぅん……」
中に手を突っ込まなければ大丈夫というアリスの言葉を信じてはいるが、心情的に押し付け合うのも無理のない状況だった。
■
結果的とはいえポケットのおかげで男たちが逃げていったため、スフィたちは安全にその場を離れる事ができた。
ポケットは譲り合いの末にスフィが預かることになり、腰のミニバッグに慎重にしまいこまれている。
「スフィちゃん、ノーチェちゃん、大丈夫だった?」
「あたしらは平気だったにゃ、でも」
「うん……ね」
「のじゃ?」
隠れていたフィリアたちは幸いなことに惨劇を目撃せずに済んだようで、特に怖がってはいない。
シェリフの方の戦闘はまだ続いているようで、遠くの方で破壊音が続いている。
「でも、ふたつあるとは思わなかったにゃ」
「とちゅうで隠すのが面倒になっちゃったとか?」
「ピィィ」
「ンー」
合流したところで身を隠すように移動しながら、ノーチェは三毛猫の"試し"に思いを馳せる。
アリスと友達をやるならこの程度のことはこなしてみせろという意図なのは間違いない。
そのうえで、混乱の中で泡を探させるのが目的だったのだろうか。
泡は今のところ、ちょっと探せばすぐ見つかるような場所に置かれている。
この襲撃がなければ散歩気分で全部集めることができるくらいだ。
「みんなと合流して、この状況を生き残れってかんじなのかもにゃ。だったら他の泡もすぐ見つかるところにありそうにゃ」
「わしの身体ぁ、はやく見付けてほしいのじゃあ」
「シャオ、なんかおばけみたい」
もしかしたらあとふたつもすぐ見付かるかもしれない。
残りはミストドラゴンとシャオの身体、中でもミストドラゴンは最大級の戦力だ。
ノーチェたちは残りふたつの泡を探すため、過激派の縄張りへと足を進めた。




