├いつか来る日のために
崩れかけた足場の合間を縫って、ノーチェたちは3階へあがる。
その間もメイガスは魔術を駆使して戦い、いつの間にか合流していたシェリフとふたりで集まる異形たちを蹴散らしていた。
「今のうちに3階を探すにゃ!」
攻撃が本格的に激化する前にシラタマかミストドラゴンを解放できれば大きく変わる。
「フカちゃん! いっしょに虹色の泡を探して!」
「シャアー!」
「わたしたちはこっち側から行くね!」
「頼むにゃ!」
2階のときと同じ要領で子供たちは動きだす。
角の異形は身体能力を駆使して上階にも飛び上がってくるが、すべてシェリフたちが撃ち落としてくれる。
「1階から見て回るべきだったにゃ!」
失敗したと舌打ちしながらノーチェは走る。
別館は3階あって、情報ではふたつの光が内部を飛んでいったという。
もしもこの階になければあとは1階。
異形がぞくぞくと侵入してきて、人間たちとも争っている場所へ突入しないといけない。
「しょうがないよ! とにかく探そう!」
スフィが前向きな言葉を吐きながらノーチェに並走する。
その横をフカヒレが空中を泳ぎながら追い抜いていく。
「そんにゃに広くにゃい、厄介なのは普人だけだと思ったんだけどにゃ……簡単にはいかないにゃ」
アリスが聞き取った情報からして、厄介なのは過激派と呼ばれている一派くらいだと思っていた。
三毛猫が意図して起こしたことかどうかはわからないが、失せ物探しに怪物が交じるだけで難易度が天と地だ。
やれやれと息を吐いたノーチェの背筋に悪寒が走る。
「止まるにゃ!」
「わふっ!?」
変な声をだしながらスフィが横に跳んだ。
緑錆まみれの巨大な鉄剣が、進行方向にある足場を下から貫く。
足を止めたノーチェが手すり越しに1階を見下ろすと、頭の上に緑錆まみれの鉄輪を浮かべた巨躯の異形が佇んでいた。
角の異形と比べて細身ながらも背は高く、髑髏の眼窩には赤い光。
腰回りに足首までの丈がある衣服を着崩したように纏い、右手に1メートルを越える刀身の鉄剣を持って静かに頭上を見上げている。
「あれはダメにゃ!」
「だね!」
最初に動いたのはシェリフだった。
降り注ぐ輪ゴムを右手の鉄剣で防ぎながら、剣の異形は左手を上に掲げる。
足場を貫いていた剣が抜けて、異形の手元へと飛んでいく。
エスカレーターを抑えていたメイガスが本を片手に空中で飛び出す。
シェリフの援護を受けながら指揮棒で複雑な文字を描き、岩でできた蛇竜を出現させる。
空中を滑りながら近づいていく蛇竜を剣の異形が迎え撃つ。
左手の剣で牙を弾き、右手の拳で胴を払う。
ふたつに切り裂かれた岩の蛇竜はしかし、残った頭部で剣の異形の腕に噛みつき、炎と共にその身体を爆発させた。
よろめいた剣の異形に岩の槍が殺到した。
いくつかを受けながら両手の剣を振るって切り抜け、剣の異形はメイガスに迫る。
メイガスは剣の異形との間に岩の盾を作り出すも、容易く切り裂かれる。
しかし既に盾の裏側には誰もおらず、メイガスはローブをはためかせて転がりながら燃える岩を放つ。
飛んでいく岩は剣の異形によって切り裂かれると同時に炎を噴き出した。
目くらましのように派手に広がる炎の中、剣の異形は手にした剣の風圧で炎の薄い部分に穴を空けて抜け出す。
飛び出した剣の異形を待ち構えていたのは、指揮棒から伸びる溶岩の鞭。
腕を絡め取ろうとする溶岩鞭を咄嗟に身をかがめて避けると、不安定な姿勢で倒れ込みながら強力な剣圧を放つ。
周囲の柱ごと切り裂く剣圧をローブと土の壁で防御したメイガスだったが、完全に防ぐことは出来ずに風圧で奥にある店舗の棚へ叩きつけられた。
ガシャンという音とともに商品が散らばるのが、吹き抜けの上からでも見える。
魔術の効果時間が過ぎて広がった炎が消えていく中、膝をついていた剣の異形が立ち上がる。
その視線をノーチェたちに向けたところで、横合いから現れた岩の拳がその身体を殴りつける。
……無言で繰り広げられる激しい戦いを横目で見ながら、ノーチェたちは足早に3階の探索を進めていた。
「……やっぱあのレベルになると足を引っ張るだけだにゃ」
「しょうがないよ、メイガスさんたちがいてくれてよかった」
激しい破壊音を響かせながら1階で行われているのは、超一流の魔術師と剣士のタイマンだ。
通常ならば剣士の方が圧倒的有利な状況ながら、メイガスは熟練の立ち回りで不利な状況をカバーしている。
「あたしらはあたしらに出来ることをするにゃ」
「うん!」
三毛猫は一体どんな風に自分たちを試そうとしているのか。
そのことについてノーチェはずっと考えていた。
「(強さならあたしたち以上がいくらでもいる。でも、あいつはあたしたちを頼ってくれた)」
少し前の年末に玩具の街で源獣教の連中と戦った時、アリスは自分たちを信じて力を託してくれた。
その時、はじめて"異質な存在"であるアリスと肩を並べることが出来た気がした。
なのに今回は真逆の展開になっている。
「(あいつは"自分が怖くないのか"って聞いてきた、あたしは適当に答えちまった)」
それは本当にアリスを怖いと思っていなかったからだ。
アリスの傍にいることの危険性を理解できていなかったからだ。
きっとそう思ったせいでアリスは、自分を怖がらないでくれる"普通の人間の友達"を守ろうとしたのだろう。
そのボタンのかけ違いが自己犠牲を選択させてしまった。
まったく――ふざけた話だ。
「(おまえに危険が寄ってくるとしても、おまえを怖がる理由にゃならにぇだろうが)」
心のなかで言葉にすれば、何かがカチリとハマった気がした。
「シャーク!」
「ノーチェ!」
「ビンゴ!」
聞こえてきたフカヒレとスフィの声に反応し、ノーチェは顔を横に向ける。
玩具屋のレジの上に浮かぶ虹色の泡と、隣ではしゃぐフカヒレが見えた。
同時に前方からはどこからか上がってきた2体の角の異形が真っ直ぐ向かってくる。
メイガスは1階で激闘の真っ最中、シェリフは空中に浮かぶ2体の青いミイラを押さえている。
「(こいつらが人間と同じ筋肉で動いてるなら、あたしなら止められる!)」
ダガーを逆手に持ち、ノーチェは全身に翠雷をほとばしらせる。
「あたしが押さえる!」
「おねがい!」
ノーチェは一気に加速する。
持久走ではスフィとフィリアに軍配が上がるが、瞬間速度ならしっぽ同盟で最速だ。
1体に雷を纏わせたダガーを投げつけ、飛び上がってもう1体の首元に蹴りを入れる。
角の異形がどちらとも不自然に痙攣して動きを止める。
雷を絶やさないようにしながら素早く潜り抜け、ノーチェはヒットアンドアウェイで角の異形を封じ込める。
対人での手加減はさんざん勉強してきた。
重要なのは威力じゃなくて筋肉が痙攣するように流すことだ。
その間にスフィは玩具屋の店舗へ飛び込み、まっすぐレジへと向かう。
しっぽをはためかせながらショートソードを構え、泡へと突き立てる。
割れた泡の中から、炎を揺らめかせているカンテラが浮かび上がる。
「あった!」
スフィは動く気配のないカンテラの取っ手を掴むために右手を伸ばす。
触れた感触はアリスが黒い靄から作り出す剣を手にした時と似ていた。
今よりもっと小さい頃、風の音を怖がるアリスを抱きしめて撫でてあげた時を思い出す。
「……? って、きにしてる場合じゃないね! フカちゃんいこう!」
「シャアー!」
頭を振って思考を切り替えると、右手で掴んだカンテラを脇に抱えて走り出す。
格闘で角の異形と渡り合うところへ飛び込み、白金の光をまとわせた剣を振り下ろした。
「ノーチェ! あたり!」
「よっしゃ!」
ノーチェが動きを止めたところで容赦なく首に剣を叩き込む。
1体をスフィに任せたノーチェは、転がりながらダガーを拾ってもう1体の角の異形の首に突き入れる。
そのまま雷を流そうとしたところで、服を掴まれ投げ飛ばされた。
「フギャッ!」
「ノーチェ!」
「シャー!」
雷に慣れてきてしまったのか、角の異形はステップを踏みながら格闘の構えをみせる。
ノーチェは防御魔術をかけられたマントで衝撃を緩和しながら受け身を取り、素早く立ち上がる。
間髪入れずに放たれた右の拳がノーチェの顔面を狙ってきた。
咄嗟に頭を振って避けると、続く左の蹴り上げがまたしても顔に向かう。
ノーチェは雷を纏わせた腕を顔の前で十字に構えて防御姿勢を取るものの、眼前で蹴りが空振りされる。
勢いのまま一回転して、もう一度蹴りを空振りする角の異形。
その脚部は青く発光しており、武技のように衝撃波が放たれる。
直接当てられていないのもかかわらず、ノーチェの身体は手すりにめり込む勢いで吹き飛ばされた。
「ギャ……フ……ッ!」
痛みと衝撃で肺の空気が押し出される。
幸い手すりごとぶち破るような威力はなかったし、メイガスの防御魔術の効果が続いているのかダメージそのものも軽い。
「(こいつ、まるで騎士の兄ちゃんたちみたいに……!)」
それよりも衝撃だったのは相手の立ち回り。
明らかにノーチェの雷を警戒した動きだった。
今もダガーで傷付けられた首の出血を手で押さえているのが見える。
「ノーチェ!」
幸いなのはスフィが攻撃した角の異形はきちんと倒しきっていたこと。
スフィは首を押さえるもう1体の角の異形に向かって挑みかかる。
互いにフェイントを駆使して間合いを詰め合う。
純粋な戦闘技術という意味では角の異形に軍配が上がるようだが、スフィも何とか食らいついている。
「シャアア!」
均衡を崩したのはフカヒレだ。
一度足場の中に潜り、足首に噛み付いて一気に引っ張る。
引きずっていくことまでは出来ないようだが、角の異形は体勢を崩して膝をつく。
「があう!」
スフィはその一瞬を見逃さず、全身のバネを使って飛び込むと、ショートソードの切っ先を異形の喉仏へと突き入れた。
勢いのまま身体を浮かせると、両手でショートソードの柄を握たまま横をすり抜ける。
喉元から傷が拡げられ、血を噴き出して角の異形は絶命する。
「ノーチェ! 大丈夫!?」
「う、にゃ……平気にゃ、たぶんメイガスのおかげにゃ」
メイガスも定期的に防御魔術をかけなおしてくれていたが、下での戦いがはじまってからは流石に難しいようだ。
マントから漏れる黄土色の光は随分と弱々しくなっていた。
「……そ、それ、大丈夫?」
「にゃ?」
説明しながら身体の調子を確かめていると、スフィが顔を青ざめてノーチェの頬を指さした。
頬についていた異形の青い血を拭って確認して、ノーチェも同じように青ざめる。
「なにもない?」
「へ、平気にゃ? こいつは大丈夫にゃのか?」
ノーチェは適当なボロ布で血を拭う。
しっぽ同盟の面々は基本的にアリスの警戒は疑っていない。
世の中には血が人間にとって猛毒になる魔獣もいることを理解しているからだ。
なので今回も一応は警戒していたが、ノーチェの身体に何も起きなかったことで安堵の息を吐く。
「この角の奴は大丈夫そうにゃ」
「そうみたいだね、ちょっと安心かも」
「づ……早くフィリアたちと合流するにゃ、シェリフとメイガスの手が埋まってきたにゃ」
「そだね、連絡通路が使えなくなるまえに戻らないと」
異形は黒い空から次々と落ちてきているようだ。
近くにある窓から見える外は、角の異形の入った柱が次々と降り注ぎ、複数の青いミイラが舞い降りてくる光景が広がっていた。
明らかに異常に強い個体も混じっているし、敵を倒す速度よりも増える速度の方が速い有り様だ。
外から回り込んで本館に戻るのは非現実的。
連絡通路が破壊されるか埋め尽くされる前に本館に戻って泡を探すしかない。
丁度3階の探索もすべて終わったところだ。
「泡は回収終わったにゃ! あっち側に戻るにゃ!」
「わ、わかったー!」
「フィリア! 気をつけてね!」
痛みを堪えて叫びながらノーチェは連絡通路側のエスカレーターに向かって走り出す。
幸いにも折り返して戻ってきたためにすぐそこだ。
「――このくらいのピンチ、なんでもないってあいつに教えて、安心させてやるにゃ」
「……うん、そだね、そうだよね」
ノーチェの言葉に、スフィもカンテラを抱きしめて力強く頷いた。
アリスは"特別"だ。
一緒にいれば今日と同じような日がやって来るだろう、きっと何度も何度も。
今の状況ならまだまだ希望は残っている。
先を考えればこの程度で弱音なんて吐いていられない。
「撤退にゃ!」
「おー!」
「はい!」
「……頭だけ揺れてきもぢわるくなってきたのじゃ」
すぐに合流したあと、ノーチェたちはエスカレーターを駆け下りて再び本館へと向かうのだった。




