├残党
「うぅ、ご、ごめんね……」
拘束を解かれたユテラから話を聞くと、一度は宿に行った時にまだ父親が戻ってきていなかったらしい。
ユテラは仕方なく通りに出て、貰っていたお小遣いでお菓子を買い、建物脇の箱を風除け代わりの背もたれにして食べていた。
ようやく食べ終わった頃に路地裏から出てきたのが、二人組の男だった。
特徴的なフードは外しており、普通の格好をしていたため最初は気にしていなかった。
しかし聞こえてきた会話が「獣人のガキを攫う」「早く逃げなければ」という物騒なものだったため、ユテラは思わず身を乗り出して二人組みを見てしまう。
本来ならば路地に身を潜めて、聞こえないくらいの小声で話していたのだが、猫人の鋭敏な耳がハッキリと会話を拾ってしまった。
あちらは箱のせいでユテラを認識していなかったようで驚いていたが、猫人だとわかった瞬間には捕まえに来た。
会話を聞かれたことを察したのだろう。
いくら獣人とはいえ、ユテラは普通の子供である。
暴力に慣れた大人の男に敵うはずもなく布を噛まされ、攫われてしまったのだ。
森の奥についたところであの怪物に預けられたが、そこで隙をついて猿轡をずらすことが出来た。
そしてノーチェたちが駆けつけ、こうなったのである。
「運が悪かったにゃ」
それ以外に言いようがない。
偶然人通りがないタイミングで、偶然悪者の話を聞いてしまい誘拐されたのだ。
肩に手を置いて慰めるノーチェを見ながら、フィリアが困惑した表情を浮かべた。
「あの、ノーチェちゃん、なんで縄ほどけたの?」
「アリスに習ったにゃ、結ばれる時に腕をこう……あとで隙間が出来るようにしておくと抜けられるって。うまくいってよかったにゃ」
ノーチェとスフィは拉致対策の知識が豊富なアリスに縄抜けのやり方を習っている。
本人的には微妙な実用性の豆知識程度だったようだが、今回に関しては成功していた。
どことなく釈然としない様子ながら、フィリアは縄の痕を撫でながら頷いた。
「んで、このあとどうするかだよにゃ」
「あのトンネル、もう使えないよね?」
「だにゃ、別の出口があればよかったんだけどにゃ……」
残念ながらこの場に岩壁をどうにか出来る人間はいない。
フード集団と戦うにしても、敵に御使いがいる以上はそう簡単な話ではない。
「シャオが騎士の兄ちゃんたちに伝えてくれているといいんだけどにゃ……」
どちらにせよ敵は警戒しているだろうし、機会を待つしかないのだ。
今はこの場にいないシャオがうまくやってくれることを願いながら、ノーチェは小さく息を吐くのだった。
■
「くそっ、なんだって急に……!」
男たちは源獣教の残党である。
敬虔な信徒というわけではなく、街中で混乱を起こすために雇われた人員だ。
彼等は西方の田舎出身のならず者。
山賊をしながら燻っていたところをスカウトされ、今回の作戦に助力した。
簡単な仕事のはずだった。
支援を受けながら貰った魔道具で混乱を起こし、あとは適当にとんずらするだけ。
帰りしなに半獣のガキを何匹か、あるいは希少種のガキまで攫えれば全員で一生遊んで暮らせる。
ここに居る"生き残り"は作戦の最中に意気投合し、共に行動していたメンバーだった。
「なぁ、もし見つかっちまったら俺たち……」
「うるせぇ! わかってんだよそんなことは!」
捕まれば裁判の後に処刑、一番軽くて労働奴隷として鉱山送りだろう。
騒動の乗じて街から逃げ出すだけなら何とかなったかもしれないが、彼等は欲をかいた。
祭りに浮かれて街に出てくる希少種の子供、半獣の子供を狙うために街に残った。
その結果、同じことを考えた他の者たち同様に失敗し、警邏に追われる立場になってしまった。
逃げ惑っている彼らを匿ったのが"御使い"と化した信徒と、小柄なフードの信徒。
小柄な方は『石繰の加護』という力を持っているようで、手で触れた石や岩を粘土のように操れるらしい。
その力で崖に出入り口を作り、この地下遺跡に潜みながら脱出の機会を伺っていたのだ。
「くそ、時間がねぇ」
彼らは既に手配されている、目立ちすぎる御使いを切り捨てたとしても門からは出られない。
飛空船や船を使っても同じだ。
「とにかく荷物をまとめろ!」
彼らから見た謎の集団……護衛の騎士たちがが林の中を調査していたのは早朝だ。
見張りはかなり距離を取って観察していたのに、何度も存在を気取られそうになった。
「ぜってぇやべぇよ、あいつらこの国の騎士かなんかだ。今まで見てきた兵隊とは比べ物にならねぇ!」
感覚が鋭いゆえに相手の強さを感じ取ってしまった見張り役の男が動揺したように叫ぶ。
苛立ちながらそれを睨んで、リーダー格の男は自分の髪の毛を掻きむしった。
「わかってるから急いでんだろうが黙れ! 海だ、海! 海側から逃げるぞ! 他に手はねぇ!」
「半獣のガキどもはどうすんだ? 連れてくのか?」
「ここまで来て手ぶらで逃げられねぇだろうが!」
「でも3匹は連れていけねえよ」
「気持ちワリィ黒い猫2匹を始末して、あの兎を連れてきゃいい。あのガキの妙な剣と兎1匹ありゃ十分金になる」
ノーチェの持っていた刀は男の目から見ても業物だ、売ればそれなりの額になるだろう。
更に教国が買い取りをはじめたことで西方では獣人を飼うというブームが起きており、兎人は高値で取引されている種族のひとつだ。
十分な稼ぎになると算段をつけた男がナイフを手に小部屋に向かう。
「手伝え、さっさと済ませるぞ」
「お、おう」
残党の数は山賊だった男たちが6人揃って小部屋に向かう。
その様子を御使いを引き連れた小柄なフードがじっと見つめていた。
■
「サンダーストライク!」
「ぐおあああ!?」
焦りと恐怖による興奮状態のまま、子供たちを閉じ込めた小部屋の扉を開ける男。
彼を出迎えたのは翠緑の雷をまとった蹴りだった。
「ダッシュ!」
「はい!」
「ぐ、が、がご」
しびれてろれつが回らないのか、よくわからないうめき声をあげて倒れる男。
その脇をすり抜けてフィリアとユテラが奥へ向かって逃げ出す。
「に、逃げた! なんだ今の!?」
「気をつけろ、こいつ加護持ちだ!」
「シィィ……」
ノーチェはしっぽの毛を膨らませて威嚇しながら、ついでとばかりにリーダー格の男を踏みつけながら移動し、逃げたふたりを隠すように立ちはだかる。
「(刀は……ちっ、アレの近くにゃ)」
男たちを警戒しながら奪われた武器の所在を探すと、最悪なことに御使いの傍らに放置されていた。
「(やばいのは、あのふたりだけにゃ)」
中でも不気味なのは小柄なフード。
御使いは以前の経験から動きが鈍く、指示がなければ自分からは動き出さないことはわかっている。
倒すのは難しいが、逃げるだけなら何とかなる。
「この! 死ねくそがっ!」
「おせえにゃ!」
男のひとりが焦れたのかナイフを振りかぶって切りつけてくる。
それをするりと避けて、腕を掴みながら加護の雷を纏う。
「ぐああああ!?」
「ぎゃああああ!!」
切りかかってきた男だけではなく、動きを封じようと掴みかかってきた男が痙攣しながら倒れる。
「ひ、ひぃ! バケモノ!」
「黒い毛の魔物が!」
「……あぁ、なんか久々に聞いたにゃ、それ」
フードの集団は総勢8名。
リーダー格とその他2名は感電して倒れ、それを見た3名は悲鳴を上げて距離を取る。
アリスたちと過ごしているうちにノーチェのコンプレックスも緩和されたが、投げつけられた言葉に嫌な記憶が蘇って微妙に顔をしかめてしまう。
「ま、今更にゃ。次はてめぇらの――」
「…………」
戦意を失いかけている男たちを放置し、全身に雷をまといながらノーチェは未だ動かない小柄なフードを睨みつける。
今にも飛び出しそうなほど身をかがめて……。
「相手なんざしねぇよバーカにゃ!」
不意に雷を消しながら反転し、先に逃げたふたりを追いかける。
「は?」
「あ、逃げた! おい逃げちまったぞ! くそ! しっかりしろザーグ!」
「ぐ、ぐぐ、ぐがあ」
凄まじい速度で逃げ出すノーチェに呆気にとられた男たちだが、逃げられたことに気付いて慌てて仲間を助け起こす。
そんな様子に目もくれず、小柄なフードは無言のままじっと逃げていく獣人の背中を見つめるのだった。