姉さん事件です
カインがジルオを伴って戻ってきたのは日が落ちはじめて暗くなった頃。
時間的にはあれから数時間、ちょうどぼくたちも昼寝から起きたころだった。
現在は預かっていたという荷物をリビングに運び込んで貰っている。
「先程は失礼しました」
「手間取らせて悪かったね」
慇懃に頭を下げるカインの背後で、知っている顔と知らない顔が入り混じって荷物を家に運び込んでくる。
たぶん夜梟騎士団の人員なんだろうけど、一冬の間にかなり人手が戻ってきたらしい。
「こんなに堂々とやって大丈夫なのにゃ?」
「この区画一帯は押さえましたからね、おかげで随分と動きやすくなりました。何かあってもここに逃げ込んでくれれば何とかなるんで、特にノーチェは覚えといてくださいよ」
「わかったにゃ、ふたりのことはリーダーとしてちゃんと守るにゃ」
カインとノーチェが気安く話しているのを横目に、女性騎士から手紙の束を受け取る。
「こちらは御留守の間に届いていた手紙です、危険物の確認はしましたが中身は見ていません」
「ありがとう」
手紙は錬金術師ギルドと学院関係以外の個人的な物だ。
天星宮へ送るためには中身のチェックが必要なため、個人的な手紙はあえて留め置いてくれたらしい。
こっちはそこまで気が回っていなかったので正直助かった。
届いた手紙は……っと。
南にある港町シーラングで出会った猫人の少女ユテラからの、その後を伺う手紙。
パナディアでノリで作ったエナジードリンク。
その開発と販売を任せているマリナ錬師からの手紙。
学院のクラスメイトからの手紙に、友だちの獅子人姉妹のエルナとリオーネからの手紙。
それからぼくの関わった研究発表に関わるものへの質問状。
こんなところか。
「全員宛てはこっちで、これはぼく宛て、こっちはスフィの、これはノーチェの……」
「あ、リオーネおねえちゃんたちからのお手紙だ」
「ていうかあの大量の荷物は何にゃ」
「ぼくが発注した資料」
運び込まれる荷物の多くは祭りの時に注文していた論文とかの資料だった。
あとで工房に運び込むけど、しっかりした紙ってほんと嵩張るよね。
届いていた手紙を仕分けたあと、ぼく宛てにきた手紙の内容を確認する。
クラスメイトであるミリーからお礼の手紙、マリークレアからも、あとは錬金術師関係。
ぼくの分だけ明らかに多いんだが。
返事が必要なものとそうでないものを分けていくだけでも一苦労だ。
マリナ錬師からは暫くアルヴェリアに滞在する旨と、開発委託の契約延長に伴う内容の見直しの連絡みたいだった。
契約書が同封されてるから後で読んでおかないと。
「何が書いてあるのかぜんっぜんわからないにゃ」
「これ何語なのじゃ?」
ノーチェたちは興味深そうにぼくの注文した資料を覗き込んでいる。
主に魔石バッテリーの研究に関する資料である。
視線を手元に戻し、確認を済ませながらスフィの隣に座る。
「エルナおねえちゃんとリオーネおねえちゃん、正式に留学することになったんだって」
「許可でたんだ」
獅子人姉妹の手紙を読んでいたスフィが嬉しそうに言った。
横から手紙を覗き込んだところ、迎えに来た父親と話して留学を決めたことがわかった。
強行軍で予定より早くやってきた父親にリオーネが直談判し、あわや大喧嘩になりかけたらしい。
姉妹で懸命に説得して留学の許可をもぎ取れたようで、春から入る学校を探しているみたいだ。
「宿が壊れちゃったり、ケンカを止めようとして集落の人が怪我しちゃったりで大変だって」
「うちは両親が寛大でよかった……」
誘拐された娘をようやく見つけたと思ったら『このまま留学したい』と言われるとか、普通は猛反対するよなぁ。
他の家庭の話を聞くと、父さまが最初からかなり譲歩してくれていて、最大限の理解を示そうとしてくれていたとわかる。
程度は違えど手元から離すことには変わりないわけだし。
「……スフィ、学院がはじまるまえにちょっとだけ家に戻ろっか」
「うん、大賛成!」
せっかく家の中に道を作ったんだ、もっと気軽に戻ってもいいと思う。
「あとは……あれの確認かな」
手紙のチェックを終えたあとは、リビングの隅にどんっと積まれたままの大荷物に目を向ける。
城を出るときに渡されたものだ。
量が多くてすぐには荷解きできなかった。
今やっておかないとあとがつらい……。
■
「これはスフィとアリスのおようふく、こっちは……?」
「身だしなみ用品? ……ブラウ?」
「…………」
後回しにしていた荷解きの真っ最中。
髪用ブラシとかのケア用品とかが詰まったケースを見ていると、横からブラウニーが回収していった。
……ってそうか、ぼくたちの世話用だから管理するのはブラウニーか。
「こっちはみんなの分だってー」
荷物の中に入っていた手紙を見たスフィが、その近くの箱を持ってノーチェたちのもとへ向かう。
「なんにゃ?」
「毛糸のマフラーとケープなのじゃ、これは良い品じゃな」
「こんないいもの貰っていいのかな……」
母さまたちはぼくたちの分だけじゃなく、ノーチェたちの防寒具も用意してくれていたみたいだ。
「お礼も兼ねてるだろうから気にしないでいいんじゃない?」
「そうそう!」
3人ともメインのご褒美はもらっていたけど、もちろんそれだけでおしまいってわけじゃない。
滞在中にみんなのサイズを調べて準備してくれていたのだろう。
「服も何着か入ってるにゃ」
「な、なんか、全部すごくいい生地なんだけど」
しっぽ同盟の中でも物の価値がわかっている側の女、フィリアだけが慄いていた。
最近では既製品も増えてきているけど、ゼルギア大陸で新品の服と言ったら基本的にはオーダーメイド。
特に生地の良いオーダーメイドの服はよく考えなくても高級品である。
「よそ行き用にしたらいいんじゃない? 下町で着るには生地が良すぎるし」
「じゃあスフィたちも着れないね」
自分用の箱を開けたスフィが残念そうにため息をついた。
当然ながらぼくたちに用意された服が安物な訳がない。
配慮はしてくれたのか以前と比べると随分とランクは落ちているけど、まだ"貴族用"だ。
「学院に着ていく分にはそんなに目立たないかもだけど、外周7区はちょっと厳しい」
「ねー」
王立学院はなんだかんだでお嬢様お坊ちゃまが多いので大丈夫だろう。
このくらいの品質の服を普段着にしている貴族の子供も普通にいる。
獣人や一般人の生徒にはほぼ居ないけどな!!
「まぁいいや、備蓄を確認したら月が昇る前に食べ物の買い出しに」
「お待ち下さい、買い出しでしたら我々にお任せ頂けませんか?」
いつものように予定を決めていたら、搬入を終えて待機していたジルオが制止してきた。
彼は夜梟騎士団チームのリーダー的なポジションに落ち着いたらしい。
ていうか、同行を申し出てくることはあってもハッキリ止められたのは初めてだな。
「なにかあったの?」
「え?」
護衛役は基本的には放任と言うか、可能な範囲でぼくたちの自由を許す方針だ。
そうなるように圧をかけたからね。
なのにわざわざ外出を止めるなんて何かがあったとしか思えない。
「少し前から少々気になる話がありまして」
「気になるおはなしってなあに?」
「それは……」
「ハッキリ言ってくれた方が判断しやすい」
スフィの質問にジルオが言い淀んだ。
濁されると判断に困るんだよな。
もう少ししたら学院も再開するし、ずっと家に引きこもってる訳にもいかないので危ない情報はちゃんと伝えてほしい。
「それが、どうにも周辺で怪物を見たという噂が流れておりまして……」
「ええ……?」
ジルオの言葉にみんなの驚きが重なった。
「魔獣でも街に出たの?」
「その可能性も視野に入れて警戒中でございます」
アヴァロンは大きな街で、自然を大きく残した自然公園の類も多い。
ちょっとした森とかそのレベルな場所もあるので、普通に魔獣が生息している。
管理はされているから魔獣の抜け出しは滅多にないことだけど、絶対にないとは言い切れない。
「噂の魔獣そのものは確認できてないってことね」
「左様にございます」
魔獣を倒す戦力があっても、魔獣を見付けられなければ意味がない。
困ったね。
「我々が積極的に動くわけにもいきません。その件につきましては警邏騎士団と教会騎士に任せることになります」
近衛騎士団と夜梟騎士団は表立って街の警戒や捜査なんてできない。
必然的に警邏と治安強化に協力している教会騎士の担当となる。
……帰り道で警邏騎士団の巡回が多かったのはそのせいか。
「教会騎士って大丈夫なの? やる気とかさ」
「やる気、ないのにゃ?」
「有り余っておりますね」
「それを心配してたんだよ」
ジルオは護衛が足りないと思っている側であろう。
それが言うに事欠いて"余ってる"なんて口にする時点で相当だぞ。
「警邏とにらみ合いに発展しかけてしまい、街の空気が少しピリついているんですよ……」
困ったように教えてくれたのは、先ほど手紙を渡してくれた女性騎士だった。
街の治安維持は本来は警邏の仕事、協力という形で横から入った教会騎士がでしゃばるとそれはピリつく。
地球で言うと州警察の縄張りに何故か連邦捜査局が口出ししてくる感じか。
「縄張り争いはケイジドラマでたくさんみたから、わかる」
「にゃんだそれ」
「ケージドラマ?」
「そういうわけでして、事件が解決するまでは夜間の外出は控えて頂きたいと思っております」
「……なら仕方ない」
ぼくが頷くと、騎士たちがあからさまにホッとした反応を見せた。
……ん?
「待って、ちょっとおかしくない?」
「どうなさいました?」
「なんでぼくが強引に外に出たがる感じの反応なの?」
なげかけた疑問に周囲がなんともいえない空気で満たされた。
ぼくはパンドラ機関に居た時みたいに行動を強く制限されるのが嫌なだけだ。
城だとスフィから連れ出されない限りは殆ど部屋に居たレベルである。
「それは……うーん、あれ、にゃ? スフィ?」
「アリスはね、勝手に抜け出したりしないから大丈夫だよ? 心配なのはおうちの中でも倒れちゃうことくらいで」
微妙な空気の中、どこかに行く心配はしたことがないとスフィがフォローしてくれる。
「……けっこう、ひとりで動いてたような?」
「そっちのほうが効率がいいからだっての、する理由がなきゃしないよ」
フィリアとシャオはまだ疑わしげだ。
正直みんなを危険な目に合わせたくなくて単独行動していたのは事実である。
シラタマたちのおかげで自分の対応力が一番高くなってしまったのが原因だ。
その考えも玩具の街での戦闘で間違っていたとわからされた。
力があるからと自分だけでみんなを守ろうとするんじゃダメだった。
ぼくの力をみんなに分けて、いっしょに動くのが一番いいんだって理解したのだ。
「それもこの間ので反省したからだいじょうぶだよ」
「……この間?」
「とにかくもう勝手に動いたりしないから安心してってこと」
ジルオが抱きかけた疑問を吹き飛ばすように話を終える。
あぶねぇ。
源獣教の襲撃のあった夜にぼくたちが玩具の街に行っていたことを大人組は知らない。
これは玩具の精霊か、あの領域にまつわる力によるものだ。
たぶん認識阻害とかミスディレクションに近いので、不自然な点に気付かれたら芋づる式に色々とバレる危険性がある。
「というわけで、買い出しよろしく」
「……かしこまりました」
疑問を棚上げすることにしたようで、ぼくからメモを受け取ったジルオは慇懃に頭を下げた。
このくらいなら『城で何かあったのだろう』と解釈してくれるだろう。
なお理由がなければ夜間外出するつもりは無かったし、特に不便はない。
■
「それで振り返ると……路地に入っていくでっかいイモムシみたいな影がさぁ!」
「もー、やめてよー!」
翌日の朝、ぼくは家から近い商店街の入口で聞き耳を立てていた。
やはりというべきか街では怪物の噂が多く流れているようだった。
「へへへ、こわがりすぎだって」
「やめてってば!」
ぼくと同い年くらいの男の子が、これまた同い年くらいの少女を怖がらせてからかっている。
どこにでも女の子にいじわるしちゃう系男子は生息しているなぁ。
「こわいのだめなんだってー! もしおばけがきたらどうするの!?」
「ほんっと怖がりだよなぁ。まー、そんときはおれが守ってやるから安心しろって」
「……や、やくそくだからね!」
そんな風に思っているとちょっと違う様相を見せ始めた。
なるほど、いじわるしちゃうけどちゃんと好感度も稼ぐ系男子であったか……。
「アリス、何見てるの?」
「アオハル」
「?」
近くの屋台でおやつを買っていたスフィが戻ってきて、ぼくの眺めていた男女に気付いた。
「ドルトくんとマーサちゃんだ」
どうも知っている子だったようだ。
「知り合い?」
「男の子が角のパン屋さんの子で、女の子が古書店の子だよ。……なんでアリス知らないの? よく商店街でお買い物してるよね?」
「よく店番してる子なら知ってる」
確かに買い物には来ているけど、主に店に用事があって来ている。
頻繁に店番とか家の手伝いをしていない子との接点はないのだ。
「むしろスフィはどこで知り合うの?」
「ちかくの公園とか……広場とか? 学校がおやすみの日は年の近い子が遊んでるから、たまに会うの」
「なるほど」
ぼくには外で動いて遊ぶという概念が存在しないから、公園なんかは位置程度しか把握してない。
村に居た頃を思うとスフィの行動範囲も随分広がったようだ。
よかった。
「それで、なにかわかったの?」
焼き菓子を頬張りながら思い出に耽っていると、スフィが耳をぴこんと動かした。
「怪物はでっかいイモムシみたいなシルエット。目撃してるのは主に子ども」
「こわいね……」
買い物ついでに話を聞いたり、噂に聞き耳を立てている程度でわかったのはそのくらいだ。
「それとは別にローブ姿の集団を見かけたっていう噂もあって頭が痛い」
「ローブ姿の……って」
「たぶん残党、分散されるのってほんと厄介だから」
散り散りに逃げたカルトを素早くひとり残らず捕まえる……ちょっと現実的じゃない。
夜梟騎士団も人員が戻ってきているみたいだし、捕縛まで時間の問題だとは思うけども。
「お化けって、やっぱりあの変な人達のせいなのかな?」
「わからない」
事件からしばらく経った今、同じ時期に噂になった怪物とローブ姿の怪しい集団。
関係ないとも言い切れないけど、結びつけるには情報が足りない。
「目撃情報は夕方以降が主だし、夜間だけ気をつければ大丈夫じゃないかな」
「スフィたち、夜にお外でないもんね」
「うん」
いざとなれば昨日のように騎士にお使いを頼めば問題ない。
そもそも夜に開いている店自体がほぼないし、当面はそれで凌げるだろう。
……まさかこんなに早く"人間の侍従"の需要が生まれるとは思わなかった。
「アリスはご用事おわった?」
「うん、こっちは大丈夫」
おやつを食べ終えたスフィの問いかけに頷く。
備蓄用の食べ物や乾物は手に入れたし、買い直しが必要な日用品も揃えた。
あとは……。
「何日かしたら溜まっていた手紙を書いてだすだけ、とてもつらい」
「アリスだけ、スフィたちの何倍もあるもんね……」
「それが――"留守にする"……って……コト……」
問題はそこだった。
確認したら返事の必要がある手紙がぼくだけ50通以上あった。
因みにスフィたちは返事含めて多くても10通程度だ。
平常時ならここまではいかないんだけど、年末年始を挟んだ上に錬金術師ギルドの発表会に名前が使われたせいでなかなか酷いことになっている。
「外に出なくても安心されるだけだし、しばらくは部屋にこもる」
「が、がんばってね」
念のため噂を集めたけど心配は必要なさそうだった。
あとは学院再開までに手紙の処理を頑張ろうと思う。つらい。
スフィに慰められながら立ち上がり、ブラウニーに手を引いて貰って帰路につく。
そういえば前はたまに感じていた嫌な気配を感じない。
時期の問題か、はたまた警邏と教会騎士による治安強化の影響がでているのか。
どちらにせよ正しい意味での犯罪者予備軍は区画からきれいにいなくなったようだ。




