それじゃあ
朝起きたら侍女たちに身繕いをされて食事が出てくる。
昼食後は薬を飲んだらベッドの上で本を読んで過ごし、たまになぜか用意されていた車椅子で庭園に出る。
夕食後はお湯に浸かりながら身体中を洗われた後、頭と手足のオイルマッサージ。
城に来てからは一体どこのセレブだとツッコミたくなるような生活が続いた。
そんなこんなで1月も10日を過ぎた頃、学院からの手紙が届いた。
家についた手紙は監視任務中の騎士を通してこちらに送って貰う手はずとなっている。
中身は正式な開校日の通達、今回は事態の大きさを鑑みて2月半ばまで冬期休暇を取るそうだ。
開校は2月15日になるらしい。
それから休校期間延長に伴う単位調整、特別補習については2月から相談を受け付けるそうだ。
……ってことは開校に合わせたら1ヶ月近く城暮らしになるのか。
■
「それでね、学校はじまるの2月15日からなんだって。少し早めにおうちに戻らないと」
「まぁ、ふたりとも街の家から通っているんですよね。外周7区からだと王立学院は少し遠くありませんか?」
「走るのにちょうどいいよ」
「それは多分スフィだけ……」
城に戻ってから約1週間。
父さまの方針で慣れるまで様子見でいく予定だったのだが、母さまが我慢しきれなかったようで2日前からお茶会の招待が届くようになった。
断る理由もないので、スフィについて1日おきに開催される短時間のお茶会に参加していた。
「アリスは大変ではありませんか?」
「……せっかくみんなで家を整えたし、寮生活はちょっと嫌。シラタマがいるし、お休み多いのも納得してもらってるから早起き以外はそこまで負担じゃない」
「そうですか、素性を隠すなら王族用の寮は使えませんものね」
セレステラ母さまとはまだぎこちないけど、なんとか話せるようになってきた。
「王立学院の近くにもう1軒家を持つのはどうでしょう」
「もう1軒……!?」
「外周5区は富裕層向けすぎて、家賃も借地料も高すぎるから。借りるにしても貴族や商会の仲介必須だし」
感覚的にはぼくだけじゃなくスフィも庶民なので、家をもう1軒という言葉にぎょっとしたような反応を見せた。
「私の方からもお兄様にお願いしてみましょうか?」
「いい……」
そんなわけで穏やかに断わる言い訳をしていたんだけども、当たり前のように聖王陛下というキラーカードが飛び出してくる。
流石にそんなもの初手で出されたらもう終わりよ、詰みよ。
「セレステラ様、アリス様は大きな変化をあまり好まれておられないようです。それに紹介者として誰が出るかで争いになりかねませんよ、冬の聴取会でのハートランド伯爵のこともありますし」
「そうね。私も少々複雑な気持ちではありましたが、みなさん本当に大人気ないこと……」
母さまは、仕方のない方たちですねと言いたげに上品な仕草で頬に手を当てた。
聴取会ってことはぼくたちの父親役を勝手にやってることについてだろうけど、あっちで何があったんだ。
「ハートランド様、なにかあったの?」
「エルリカ」
「はい、オウルノヴァ様と教会騎士派閥の上級貴族、枢機卿の方々に随分と追求されたようです。恐れ多くも姫様の父親を僭称したのですから当然ではありますが」
母さまが背後にいる侍女に声をかけると、その侍女が情報を教えてくれる。
「あのね、スフィたちが助けてってお願いしたの……だから……」
「わかっていますよ、ですからその行動については不問となりました。……ですが私たちに先んじて勝手に親を名乗られたのです。私は何度も夢に見た娘たちとの再会が現実になったのに、ろくに抱きしめてあげることも出来ないのですよ? 少しくらい不満をぶつけてもいいではありませんか」
「…………」
「セレステラ様」
「ごめんなさいアリス、あなたを責めるつもりはありません。どうかそんな顔をしないで……」
申し訳無さで俯くと、慌てた母さまがフォローをはじめる。
肉体的な接触はまだ少し怖い。
「全てではありませんがノヴァ様から事情は聞いています。魂についた傷がまだ癒えていないことも、あなたがこうして乗り越える努力をしてくれていることも。だから焦らないでいいんですよ」
「はい……」
めちゃくちゃ気を使ってくれてることへの申し訳無さと、やっぱり怖いという感情が交互に重なる。
負の二重らせんが岩盤をも貫いて遥かなる低みへ到達しそうだ。
「えっとね、アリスもおかあさんと仲良くなれたらいいなって言ってたから、きっと大丈夫だから、ね!」
「ええ……スフィ、ありがとうございます」
「…………」
微妙になりかけた空気を焦ったスフィが切り裂いた。
事実だけど、眼の前で伝えるのはやめてほしかったな。
フォローされた側の立場で言えることではないんだけども。
■
スフィのおかげでお茶会は和やかに終わり、車椅子のまま屋上庭園で空を眺めていた。
「次はどうしよー」
「そろそろ城の中も見終わったからにゃ、あとは入っちゃいけない場所にゃ」
「中庭はまだ全部見れてないよ?」
「中庭は嫌じゃ中庭は嫌じゃ中庭は嫌じゃ中庭は嫌じゃ中庭は嫌じゃ……」
隣ではスフィたちが明日何して遊ぶの相談をしている。
城内は内装も広さも身長2メートル以下の人型生物に合わせて作られており、住宅としては圧倒的に広いけど1週間もあれば探検が終わる程度だ。
ここのところ毎日のように歩き回っていたスフィたちも一通り見終わったみたいだった。
「中庭で何かあったの?」
気になることを隣りにいたフィリアに聞いてみる。
「前に湖に近付いたら凄い大きなお魚さんに食べられそうになっちゃって……」
「シャオは水生生物に好かれるなぁ」
反応がおかしいと思ったら、シャオは以前の探検で湖にいる巨大魚に狙われたようだ。
「侍従の方々は人を襲ったことがないって言ってたけど、怖がっちゃって」
「じゃれてるとしても、あのクジラみたいな魚相手だとそりゃ怖いよね」
いくらじゃれてるといってもサイズ差が大きすぎて命の危険がある。
直面した本人からしたら怖いだろう。
……本当にじゃれてるだけだよね?
「外に出てもいいんだよにゃ、城の外見に行くにゃ?」
「野生の魔獣もいるから、出るなら護衛はつけなきゃダメって言ってた」
「まぁ仕方ないにゃ」
スフィたちは城の外に行ってみるつもりのようだけど、初耳情報が色々でてきた。
「魔獣いるんだ」
「近くの林とか奥の方に行くと魔獣がいるんだって。危険なものはいないらしいけど」
「だから衛兵役がいるのか」
武器を持って警備に立つ役割の侍従もいる。
竜の城で果たして護衛が必要なのかとも思ったけど、近くに魔獣が棲息しているなら必要だろう。
「谷に降りると強い魔獣も居たりして、たまに飛べる魔獣が島に入り込んだりもするんだって。駐在してる騎士様とかが対応してるから基本的には安全だけど、外に出る時は気をつけるようにって言われた。城の中には絶対入ってこないって言ってたけど」
「……最初に城外禁止されてた理由がよくわかった」
銀竜をはじめとする亜竜たちは外敵の対策要員。
騎士をはじめとする人間たちは内部の保安要員って感じか。
城外許可が出たってことは島内の安全確保が終わったのかもしれない。
「みんなで浮島ピクニックもいいかもね」
「そうだねぇ」
この浮島を外から見ると遺跡の名残りみたいなものを発見できる。
そういうのを調べるのも面白いかもしれない。
「体調もよくなってきたし、ぼくも同行できる」
「スフィちゃんずっと心配してたから、きっと喜ぶよ」
「うん」
食事量もなんとか戻ってきて今は栄養剤も必要なくなった。
侍女さんたちの献身もあって体調は随分と回復傾向にある。
唯一の不満としては、料理の量が少ない代償としてクオリティが上がりすぎてることくらいか。
あらゆる料理技術を駆使した芸術作品はたまにいくレストランだから楽しいのである。
ここまで力を入れられると食べ辛いとクレームを出したら落ち着いたけど、その夜に窓を開けていたら微かな慟哭みたいなのが聞こえてきて軽くホラーだった。
ぼくだけが風の音とギリギリ聞き分けられるレベルの音量だったようで理解してもらえず、自分の耳の良さを恨んだ。
「お弁当も頼まないとね」
「たまには自分で作りたいなぁ」
頼まなくても何でもやってもらえる環境になって、改めて自分で物を作るのが好きだということを実感する。
城にいると厨房に突っ込んでいくわけにもいかないし、悩みどころだ。
「じゃあね、スフィはおとうさんに島になにがあるか聞いてくる!」
「頼むにゃ」
元気よくしっぽを振りながらスフィが駆け足で城に戻っていき、ドレスで転ばないか心配した侍女たちが「姫様!」と慌てた様子で追いかけていく。
変わらないのはスフィも同じ。
そんな他愛のない事実が、ぼくを安心させてくれていた。




