挨拶
流石に城内探検という気分にはなれないのか、夕食近くまで3人は緊張で固まったままだった。
そして無慈悲にも時間はやってきて、侍女たちによって着替えさせられたぼくたちは食堂に向かうことになった。
どのくらい大きくなっているかわからないという理由で子供服のサイズは豊富なようだ。
2階にあるだだっ広い食堂の扉が侍女によって開かれる。
長いテーブルの先には椅子に腰掛ける父さまと母さまの姿があった。
スペースの贅沢な使い方を飲み込みながら母さまの対面まで移動して、侍女が引いてくれた椅子に座る。
母さまの背後には侍女頭が控えていた。
「おかあさん、おとうさん、スフィたちただいま戻りました!」
「ただいま、です」
戻ってきたのは"ただいま"ではないけども、揃って帰ってきた報告を直接する。
「よくぞ戻った」
「おかえりなさい、無事に帰ってきてくれて母はとても嬉しいですよ」
父さまはいつも通り彫刻みたいに、母さまは穏やかに笑みを浮かべながら言う。
「それからね、紹介するね!」
スフィと一緒に振り返ると、跪いた状態で固まる3人という珍しいものが見れた。
「おともだちで冒険者パーティも組んでるの! リーダーのノーチェに、フィリアとシャオだよ!」
「ぼくたちの長旅に付き合ってくれた、大事なともだち」
「ええ、武術大会で優勝していた猫人の子と、ザインバーグ家の兎人の子。ラオフェンの姫巫女の妹さんね。直答を許します、娘たちと一緒にいて下さってありがとう、どうぞ楽にして」
「ノーチェデスニャ」
「ハっ、拝謁の栄を賜り感激の極みにございます。フィリア・ル・ザインバーグと申しましゅ」
「御紹介に預かりました小鈴・ラオフェンでございましゅる」
母さまは笑顔で声をかけると、3人はロボットみたいな動きで頭を下げた。
それを見た父さまが落ち着かせるように声をかける。
「娘の友人として招待している。遠慮はいらぬ、友の家と思い過ごすが良い」
「は、はいですにゃ」
「か、感謝いたしますぅ……」
「身に余るこうえいでございましゅのじゃ」
……あぁ、曲がりなりにも元直系王族と主神だから、ちゃんとした場なら受け答えにも人を挟む必要があったのか。
両親の様子からしてもノーチェたちに隔意のようなものは見当たらなくて安心した。
母さまが視線で指示を出したことで侍女たちが椅子を引き、ノーチェたちに座るように促す。席はぼくたちの隣だ。
まだ動きが固いけど少しは緊張が解けてきた様子だった。
「旅の話を聞かせてくださる?」
「はい、ですにゃ」
親しげに話しかけてくる母さまに、ノーチェはおっかなびっくり出会いから話し始める。
「おかあさん、嬉しそう。ノーチェたちも紹介できてよかったね」
「うん……まぁ、油断ならないとは感じたけど」
「えー?」
母さまはフィリアとシャオの素性をしっかりと把握していた。
つまり城に戻っていた数日間、祭りのスケジュールをこなしながら情報を集めていたということだ。
「フィリアと言いましたね、子爵と母君のこと御冥福をお祈りいたします。帰還の旅路は大変であったでしょう」
「い、いえ……危険と呼ぶには安穏な旅でした。スフィ様とアリス様のおかげでございます」
「シャオも王立学院に留学予定とは優秀なのですね。ラオフェンも今は大変と聞いていますが、鎮守たる水の精霊に何かあったのでしょうか?」
「え、知らぬ……げほっ、申し訳ございませぬ。わしは郷里の今を存じておりませぬ」
母さまは確実にぼくより持っている情報が多い。
来歴を聞いていたときから何となく察していたけど、ただの箱入りお姫様ってわけじゃなさそうだ。
「ラオフェンではいまあちこちで水害が出ていると聞き及んでいます。獣人の国ですからね、私も気にかけていまして……水害の話を耳にして心配していたのです」
「す、水害……でございまするか」
「幸い人の被害は無いようですが、多くの建物や農地が水没してしまったとか」
「そんな、姉様からは何も……シャルラート、何か知っておるのじゃ?」
国のあちこちが水浸しになってるってことか。
自然とシャオの背後で揺らめいていたシャルラートに視線が集まる。
あ、顔をそらした。
「わ、わしは望んでおらぬぞ……!」
「…………」
シャオの抗議を受けたシャルラートは分が悪いと見たか、身体ごとそっぽを向いて誤魔化すことにしたようだ。
可愛がっているシャオが傷つきかねないことを積極的にするとは思えないし、水害が起きないように調整していたをやめたってところだろうな。
それでもかなり我慢してくれているとは思う。
ぼくは頭の上にいるシラタマを両手で包んで眼の前に持ってきた。
「チュリリ?」
シラタマがぼくを見上げて首を傾げる。
「シラタマはシャルラートみたいなことしないよね?」
「……………………」
おいこっちを見ろ、誰になにをした。
離れているタイミングはないし、大したことはしてないとは思うんだけど……。
誤魔化しているシラタマを頭の上に戻し、小さく息を吐く。
精霊ってこういうとこあるんだよな。
「愛子も大変ですね」
「お恥ずかしいところをお見せしましたのじゃ」
少しばたついた様子を見て、母さまは上品に口元に手を当てて笑った。
その後も和やかな食事会が続き、ノーチェたちの語る旅の話が一通り終わったあたりで父さまがワイングラスを置いた。
「ノーチェ、フィリア、シャオ」
「は、はいですにゃ!」
重く響く声にノーチェたちが背筋を伸ばす。
「そなた達の旅は決して楽なものではなかっただろう。娘たちが無事に我もとへ辿り着いたのは奇跡とも言えるほどだ。そなた達の協力あってのことであるのは疑いの余地もない。改めて礼を言おう、娘たちとともに歩んでくれたことに感謝する」
「私からも……この大陸を獣人の子だけで歩むことの孤独は筆舌に尽くし難いものであったでしょう。娘たちの旅路を共に歩み、心と体を支えてくれたことに最大の感謝を」
父さまは静かに言い、母さまは涙が混じった声で感謝の言葉を告げた。
「い、いえ、むしろ助けられたのはアタシらの方ですにゃ! スフィもアリスも頼りになって、アタシなんてまだまだだって思うことばかりで……にゃ、様にゃ!」
「とと、とんでもございませんっ、ノーチェの言うとおりでございます!」
「そうですのじゃ!」
3人にとってはよほどのことだったのか、軽いパニックを起こしていた。
「もしも願いがあるならば、我の力の及ぶ範囲で叶えよう」
続く父さまの言葉に、3人は明らかに息を呑む。
何かを言いかけたノーチェは1度視線を伏せる。
横からはテーブルの下でぐっと拳を握りしめるのが見えた。
「でしたら……これからもアタシたちが友だちで居続けることと、ふたりが外に出るのを許してほしいですにゃ。アタシが命がけで守りますにゃ」
「命をかけて守るのはふたりが我等の娘だからか?」
「いいえ、友だちだからですにゃ」
物怖じしていないノーチェの返答を受けて、父さまはゆっくりと瞬きをした。
「娘たちは良き友を得たようだ。だが誰を友とするか選ぶのはお前たち自身だ、娘たちを利用せんとする悪童でもなければ我等が干渉することではない。外に出るのは娘の願いだ、元より叶えるつもりである。ふむ……他にないのであればそなたには星煌石を授けようと思うが、どうか?」
「あ、ありがとうございますにゃ……それでお願いしますにゃ。星煌石ってなんにゃ?」
「あとで」
思いつかなかったノーチェは父さまの提案に乗ることにしたようだけど、何を貰えるのかはわかっていないようだった。
小声で後で説明すると告げると納得したように肩から力を抜いた。
「そなた達は、何かあるか? さすがに魂が星に還った死者の蘇生までは叶わぬが」
「わ、私は、ありません、恐れ多いです」
「わしもな……ありませんのじゃ」
ノーチェとは違ってふたりは顔を青ざめながら願いを辞退する。
無茶なお願いでもない限り遠慮しなくてもいいと思ってしまうんだけどな。
「賢い子たちですね。ノヴァ様、よろしいですか?」
「なんだ、ステラ」
「このままでは少し可哀想です。フィリアの方はザインバーグ家の若き当主の後押しを、シャオの方は姫巫女への助力を考えています……あなたたち、どうかしら?」
「お願いします!」
「恐縮ですのじゃ、お願い申し上げまする」
権力争い真っ只中の実家や姉への支援は言い出しにくかったのか、母さまからの提案にふたりが食いついた。
「娘たちのことは出さず、縁あるものを通すので安心してください。それより今回の件は私からの提案ですから、ノヴァ様へ願いを伝えてもいいのですよ? 自分の分の願いは本当に良いのですか?」
「はい……心配だったのは、お兄様だけです。今はスフィ様やアリス様との日々が充実しています。強いて言うのなら、ノーチェちゃんと同じく、おふた方と友だちでいることを許して頂きたいくらいです」
「わしも同じでございまする」
「まあ、欲のないこと」
本当に欲のない返答に、母さまは苦笑を浮かべた。
「ならばそなた達にも宝になりうる物を贈ろう。それから星降の谷の通行証を用意させよう、正面から谷に入るために必要だ。友が銀竜に攻撃されてしまっては泣くに泣けまい」
「お、お願いしますにゃ」
「ありがとうございます!」
真顔で言われる笑えない冗談にノーチェたちが頬を引きつらせながら頭を下げた。
「好きなだけ滞在しなさい」
父さまはそう言って話を締めくくった。
こうして、ぼくたちの友だち紹介は無事に終わった。




