黒猫への応報
人が大量に集まったが故の治安の悪さを感じる事件はあったものの、ぼくたちの身には何事もなく1日を過ごした。
翌日はいよいよ30日、すなわち各分野の大会の優秀者の表彰式だ。
表彰式は外周5区にある大星堂前の広場にてまとめて行われる。
短い期間中にいくつもの大会が開かれるから、王族や神星竜が全ての優勝者の表彰に立ち会うためにこういう形式にしたのだろう。
前日の雪のおかげで雲がなくなり翌日は冬の快晴。
雪の精霊たちが気を利かせて空を晴らしてくれたかのようだ。
透き通るような青空の下、大星堂前の広場には人々が押しかけていた。
屋根まで見学客がびっしりで少しびっくりしたくらいだ。
「そ、それじゃあ行ってくるにゃ!」
「ノーチェちゃん、右手と右足同時にでてるよ」
フィリアに付き添われながら晴れ着姿のノーチェが大星堂に向かうのを見送る。
それからぼくたちは適当な高台の上に移動し、他の観客に混じって我らがリーダーの勇姿を見守ることにした。
巨大な扉の星堂の前には様々な背格好年齢の人物がズラリと並び、その時を待っている。
暫くすると扉が開き、法衣をまとって杖を持つ偉そうな人たちが出てきた。
星竜の城で会議に乱入した時に見たことある人がいる。
「うわぁ!」
誰かが叫び声をあげて空を見上げると、上空からゆっくりと何かが降りてきた。
星の光のような煌きをまとい、大きな翼をはためかせる白銀の竜。
澄んだ青い瞳で地面を睥睨しながら、その竜は大星堂の上部にあるテラスに降り立った。
民衆は当然のように跪き最大限の敬服を示す。
「オウルノヴァ様……」
「あれが神星竜王」
そう、パパ(本物)である。
「おと……むぐ」
「スフィ、あぶない」
危うい発言をしかけたスフィの口を指で止めて、周囲の観客に合わせて跪く。
しなくても別に怒られないが、「隠す気ないだろうお前」として城へ連れていかれるコースになる。
ぼくたちに視線を向けてこないのは意識しないようにしているのだろう。
『――――!』
首を動かしてゆっくりと民衆を見ていたオウルノヴァ父さまが、往復の際にぼくたちのところで一瞬止まった。
……もしかしてマジで位置を把握できてなかったのか。
何事もなかったかのように父さまはゆっくりひとつ瞬きをして、荘厳な雰囲気まとう。
「チュルルル」
やはり月狼の加護はオウルノヴァにもまだ有効みたいだ。
精霊や神は直接契約して繋がりを作らないとぼくたちを感知出来ない。
因みに雪の精霊たちはシラタマとの繋がりを利用して互いに位置を把握している。
シラタマはぼくの頭の上が定位置になってるから問題ないけど、もしも離れると雪精霊たちはぼくを見つけられなくなるようだ。
「そういえばミストさんは?」
オウルノヴァの眷属である霧竜が護衛についてるはずなんだけど、そこから位置を辿れないのかと疑問が浮かぶ。
「ピピッピ」
「ジャミング機能もあるの……」
ぼくたちの位置を上位存在に悟られないように、一定範囲内の精霊の気配を乱すジャミング機能なんかもついているらしい。
それもあって、永久氷穴でもかなり距離を開けないとぼくたちの追跡が出来なかったようだ。
探索中は視界に入る位置に他の精霊がいなかったわけだ。
「じゃあ今はあんまりうろちょろしないほうがいいね」
「チュルル」
位置を把握されたなら動き回らないほうが心配をかけないだろう。
シラタマとそんな会話をしている間に表彰式がはじまった。
跪く時間はとっくに終わっている。
■
星竜祭で行われていた様々な大会の3位以内の入賞者たちが呼ばれていく。
壇上で入賞者を迎えるのは星竜教の法衣を着た偉そうな年配の男性だ。
「続いて第123回星竜祭、聖王国武術大会、年少の部優勝者。ノーチェ!」
「は、はいにゃ!」
緊張した様子のノーチェが立ち上がり、男性の元へ向かう。
「並びに準優勝ガブソン! 3位シャンディゴ・ファル・ナグル! ここへ」
「う、ウス!」
「ハイ!」
続いて着せられてる感が凄いタキシード姿の熊と、露出控えめの民族衣装を着たチョコレート色の肌の少女が続く。
「此度の優勝見事であった。そなたの武威と才覚は広く知れ渡ったであろう。これからも研鑽に励み、此度の成果を己の進む道の助けとしなさい」
「ハイ、デスニャ」
硬くなっているノーチェが賞状とメダルを受け取り、恭しく頭を下げる。
続いてガブソンとシャンディゴにも賞状とメダルが授与される。
「未来を担う子供たちへ、万雷の拍手を!」
他の大会の入賞者たちに向けられたものと遜色ない……割れんばかりの拍手が起こった。
ほんとに頭が割れそう。でも頑張ってぼくも拍手を贈る。
星堂側に用意された貴賓席では、護衛たちに囲まれながら聖王様と王族御一行様が拍手をしていた。
その中に母さまの姿もある。
……そこにいるのがぼくたちのパーティのリーダーで、大事な友だちだよ。
ろくでもない環境の中でも腐らずに真っ直ぐ生きてきたノーチェ。
拍手の雨の中で彼女が今どんな表情をしているか、ぼやけてしまってわからない。
この時ばかりは自分の眼の悪さが少しだけ残念に思えた。
■
正午から始まった表彰式は昼休憩を挟み、14時になる前に終わった。
王族御一行はパレード行列を作りながら城に戻る。
ゆっくり進む豪華な馬車の行列。
それを見下ろせる屋根の上にぼくたちは集まっていた。
ユテラはノーチェに優勝のお祝いを告げたあと、遅くなる前にと両親と合流したのでここには居ない。
「にゃんか……にゃんだろうな。今までもいいやつはいたけど、街に受け入れてもらえたって思ったのは、はじめてにゃ」
余韻にひたるように、珍しくノーチェが独白に近いつぶやきを漏らす。
個人で見ればいい人はもちろん沢山いた。
受け入れてくれる人も多かった、でも異種族排斥が根付いた土地の中でのこと。
きっと半年以上もここに住んでいたから出てくる感想なのだろう。
「……改めてノーチェに聞こうと思ってたんだよね」
「にゃん?」
拠点を作ってここに滞在していた半年と少し。
今まではあくまでもお試し期間だった。
「しっぽ同盟の本拠地、この街でいいのかって」
"実家"に一番近い場所であるぼくたちと違い、ノーチェにはこの街に特別な思い入れもないはずだ。
でもこれから先、冒険者含めて何を目指すにせよこの国と街は良い環境だと思う。
本当にここを本拠地にしていいのか、そろそろ決めても良い頃合いなんじゃないか。
「ふん……飯もうまいしダチもいる……ま、合格にゃ!」
「やったー!」
照れ隠しみたいに悪ぶって言うノーチェに、乗っかったスフィが抱きついた。
フィリアも、シャオも、リオーネもエルナもどことなく優しい目でノーチェを見ている。
「つーかスフィ暑苦しいにゃ! 離れるニャ!」
「えー」
「妹に行くにゃ、妹に!」
「しょうがないなぁ」
照れたノーチェに振り払われたスフィがぼくに矛先を変える。
わちゃわちゃしているぼくたちから少しだけ距離を取り、ノーチェは笑いながらも顔を伏せる。
「…………生きててよかったにゃ」
一瞬聞こえたか細い声は誰かに気付かれることもなく、みんなの楽しげな笑い声に上書きされてすぐ消えた。
きっと、それで良かったんだと思う。




