祭りも終わりが近付いて-1
「うーん……」
結局夜の間に動くことはできなかった。
ぼくがダウンしている間、ノーチェたちはユテラと近況を話し合っていたらしい。
「おじさん、あっちのお店を譲ってアルヴェリアに引っ越すことにしたんだって」
ユテラの親父さんが以前会ったときも悩んでいた様子なのを思い出す。
シーラング港近辺はそこまで獣人差別の激しい土地ではない。
しかし南の人間の出入りが多いうえに、大森林近辺は同じ獣人であっても黒い毛色は忌避される。
街という括りでいうならアルヴェリア……というかアヴァロンの方が住みやすいのは間違いない。
「ひゅー……それなら、これからもひゅー……また会えそ、だね」
「そうだね」
木窓から入る朝日を背にスフィが微笑む。
一瞬目を閉じたら姿がなくなっていた。
「…………ブラウ?」
ブラウニーが玩具のじょうろみたいな水差しを手に近付いてきた。
細い注ぎ口が唇に当てられて、少しずつ水が口の中に入ってくる。
「かつてないほど調子が悪い……寿命?」
「縁起でもないこと言わないでよ、スフィちゃんが聞いたら大変だよ」
ブラウニーの背後に居たフィリアが苦笑しながら姿を見せた。
「さすがに冗談……」
「笑えないよ……起きれる?」
「……無理、動かない」
ここ数日妙に眠かったり疲労が凄まじい、さほど身体を酷使した覚えはないのに。
「気になってたんだけど、アリスちゃん昨日食べたもの覚えてる?」
「ん? うーん……」
心配そうなフィリアに言われて思い出す。
昨日は朝は小さめのロールパンを4分の1個とコップ1杯の水。
昼は会場で貰った串焼き1本……は食べきれなくて、小さめの肉を1切れ食べて後はフカヒレに食べて貰った。
夜は……寝ちゃったから食べてない、寝る前にブラウにぬるいお湯を飲まされた覚えはある。
「……パンひと欠片と小さい肉1切れ?」
「スフィちゃんが気にしてたけど、やっぱり食べてなかったんだ……身体が動かなくて当然だよ」
「たしかに」
旅のために拡張した胃袋が城の生活ですっかり元に戻りつつあるようだ。
栄養不足か、まいったな。これはちゃんと対策しないと死に向かう。
デフォルトで命の心配をされる身体の面目躍如である。
「フィリア、いま行動食ある?」
「え、うん……あるけど、どうするの?」
フィリアが自分のポーチの中から厚紙に包まれたスティック状の塊を取り出す。
冒険者の間でポピュラーな携帯食料をぼくが改良したものだ。
汎用性の高い薬品と一緒に冒険セットとしてみんなに渡してある。
中身は栄養価の高い木の実や蜜、薬草なんかを混ぜた生地を焼き固めてフリーズドライしたもの。
シラタマによる瞬間凍結とワラビによる乾燥の合わせ技である。
高カロリーですぐ吸収されるだけじゃなく、一部の薬草が胃の中で膨らむから満腹感も得られて腹持ちが良い。
「とりあえずそれ食べてもたせる……あとで補充するから」
「しばらくは冒険しないからいいよ、はい」
フィリアから受け取った行動食スティックを噛み砕き、覚悟を決めて水で流し込む。
栄養的にはこれでなんとか動けるはずだ。
「……本当に大丈夫なの?」
「あとでお湯に溶かす栄養剤作ってブラウに預けるから平気」
「心配だなぁ……」
ブラウニーなら隙を見て胃に流し込んでくれるだろうから心配はいらないのだ。
■
食べて30分ほどすると身体が動くようになってきた。
おなかは苦しいものの眠気もかなりマシだ。もしかしたら栄養失調の前駆症状だったのかもしれない。
「というわけで復活しました、ご心配おかけぐええ」
お昼を前に戻ってきた仲間たち一同。
状況を説明している最中にスフィによって絞め落とされかけた。
出る出る、なにかが。
「もう平気にゃのか?」
「原因の目当てはついたから対策する」
食事量の改善と消化器官の補強、足りない食事を補うための栄養剤。
1日や2日でスパっと綺麗に解決できる話ではないので、今はその場を凌ぎつつ強制実家送還後に城付きの治療師と相談することになるだろう。
「アリスちゃん身体弱いんだよね……大丈夫なの?」
「守ってくれる人がたくさんいるからね、ありがたいことに」
本当に気が抜けていたと言わざるを得ない。
特性上心配をかけるのは仕方ないけど、対策できることはしていこう。
「明日の表彰式、一緒に来れそう?」
「行かないとまずいとおもう」
隣に座ったスフィが心配そうに聞いてくるけど、ここで顔を出さずに体調不良でしたをやると次の外出許可が降りない危険性がある。
そもそもノーチェの晴れ舞台だし意地でも行くわ。
「お祭りもあとちょっとだね~、ちょっと寂しい」
「あっという間だったにゃ」
ユテラとノーチェが祭りを惜しみ始めた。
気づけば本祭は今日を含めてあと3日。
始まってみればあっという間に半分を過ぎてしまっている。
「まぁ、アルヴェリアに住むなら来年もあるよ」
来年からは国内向けの星鱗祭が行われる。
外国客の少ないそっちの方が在住者としては楽しいかもしれない。
「…………」
どこか複雑そうなリオーネの肩をエルナが優しく抱きしめていた。
不思議に思ったけどすぐに気づく。
そうか、ふたりは来年もアルヴェリアにいるとは限らないのか。
ちょっと寂しいな。
「来年……かぁ」
「む? なんじゃ?」
スフィの視線がシャオに向けられる。
当狐はもごもごとカステラみたいな菓子を頬張って気づいていない様子だ。
ラオフェンのごたごたが決着ついたら、シャオはどうするんだろう。
このまま留学するのかそれともお姉さんと帰るのか。
出会った時はちょっと擁護できない言動が多くてぼく以上に酷さが目立っていたシャオ。
最近は落ち着いたのか、空回りな発言や変なマウントはなくなりつつあった。
「んむ、熱も落ち着いておるし大丈夫じゃろう。眠る時にまたシャルラートに頼んで癒やしてもらうのじゃ」
ベッドに座りながらぼくの額に手を当てて優しい笑みを浮かべるシャオは、言動が落ち着くにつれてヒーラーとして頼りになる感じが出てきたくらいだ。
シャオを見ていると人は何かのきっかけで大きく成長するのだと実感できる。
触られた場所がカステラの痕跡でべとっとしていなければ文句も付け所もなかったのにな……。
「そだ、いま調子いいならお手紙書ける? おねえちゃんと一緒に書こうね」
「さっき書いた、午後は3区を見て回ろうとおもって」
ブラウニーに濡らしたハンカチで額を拭いて貰っている間に、スフィが手紙の話を切り出した。
残念ながら起きてからみんなが戻るまでの間に昨日の分は書きあげていた。
動けないのは栄養不足が主な原因だったのか熱も低いし、どうせなら外周3区を見て回りたい。
「……おねえちゃんと、一緒に書こうね?」
しかしながらスフィからぎゅっと手を握られ、圧をかけられてしまった。
だからちゃんと書いたってば。




