├休暇の終わり
時はアリスたちがオウルノヴァの元へ旅立った翌日まで遡る。
「見てくれよカイン、ソファだぜ。ちゃんとしたソファで横になれるなんていつぶりだろう」
双子を無事に送り出したことでお姫様を守る密命が終わり、"長い休暇"から久々に夜梟騎士団の詰所に顔を出したカインを、ソファに座ったままの同僚が迎えた。
「お、おお、そうか。よか……ったな」
表向きは休暇扱いだったカインに向けられる濁った瞳に何も言えず、顔を伏せる。
聖王国近辺にいた人員はほぼ戻ってきて業務に余裕はでているが、これまでの苦労が消えるわけではない。
向けられる視線から逃れるように足早に館の内部を進み、執務室の扉をノックする。
「団長、カインです。ただいま戻りました」
「開いている」
返事を待って扉を開けると、高級な机の向こうに座っている神経質そうな男が目に入る。
少し離れたテーブルを囲むソファには、緑色の髪の女性と向かい合っているジルオの姿もあった。
「ども。ジルオも戻ってきてたんスね」
「他の団員が顔を出すよりも早くな」
「この時期に長期休暇している人間へ向けられる視線は予測出来ていましたから」
「アハハ、受けるぅ~」
楽しげに笑うキラキラした格好の碧色の髪の女性に、カインは冗談でも笑うことができなかった。
ついさきほどその視線を浴びてきたばかりである。
「カイン、ジルオ、"休暇明け"に早速で悪いが新しい仕事だ。外周7区の住宅地に最近居住しはじめた精霊の愛し子数人。複数の雪の精霊も確認されており、一時的な気候の変動も観測された。危険因子になりうるその子供たちの監視任務だ」
「……ああ、そういうことっすね」
「引き受けさせて頂きます」
夜梟団長の辞令を聞き、回りくどいが"そういう話"になったのだろうと納得してふたりは姿勢を正す。
簡単に言ってしまえば護衛任務の続投だ、ただし休暇扱いの密命ではなく正式な任務になる。
「あたしもそっちが良かったんだけど~」
「ボルフィード、貴様をつける理由がない」
「ちょーむかつく」
不服そうな彼女の名前はシエル・ボルフィード。
8歳まで外周2区のスラムで悪童として過ごしていた彼女は、お忍びで街歩きをしていたセレステラによって命を救われたことがある。
現状を知ったセレステラによる兄への進言によって当時のスラムは綺麗に作り直され、シエルとその仲間たちは安全な家と職が与えられた。
病と蟲に怯える生活から離れ、悪事から離れて職についたことで誇りを得た。
シエルの夢はその時から衛士となってセレステラのために街を守ることに変わった。
海からやってきて根を張りつつあった闇組織を潰したのもその一環。
その功績をもって夜梟騎士団に入団したシエルは、夜梟随一と言われる戦闘力を存分に振るい抑止力として君臨している。
「ダンチョーってばさぁ、それ大陸中走り回ってきた人間に言う言葉ぁ?」
「待機しろという指示を無視して飛び出したお前を任務扱いにしてやった恩人の言葉だ」
シエルは誘拐事件の際に真っ先に捜索に飛び出したひとりでもある。
7年かけて大陸西部を駆け回り、東部に1度戻ってきているところに報せが届いた。
当然ながらシエルは恐ろしい速度で帰還した、同行していた部下を置き去りにして。
「目立ちすぎなんすよ、あくまで"密かに"が必要なんで」
「もっと地味にしとけばよかったぁ!」
シエルは名前も姿も知られている有名人だ。
その装飾過多なキラキラした派手な見た目も含めて他国まで知られている。
夜梟の猛者が監視しているとなれば、どうしても注目を集めてしまう。
これは目立って存在自体が抑止力になるためのキャラづくりでもあり、裏目に出た形だ。
見た目は派手に着飾ることは本人も好んでいるためにこうなっているが。
「地味に変装するとかじゃダメ?」
「急にいなくなったらそれはそれで探られるでしょう」
「うわーーーーん」
周囲からツッコミを入れられ、シエルは大げさに泣きわめく。
いい年なんだから子供みたいな言動はやめてほしいという言葉を、カインはすんでのところで飲み込んだ。
「駐屯部隊はこちらで選ぶ、交代要員は準備できそうだ」
「それは何よりです。ところで団長、護衛対象の人数は何人でしょうか」
ジルオが気にしているのは護衛対象に双子も含むのか、含まないのかだ。
せっかく戻ってきた娘たちを、そう簡単に街に戻すとは思えない。
「現状の想定は5人だ」
「……結局お戻りになるんですかね?」
アリスの本音は護衛たちも共有している。
せっかくここまで帰る余地を残したのに、意思を無視して閉じ込められてしまう形になるのは少しばかり心が痛む。
「それはあの方々次第だ。だが、いざ街に戻るとなったときに受け皿がないのでは話にならん。準備はしておかねばならないだろう」
問題となったのは双子の正体が露見することである。
星降の谷へ入るには城内と、城を超えた先にある星堂を通過しなければならない。
陸路も海路も防衛線が敷かれており、正体を隠したまま突破するのは非現実的だった。
だからこそ、秘密を守りながら進めるのであれば慎重を重ねなければならなかったのだ。
「あのお方なら閉じ込めたって飛び出してきそうです」
誰よりか弱いのに平然と前に出て、あまつさえそこそこ戦えてしまうアリスのことを思い出して、カインは苦笑を浮かべた。
「神と精霊の領域に対して我らの力不足は重々承知。ならばせめて、人の街での暮らし程度は守れるようにせねばな」
力が足りないことはわかっているが、それでも出来ることはあると夜梟の長は拳を握りしめる。
決意するように机の上の書類に視線を落とす夜梟の団長に、カインとジルオは姿勢を正すことで応えた。
「住宅地そのものの出入り口を監視する。我々の担当は奥地に属するエリアだ」
「安全上問題になりそうなのは裏手の崖ですね」
「ただ、そっから侵入するのは難しいと思います。下から丸見えですし、雪の精霊の監視網がありますからね。小さいですが下手な要塞より硬いですよあそこ」
あの家の恐ろしい部分は庭で生活する雪精霊たちである。
特性故に直接戦闘こそ苦手としているが、面制圧と監視網は圧倒的だ。
弱点とすれば強者の侵入くらいだろう。
「3箇所を押さえればひとまず外に対する監視は出来るだろう。崖の上には何がある?」
「大階段の上に祭祀場らしき広場、森の中には古びた火葬場と納骨堂がありました。納骨堂は今でも稀に使われているようです」
「姫ちゃんたち、そんな場所の下に住んじゃったの……?」
周辺の調査をしていたジルオ。
シエルはそれを聞いて何とも言えない顔をして見せた。
「距離的には結構離れていますよ。今は公園として使われているようです。奥には中央区への壁がありますので上からの侵入はありません。人が隠れられるような場所や痕跡はありませんでした、大階段を監視できる位置を確保できれば問題ないかと」
「3箇所ってことは人員的には結構大所帯になりませんか? 大丈夫ですか?」
ジルオの見解に続いてカインが懸念を口にする。
ようやく戻ってきた人員を使うことになれば、また別場所の担当が修羅場になりかねない。
「いや、まだ確定していないが……恐らく残りの2箇所は近衛もしくは聖王陛下直属部隊のどれかと星堂騎士団が担当することになるだろう。我々は1箇所を担当することになる」
「……あの、それって余計面倒なことになるんじゃ」
聖王国騎士も教会騎士も、同じ国を守るものとして協力関係にある。
しかし仲良しこよしというわけではない。
特に今回の双子姫秘密送迎作戦からハブられていたことを教会側が知ったとき、その感情はどこにむかうのか。
「だからこそ、我々夜梟が取り持たねばならぬ」
星堂騎士はとりわけ星竜への忠誠と信仰篤き者たちである。
しかし星竜は人間の手助けなどほとんど必要としていないため、他の教会騎士同様に高い能力を持て余していた連中だ。
幼い姫君という護衛対象が出来て張り切った矢先、近衛騎士内部の裏切りによって護衛対象を奪い取られた。
そこに秘密裏に帰ってきた姫君を、近衛と夜梟だけで守って竜の下へ送り届けた。
過剰に保護しようとする教会を避けた判断は間違っていたとは思えないが、のちの禍根となることは間違いない。
「どちらも尊きお方の前で悪感情をぶつけあうほど幼稚ではあるまい……たぶんな」
彼らが幼い姫君に憤りをぶつけることはありえない。
つまりぶつけられる先は、必然的に自分たちと近衛の者たちである。
「すっげぇ不安になってきたんスけど」
「同意する……」
「うわぁ、やっぱ不参加でよかったかもぉ」
極秘任務中はパフォーマンスを保つため、必要な分の休憩を得られた。
姫君の突拍子もない行動に肝を冷やすことは多かったが、気苦労と言えばその程度だ。
カインとジルオは長い"休暇"の終わりをひしひしと感じていた。




