家出用の道
書き上げた手紙をカバンにしまいこんだあと、2階のバルコニー庭園で母さまと食事をすることになった。
普段は2階の食堂で家族揃うんだけど、父さまが会議中なのもあってか、気分転換にバルコニーで食べようと誘いがあったのだ。
「身体に気をつけるのですよ、帰りたくなれば途中でも帰ってきてよいのですからね」
「だいじょうぶだよお母さん、絶対帰ってくるから。ね、アリス?」
「はい……」
じっとぼくたちを見つめる姿は、どことなくスフィに似ている。
最初みたいに"あの人"が重なって恐怖を感じることはなくなったけど、やっぱりまだ慣れない。
スフィに頭を撫でられながら、紅茶をすする。
昼食はコース料理だった。
透明なコップに冷たいマスカットのジュース。
カリっと焼き上げたバゲットに、トマトとオリーブオイルで作ったソースを塗りつけたもの。
見たことのない魚のカルパッチョ、ベーコンとクリームのパスタ、仔牛のステーキ。
デザートはマスカットとチーズのケーキ。
1品ずつは量が少ないのと、味が良いからぼくでも何とか食べ切れることができた。
ていうか、ちょっと足りない。
「……何か気になるものがございましたか?」
「パスタ、美味しかったなって」
空になった皿を眺めていると、給仕をしてくれていた侍女が声をかけてくる。
「よろしければおかわりをお持ちいたしますが」
「う……じゃあ、おねがい」
「かしこまりました」
侍女が嬉しそうな足取りでバルコニーの隅にある東屋のような場所に向かう。
給仕の準備のための臨時テントみたいな使い方をするらしい。
何故か向こうで軽い歓声があがったあと、ワゴンに乗せてパスタを持ってくる。
逆に食べづらいな。
「ありがとう」
「とんでもございません」
量の少ない、すなわち適量のおかわりをつっつきながら、母さまと話しているスフィに視線を送る。
ふたり揃って微笑ましくぼくを見てきて、なんだか居心地がよくない。
「城に戻るついでに側仕えの選定もしなければなりませんね……希望はありますか?」
「よくわかんない……」
「そうですよね……どうしましょうか」
「…………ぼくたちの友達とも、仲良くできそうな人がいい」
「あ! スフィもそれがいい!」
母さまはぼくの返答に一瞬きょとんとしたあと、とても優しい笑みを浮かべた。
「そうですね、ふたりの傍に居てくれた子たちを尊重できる者でなければなりませんね」
「……うん」
「城に帰る時にはその子たちも連れてきてくださいね。私たちからもお礼を言いたいですから。約束ですよ?」
「はい」
「はーい!」
母さまも家族と離れたくなくて必死だったんだなと、今更になって思う。
ぼくたちはまだうまく噛み合わないけれど……この約束はちゃんと守りたい。
■
お茶会を終えたあと、夕食の席で父さまから予定が伝えられた。
「23日の正午にはここを出る事が決まった。少々急だが、準備はできるか?」
「出来てる」
「できてるよ」
念の為準備をはじめておいて良かった。
「そうか」
「父さまたちと一緒に行くの?」
「それが最も安全だが……ふむ。確かに抜け出すのは骨だな」
「使用人の扮装など反対ですよ。城にあがる貴族で下働きの獣人にまで心優しい方は決して多くありませんもの」
別に雑な扱いを受けるくらいはなんともないんだけど、母さまには黙っておこう。
「荷物に紛れるのも丁重に扱われるとは限らぬ、父親としては賛同しかねるな」
「騎士に紛れるのも、絶対目立つし」
移動の時点で囲むように陣形を組んで全力警戒をはじめそうだ。
彼等は鎧を着ていなくとも中身は鍛え上げられた人間たちなわけで、そんなのに囲まれるとか目立つなんてレベルじゃない。
「ひとつ、使えそうな道があるな」
「え?」
父さまがなにかを思いついたように言った。
「この島の下部近辺にある小屋の中に、玩具の精霊の領域に通じる道があるはずだ」
「それって」
もしかして、家出計画のためのやつだろうか。
というかそんな場所にあったのか。
「玩具の精霊神がつなげるために作っていた道だ、精霊の領域と言っても通路のようなものだがな」
「……マイクが。じゃあブラウでも開けられるかな」
「…………」
エプロンをつけて給仕に混じっていたブラウが肯定するように頷いた。
「向こう側については現在の管理者に聞くのがいい。島の下に降りるのには銀竜を使え、お前たちの呼びかけならばあれらもすぐに応えるだろう」
「わかった」
こんな形で家出用の道が役に立つとは思わなかった。
確かに誰にもバレずに街にでるにはこれ以上に良いルートはない。
問題は玩具の街の出口が、アヴァロンのどこに対応してるかだけど……。
「出口の確認のために今から出るとかって」
「許可できぬ」
「なりません!」
半分冗談で言ったんだけど、当たり前のように拒否された。
「さすがに冗談だから」
「…………」
「本当だから」
まだ信用がないのはお互い様か。
「アリスは今日、ずっとスフィといっしょね?」
それはいつもどおりだけど、監視が強くなったのだけは間違いない。
「翌朝、出立の前に我も確認に同行しよう」
「お願いしますね、ノヴァ様」
「それはむしろ助かる」
父さまの途中までの同行は正直言ってありがたい。
夕食後は両親を交えて屋上庭園で天体を見たりしながら過ごし、穏やかな時間を経て翌朝を迎える。
いよいよ街に戻る日がやってきた。




