"帰還"に向けて
星竜祭の本番は12月24日から始まって、31日まで続く。
オウルノヴァが降臨して姿を現すのは25日から。
祭りの間……つまり年末の31日まで両親は城にとどまるらしい。
ちなみに今日の日付は12月22日。
本祭がはじまるまで時間がない。
「ノーチェ、武術大会だいじょうぶかなぁ」
「ノーチェの実力なら予選は楽勝だろうけど……応援行きたかったね」
「うん」
星竜祭ではオウルノヴァに見せるために文武問わず色んな種類の大会が開かれる。
国民からすると才能を星竜に認めてもらう7年に1度の大チャンスとしてかなり気合が入っているそうだ。
予選は前夜祭のうちに行われるからそろそろ終わってしまう頃だろう。
武術大会こどもの部の本戦は25日から行われて、決勝は27日だったっけ。
知らないうちにノーチェの活躍が終わっていたなんて悲しい結果に終わりたくない。
「……決勝しか見れないとか、ないよね?」
「しかたない」
不安そうなスフィの肩に手を置いて、ベッドの上に立ち上がる。
まだ人が近くにいるのに慣れていないという理由で、侍女たちにはリビングで控えてもらっている。
「どうするの?」
「直談判する」
大人しく待っているだけじゃ自分にとって最良の結果は得られないのだ。
■
時刻はまだ正午だ。
朝食を終えたあと、部屋でのんびりしているぼくたちをよそに、父さまたちは打ち合わせ中である。
そんなわけでぼくは会議に使われている講堂の扉を蹴りあけ……。
「ひ、姫様?」
人がたくさん出入りする扉は大きく重い、高さだけでも大人の身長のざっと倍はある。
動揺している警備の騎士を横に、ぼくの蹴りじゃビクともしない扉から離れた。
「ブラウ、開けて」
「…………」
「姫様! お待ちくださ」
ブラウが勢いよく扉を開け放つと、風圧に吹き飛ばされそうになった。
なんとか堪えて、会議中の講堂に踏み込む。
「たのもう!」
「ああ、姫様! どうかお待ち下さい!」
「アリスアリス、おねえちゃんね、なんか安心しちゃった自分にびっくりしてるの……」
ざわつく講堂は円形に机が並んでいて、奥にある竜の姿のオウルノヴァが鎮座する祭壇から見下ろせるようになっている。
前に見たことがある国会中継を思い起こさせた。
慌てる侍女と呆れたスフィも追いついてきた。
ざわめきが落ち着くのを待って、ぼくは父さまを見上げる。
『どうした』
聞こえてくる響くような竜の声、声帯を使わず魔術的に音を出しているのだろう。
感情が読みにくいけど、怒りとかはなくて純粋な疑問のように感じる。
「父さま、ぼくたちが街に行くのっていつになるの?」
『ふむ……通常であれば顔見せの2日前、つまり明日だな。今している最後の調整が終わり次第、お前たちとも予定を話し合うつもりだった』
意外というか、オウルノヴァは打ち合わせとか調整とか、人間側の都合に配慮したやりとりをしているらしい。
というか早ければ明日出る予定だったのか。
『ここ数日はそれどころではなかったからな。何か街に気になることでもあったか?』
「――ううん、いつになるのかどうしても気になっただけ」
『そうか、では下がりなさい。城外に出てはならん』
「わかった、邪魔してごめんなさい」
軽く講堂内に視線を巡らせ、用事は伏せる。
勢い任せに突撃しちゃったけど、街で待つ友達を大事にしていることを必要以上に知られるのは良くないと思った。
"蒐集物"が持つ外への執着を断つ方法が脳裏をよぎってしまったからだ。
周囲の人も生活もあの頃と比べ物にならないほど優しいのになぁ。
「と、とんでもございません」
「どうかお気になさりませぬよう」
父さまと、ついでに近くにいる偉そうな格好のおじさんたちに謝意を示した。
やたら恐縮するおじさんたちに首を傾げながら、スフィと手を繋いで講堂を出る。
跪いていた侍女たちも立ち上がってあとに続く。
「ああ、心臓が止まるかと思いました」
「心臓に悪うございます……」
「アリス、もうちょっと優しくいけなかったの?」
廊下を歩いている途中で侍女たちがバクバク音がしている胸を押さえていた。
それに追従するスフィから視線を向けられ、なんとなく居心地が悪くなった。
「中途半端だとまたウジウジしそうで、勢い任せでいったんだよ」
「あー…………」
ぼくが強気に振る舞うのはこわいからだ。
物怖じせずに強気でぶち当たる……そんな仮面をつけて踏み出さないと、色んなものを恐れる弱い自分がでてきてしまう。
途中からふざけてやるようになったチキンレースも、元を辿れば権力者とかの厄介で強そうな相手に競り負けないようにとはじめたことだ。
子供だけの旅路の中で、そういった領域で戦えるのがぼくだけだった訳だし。
「父さまは全然気にしてないみたいだから大丈夫。他のおじさんたちも」
父さまは想定内としても、他の偉そうなおじさんたちの反応は予想外だった。
これじゃあチキンレースじゃなくてただのパワハラである。
崖に向かってアクセルを踏み込みすぎて成層圏まで到達してしまった気分だ。
今後は少し考えないといけないなぁ。
「明日戻ることを前提に準備しよう」
「う、うん」
無茶はしたけど、おおよそでも日程がわかってよかった。
■
「本当に側仕えをお連れにならないのですか?」
子供部屋で街に戻る準備をしている最中、問題となったのは側仕えの扱いだ。
アルヴェリアでは侍従長を中心にして、部門毎の統括役を置き、侍従たちが与えられた下人を管理するスタイルが取られている。
まぁ身分のある人が隊長になって、部下を率いて仕事をさせると考えるとわかりやすい。
「ぼくたちの側仕え、いないじゃん」
言葉遊びとかではなく、区分としてぼくたちの側仕えは存在しない。
現在城にいる侍従達は全員がセレステラ母様の侍女で、その中からぼくたちの世話に人員を回してくれている状態だ。
「そもそもあっちの家って普通の民家だから、側仕えを受け入れる準備が出来てないし」
「…………」
侍女さんたちはあからさまに不服そうだったり悲しそうだったりしてるけど、まず物理的に無理。
何しろぼくたちに付けられている侍女や女武官だけで20人近くいる。
いわゆる下女まで含めると60人前後、未だに個人認識できていない理由がこれだ。
「しかし……」
「表向きは伯爵家の私生児だし、そんな大量の護衛や侍女がついてるほうが不自然。あと身の回りのことはブラウニーがいるから、心配いらない」
「それもです、何故よりによってハートランド伯爵をお選びになったのですか」
評判悪いなぁ、パパ(仮)。
「過剰な庇護も余計な干渉も受けない、最適だったと思ってるけど」
「スフィも、今はハートランド様で良かったなって思うよ」
「姫様があのお方に敬称をつける必要などございませんよ」
年若い侍女が笑顔でスフィにアドバイスをする。
その目を見ていると、シラタマがぼくにいじわるしていた貴族を見る時の目を思い出した……なんでだろうね。
「今まで恙無く暮らしておられたのであれば、我々が押しかけてもご迷惑になってしまうでしょう。それよりも……姫様が城にお戻りになるまでにしなければならないことは多うございます」
年長に近い侍女さんの言葉で、一旦場は収まった。
「正式にお側に仕える者となれば、昨日の今日で決められるものでもございません。今、優先すべきは姫様が心安らかに過ごされるお手伝いをさせて頂くことにございます」
「……ありがとう」
「身に余るお言葉にございます」
この数日、側で見ていて出した結論だったのだろう。
年長の侍女の言葉によって、他の侍女たちも引き下がってくれた。
「ねえねえ、お洋服ってもっていってもいいの?」
「はい、全て姫様のものでございますよ」
「やたっ、それじゃあねー」
空気がやわらいだところで、スフィが服を選びにクローゼットに向かう。
生地からして一般の子供が着るには過ぎたものだけど……まぁいいか。
「ぼくの分はいいから」
「アリスのも選んでおくからねー!」
先手を打とうが無効化されるんですね、はい。
「アリス様はいかが致しますか?」
「寝室で手紙でも書いてる」
錬金術師ギルドとかにしばらく連絡が取れなかった詫びと、今後の予定について。
ここから手紙を出すとどうしても教会と国の上層部を通ることになるから、外への連絡ができなかったのだ。
残念ながら外との橋渡しを安心して任せられるほど、お互いに信頼関係を築けていない。
「お昼時にお呼びいたします」
「おねがい」
ブラウニーを伴って寝室に入る。
「…………?」
ブラウニーによって部屋の隅に追いやられたぬいぐるみたちが、妙な文章の書かれた布切れを手にしているのが見えた。
『主の独占反対』『我々にも所有される権利を』『ぬいぐるみの所有の自由化』……?
のしのしと近付いたブラウニーが布を取り払い、丸めて屑籠に放り込んだ。
何あれ、玩具のデモ?
「ええと、あれって」
「…………」
自分の机に向かいながらブラウニーに声をかけると、謎のジェスチャーがはじまった。
ええと……ううん。
授業中の練習生?
「ああ、面接待ちみたいな?」
「…………」
こくこくとブラウニーが頷く。
どうやらぼくの所有玩具になるには、ブラウニーの面接を乗り越える必要があるらしい。
「……がんばってね」
ぼくが来るまでは普通の玩具だったはずなのに、もう亜精霊化が始まってる。
さすがは精霊領域の内部だ。
軽い気持ちで動かないぬいぐるみ達に声をかけながら、ぼくは机に向かって手紙を書き始めるのだった。




