├双子のいない日2
「おはよう……」
「おはようにゃ」
寒さも強くなってきた冬の朝。
聖王国の暦で12月18日、星竜祭の本祭まであと6日と迫った日。
アリスが両親との対話に苦心している最中のこと。
飾り付けられた大通りから少し離れた住宅地。
小高い崖の下にあるしっぽ同盟の家では、ノーチェ、フィリア、シャオの3人がテーブルを囲んでいた。
「……静かなのじゃ」
シャオは籠の中に入ったパンに手を伸ばしながらこぼす。
気落ちした様子を隠そうともしない姿に、ノーチェは何とも言えない表情を浮かべた。
「うん……」
同調するフィリアも食が進まないようで、噛み殺したため息が口から漏れる。
家の中に双子がいないというだけでとても寂しく感じてしまう。
今までだって別行動をしたり、一時的に離れる機会なんていくらでもあったのに。
「ああもう辛気臭いにゃ! ちょっと里帰りしてるだけだにゃ!」
「…………」
ノーチェの言葉にフィリアとシャオは黙り込む。
貴人の世界について知っているせいだ。
実家からして星竜信仰の地で育ったフィリア、精霊信仰の都市国家で育ったシャオ。
そんなふたりだからこそ、"神星竜の娘"という地位が何を示すかを理解していた。
「ノーチェちゃん。そんな簡単にもどってこれないよ……スフィちゃんもアリスちゃんも、ただのお姫様じゃないんだよ。貴族どころか、王族ですら住む世界が違うの……」
力ないフィリアの声に、ノーチェも唇を引き結ぶ。
「はじめて出来た、精霊のことを話せるともだちだったのじゃ」
弱気になっているせいか、珍しく素直になっているシャオ。
普段の無意味な強気が見る影も無いほどにしおれた姿が、余計に心をかき乱してくる。
「……ハァ、予選の準備もあるし、ちょっと外走ってくるにゃ」
「うん……気をつけてね」
何かを失っても時間は進む。
喪失感を誤魔化すように、ノーチェは着替えるために自室へ向かった。
■
しっぽ同盟の邸宅の裏手には大きな崖と、その上には森がある。
崖の上に向かうには家から少し離れた位置にある大階段を使う。
階段の先には昔の施設らしき建物跡と広場があり、この街の歴史を感じさせる。
家からこの階段まで走って登り切るところまで含めて、ノーチェたちには良い訓練になっていた。
「ふぅ……にゃんか、ひとりで走るとそんなきつくないんだにゃ」
階段を登りきった広場で、ノーチェはいつもどおりの訓練をしていた。
まずは素振り50本、数が少ない代わりに1振り1振りを丁寧に。
素振りが終われば技の型を練習し、日が落ち始めたところで一息つく。
学院が休みの今は毎日がこんな感じだ。
汗を腕で拭いながら、適当な石に腰掛けて荷物の中のタオルを手に取る。
「タオルと……あ、飲み物忘れたにゃ、ハァ」
いつもはアリスとフィリアが準備をしていた。
タオルに水筒、一口サイズの焼き菓子と蜂蜜飴で固めた果物。
今日は片方はいなくて、もう片方は精神的にダウンしているせいで自分で準備をした。
乾いた喉をさすりながら『んべ』と舌を出し、ノーチェは汗を拭き取って立ち上がる。
水分を取れ汗はすぐ拭け冬は特にだ身体が冷える……自分は動かないくせに妙に口うるさいアリスを思い出し、ノーチェはようやく口元をほころばせた。
「暗くなる前に帰るにゃ」
行きと違って少し速度を落としつつ、家に向かってノーチェは階段を降りていった。
「…………にゃんだ?」
息を乱しながら階段を降り、ようやく家が見える位置まで迫った頃。
夕日に紛れて行動する黒いマントの人間に気付いた。
この周辺はあまり人が住んでいるわけでもないので、近所の人間とは顔見知りだ。
家を覗きに来る不審者もいたが、警邏騎士団のおかげか最近は見ない。
久々の不審者にノーチェはしっぽの先をぴくぴくと動かしながら、物陰に身を潜めた。
「あいつら、にゃにもんだ?」
黒いマントの男たちは荷物を一軒家の中に運んでいるようだった。
記憶にある限りは空き家だったはずで、見るからに怪しい。
「…………」
あの家の、みんなの家の留守を任されたのは自分だ。
その矜持がノーチェを突き動かした。
双子の護衛たちは、双子を送り出してすぐに拠点としていた家を引き払っている。
臨時の連絡先だけは聞いているが相手は貴族、駆け込むには何かの証拠が必要だ。
「にゃ」
物証があればよし、証言は自分のものなら話くらいは聞いてもらえるだろう。
気配を極限まで薄めて、ノーチェは影に隠れるようにマントの入っていった空き家に近付いていった。
樹によじのぼって、枝に身を隠しながら目を細める。
リビングにある木枠の窓は大きく開かれていて、中が見えた。
中では複数の男女がハタキや箒を手に部屋の中を掃除していた。
「……?」
その様子からは不審さは感じない、どこかの冒険者パーティが家を借りたと言われても納得できる。
勘違いだったのかと納得しかけたノーチェが気を抜いた瞬間、ハタキを手に窓から埃を追い出していた女の視線がノーチェを射抜いた。
「!?」
「待てっ!」
流れるような動作で窓から飛び出した女が、樹の上にいるノーチェへ迫る。
女は瞬く間に塀の上まで飛び上がり、樹へと手をかける。
驚いたノーチェが枝を降りると、伸ばされた女の手がノーチェの服を掠めた。
「フニャっ!?」
「速い! 気配の殺し方といい、貴様ただの子供ではないな!」
「そ、そっちこそにゃ!」
受け身を取って地面を転がったノーチェが、置いていた模擬刀を掴んで距離を取る。
女の指摘は動きそのものではなく、相手を見てから行動へ移るまでの速度の話だ。
ノーチェもまた格上を相手にした死線を何度かくぐり抜けてきている。
そのおかげか、自分が捕捉されたと認識してから退避まで約2秒未満。
当然ながら並の子供の反応速度を遥かに超えている。
「何者だ!」
「こっちのセリフにゃ!」
ショートカットの女はマントを翻して枝から地上に飛び降りる。
これはまずいと、ノーチェはすぐに逃走を決断する。
武器を構えて応戦すると見せかけつつ逃げ場を探るノーチェは、視線の先に並ぶマントの集団を見て息を呑んだ。
「……スゥー、フゥー」
簡単には逃げられない。
理解した瞬間、ノーチェは鋭く息を吸って覚悟を決める。
「あーちょっと待って、待って!」
張り詰めたような緊張を削いだのは、ノーチェもよく知る男の声だった。
「その子は大丈夫だよ、近所に住んでる"子供だけの冒険者チーム"の子」
カイン、飄々としていて双子以外の子供とも気さくに話してくれた夜梟騎士。
数日前に立ち去ったばかりの男が、呆れた様子で"仲間"を止めに入った。
「あぁ……この子が聞いていた」
「なるほどな、セルクから逃れるとは大した腕だ」
「……子供相手に本気は出していない」
張り詰めていた緊張感と共に殺気も霧散する。
一拍遅れて状況を飲み込んだノーチェは、深く息を吐きながらその場にへたりこんだ。
「怖がらせて悪かったなノーチェちゃん、怪我してないか?」
「……いいにゃ、別にいいにゃ」
力が抜けてしまったのは、彼等が不審者じゃなかったからではない。
カインの同僚……つまり国の諜報機関がわざわざ新しい拠点を手入れしている理由なんて、ひとつしか思い浮かばなかったからだ。
「おい、やりすぎたんじゃないのか?」
「い、いや、そこまで怯えさせたつもりは……」
「ぐす……ちがうにゃ、気にしてないにゃ」
帰ってくるのだ。いつかは帰ってくるつもりで準備されているのだ。
鼻を鳴らし、ノーチェは誤魔化すように目元を乱暴にこすった。
不思議なもので、ついさっきまで心の中にあった暗い気持ちはすっかりと消えていた。




