準備中
街へ帰還する日が目前に迫り、ぼくとスフィは追加の護衛役となる星堂騎士と面通しすることになった。
そんなわけで現在、城の1階にある巨大な謁見の間では、黒い鎧の騎士がずらりと並んで膝をついていた。
数はえっと……1列12人が20列、それから先頭には隊長格っぽいのが5人。
「我ら精鋭249名! 二度と危険が迫ることを許さぬよう! 粉骨砕身! 全身全霊をかけて姫聖下をお守り致します!」
「おとうさん」
「とうさま」
先頭にいる全身鎧の気合が入りすぎた宣言に片耳を寝かせながら、玉座で頬杖をついているオウルノヴァ……父さまに視線を送る。
もっと減らしてとお願いしていたのに。
「…………」
まさかのノーコメントである。
最初よりはだいぶ数が減ったけど、多すぎる。
というか目立ちすぎる。
「ぼくたちの街での拠点は、外周7区の西寄り北部にある住宅地の外れ。いきなり人がわっと増えたら目立ちまくる」
住宅地としては奥よりだから空き家も多いけど、だからといって周辺にこんな人数を受け止めるキャパシティはない。
「この子たちみたいな精霊の守りや監視もある、数が多すぎるのはかえって生活の邪魔」
「邪魔は言い過ぎだよ……?」
「中途半端に気を使っても仕方ない」
眼下に並ぶ騎士たちにきっぱり言いつけると、かすかなざわめきが広がった。
「しかしながら申し上げます、御身のご安全を考えればこれでも足りないくらいかと」
「星堂騎士が要塞みたいに守りを固めてたら絶対変な疑われかたするでしょ」
「ならば尚更でございます! 他の教会騎士団も招集し更に守りを厳重にしなければなりません。近衛と夜梟だけでは不安でございましょう」
「……娘の希望を優先せよと伝えたであろう。これでわかったはずだ」
ようやく父さまが口を挟んだことで隊長らしき騎士が黙り込む。
自分で意思を伝えろってことだったのか、こういうのは事前に教えておいてほしい。
「周辺の土地を押さえて管理するのは仕方ないとおもうけど、要塞化はやめて」
「……承知しました」
色んな感情を押し込めたような返事に、どっと疲れた。
横目で父さまを睨むと、小声で「自分のワガママを通すならば必要なことだ」と正論を言われてしまった。
確かに言語化してしまえば『子供だけで街で暮らしても大丈夫だ』……なんていう子供の幼稚なワガママでしかない。
意見の主張まで父親におんぶに抱っこの女児が、親元離れて半分独り立ちなんて鼻で笑われてしまう。
……真竜は人の力を試すのを好むという俗説は聞いたことあるけど、自分の子供にまで適用されるとは。
話した感じでも護衛たちより手ごわそうだし、父さまのサポートがなければ説得はかなり大変だったかもしれない。
「では随伴する騎士の数を半分に」
「多い」
■
「つかれた……」
「おつかれさま」
部屋に戻ってベッドに倒れ込んだぼくの頭をスフィが撫でる。
結局ぼくたちの使っている家に繋がる全ての通り道を押さえられる家を詰め所にすることで決定したし、人員も数十人くらいまで抑えた。
それと、監視は何とか回避することが出来た。
何かあれば家に住む精霊がすぐに報せに飛ぶことにしたのが大きかった。
見張られるのは出入りするための道と空だけだ。
最低ラインは何とか守れたけど……疲れた。
「あとは近衛や夜梟と仲良くしてくれたらいいな」
「…………」
スフィが露骨に口ごもった。
話し合いの途中でも近衛に対する敵視みたいなのは見て取れた。
まぁ戻ってきたことを黙って影でこそこそしてたのだから、面白くないのは当然だけども……。
最初に教会側にバレていたら絶対大騒ぎになっていたと思うので、ぼくたち的には良かった。
「ノーチェたち、どうしてるかな」
ここに来てから、はじめてスフィがノーチェたちの話題を出した。
走り出そうとしたところで、隣を見て走るのをやめる瞬間が何度かあったな。
寂しくなるから敢えて触れないようにしていたのはわかっていた。
「いまごろあの部屋で快適生活してるんじゃない?」
「かもねー、でっかいお家、自慢しちゃお」
「ほどほどにね」
「うん」
隣にスフィが寝転ぶ。
「最初はね、アリスがなんでそんなに嫌がってるのかわからなかったの」
「……まぁ、そうだよね」
「でもお父さんたちと会うのが近づくと、もうノーチェたちと遊べなくなるのかもって思うようになってさ。今はね、アリスの気持ちがわかるよ。お父さんもお母さんも優しいし、側仕えの人たちも優しいし、お姫様みたいで楽しいよ。でもずっとだと、すごく窮屈に感じちゃうと思う」
スフィはぼくよりずっと活発な子だ。
確かに居づらい村ではあったけど、監視されて閉じ込められるみたいな経験はない。
お姫様生活に憧れはあっても実情までは思い至らなかったんだろう。
「アリスがね、騎士さんたちにどんどん言ってくれてよかった。スフィだときっと、がまんしちゃってたから……」
「スフィがセレ……母さまたちとのあいだを取り持ってくれたからね」
基本として我慢強くて良い子なスフィは、他人に自分のワガママを押し通すのがあまり得意じゃない。
一方でぼくは初対面の偉そうな人間にワガママを押し付けるのは慣れている。
前世では自分の安全を守るためにも必要なことだった。
ただ、これができるのはスフィが良い距離感で母さまと父さまとの関係を作ってくれているからだ。
身近な親しい関係の作り方は知らない。
「おたがいさまだね」
「そういうこと」
これからも持ちつ持たれつでやっていこう。
■
騎士との面会を終えたことで城の1階が解禁された。
ここにきてまだ数日だけど、なんとなく両親の方針が見えてきた気がする。
まず父さまは放任主義のようだ。
城外とか、行くなと言われた場所に行かない限りは何をしていても口を出してこない。
たぶんこの水晶の城の中がワンアクションで何かが出来る"間合い"なんだろう。
ぼくとしても非常に付き合いやすいスタイルだ。
母さまもどうやら元は放任主義に近かったみたいで、父さまの方針には基本的に賛同しているようだ。
ただ過去の事件の心の傷が相当に深いせいか、子供が手の届かない場所にいくことを過剰に恐れているように感じた。
当たり前の感情かもしれないけど、今のぼくにとっては少し重い。
一時とは言え街にやるのは本当にギリギリのところで我慢してくれているのだろう。
「1階って探検するのはじめてだよね」
「星堂騎士が滞在していたみたいだし、突発的な遭遇を避けたんだと思う」
きちんと言い含める前に伝わっていたら、混乱のまま星堂にも伝わって「姫聖下! 姫聖下!」みたいに広がっていく可能性もある。
1階には椅子のない謁見の間。応接室や客間、厨房や倉庫なんかがあるようだ。
教えられた範囲だと見て面白い場所はあんまりない。
「アリスはどこか気になる場所、ある?」
「……うーん、厨房?」
ぼくに関わりがありそうなのは厨房と倉庫くらいだ。
「お城の外にでてみたいね」
「それは今度だね」
そんな会話をしながら、侍女たちを引き連れて厨房へ向かう。
何とも言い難い雰囲気を醸し出しているけど、止めるつもりもないようだ。
途中で厨房に続く広い廊下にある大きな扉が気になった。
「……こっちの扉ってなんだろう」
「そちらは酒蔵でございます。鍵がかかっておりますので、管理人を呼ぶ必要がございますね」
ワインセラーみたいなものか。
凄いお酒がたくさんありそうだ。
「急げ急げ! 姫様のおやつの準備もあるんだぞ!」
「……おやつ?」
「さすがに厨房の邪魔はしたくない、戻ろうか」
近付いたことで厨房の怒鳴り声が聞こえてきた。
お昼が過ぎて、時間帯的にはおやつと夜の準備をしているところか。
よくない時にきてしまったな。
しっぽ同盟の料理を一部でも担当する者として、クソ忙しいタイミングで厨房の邪魔をする気はない。
酒蔵から離れてしまえば、めぼしいものはほとんどない。
倉庫も備品置き場らしいし……見る場所がなくなってしまった。
城外の浮島も気になるけど、城からでてはいけないって言われてるからなぁ。
今はまだお互いに信用を積み上げる時間だ。
「おやつまで屋上庭園であそぼうか」
「うん!」
「庭園でお食事ができるよう手配いたしますか?」
「おねがい」
最悪いないもの扱いが出来る侍女たちと違って、父さまや母さまとの交流は控え気味だ。
それでもほんの少しずつ、両親の存在やここでの生活に慣れてきていた。




