お姫様生活
「ありえん」
祭りの本番……すなわち街に戻れる日が迫ったある日のこと。
ぼくは子供部屋のクローゼットにはじめて足を踏み入れ、愕然とさせられていた。
「ね、すごいでしょ」
「ほんとにうちのリビングより広い」
普段は侍女さんが服を持ってきてくれるため、自分で足を踏み入れたことはなかった。
「姫様のお洋服はまだ数がありませんからね、少しずつ増やしていきましょう」
「…………」
いっしょに入った侍女が申し訳無さそうに言う。
スペースごとにアウターとインナー、靴下や靴が分かれている。
10着とか20着とかいうレベルじゃない、普通に店が開けるレベルだ。
ちなみに侍女は数が多いのもあってまだ顔と名前が一致していない。
雑用をする下働きは別にいるため見たことがない。
目にするのは身の回りの世話をしてくれる側仕えで、貴族出身、獣人出身、星降の谷出身と色々いるようだ。
「でもね、ドレスばっかりなの」
「セレステラ様は姫様がたのご無事と成長を願って集めておられましたから」
問題点があるとすれば、実用品はほとんどないことだ。
下着や靴下なんかは殆ど数がなくて、大半がよそいきのドレスばかり。
「周知出来るのでしたら、聖王国の職人を集めて御用達を決めることになるのですけれど」
「王国に1度戻られるのでしたら、城での見聞市に参加してはいかがでしょうか?」
見聞市とは、主に貴族とかが居城に商人を集めて開く市のことらしい。
通常は指定した商品を持ってこさせるんだけど、旅商人が珍しいものを持ち込んだ時なんかに城の一部で販売を許すことがある。
つまりお姫様とか、気軽に外出が出来ない後宮住まい向けの小規模バザールだ。
「……普通にお店で買うのじゃダメなの?」
「しー」
スフィの素朴な疑問に『静かに』というジェスチャーで返す。
この場で侍女ができるのは、生粋のお嬢様やその御付きなのだ。
獣人ですら『族長筋のご令嬢』とか『将校の娘』みたいな肩書がついている。
一般孤児のぼくたちとは生まれがちがう……ん?
…………?
まぁいいか。
「今日はお庭に出られるのですよね、動きやすい服にいたしましょう」
「どのドレスがいいかしら……」
「アルヴェリアシルクなどいかがでしょう」
「あれは春物ですよ、お寝間着には丁度いいですが外で着るには寒すぎます。姫様がお風邪を引かれたらどうするのですか」
「ではハイランドウールの……」
アルヴェリアシルクもハイランドウールも布に使われるものとしては最高級の素材だ。
服を選ぶ侍女さんたちを眺めていると、隣のスフィがちょいちょいと服を引っ張った。
「ねえねえ、今着てるこれのすべすべの布ってシルク?」
「シルクだね」
ぼくたちが普段着にしているのは簡素に近いデザインのワンピース。
上質なシルクに無垢金を糸にしたもので装飾をつけた、シンプルなのにやたら金がかかっている逸品だ。
「使い捨てとかじゃないんだね」
「使い捨て……?」
「貴族の子がね、同じドレスは何回も着ないのよって言ってたの」
「そうなんだ」
スフィが貴族の子から聞いたという話を教えてくれる。
元日本人の職人としては物悲しい話だけど、地球でも大金持ちは服を使い捨てにすると聞いたことはある。
そんな会話をしていると、こちらをチラチラ見ていた侍女のひとりと目が合った。
しばらく沈黙が続いたあと、意を決したように侍女が口元を引き結ぶ。
「……許可なくお話に口を挟みますこと、申し訳がございます。姫様はドレスの扱いについて疑問を抱いておられると思い、差し出口をいたしました」
「あ、うん。ぼくたちまだ慣れてないから教えてくれると嬉しい」
「うんうん」
……もしかして話しかけられるまで口を利いてはいけないってやつかな。
こっちとしては普通に会話に入ってきても問題ないけど、あちらからするとかなり勇気のいる行動みたいだ。
信頼関係が構築出来てないから、どこまで踏み込んで大丈夫なのか測りかねているのだろう。
「ありがとうございます。ドレスについては余所行きの物についてはその通りでございます。同じものを何度も着ていると新しい服を仕立てる余裕もない、流行に乗る金もないのだと噂をされてしまいますからね。姫様がたがお召しになられているような普段着は1度しか着ないなど極端な使い方はいたしませんよ」
「……なるほど」
「たいへんなんだね……」
特に女性にとっては様々な会合に参加するための武器がドレスや装飾品。
家の安全がかかった戦の準備に手を抜けないのだという。
「姫様がたも女の子ですからね、覚えておいて損はありませんよ。貴族の女性は相手の身につけているもので財布の中身、夫婦関係、親子関係、交友範囲、情報収集能力……すなわち、相手と自分の家の戦力差を測るのです」
「カトリーナ! 姫様になにを教えているのですか! まったく」
話していた侍女のひとりが一瞬やべっという顔をして距離を取った。
「むずかしいね……」
「うーん」
ただ言いたいことはわかる。
どの程度着飾る余裕が家にあるのか。
妻に、娘にどの程度の金をかけているか。
どこにどんな伝手があって、どれだけ正確に素早く流行を追えているか。
「そっちの侍女さんの髪飾りは虹真珠っていう珍しいパールが使われている。大陸南部沖の深海でしか取れないから人魚族と親交深いパナディアの貴族でないと手に入らない。つまりパナディア貴族に何らかの縁がある可能性がある……みたいな話」
「おぉ~」
ぼくの語った雑な推理にスフィが拍手をくれた。
名指しされた髪の長い侍女が目をパチクリさせている。
「はい、仲の良い従姉妹がパナディアの貴族に嫁入り致しまして。天星宮でのお勤めが決まった時にお守りにと頂いたのです」
「あってたんだ、すご」
マジで当たってたんだ。
「当たるも八卦当たらぬも八卦」
「?」
情報が少なすぎてこれはただの一発芸、占いみたいなものだ。
ただ、会話や人となり、他の家の情報とか色んなものを集めていくにつれて精度は上がる。
すなわち……。
「これを突き詰めたのが、貴族のおんなのたたかいってやつか」
「おぉ~」
わかってなさそうにパチパチ手を鳴らすスフィの拍手音にまぎれて「かわいいなぁ」と誰かが呟いた。
確かにスフィは可愛い。
■
約30分後、ようやく決まった服を着てぼくたちは2階から城の中庭に向かっていた。
せっかくだから、おやつを庭で食べようという話になったのだ。
ついでにぼくは2階にある中庭の入口で侍女たちを詰めていた。
「中庭に行くための服を決めるだけだったはずですが、なぜこんなに時間がかかるんでしょうか?」
「も、申し訳ございません」
「おふたりとも、何をお召しになられても愛くるしくて、つい」
よくわからないことを言って謝罪する侍女たちにまぎれて、スフィが「本気でご機嫌ななめのやつ、めずらしい」と小声でぼやいていた。
スフィの着替えにつきあわされた結果だよと視線を送ると、目を逸らされた。
浮いてるだけといっても精神的に疲れるのだ。
挙句の果てにまたしてもフリルのついたワンピースを着せられている。
すべての衣服がお姫様お姫様していて逃げ場がなくてご機嫌はななめで当然だ。
「次からはもっと、庭師の丁稚が着てるようなのがいい」
「そ、それは」
「流石に……申し訳ございません」
しろよ申し訳を、論破してやる。
「自分で作るか、作務衣」
「あ、スフィもつくって! スカート可愛いけど、あんまりうごくとぱんつ見えちゃうの」
「布を強奪しよう」
ないなら自分で作れば良い。
ぼくの服や防具の製作技術は一流の職人の足元にも及ばないけど、普段着程度ならクオリティに問題はない。
「コットンの布地ある」
「城内にはあまり……いえ、それよりご希望のお洋服がございますなら島の職人を呼びつけましょう」
「いや、そうじゃなくて……」
職人を呼ぶと城の人間の意図が介在することになる。
つまりお姫様成分が混入してしまう。
それを阻止するためには自力で作らなければならない。
「見てアリス、お庭すごいよ!」
どう回避しようか考えていると、スフィが中庭に続く扉をくぐって大きな声をあげた。
開かれた扉の先には星の海が広がっていた
空には銀河が広がり、光の粒が舞い落ちる。
水晶の階段を降りた先には城の屋上から流れ込む水が溜まっているようで、巨大な魚のようなものが泳いでいた。
一見すると銀河が映り込む水面に見えて、地面があるのか水晶の木が生えているのが見える。
城はこの空間を囲うように建てられていたようだ。
中心には白い建物がある、ヨーロッパ圏内での神殿みたいな見た目だ。
というか、外から見た城の大きさと比べて内部の広さが違う、空気感も。
永久氷穴とかでも感じたな……未踏破領域の中心部にいるようだった。
「あの建物って何?」
「オウルノヴァ様の竜殿でございます」
中央の建物は竜の寝床みたいなもので、オウルノヴァの本体が眠っているらしい。
「城の中から庭を見た時は明るかったのに」
「星の帳という夜になる現象だそうです。許可なく星竜の領域に踏み込んだものへの警告のようなものですね」
「……許可得てないの?」
スフィが不安そうに言うが、侍女は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「許可は得ておりますよ、御覧ください」
ぼくたちが揃って扉をくぐり、中庭に降りる水晶の踊り場に立つ。
侍女のひとりが指差す夜空を眺めていると、次第にゆっくりと明るく白んで夜が明けていった。
「許可無きものには流星の制裁が、許可あるものに夜明けが訪れます」
「へぇ……」
「わぁ、きれい」
朝になったところで、宇宙空間に見えたものが建物を中心にした巨大な湖と、その周囲に広がる水晶の木の森であることがわかった。
明るくなって見えた踊り場には区画を区切るように水晶の木が生けられていた。
2階の廊下から見えたのはこの花壇か。
地面は普通の土と草のようだ。
「あの魚は……魔獣?」
「オウルノヴァ様が飼育している古代魚だそうです、城の者に危害を加えることはないと聞いております」
明るくなったおかげで、湖の中を泳ぐ巨大なアロワナみたいな魚がよく見える。
バッファローを丸呑みにしそうなサイズで少し怖い。
「おやつの準備をさせて頂きますね」
階段から中庭に降りると、侍女たちが持ち込んだ椅子とテーブルをセッティングをはじめる。
それを横目にスフィと手を繋いで適当な水晶樹に近づいた。
「アリス、これってすごいやつ?」
「さすがに……すごいやつだわ」
解析をかける。
水晶樹は魔力の通りやすい最上質のクォーツで、木になっている宝石も葉っぱもすべてが宝石で出来ていた。
成長スピードによってはこの樹1本で一生食うに困らないな。
「あ、ちょうちょ」
「宝石蝶だ」
薄い宝石の羽をはばたかせ、1匹の蝶が木々の間を飛んでいく。
稀に未踏破領域で発見される希少種が普通に生息してる……。
価値観がバグりそうだ。
「ご用意が出来ましたよ」
「はやい」
「おなかすいたぁ」
蝶を見送ったあたりで声がかかった、先程怒った反動か恐ろしく仕事が早い。
セッティングされたテーブルにスフィと並んで腰かける。
フレームを使って3段に重ねられた大皿の上には多種多様なお菓子が並んでいる。
座ったぼくたちの前に取り分けようの皿と、注がれた紅茶が置かれた。
「ありがとう」
「とんでもございません」
お礼を言いながら手を伸ばそうとすると、対面で何とも言えない顔をする侍女と目があった。
「アリス、取ってもらうんだよ」
「……そこのスコーン」
「かしこまりました」
「スフィも最初はそれ」
ホテルで食べて気に入ったのは同じなのか、スフィと注文が被った。
侍女は微笑みながらトングでスコーンを皿に取り分けてくれる。
続いて色んな果物のジャムとクリームチーズの入った容器が横に置かれた。
「チーズ、やっぱりあるところにはあるんだ」
「村で作ることはありますが、市に出回るものではないですからね」
貴族出身らしい侍女が言う。
アルヴェリアのチーズは地元で牛乳を消費するためのものか、売りに出すための超絶品質特化の2極化しているとは聞いていたけど。
横流ししてくれないかな、家でピザ作りたい。
「アリス、りんごのジャムつかう?」
「スフィがつかっていいよ」
さわやかな匂いがするクリームチーズをナイフですくいとって、ふたつに割ったスコーンに塗りつけてかじる。
ホテルのときもそうだったけど焼き加減が絶妙で美味しい。
次はジャムでも使ってみようかと手を伸ばす。
――どぼっ
「…………」
横で奇妙な音が聞こえてそちらを見ると、スフィがジャムの入っていた水晶の器を逆さにしていた。
スフィの皿の上にあるスコーンが、黄金色のジャムの中に沈んでいる。
ニコニコでりんごジャムの塊にフォークを突き刺すスフィを見ながら、ぼくはジャムへと伸ばした手をそっと引っ込めた。
今ならスコーン単体で十分な甘さを感じられそうだ。




