├双子のいない日
404アパートメント。
地球における西暦2020年代の日本、一般的なマンションのような内装の部屋を持つ異形の空間。
専用のルームキーを用いて扉を開く以外の方法で入室すると、"管理者"から強制的に排除される。
地球の日本にも該当の部屋が実在しており、リスクとなる要素は地球側からの侵入に限られている。
そういった要素を鑑みて低リスクと判断し、アリスはしっぽ同盟の仲間のために部屋の扉と鍵の扱いを任せていた。
「フゥ……悪くないニャ」
404アパートのリビング。エアコンによる暖房をガンガン利かせた室内で、ノーチェはバスローブ姿でひとりグラスに入ったぶどうジュースを揺らしていた。
最初はその場しのぎの手作りだった食器類も、街で暮らすようになって随分と充実してきた。
アリスはガラス製品も製造できるため、普通の家なら高級品である透明なグラスも当たり前のように使える。
まるで貴族のお嬢様になった気分でノーチェは足を組み直し、窓から東京の冬空を見上げた。
ビルの間を抜ける風がカタカタと窓を揺らす。
夜空に浮かぶ雲の下を不思議な大鳥、アリスが金属で作った空を飛ぶための道具、飛行機だと教えてくれたものが飛んでいく。
「……あいつら、無事に会えたよにゃ」
ぶどうジュースに口をつける。
アリスたちが聖王の下に向かって数日、ノーチェたちには無事に聖王と面会できて、そのまま星竜の下へ向かったとだけ聞かされていた。
「父ちゃんたちと仲良くできてるといいけどにゃ」
心配なのはスフィよりもアリス。
親の話題を露骨に避けていた妹分が、無事に家族と仲良くできているか。
ノーチェは胸中に浮かぶ寂しさを押し殺すようにジュースを飲み干し、テーブルに置いた。
「はぁ……なんか静かだにゃ」
目を細めながらソファに横になる、ここを置きっぱなしにしたのはアリスの帰ってくる意思だろう。
しかし、竜のお姫様という立場は決して気楽に街を歩ける立場ではない。
留められてしまえば双子はもう帰ってこないかもしれない。
このまま会えなくなっても不思議ではない。
双子と入れ替わった犬人たちも、まるで双子が帰らないことが前提のような態度だった。
フィリアもシャオも露骨に落ち込んで泣きそうになっている。
いつもの家に、ぽっかりと大きな穴が空いてしまったようだった。
「……ちゃんと帰ってこないと、この部屋あたしのもんにしちまうにゃー」
『それは困るでち』
「!?!?」
突然聞こえた機械音声にノーチェが凄い勢いで飛び上がる。
空中でくるりと身をひねり、離れた床に音を立てて四つ足で着地した。
「にゃ、にゃんだ、お前どこから……」
リビングの入口にいたのはローブを羽織った兎のぬいぐるみ。
背中に大きな包みを背負った、玩具の街で出会った精霊王ラフィ・ロール。
『玄関が開いてたでち。あと部屋乗っ取りはやめたほうがいいでち、アリスの部屋は君が扱いきれないものばかりでち』
「冗談にゃ、つーかびっくりしたにゃ」
『それは悪かったでち、よいしょぉ』
ノーチェの文句を軽く流しながら、ラフィ・ロールは包みをテーブルの上に乗せる。
ゴトリと重い音がして、ノーチェが眉を顰めた。
「それ何にゃ?」
『あの子が街で落としたものでち、返しにきたでち』
「……ああ、あのやべー武器にゃ」
包まれた布を剥がしたノーチェが、ちらりと見えた中身を見て納得する。
アリスが玩具の街の戦いで落としたビーム銃を、ラフィが届けに来てくれたようだ。
『用事はそれだけでち、街の復興があるから帰るでち』
「お、おう、がんばれにゃ」
用事が済むなりさっさと帰ろうとするラフィに面食らいつつ、ノーチェはソファに座り直しながら手を振る。
リビングから出ようとする途中で、ラフィが足を止めた。
『それと、会えなくなるなんてことはないでちよ。あの子は友達を大事にする子でち』
「……言われなくても知ってるにゃ」
『ならいいでち』
どこから聞いてたのかと、ノーチェは赤くなる頬を誤魔化すようにため息を吐く。
ぬいぐるみらしく足音も立てず、ラフィは404アパートをでていった。
恐らくフィリアかシャオのどちらかの部屋を通ってでてきたのだろう。
「知ってるにゃ」
もう一度口にして、ふっと口元を緩めてノーチェはグラスを手に取り冷蔵庫に向かう。
この部屋の不思議な道具も随分と使い慣れてきた。
瓶に詰めたぶどうジュースをグラスに注ぎ、製氷室を引っ張り出す。
「……チュリリ」
「チピピ!」
製氷室の中では小さな雪の精霊たちが丸くなっていた。
明かりが入り、昼寝の邪魔だと抗議するように鳴き声をあげた。
「氷取るだけにゃ、つーか製氷室でまで寝るにゃお前ら」
「チュピピピ」
「チュルル」
精霊を避けてスコップで氷をすくいあげてコップに入れると、ノーチェは抗議の声ごと製氷室を押し込んだ。
「ま、こいつらをほっといたまま帰らない……なんてことないよにゃ」
もう一度ソファに座り、ノーチェは中の氷を鳴らしながらグラスに口をつける。
口に出してみれば、少しだけ気が楽になった気がした。




