アーティファクト
結局のところ、ぼくたちの存在は一旦公表しないことに決まった。
公表したら最後、謁見の申込みやら何やらが殺到することが確実だから……らしい。
このあたりの説得は父さまがしてくれたようで、忠誠篤い方々は渋々引き下がってくれたようだ。
ぼくたちは祭り本番の前日に父さま一行に紛れて聖王城へ入り、そこから街に戻ることになった。
「城へは聖王陛下から目をかけられてる年少錬金術師ってことで呼び出される……ってことでいいのかな」
「星堂の警備につく者たちには言い含めてある、クレメンテの近衛騎士が案内するだろう」
父さまたちは門前にあるという星堂に滞在する。
ぼくは年少の錬金術師という立場をフル活用し、聖王さまに呼ばれる体裁を取る。
スフィは虚弱なぼくの付き添いという形で同行する。
「戻る方法はいいのですが、護衛はどうするのですか?」
「手紙に書いてあった者たちに星堂騎士を加えようかと考えているが」
「教会騎士を1万ほどつけられないでしょうか」
心配そうなセレステラ……母さまの発言にぎょっとさせられた。
護衛につけるには桁が3つほど多いと言うか、教会騎士ってそんなにいるんだ。
アルヴェリアの全体人口は把握してないけど……さすが食料過剰国家、兵力が潤沢だ。
「流石に多すぎるだろう、500ほどでいいのではないか?」
父さまの方もだいぶ減らしてくれたけどそれでもまだ桁がひとつ多い。
「それは……少なすぎませんか? 身を守れるノヴァ様とは違うのですよ」
「腕の立つものに絞ればいいだろう、力不足のものがいても無駄に目立つだけだ」
「……はい」
片手をあげて会話に割り込む。
母さまの視線を受けるとまだ少しビクっとなるけど、萎縮はだいぶマシになってきた。
「どうしましたか? アウル……アリス」
「セ……母さま、ぼくは、その。一般人として街に戻りたいから、護衛が多すぎると、目立ちまくって、その……」
「直接張り付かせる訳では無い、安心しなさい。クレメンテの手紙にはお前たちの拠点周辺の空いている土地を全て押さえておくと書いてあった」
「手紙なんて届いてたの?」
「お前たちが隠れていたセレステラへの貢物の箱にな。どちらにせよ周囲を固めることは決定している。問題はどう配置するかだ」
そのへんは決定事項ってことか。
……監視は続行されそうだなぁ。
「ですが、その数で守りきれるのでしょうか……」
「常に見ていなければ命の灯火が消えかねなかった赤児の頃とは違う。周辺を固める精霊たちもアリスへの好き勝手は許すまい。自らの力で帰ってきた娘たちの力を信じてやりなさい」
「……はい」
不安そうな母さまを、父さまがうまくなだめてくれている。
多少の監視くらいは我慢しなきゃダメか。
「それと、アリスは帰るならば寝室に置いてある箱を持っていきなさい」
「箱?」
「蝶の紋章が刻まれた木箱だ、中には命の精霊のアーティファクトが入っている。周囲の生物の身体を癒す力を持つ、お前の症状にも効果はある」
そんなものが部屋に置かれていたのか。
ここにきてから食事量も睡眠時間も減っていた。
それなのに体調が悪化していなかったのはそのおかげか。
「持っていってもいいの?」
「身体の弱い赤児のお前のために集めたものだ。お前の身体にあまり効果がなかったが、治癒に類する力を持つアーティファクトも集めたまま置いてある。欲しいものがあれば持っていきなさい」
「父さま……」
治癒系のアーティファクトの存在は本当にありがたい。
「アーティファクトたくさんあるのに、アリスの身体……なおらなかったの?」
「そもそもが病気や怪我ではない、産まれたときからそういう身体なのだ。故に治る治らないという話ではない」
「…………」
父さまの言葉に母さまが少し俯いた。
「治療師も呼び色々と試したが、一番効果があったのは身体を癒やし続けて疲労を緩和することだった。精霊たちが地上で力を大きく振るうことは古の盟約によって禁じられている、精霊の助力もそこが限界だ」
父さまの結論としてもそういう感じらしい。
ぼくも同じ見解なので特に異論はない。
「…………」
「そういえば、よく子供部屋とか子供服があったね」
変な空気になりかけたところに口を挟んだ。
すぐ使えるように整えられた部屋とか、服とかがあったのが不思議だったのだ。
「お前たちがいつ帰ってきてもいいように、セレステラが部屋を整えさせていた。お前たちは赤児の頃から離れたがらなかったからな」
「ふたりで使えるようにと家具を整えたんです。無事を信じて、どのくらい大きくなっているかを想像しながら新しい子供服を用意して……」
ああ……だから服がすぐに用意できたんだ。
サイズが大きかった理由もわかった。
そしてまたしんみりしてしまった。
「あ、そういえばアリス、クローゼットの中みた?」
「ううん、ぜんぜん」
スフィが話を別方向に引っ張ってくれた。
ちなみにクローゼットの中身はまったく興味がなかったので見ていない。
「すごかったよ、お洋服とか靴とかアクセサリーとかね、たくさんだった! 中も広くてね、うちのリビングより広かったよ」
「部屋より大きいクローゼットの実例だ……」
馴染んでるかに見えたスフィ的にも、自宅という感覚はまだないのかもしれない。
庶民として暮らしてきたからガチのお姫様待遇に現実味がないのはわかる。
「あとでアリスもいっしょに探検しよ」
「うん」
ぎこちないながらも打ち合わせを兼ねた昼食を終えると、許可を得て城の探検をすることにした。
なお、護衛については出来るだけ目立たないように家の周囲を押さえることで決まった。
包囲網である。
■
許可をもらって城3階にあるコレクション部屋に入って、並べられたアーティファクトの数々を眺めていた。
当然ながらここもかなりの広さがある。
暗いフロアを星明かりのランタンが照らしていて、プラネタリウムの中を歩いている気分だ。
病を吸い取るユニコーンの角の杖。
傷を癒やす宝玉、命の力を増強する腕輪。
フロアの一角には父さまの言う通り、治癒系のアーティファクトが安置されていた。
「いっぱいあるね、アリスに効かないのかな」
「……赤ん坊のうちには効かなかったものだと思う」
魔術も精霊の力も同じで、治癒に属する力は身体に起こる異常値を正常値に戻すもの。
その生物の基本形となる設計図に沿って修復する。
ぼくは生まれつきこういう身体……つまり正常値なので治すも何も無い。
といっても身体の問題は体力が極端にない、虚弱体質の方。
体調不良なんかは合併症の方だから、そっちには効果はあるだろうけど。
「こっちの腕輪とか、つかえない?」
「……ヒビ割れたガラスのコップを迂闊に補強しようとしたら、そのまま壊れると思う」
「そっかぁ……」
残念そうに『くぅん』とため息を漏らして、スフィが腕輪から視線を外す。
器の強度を超える強化は、時として致命的な結果をもたらす。
その可能性を憂慮したからここに置いてあるんだろう。
「試行錯誤すればいけるかもしれないけど、ただでさえ死にかけの子供にやることじゃなかったんだと思う。ぼくみたいな状態の子供なんてそうそう居ないだろうし、非道な人体実験はやめてほしいし……」
「うん……そういうのは、よくないもんね」
「ぼくもそんなので身体強くなっても嬉しくない」
当時の父さまたちの尽力もあって、安静にしていれば問題ないレベルにはなったしね。
「あ、でもでも、さいきんちょっと丈夫? になってきたから、もしかしたら……」
「たぶん村を出る直前くらいからの状態から判断して言ってると思うんけど……もうちょっと昔のこと思い出して」
「…………?」
「ぼく、結構スフィといっしょに行動してたよ」
「あ」
小さい頃、スフィに手を引かれてではあるけど外に出ることは少なくなかった。
変なところで体調の凄く悪いタイミングが印象として残っているだけだ。
悪化しはじめたのはおじいちゃんが病気で起き上がれなくなって、薬の管理がうまく回らなくなり始めた頃から。
「丈夫になったっていうより、旅が終わって落ち着いたっていうほうが近いんだよね」
そこからまぁ雨の中の強行軍からストリートサバイバル、命がけの戦闘を乗り越えたら金を稼ぐために働いて、錬金術師がいなけりゃほぼ決死行の雪原横断。
パナディアでは誘拐されての切った張ったにサメの怪物との闘いまで。
「安静とは……真逆だったから……」
「そっかぁ」
よくもまぁ五体満足でたどり着けたものだ。
スフィがぼくの頭を撫でる。
手の熱を嫌がったシラタマがぴょんっと肩の方に飛び降りた。
「チュルルル」
「うん、シラタマがいっぱい助けてくれたおかげ」
「チピピピ」
「あははは、すごいふくらんでる!」
自慢気に胸を張った結果、白い羽毛塊みたいになったシラタマ。
それを見てスフィが楽しそうに笑った。
「まぁ、今はシラタマやブラウニーのおかげで負担も少ないし」
「精霊さんたちのおかげだね」
「シャアー?」
いつの間に顕現していたのか、床からフカヒレが顔をのぞかせて「フカはー?」と聞いてくる。
「フカヒレもいつもありがとうね」
「シャー!」
喜んだフカヒレが背びれだけを外に出し、ぼくを中心にくるくる旋回しはじめる。
…………うん。
「武器はないんだね」
「必要ないからじゃないかな……」
スフィが別の場所に興味を示す。
ここは宝物庫とかじゃなくて、芸術寄りのコレクションルームだ。
父さまが武器を使う姿は想像がつかない。
たぶん竜の姿で爪で殴ったほうが遥かに強い。
「治癒のアーティファクトは確かに魅力的ではあるけど、子供が持つには過ぎたものだね」
「うん……スフィもそう思う」
治癒系は国宝でもおかしくないレベルの貴重品だ。
父さまの手元にあるなら何も問題なくても、ぼくたちが持つとなると話が変わってくる。
『不思議ポケット』や『404ルームキー』みたいに、ぼく以外には到底扱えない類のものでもない。
保有者に選ばれないと真価は発揮できないけど、保有者なしのアーティファクトを使うことは出来るのだ。
普通の子供が保有するのは手に余る。
「何かあったら父さまに頼んで使わせてもらえばいいかなって」
「そうだねー」
体力を回復する箱くらいなら誤魔化せるけど、病気や怪我をすぐ治せるのは誤魔化せない。
こういうのに頼りっぱなしなのも良くないし、自力で対応できない範囲のときだけ甘えさせて貰おう。
「次はお部屋のクローゼットね!」
「……うい」
そろそろコレクションにも飽きてきたのか、スフィがしっぽをぐるんと回した。
たった数日じゃ見て回れないくらいには広いから、少しずつ"家"に慣れていこう。
ただ着せ替え人形は勘弁してほしいと思いながら、ぼくはスフィといっしょに城の探検を続けた。




