ひとやすみ
ちゃぽんと水の滴り落ちる音が響く。
話が終わって一休みしたあと、時刻は夕方前。
頼んで湯殿を使わせてもらうことになった。
今までは身体を拭いてもらうだけだったので、いい加減お湯に浸かりたい欲求が膨れ上がっていた。
404アパートはノーチェたちのために残してあるし、そもそも監視があるから逃げ場もなかった。
話し合いで少し心に余裕が出来たので、城のお風呂を使わせてもらうことにしたのだ。
「……すっごいねぇ」
「正直ここまでとは思わなかった」
城の3階にある湯殿は、雲海を見下ろせるローマ風呂のような豪華な施設だった。
何かのアーティファクトの力で熱せられたお湯がかけ流しになっていて、いつでもお風呂を使えるようになっているらしい。
侍女さんが使えないといったのは、疲労状態でお湯に浸かるのは逆によくないからと気遣ってくれたのだろう。
湯殿の浅い部分に浸かるぼくたちの背後では、軽装に着替えた侍女たちが静かに控えている。
ぶっちゃけトークは出来ない。
「ねえアリス、ずっと気になってたんだけど……あのポケットはどしたの? 入れ替わりで着替えるときもなかったよね」
「ん、ぱんつの中にしまってた」
耳元に口を寄せて小声で聞いてくるスフィ。
打ち合わせの段階で着替えるタイミングがわかったから、ポケットは下着の中に突っ込んでいた。
ノーチェに倣った隠し場所だ。
案の定調べられることはなかったので、今はブラウニーに預かってもらっている。
流石にアーティファクトを取られるってことはないだろうけど、念の為だった。
「そっかぁ……でもね、スフィすごく安心したよ。みんなばらばらにならなくてよかったって」
「心配かけてごめん、スフィのおかげ」
「えっへん」
スフィが居たから、逃げずに踏みとどまることが出来た。
未だに親子としてはぎこちないまま、怖いままだけど……。
「気が抜けたら、おなかすいてきた」
我ながら身体は正直なもので、一歩前進したことで生きる気力が湧いたのか空腹感がでてきた。
「何かご用意致しますか?」
「あー……何か簡単なものを」
「湯浴みが終わるまでにご用意させて頂きます」
つぶやきに反応して即座に近くにきた侍女さんにお願いすると、指示をされた侍女が浴室をでていくのが見えた。
なんて迅速な……。
「スフィたち、お姫様みたいだね」
「そうかなぁ」
限りなく柔らかい否定をしたものの、扱いとしては完全にお姫様だと思われる。
実感があるのかないのかわからない……と言いたいところだけど。
「ありがとね」
「んゅ?」
スフィもきっと、ぼくのことを心配してお姫様生活どころじゃなかったんだろう。
悪いことをしちゃったな、これからは満喫してほしい。
「あ、流れ星!」
「……銀竜が飛んでる」
青空の向こうを光が尾を引いて飛んでいく。
流れ星にも見えるけど、動きからして銀竜のようだった。
「綺麗だねー」
「スフィ、しっぽ……」
「あ、ごめん」
景色が綺麗なのはいいけど、機嫌の良いスフィが立ち上がってしっぽを振るせいでお湯が跳ねて顔にかかる。
大人しく段差に座ったスフィと肩を寄せ合って雲海を眺める。
「姫様、よろしければお身体のお手入れの方をさせていただきたく」
「あ、おねがいします!」
「ぼくは……」
「アリスもやってもらいなよ、髪の毛だけでも」
「……そうだね」
スフィの白銀にきらめく髪の毛を見て頷く。
そういえばここに来て2日目くらいには髪の毛が銀色に戻っていた気がする。
毛並みの手入れをしてもらって染料が落ちていたのだろう。
ぼくの方は拭かれているだけだったので、ところどころ染料がハゲて色がまばらだ。
抵抗する理由もないので、お湯に身体を沈めたまま頭を洗ってもらうこととにした。
スフィの方は隣で耳の手入れもしてもらっている。
なんというか……ナチュラルにこういう扱いされると、ほんとにお姫様みたいなポジションなんだなと実感させられてしまった。
■
「ふああ……」
「チュルルル」
あくびをしながらだだっ広い廊下を歩く。
廊下から見える城の中庭には水晶の木が生えていて、そこに光る宝石のようなものが生っている。
「シラタマ、お風呂の間どこいってたの?」
「チピピ?」
お風呂の熱気を嫌がって離れていたシラタマだったけど、浴室を出るなりすぐ頭の上に戻ってきた。
城のてっぺんの涼しいところにいたらしい。
「やっぱり身体あったまると調子いい」
「アリスも元気になってよかったよかった」
リフレッシュしたおかげか胃腸も元気になってきた。
氷の杖で地面をついて、漕ぐように移動するぼくを見てスフィが服の裾を引っ張った。
「スフィが引っ張ってあげようか?」
「自分のペースでのんびりいきたい」
「そっかー」
水晶の城は4階建てで、中身は外側と違って普通の白い壁材で構築されている。
1階は来客用スペースとか謁見の間と倉庫があって、2階は庭園に繋がる生活スペースがある。
3階は浴室の他に娯楽室とか図書室とか、意外とコレクターなオウルノヴァ……父さまのコレクションルーム。
4階はバルコニーと屋上庭園。
他にも色々あるけど、ここ数日で判明した主要施設はこんなところ。
使用人たちは基本的には浮島にある屋敷で生活をしているらしい。
浮島にはちょっとした城下町みたいなのがあって、更に島の下あたりには周辺の集落から人が集まって市場も開かれているようだ。
流石は星竜のお膝元と言うべきか、聖王国に隣接する形で一種の国家みたいなものが形成されていた。
「……あれ、そとになんか止まってる?」
スフィが外側の窓を覗き込んで首を傾げた。
ちょうど城門前が見下ろせて、そこには竜が運んできたと思わしき馬車みたいなのが置かれている。
周辺には漆黒の鎧に銀の装飾がついた全身鎧の騎士たちがうろついている。
フルプレートアーマーだ、カッコイイ。
「鎧の騎士さんたち?」
「あれは星堂騎士です、星竜祭の最後の打ち合わせで枢機卿長様がいらっしゃっているのでその打ち合わせでございましょう」
「随分ギリギリだね」
「さよう……でございますね」
最後のとはいえ、本番まであとちょっとのところで打ち合わせなんて……。
そう思って口にした言葉を受けて、ついてきた年かさの侍女の反応が悪くなった。
「この数日間ずっと待たせていらっしゃいましたからね」
「シッ」
離れた位置で答え合わせのようにつぶやいてくれた若い侍女のおかげで正解がわかった。
ぼくたちを優先してずっと待たせていたからギリギリになったのか。
「しばし1階には降りないのがよろしいかと」
「何か問題あるの?」
「問題はございませんが、夜天の鎧を纏うことを許された騎士は姫様への忠誠心が篤い者が多いのです」
あのカッコイイ鎧は夜天の鎧というらしい。
忠誠心が強いって意味合いの言葉に凄く色んな意味が込められているのはわかったけど、なんかちょっと怖くなってきた。
「今の姫様には少々刺激が強すぎるかと」
「そうなんだ」
教会側の人たちはぼくたちの存在に対して大騒ぎしそうな人たちの筆頭らしい。
2階に降りるついでに1階に続く階段に耳を向けてみる。
「……ご無事で! ……なんという」
「……なんと喜ばし……」
ここからでも拾えるおじさんの号泣する声が聞こえてきて、耳をぺたんと寝かせた。
護衛や聖王さまより反応が激しい、確かにいま直接会うのは刺激が強そうだ。
「お食事はお部屋にご用意してあります」
とりあえず子供部屋に入ると、リビングの机の上に料理が並べられていた。
湯気のたつポタージュとクロワッサン、一口サイズに飾り切りされた果物。
「夕餉の前ですので簡単なものになってしまいますが……」
「……うん」
余り物のパンとミルクでもと思ってたのに、さつまいものポタージュと焼き立てのクロワッサンのようだ。
どっちも結構作るのが面倒なのに……よくもまぁ、あの短時間で。
「食べたら寝る、夕飯はいいや」
「かしこまりました、伝えておきます」
サクサクのクロワッサンも、なめらかになるまで丁寧に裏漉しされたポタージュも凄く美味しくて、数日ぶりに全部食べることができた。
食べることは生きること……ぼくもなんとか大丈夫そうだ。




