竜玉は泥に塗れど玉のまま
『星の神獣の力を、器足り得る真竜が引き継ぐことで神星竜は継承される』
バルコニーに出たオウルノヴァは幻体を竜の形に変え、ぼくを背中に乗せて空に飛びだした。
あっという間に雲を突き抜けて上昇していく。
青空を背景に見渡す限りの雲海が下を流れる景色は圧巻の一言だった。
感動したのは最初だけで、これからどんな話があるのかと思うと気分が沈む。
視線を空からオウルノヴァの背中に移し、煌めく鱗をじっと見つめた。
『継承される力の中に知識があった。約束の子が成長した際に家を飛び出し、精霊たちと世界を旅するというものだ』
「…………」
思ってみれば変だった。
知っている精霊たちは、家出計画は大昔から決まっていたように語る。
まるで星竜の下に産まれることが決まっていたようだった。
『約束の子が産まれた際、箱守たる星竜が預かり守護する。それが力の継承に伴う星竜の義務のひとつだ。どこでどんな産まれ方をしようと、精霊が星竜の下へ導く……それは決まっていた。つまり、我も計画の協力者ということだ』
そうか、シラタマから話を聞いた時に感じた違和感の正体がわかった。
"時系列"だ。ぼくが産まれたときに決まった計画にしては、精霊たちが計画を始めた時期がおかしい。
ぼくが産まれる前から、転生してくることを見越して計画されていたのか。
魂の行く先を操る力を持った精霊がいても、そこまで不思議じゃない。
それなら、前世のことを知っているなら、異物が混じっていると知ったなら。
オウルノヴァはどんな反応をするだろう。
今になって恐怖が湧く。
『まさか我が子として産まれるとは思っていなかったが、それは我にとっては晴天の霹靂が如き喜びであった』
続くオウルノヴァの言葉は、少し予想外のもの。
『約束の子の親となる条件もまた、継承される星竜の知識に含まれていたからだ。条件は子が何者であろうと、何者になろうと手放さず、愛する事ができるであろう者。もっとも慈愛深いとされる生命の母、命の神獣から"親"として認められた証に思えた』
オウルノヴァはどこまで知っているんだろう。
どこまでわかっているんだろう。
『約束の子は傷を負った魂であることも星竜の知識の中にあった。魂に染み付いた強い記憶は輪廻を経ても簡単に消えるものではない。セレステラもわかっていてお前たちを産んだ。お前の傷が何かまではわからぬが……精霊たちがわざわざそんな計画を立てるくらいには、ひとつところに縛られるのが嫌いなのだろう?』
ドキリとした。
前世の記憶云々は置いといて、宿った魂に訳があることは両親とも承知の上だったのか。
「……それは」
『お前はもう1人でも生きていける。我らが見守る暇もなく、知らない間に1人前になってしまった』
前にスフィにも話した通り、体質的に人の手は必要だけど、介護する人は誰でもいい。
オウルノヴァの言葉はしっかりと本質を見抜いている。
『セレステラもお前を傷つけたい訳では無い、ただ恐ろしいのだ。お前は再会の時からずっと線を引いているだろう……それが恐ろしかったのだ。失ったお前が二度と戻ってこないような、そのまま去っていってしまうような、そんな気がしたと嘆いていた』
伸ばした手を振り払われるのが怖かった。
それが当たり前だった前世と違って、スフィもノーチェもしっかりと手を取ってくれた。
だから余計に怖くなっていた。
『お前も怖かったのだろう? 責めるつもりなどない。だが……アウルシェリス。我とセレステラに時間を貰えないだろうか。お前に信じてもらうための時間を、今一度お前たちの親になるための時間を』
オウルノヴァの懇願するような言葉で気付いた。
手を伸ばしていたのは向こうで、それを振り払おうとしていたのはぼくの方だった。
やっぱり、こういうところはまだまだ全然だ。
「旅に出た時、死にかけて、魂の……前世のこと思い出した。変な力があるからって閉じ込められて、監視されて暮らしてた記憶を。外に出るたびに許可が必要で、息苦しい場所だった。部屋の中が嫌いなわけじゃない。ただ、自由に外に出れないのはいやだ。ぼくは自分が居る場所を誰かに決められたくない……たとえ守るためでも、閉じ込められたくない」
『……そうか』
「でも……スフィとも約束した。諦めて逃げ出すんじゃなくて、わかってもらえるように頑張ってみるって」
『ならば、また我らの下に無事帰ってくると示して欲しい。さすればセレステラも少しは安堵しよう。あれも本来は活動的でな、我と出会ったのも城を飛び出して星降の谷に忍び込んだ時だった。決して無闇にお前たちを縛り付けたい訳では無いのだ』
思い切って話したら、気持ちが少し楽になった。
「オウルノヴァ、様」
『……無理に直すべきではないと思いそのままにしていたが、他人行儀な喋り方などする必要はない。心に距離があろうとも、我がお前の父である事実は変わらぬ。セレステラについてもな』
「……まだ、少しかかる」
『それでいい、焦る必要はない』
顔を上げると、青を分かつ白雲の海原が彼方まで続いているのが見えた。
『そろそろ戻るか』
暫く雲の上を飛ぶオウルノヴァが、そう言って城のある方角へ向きを変える。
帰り着いたバルコニーでは、スフィとセレステラが待っていた。
オウルノヴァが降りた位置からは、並ぶふたりの顔が見える。
ふたりとも心配そうな表情がそっくりで、思わず笑いそうになった。
「ノヴァ様! アウルシェリスは身体が弱いのですよ、無理をさせないでくださいませ!」
「アリス! 大丈夫? 寒くない!?」
「……うん、結界張ってくれてたから」
ワラビも居るし、風を気にしないで遊覧飛行ができた。
精神的にはまったく楽しめなかったけど。
『すまんな、少し話がしたかったのだ』
「もう……ノヴァ様が飛んでいくのが見えて、また何かあったのかと驚いたのですよ!」
「いきなり飛んでいくし、アリスも一緒だったからびっくりした!」
落ち着いて思い返すと、いきなり抱きついて来ようとするところもスフィと似てる。
……そう思うと、不思議と怖さが薄れた気がする。
この人は、記憶の中のあの人とは全然違う。
顔はもちろん、声も、雰囲気も、態度だって。
「……おねがいが、ある」
ぼくを降ろして人型に戻ったオウルノヴァと、セレステラが振り向いた。
「アリスって呼んでほしい。そっちの愛称で生きてきたから、なんだか慣れない」
愛称だけど、たくさんの人に認識されているぼくの"名前"でもある。
壁を感じたのは、アウルシェリスという名前が慣れないせいもあったのかもしれない。
ノヴァはゆっくりと瞬きをして、セレステラは目を見開いた。
「あ、スフィも! スフィもそっちの方がいい!」
「……わかりました、スフィ、アリス」
「スフィとアリスか……ああ、そうしよう」
ぼくにはスフィしかいなかったから、姉以外の家族が何かまだわからない。
「ありがとう、とうさま…………かあさま」
どうしようか悩んで、中途半端に出た呼び方はこんなものだった。
オウルノヴァが頭の上に手を乗せて、セレステラが強張るぼくの身体を抱きしめる。
肩に涙が落ちる音がする。動けなくなるほどの恐怖は、もうなかった。
呼び方も関係も、まだまだ形だけのハリボテでしかない。
他にやり方なんてわからないのだから、最初はハリボテからはじめよう。
仮定を並べて実証実験を繰り返し、未知という泥を踏み固めて道にする。
問いの答えを出すための試行錯誤こそ、錬金術師の在り方なのだから。
旅路でついた泥の全てが、ぼくに道を示してくれていた。




