少しの前進
自分の意思で引きこもるのと、誰かの意図で閉じ込められるのはその性質が全く違う。
ぼくは決してアウトドア派じゃないし、部屋の中でひとり静かに作業を続けるのにも耐性がある。
でも部屋から出るのにも許可がいる、雑用も人を呼んでやらせなきゃいけない。
そんなパンドラ機関での日々は慣れるまで苦痛で仕方なかった。
「……話を聞いてると、なんか今とちょっと似てるね」
「パンドラ機関も一応は保護って体裁だった」
前世の当時は6歳か7歳頃か。
扱いは危険な希少動物みたいなものだったけど、目的としては保護だった。
年齢も条件も、セレステラの叫び声も、その時の記憶を逆撫でする。
「だからずっとピリピリしてたんだ」
「…………なんだかね、前世のことを思い出すことが多くて」
あっちからすれば心を砕く保護対象であっても、こっちからすれば妙に馴れ馴れしい赤の他人だ。
距離感といい扱いといい前世の環境を思い出してしまう。
「アリス、距離ちかいの苦手さんだから、いまみたいに人がいっぱいなの、つらいのかなって」
「そうかな……」
「すぐ失礼なこと言うのも、上手に距離をとれる人いがいにちかづいて欲しくないからでしょ? アリスのことが知らない人に伝わる時、わざと遠巻きにされるようにしてたし。興味があっちこっちいっちゃうのは、わかんないけど」
「そっちは素でやっちゃってる」
「あはは」
スフィが両手でぼくの髪の毛をわしわしとかき乱す。
染み付いた癖っていうのは中々抜けてくれない。
「ちゃんとおはなししようね、きっとおとうさんもおかあさんもわかってくれるよ」
「うん」
スフィがすごく安心した様子で言った。
前世とは違うんだ。ぼくも、精霊たちも、あの人たちも。
試すだけ試してみよう……ぼくは錬金術師。
問いの答えを出すための試行錯誤こそ、錬金術師の在り方だ。
■
両親と再会した次の日、ぼくたちは食堂に集まっていた。
昨日は昼間も星空が広がっていたのに、今は普通に青空だ。
ぼくたちが谷に踏み入った途端に発動していたし、防衛機構のようなものなんだろうか。
「シルフィステラはリンゴが好きなのね、離乳食によくリンゴを使っていたからでしょうか?」
「うん、あとね、おにくも好き」
「お肉が嫌いな狼人はいないですよ」
少しぎこちないけど、スフィとセレステラの談笑を聞きながら食事に目を向ける。
誇張しまくったドラマでしか見たことないような長机の上には、華美な装飾を施された調度品が並んでいる。
食堂ひとつとってもバカ広くて落ち着かない。
「口に合わないか?」
長机の端のほうで椅子に腰掛けて杯を傾けていたオウルノヴァが、ぼくを見ながら言った。
「……いえ、おいしいです」
食事自体は美味しい。
ヨーグルトみたいなソースがかかったローストビーフ、極薄に切られた野菜とチーズがミルフィーユ状になったもの。
完璧な火加減の半熟卵、無垢金で縁取られた水晶の杯には果物のジュース。
高級ホテルの朝食と言われても納得できる。
……味はとても美味しいけど、やりづらい。
「……アウルシェリス、昨日はごめんなさい。また私の元からいなくなってしまうのではないかと思って、驚かせてしまいました」
切り出してきたセレステラの言葉に、身体が勝手にビクりと反応する。
たいちょーの仮面を被って頑張ってきたけど、気が抜けたせいか弱い自分に逆戻りだ。
隣で座るスフィがちらちらとぼくの様子を伺う。
わかってる。
「大丈夫です」
「……でも、私はあなたたちを外に出すことは反対です。お友達をここに招けばいいではありませんか」
「外にも、大事なものがあるんです」
「外はあなたたちを傷つけるものばかりではないですか! シルフィステラ、アウルシェリス、私は何よりもあなた達が傷付くことが耐えられないのです。どうかわかって」
ダメだ、喋りたくてもうまく声がでない。
「ちがうの、おかあさん。街の暮らしが楽しいの、みんなでお買い物にいったり、お料理つくったり。そんな風に暮らすのが楽しいの……」
「シルフィステラ、そのような雑事をあなたたちがする必要はないのですよ?」
「そうじゃなくて、みんなでそういうのが楽しかったの……」
萎縮して黙ってしまったぼくの代わりにスフィが説得を続けてくれる。
だけどセレステラも譲らない。
客観的に考えれば当然だ。
「私はもう二度とあなたたちを失いたくないんです。ここでだってそういう暮らしは出来ますよ。買い物だって商人を呼び付ければ良いではありませんか」
「う、うぅ……」
「欲しいものがあれば全てここに集めます、だから……」
ぼくは萎縮してしまったまま、スフィは押されてその日は終わった。
客観的に見れば正しいセレステラの言葉を、ぼくたちは強く否定出来ない。
そんな平行線の話し合いは2日目、3日目と続いた。
■
結局説得は出来ないまま前夜祭は終わりに近付き、本番の祭りが目前に迫った。
恒例となった昼の食事の席で、これまでとは別の話し合いが行われている。
「祭りに連れて行くのは反対です、存在を民に周知するのも」
「公表がまだ早いのは同意するが、祭りの間は城に留め置くのか?」
「それは……」
今回は7年に1度の神星竜が降臨する大祭。
元からオウルノヴァとセレステラが聖王国へいくのは決まっていた。
問題はぼくたちの扱いで、娘が居ることを大々的に発表するか、隠すかの話だ。
「す、スフィたちもお祭り行きたい! 友達と一緒にいく約束してるの!」
未だに萎縮してしまっているぼくと違って、スフィはここ数日で随分と馴染んだ。
こういう時は順応速度の早いスフィが羨ましい。
ぼくはノリや勢いでその場を凌ぐのは得意だけど、ちゃんと距離を寄せるのが苦手だ。
「そのようなことは……」
「セレステラ」
ダメだと言おうとするセレステラを、オウルノヴァが静かな口調で制した。
「まだたった数日だが、わかったであろう? 娘たちは夢でも幻でもない、我等の元に帰ってきたのだ。雛のようにか細い自らの足で」
「…………」
「アウルシェリスは束縛を好んでいない。日に日に食事が細くなっているのをお前も心配していただろう」
オウルノヴァとは食事の時に少し会話するくらいで、まだ人となりがわかっていない。
それでも見ている視線は感じていた。ぼくたちのことを観察していたみたいだ。
「祭りの間は我らも星堂に留まることになる。その子たちが一度街に戻るには丁度いい機会だろう」
「ノヴァ様! 何かあったらどうするのです!」
「今までもそれらを乗り越えてここまで帰ってきたのだ。娘のワガママを叶えてやりたいのはお前も同じであろう?」
「それは、ですが」
「わかってやれ、セレステラ。我らは未だ娘たちの信を得られておらぬ」
「ッ……」
唇を引き結んでうつむくセレステラと無表情のオウルノヴァ。
スフィの視線がふたりを往復する。
「シルフィステラ、アウルシェリス」
「は、はい!」
「…………」
オウルノヴァの視線が、今度はぼくたちに向かった。
「セレステラはな、お前たちが再び我らの元から消えてしまうのではないかと不安なのだ。だから約束をして欲しい。祭りが終われば必ず城に戻ること。手配する護衛を受け入れること。毎夜必ず手紙を書くこと。それらが約束できるのであれば少なくとも祭りの間は街に居ることを認めよう」
「おとうさん……あ、約束する! するよね、アリス」
「……約束します」
これはオウルノヴァが出してくれた助け舟だってことがわかった。
「縛り付けるだけが愛情ではないと聞く。セレステラ、ひとまずは祭りの間だけだ。外に残してきた物も多いのだろう、無理に切り離すようなことをしては溝が深まるだけだろう。人間の7年は長い……まだ時間が必要だ。わかってやれ」
「………………」
オウルノヴァに説得されて、セレステラはスゥゥとここまで聞こえるほど深く息を吸って吐き出した。
「何らかの形で定期的に顔を見せに来ること、約束できますか?」
「や、約束します! ね?」
「……はい」
オウルノヴァのフォローのおかげで、祭りの間の自由は譲ってもらえた。
現金なもので、たったそれだけで胃の中を満たしていた重いものが少し減った。
バレないように息を吐く。
セレステラは物凄く渋々と言った様子だけど、何とか納得……はしていないな。
オウルノヴァの顔を立てて保留にしてくれたようだ。
「ごめんなさい、少し休みます」
侍女たちを伴ってセレステラが席を離れる。
何となく解散の空気になり、ぼくも8割残った食事をその場に置いて席を降りる。
「スフィたちも、お庭に……」
「アウルシェリス、少し話がある。来なさい」
「え?」
「……はい」
日課になりつつあるスフィとの庭を見て回る作業をこなそうとしたところで、オウルノヴァに止められる。
心配そうなスフィを大丈夫だと手で制して。杖をついて浮遊移動しながらオウルノヴァに近づく。
「あの」
「心配するな、すぐに戻す。シルフィステラは自由にしていなさい」
「は、はい……」
「こっちは心配いらないから」
ぼくを心配そうに見ていたスフィを尻目に、一言告げたオウルノヴァがぼくの背中に手を当てる。
「なんでしょうか」
「そう硬くならなくてよい。いくつか話しておきたいことがある」
そのまま背中を掴まれ引き上げられた。
曲げた腕の中にすぽんとお尻が収まる。
片手抱きだ、安定感が凄い。
「外出に関することですか?」
「いいや」
話というとそのくらいしか思い当たらなかったのだけど、どうやら違うらしい。
侍女たちをその場に残して歩きだしたオウルノヴァが、辿り着いたところは城の上階にあるバルコニーだった。
「古き精霊たちが企てていた、お前の"家出計画"に関わることだ」
オウルノヴァから出てきた言葉に、ぼくは一瞬息を呑んだ。




