心の距離
「ここってなんて場所なの?」
「ここは天星宮、星降の谷にある神星竜オウルノヴァ様の居城にございます」
スフィはセレステラに手を繋がれ、ぼくはオウルノヴァに抱えられて城の中を歩いていた。
庭園から薄暗い渡り廊下を通って城の中へいくと、中は随分と明るかった。
あちこちに白い光を灯らせたランタンが吊り下げられていたからだ。
中を見ていると、向こう側から神官服を着た女性たちが走ってくる。
「急ごしらえですがお着替えと湯殿の準備を致しました」
「ご苦労さまです、湯殿からお湯を汲んで寝室まで持っていらっしゃい」
「え? は、はい」
セレステラの傍についている人が一瞬ぼくを見て、新しい指示を出した。
「申し訳ございません、今は姫様に十分な湯浴みを準備できません。お部屋でのお清めでご容赦くださいませ」
「……たすかる」
「うん」
正直、今お湯に入ると色々決壊しそうなので助かった。
どうやら神官服の人たちは侍女ポジションで、さっき残った人はそのトップみたいな役割のようだ。
トップらしき妙齢の女性はテキパキと指示を出しながら、ぼくたちの進行方向にある部屋の扉を開けた。
「こちらが姫様のお部屋でございます」
「気に入ってもらえるといいのですが」
「ふわぁ!」
「…………」
部屋の中を見てスフィが感嘆した声を出した。
壁紙は女の子が喜びそうなパステルカラー、カーペットもデフォルメされた熊の顔。
メチャクチャ品質の良さそうな棚の上にはぬいぐるみや女の子用の玩具が並べられ、要所要所に見たこともない花が飾られている。
可愛らしい子供部屋は、部屋と聞いてぼくが想像した10倍は広い。
部屋の中なのに階段があって、2階部分には書架と机がある。
オウルノヴァの背が高いからよく見えた。
そして書架スペースの下には大きめの扉がついていた。
部屋に使うとは思えないし、物置かな。
「ベッドないよ?」
「こちらはリビングで、2階が学習部屋になります。寝室はあちらです」
「あっちの、階段のところの扉は?」
「あちらはクローゼットです」
妙齢の女性が説明してくれる。
どこの金持ちの部屋なのか、ホテルで借りてる部屋も広かったけど倍以上だ。
そんな会話をしていると、さっき指示されていた神官服の女性がお湯を持ってきた。
「失礼いたします」
硬い表情のまま集まってきた神官服の女性たちに汚れたお仕着せを脱がされ、お湯で身体と顔、髪を拭かれる。
一部はお仕着せを睨んでいる人もいる、ちゃんと説明しないとまずいか。
ぼくの方は凄いサラサラした肌触りの寝巻きっぽいワンピースを着せられた。
スフィは子供向けの日用ドレスを着せてもらったみたいだ。
「すぐに城に連絡を致します、姫様のことを大々的に報せなければ」
「あ! 待って!」
「待って」
ぼくとスフィの声がちょっと被った。
「聖王様は知ってる、というか説明する」
「スフィも説明できるよ、アリスは休ませてあげて」
「ぼくも立ち会う」
「何があったのですか……?」
スフィの宣言によって、一同は落ち着いて話すため寝室に移動することになった。
リビングに負けないくらい広い部屋の中にはドレッサーとクローゼットが左右対称に揃えられていて、中央には仕切り壁があった。
壁で仕切られた左右のスペースにはバカでかいベッドがひとつずつある。
どっちもベッドの上に無数のぬいぐるみが飾られていた。
ぼくはそのベッドの片方に寝かされる。
と、同時にブラウニーがカンテラの中から勝手に顕現した。
ベッドの上のぬいぐるみを全て抱えて床に落とし、空いた場所に腕を組んで陣取る。
「玩具の精霊様……ですか?」
「山の精霊神の力も感じる。そうか、玩具の精霊神の消滅は聞いていたが新しい貌を得たのか」
「ぼくのブラウニー。その子たちとは違う精霊、力は受け継いでるけど」
「そうか」
オウルノヴァには心当たりがあるようだけど、少し解釈が違う。
「姫様のためのソフトトイが落とされてしまいましたが……」
「山と玩具の精霊神には恩がある。アウルシェリスと契約しているのだろう、好きにさせてやれ」
「はい」
オウルノヴァの鶴の一声ならぬ竜の一声によって、玩具の管理はブラウニーがすることに決まり、落ち着いたところでスフィがこれまでのことを話し始めた。
ラウド王国の片田舎で、錬金術師のワーゼルハウマスに養子として育てられたこと。
今から1年半くらい前に祖父が病死し、村をでたこと。
最初に辿り着いた街でノーチェとフィリアという年の近い女の子と出会い、一緒に旅をすることになったこと。
永久氷穴でシラタマと出会い、パナディアでシャオとフカヒレと出会い、
海をわたって大陸東部にたどり着き、飛行船に乗ってアルヴェリアに辿り着いたこと。
「アリスはすごいんだよ、もうちゃんとした錬金術師さんになれたの」
「まぁ、本当ですか? ふたりとも凄いのですね」
涙ぐみながら一生懸命に旅の話をするスフィ。
セレステラと神官服の侍女は涙を浮かべて聞き入っていた。
「ラウド王国といえば大陸西部の小国ですよね」
「子供だけで、たった1年半でアルヴェリアへたどり着くなんて」
「それで、街についた後はどうしていたのですか? すぐに城に?」
「ううん、それからね、錬金術師ギルドの人に色々お願いして、街でお家を借りて、王立学院に通ってるんだよ。その時にフォレス先生が気付いて、近衛の団長さんにお話して……今日やっと聖王様と会えてね、荷物に隠れて門を通って谷に入ったの」
「……ええ、と、どうしてそのようなことを?」
どうやら隠れて門を通ったの下りがセレステラたちには理解できないみたいだった。
オウルノヴァは片隅で座って微動だにしていない。
彫刻みたいで絵になるけど、人間と身体の構造が違うからか、音から考えが読めない。
「えっとね、表から門に行くと凄い騒ぎになっちゃうからって」
「……ええ、そうですね。お兄様は何を考えているのかしら、サプライズにしては意地が悪すぎます」
スフィの説明に不安げにしているセレステラたちに、口を挟んでいいものか迷う。
「とにかくふたりは無事に帰ってきてくれました。これからは絶対に誰にも奪わせたり、離したりしません。もう怖いお外に出なくていい、私たちとずっと暮らせますからね」
苦労を思ってか涙を流しながらスフィの頭を撫でている。
それに慌てたのがスフィだった。
「ま、まっておかあさん違うの、スフィたちずっとお城に居たいわけじゃないの!」
セレステラの手がわずかに震えた。
「おともだちも待ってるから、おはなししたら、街に戻るつもりで」
「なりません!!」
その声はもはや絶叫に近かった。
見るからに呼吸が荒くなったセレステラがスフィの肩を掴む。
「どうしてそのような事を言うのですか! ようやく戻ってきたのに! 誰かに脅されているの? 国のものたちに何か言い含められたのですか!?」
「いっ……ち、ちがうよ、街で待ってる人がいて!」
「なりません! 外は危険です!」
「せ、聖王様がもうだいじょうぶだって! 騎士さんたちが守るって言って」
「それでもあなたたちは攫われてしまったのです!」
「セレステラ」
涙を流しながら叫ぶセレステラの名前を、オウルノヴァが呼んだ。
立ち上がったオウルノヴァがベッドに腰掛け、セレステラの目元の涙を拭いながら、そっとスフィの肩を掴む手を外した。
「ノヴァ様、私は……私は」
「わかっている。今まで一時も気が休まることはなかったのだ、娘たちの身を案じることは当然だ。だが気を荒ぶらせては娘たちを怖がらせてしまう」
「ですが……私はもう二度とこの娘たちを失いたくないのです!」
「それは我も同じだ。しかしろくに寝れていない状態では大切な話は出来まい」
最初に会ったときから随分と体調が悪そうだったけど、寝ていなかったからのようだ。
「何より娘たちの話を聞きたいだろうと思い見守っていたが、興奮しすぎだ」
「そんなこと……はっ」
オウルノヴァにすがりつくようにうなだれていたセレステラが勢いよく言って身体を起こすと、そのままぐらりと傾いてベッドに倒れそうになった。
「セレステラ様!」
化粧で顔色はわかりにくいけど、確かに脈拍が少しおかしい。
オウルノヴァが抱きとめたところに、侍女たちが慌てて近付いてくる。
「ハァ、ハァ……」
「少し休め、無理をするな」
まともに眠ってない状態で急に興奮したせいで貧血を起こしたのかな。
…………。
「もし、もしも、また夢だったら……」
「大丈夫だ、消えることはない」
オウルノヴァの言葉を聞いて、セレステラが目を閉じる。
「……おかあさん、だいじょうぶ?」
「怖がらせてすまなかったな。ここ数年は殆ど眠れていないのだ、少し疲れただけだろう」
「お部屋にお連れ致しましょうか」
「シルフィステラ、アウルシェリス、リビングのソファを使わせてやってくれるか?」
「いいよ」
「ソファでよろしいのですか?」
「目が覚めて自分の部屋では不安も募ろう、寝心地や体裁より娘の傍に居させてやれ」
「承知致しました」
侍女たちが心配そうにしながらセレステラを連れてリビングへ向かう。
扉は開きっぱなしにされていて、双方向で確認できるようにしたようだ。
「驚かせてしまったな」
「ううん、慣れてるからへいきだよ」
いきなり倒れたセレステラにも、殆ど動揺を見せずにスフィが微笑んだ。
■
「……お前たちが攫われたあの日から、お前たちの身を案じなかった日はなかった。我も、セレステラもな」
静かになった寝室の中、再び椅子に戻ったオウルノヴァが語り始める。
「街での暮らしは楽しいか?」
「う、うん……」
セレステラの反応があったからだろう、言いづらそうにスフィが頷き、ぼくを見た。
そうだという意味を込めて頷いて見せる。
「ならば、クレメンテの判断は正しかったな。面会の申し出があれば我がもとへ連絡がくる手はずになっている。連絡を受ければ、我もセレステラも城で待つという選択肢などなかっただろう」
相変わらず表情は変わらないけど、オウルノヴァの言葉から面倒くさい手順が正解だったことを悟る。
「あ、あの、おとうさんは……その」
「心情としては反対だ。しかし真竜の風習に倣うならば、身ひとつの旅を無事に終えたお前たちは一人前と見做される。頭ごなしに否定するつもりもない」
竜の間にはそういう風習があるらしい。
だけど、決して賛成してくれている雰囲気でもない。
「すぐに結論を出す話でもあるまい、まずは無事に帰ったことを労わせてくれ」
「う、うん……」
「姫様、もうお昼を随分過ぎていますがお食事はいかがされますか?」
「おなかぺこぺこ、アリスは?」
「ぼくはいい」
話は一旦そこで切り上げられた。
それはそうだ、ここでスパッと結論が出る話じゃない。
最終的には"立場"でゴリ押せる護衛とは違い、両親に対してそれは通用しないのだから。
「ぼくは、少し休む」
「ここにお前の敵はいない、ゆっくり休むといい」
「シラタマちゃん、アリスのことおねがいね」
「チュルルル」
スフィがリビングに行くのを見送り、ベッドに横になった。
ブラウニーが枕の位置を合わせてからシーツを被せてくる。
侍女はひとり残っているけど、ブラウニーたちに遠慮して近づかないでくれたのは助かった。
……ここが実家ってことになるのだけど、なんだか実感が湧かない。
ぼくにとっては、みんなと住む家の方がよっぽど自分の家だと思えた。




