父との再会
「おはようございます」
「……なにそれ?」
現在、ぼくは夜梟の長の竜車に潜み、王城へ向かっている。
『よいか、王城の裏庭を超えた先にある門、その先が星降の谷だ。自然豊かな山岳地帯の間にある谷で、星竜の宮と、竜との契約により保護されている希少種族の集落が存在する場所だ。許可のないものが入れば銀竜による流れ星の洗礼を受けるが、そなた達に攻撃してくる竜はいまい』
思い返すのは少し前にした聖王様との会話。
『そもそも門の前までたどり着ければいいんじゃない?』
『その門が説得に時間のかかる者たちの領分でもあってな。あっという間に知れ渡り、オウルノヴァ様も飛んできて大騒ぎになるだろう。教会の者たちは、ある意味ではそなた達の両親より感情的だ』
話を聞いてもらえるまで落ち着かせるのが大変ということで、いきなり竜の谷に飛び込んだほうが確実だという判断のようだった。
『星降の谷へ踏み入ればすぐに銀竜が察知してやってくる。銀竜が気づけば、すぐにオウルノヴァ様へ伝わるだろう。そこまでいけば、あとはそなた達次第だ』
シラタマのように、領域内であれば眷属を介して情報を知ることができるのだろう。
そんなわけで、星竜の下へ送られる貢物の荷物に紛れて侵入する作戦が決行されたのである。
まず王様に頼まれてカップの破片をゴミ捨て場に持っていった。
老齢の女性がカップの破片を布でガチガチに固めて渡してきたのは笑ったけど。
ゴミ捨て場に行った後は、それとなく行方を晦ます形で夜梟の団長の竜車に乗った。
それから王城に寄って貢物を回収してから門へ向かっている。
「アリスだいじょうぶ?」
「うん」
「馬車酔いとか」
「酔ってる」
体調は最悪だけど、ぼくにはブラウニーがいるから問題ない。
ぶっ倒れてても運んでくれる。
「でもこの布すごいふかふかだね、この箱でラッキーだったね」
「……ラッキーかなぁ」
隠れているのはクッションと柔らかい布の詰め込まれた大きな箱の中。
このために用意されていたとしか思えない。
色々準備してくれていたんだろうなぁ。
■
「オウル……様……の……」
「何故……が……」
「代理……」
箱の中からだと音が聞きづらい。
箱の中で半分寝ているうちに停車した様子で、どうやら誰かと会話しているようだ。
誘拐犯の会話を聞いてる気分。
「なんか、ニンジャみたいだね」
「そうだね」
相手に見つからないように隠れながら忍び込み、標的に近づく。
気分はステルスゲームの主人公で、正直少し楽しくなってきていた。
スフィの言う通り忍者系とは少しちが……。
……なんで忍者なんて単語知ってるの?
「スフィ、パソコンいじった?」
「……ちょっとだけ、こわしてないよ?」
変な知識が入らないように見せないようにしていたけど、知らないうちに見られていたようだ。
まぁ変な検索履歴とかファイルがあるわけじゃないからいいんだけど。
シラタマが見てる悪質ドッキリと、フカヒレが好きな海洋動画くらいか。
「大丈夫だから、見たい時は言ってね」
「うん」
見られてしまったなら仕方ない、ぼくが使う時だけ優先させてもらおう。
そんな会話をしていると、突然箱が揺れた。
抱き合う形で悲鳴をあげるのを堪える。
「……!」
「……ステラ様……乱暴……」
誰かの声が聞こえて、箱の揺れが小さくなる。
少しの衝撃の後、暫くして小刻みな振動を感じるようになった。
やがて振動が止まって数分、壁に耳を当てても外の気配が感じなくなった。
……そろそろか。
「あれ、引っかかってる……んしょ、んしょ」
顔を合わせてスフィが蓋を開けようとするが、引っかかっているのか開かないようだ。
手を貸して力をいれると、ようやく蓋が開いた。
……大量の荷物が並べられている倉庫のような場所みたいだ。
ぼくたちの隠れていた箱は、外から軽いラッピングのようなものがされていた。
更には『王室贈答品管理部検閲済み』と書かれた紙が貼られている。
中身のチェックがないのはこれのおかげか。
「たしか、谷の前にある荷物置き場だっけ」
「そのはず」
事前に説明されていた地図を思い出す。
谷の目前には管理小屋みたいなのがあって、貢物は一旦そこに集められると。
どうやら無事に門を越えて入ることが出来たみたいだ。
流石は管理側による全面協力ありの不法侵入、ちょろい。
「ええっと、出口ってあっちかな」
「まって、『錬成』」
扉に向かうスフィを止めて、壁に向かって錬成を行う。
うん、普通の壁だ、このくらいなら問題なく干渉できる。
出口は作るものである。
「ここから通り抜けよう」
「相変わらずべんりー」
見張りとのかくれんぼをスキップして、壁抜けで外に出る。
元通りにしておけば証拠隠滅も完了だ。
「ふわぁ……」
「……これは」
荷物置き場から出ると、眼前には幻想的な風景が広がっていた。
雄大な山岳地帯の先の空には、水晶の突き出た浮遊島と白亜の城。
そこから流れ落ちる水が山間の谷に流れ込み、美しく輝く川を作り出している。
谷はかなり広いようで、あちこちに小さな集落のようなものが多数見えた。
「すごいね!」
「うんってまって」
たたっと谷に向かって駆け出したスフィを追いかける。
結構な勾配がある、転んで落ちたら大変だ。
「――へ?」
「スフィ、待ってってば」
浮遊しながら、服の中のシラタマに氷の杖を作ってもらって追いかけていると、スフィが突然足を止めた。
ようやく追いついたところで足を止めた理由がわかった。
境界線を超えた瞬間、真昼の空が夜空へと塗り変わっていく。
星の煌めく銀河が一面に広がって、宇宙空間に放り出されたような気分になった。
「……ここからが精霊の領域なんだ」
未踏破領域『星降の谷』。
ぼんやりと銀河を眺めていると、銀色の光が流星のように尾を引いてこちらに向かってきた。
ぼくたちの上空あたりまできたところで、光が急降下をはじめる。
「……な、なんか来るよ!?」
「うん……たぶん」
近付いてきたことでようやく光の正体がわかった。
竜だ。星の光のような銀色の光を宿す翼で力強く羽ばたきながら、銀竜がこちらに凄い速さで飛んでくる。
まるで流星……スターフォールってまさか。
「クゥルルルルォォ!」
甲高い鳴き声をあげながら、銀竜が地面に着地した。
もはや隕石の追突と言い換えてもいい。
衝撃で柔らかい土が巻きあがり、スフィがぼくを庇いながら地面を転がった。
「ヂュリリリリ!」
シラタマが服の中から飛び出てきた。
氷の壁を作り出し、巻き上げられた土が防がれる。
「クアアアアアアァ!」
「なになになに!?」
氷の壁で見えないけど、ドンドンと激しい音がして竜が次々と着弾しているのがわかる。
入った瞬間ドラゴンからこんな猛攻受けるとか、そりゃ安易に侵入できないわ。
「クルルルルル!」
「ヂュルルルル!」
「クゥゥー」
足音を立てて近付いてきた銀竜が氷の壁越しに頭を覗かせてくる。
その竜に対してシラタマが威嚇し、なんとも言えない声を出した竜が頭を引っ込める。
なんだこれ。
「クルルルルゥ」
「え、ええと……」
「なんか、凄く甘えてる? ような声」
銀竜は輝くつるりとした鱗を持った、スマートなドラゴンだった。
飛竜型で翼は大きく、動かすたびに光の粒子みたいなのがきらめく。
青い瞳が潤みながらぼくたちをじっと見据えている。
「チュリリ」
竜達の激突が落ち着いたところで、シラタマが威嚇をやめた。
勢いよく着地するのが危ないと怒っていたみたいだ。
ひとまず安全になった……かな?
■
「これだけ騒いだら人がきちゃいそう」
「どうだろう」
ここはもう未踏破領域の中だ、空間的に連続してるとは限らない。
連続しているならそろそろ誰か駆けつけてもおかしくはないけど、そんな気配もない。
銀竜たちはとても友好的で、クルクル鳴きながらこっちの様子を伺っている。
……なんとなく既視感がある。
「チュルル」
「くる?」
シラタマが浮島の方を見て、何か来るとだけ伝えてきた。
これまた凄い速さで光が近付いてくる。
「なんだろ?」
「……この流れだと、たぶん。オウルノヴァ」
「ぁ……」
聖王様の言葉どおりなら、銀竜から情報が伝わっているはずだ。
案の定、竜たちが道を開けるように左右に分かれて距離を取りはじめた。
「ど、どどうしよ、心のじゅんびまだだよ!」
「いきなり走り出すから……」
スフィと会話をしているうちに光が近付いてくる。
やがて凄まじい速度で近付いてきた光が音もなく降り立つと、いつかの星竜教会で見た絵と似た竜が現れた。
見るだけでわかる存在感、翼の黒い被膜は銀河を映し、全身に白い燐光をまとっている。
鬣をなびかせる美しい白銀の竜。
文字通り、即座に飛んできたよ……。
『――シルフィステラとアウルシェリスか?』
「…………」
低い男性の声が響く。
竜の気配にスフィが硬直してしまっている。
代わりにぼくが答えるしかないか。
『いや、答えずとも見ればわかる』
が、ぼくが答える前に星竜の方で結論が出たらしい。
それにしても凄い既視感を感じる。
『よく無事に戻った、娘たちよ』
竜が光に包まれて縮んでいく。
そのうち人間大くらいのサイズになり、光の中から先ほど見た星竜の角と同じ角を持つ男性が現れた。
彫刻のような整った顔と筋肉、銀の長い髪と空色の瞳。
まるで絵画に出てくる古代の神々のような、ゆったりとした白い法衣をまとっている。
その場で幻体の形状を変えるとか、なんて器用な。
「……おとう、さん?」
「…………あぁ」
スフィが呆然と呟く。
既視感の正体がぼくにもわかった。
声も姿もはじめてみるけど、見覚えがある気がする。
赤ん坊の頃の記憶なんて覚えてないと思っていたけど、記憶に残ってないという訳じゃなかった。
「おと、う、さん?」
「……ああ、そうだ」
スフィが駆け出したところで、男……オウルノヴァが膝をついた。
銀竜の巻き上げた土で泥まみれのスフィを、オウルノヴァは気にせずに抱きしめる。
「おとうさん! おとうさん! うぅ、ひぐ、おとうさん!!」
「……大きくなったな、辛かっただろう。守ってやれなくてすまなかった」
「おとうさん! おとうさん……ぐすっ」
オウルノヴァは表情があまり変化しないまま、泣きじゃくるスフィを抱きしめている。
手つきの優しさから表情が豊かじゃないことだけはハッキリした。
少なくとも拒絶されることはないだろう。
この様子なら、少なくとも父親にスフィが拒絶されることはなさそうだ。
ひとつの大役を終えたような達成感を覚えながら、ぼくは父娘の再会を少し離れた位置から見守っていた。




