聖王陛下
ジルオとヴィータを伴ってホテルの中庭に出る。
整えられた薔薇園を眺めながらぐるりと道を進み、ひと目につかないような仕切り壁のある東屋に入る。
目立ちたくない人がこっそり会うための場所のようだ。
東屋に入るなり、奥から子供が出てきた。
ぼくたちと同じくらいの背格好をした犬人らしき少女がふたり。
揃って頭巾のようなものをつけ、従業員のお仕着せを着ている。
「この者たちは夜梟の見習いです、ここで衣服を交換してください。ヴィータ、お願いします」
「はい……このような場所でお着替え頂くなど心苦しい限りですが、ご辛抱下さいませ」
「いいよ、早く済ませよう」
ジルオはそれだけ告げると、見張りのために東屋の入口に向かう。
ここまでは昨日の夜にした打ち合わせ通りだった。
これは街に住む平民のアリスとスフィという立場を守るための策略だ。
文句なんて言うはずもない。
犬人のふたりは無言かつ無表情のまま、素早く頭巾を取った。
中からばさりと出てきた髪は、今のぼくたちと似たような砂色だ。
その後彼女たちは躊躇なくお仕着せのリボンを解き、下着一枚になる。
「こっ……こちらを」
脱いだお仕着せを渡してきた女の子の声が、一瞬もの凄く上擦った。
風が来ないからここはそこまで寒くない。
手も小刻みに震えているし、硬い無表情なのは緊張しているせいか。
ぼくたちのことをなんて説明したんだろう。
「アリス、はやくはやく」
「わかってる」
ぼくたちも手伝って貰いながら服を脱いだ。
ふたりと服を交換し、受け取ったお仕着せに着替える。
この後はヴィータたちが彼女たちと一緒に部屋に戻って待機。
ぼくたちは交代要員を待ち、従業員の振りをしながら聖王様の部屋へ……という塩梅だ。
「それじゃあ、あとよろしく」
「はい」
着替えが終わったタイミングを見計らってジルオが戻ってきた。
諸々を確認したのち、変装した犬人の子たちを連れて護衛ふたりは東屋を出る。
「お仕着せ、かわいいね」
「似合ってる」
子供用のお仕着せは簡素なメイド服といった風情で、意外とおしゃれなデザインになっている。
少し間を置いて、用事が終わりましたよという体で東屋を出た。
建物に向かって少し歩く途中で、異様に静かな気配がひとつ近付いてきた。
「君たち、少しいいかね」
「はい、なんでしょうか?」
不意にかけられた声にびっくりしているスフィの手を握ってなだめながら、ぼくは声のした方に振り返る。
そこには伯爵邸でも会った痩躯の男、夜梟の団長さんともうひとり。
ボリュームのある緑色の髪をポニーテールにした、キラキラなアクセをつけた派手な色合いの格好の少女……女性?
ファンタジー風のキラキラギャルって感じで、スフィが興味を示している。
というか引き継ぎ要員は見知っている夜梟の人間とだけ聞いていたけど、団長がくるとは。
「少し仕事を頼みたい、来てもらえるか?」
「わかりました」
「はい!」
夜梟の長を先頭に、さりげない動作でキラキラさんが背後につく。
動作のあまりの静かさにスフィが少しびびっているようだ。
これでこいつら敵だったら一巻の終わりだよねと思ったけど、口にはしない。
建物に入り、向かうのは騎士たちがバッチリ警備している最奥の部屋。
すれ違う騎士たちが警戒するような視線を向けてくるが、夜梟の長……というより背後の女性を見て警戒が薄れた。
奥にある扉の前までいくと、大柄な全身鎧が立ちはだかる。
「戻られたか」
「ああ、見習いのようだが十分であろう」
「うむ、問題なさそうだな。通られよ」
彼とは打ち合わせが済んでいるのか、素直に道が開けられる。
部屋の構造はぼくたちの使っているものとさほど変わらない。
広さと豪華さ……というより調度品の品質が段違いではあるけど。
扉をくぐりぬけて護衛の待機室へ入る。
やや年のいった騎士や、執事や侍女らしき人たちが控えていた。
「その娘たちか?」
「割れたカップを捨てにいかせるだけだ、子供で十分であろう」
「違いない。ボルフィード卿も風に当たるのはもうよろしいのか?」
「まぁまぁいい気分転換になったし」
はじめて喋った女の人の声は、見た目に反して落ち着いたものだった。
夜梟の長は軽く雑談をしてから、待機室の奥へ続く扉をノックする。
「何用か」
「従業員を連れて参りました」
「……通れ」
扉が開くと、そこにはラウンジにきた髭の紳士の姿があった。
室内には他にも騎士らしき人たちが数人控えている。
「あちらだ、ゲームの最中に倒してしまってな」
「負けが込んでリセットしたのだろうが、猪口才な」
「証拠を用意してから言って欲しいものだ」
髭の紳士と夜梟の団長さんが妙に大きな声で話す。
自然な友人同士の会話に聞こえるのに、まるで周囲に聞かせるかのようだった。
キラキラさんは待機室に残り、髭の紳士と夜梟の長に連れられてリビングの左奥にある部屋に向かう。
扉の向こうはバーカウンターのついた娯楽室があった。
大きめのテーブルには四方に囲いがついていて、中には無数のボールが点在している。
壁には細長い棒が立てかけられている。ビリヤードに近いゲームのようだ。
「従業員を連れて参りました」
夜梟の長が言うと、老齢に差し掛かった女性が振り返る。
髪をきちっと詰めた、鋭い目線の女性だ。
「ゴミ捨てなど私に命じればよいではありませんか、何故わざわ……ざ……」
背後でドアがしまると同時に、夜梟の長が音を遮断する結界を張る。
女性の目がみるみると見開かれていくのがわかった。
「双子、の……い、いいえ、まさか、そんな、陛下、これは!?」
「俺も最初見た時は驚いた、ステラの幼い頃によく似ている」
ぼくたちの身長のせいでテーブルと女性が遮って見えなかったけど、そこに聖王様もいたらしい。
回り込むように見える位置に歩いてくる。
「シルフィステラ、アウルシェリス」
「!」
スフィがビクっとなりながら、ぼくを庇うように抱きしめる。
そんなぼくたちの眼の前で、聖王様が表情を歪めながら膝をついた。
「すまなかったな……守ってやれないどころか、迎えに行くことすらままならなかった。あの日より、己の驕りと無力を悔いなかった夜はない。よくぞ、よくぞ、よくぞ無事に戻ってくれた」
それはただ無力を悔いる男の慟哭だった。
先程見た威厳が嘘のような態度、だけど強い感情は伝わってくる。
「やはり! 姫聖下なのですね!? みなさま知っておられたのですか!?」
「ロゼリア、結界があるとはいえ声が大きい」
「突然このような状況になってどう声を抑えろと言うのですか!!」
「無理矢理追い出すのも不自然だったからな……頼むから落ち着いてくれ」
答えられないでいる間に、背後で大人たちが争いはじめる。
どうやらこの女性が残っているのはイレギュラーに近いようだ。
問題ないと判断したから強行したんだろうけど。
「落ち着け!? 知っていたのなら揃いも揃って何故今まで動かなかったのです! すぐにでも全軍をあげて迎えにあがるべきでしょうに!」
叫ぶ女性の言葉で、やっぱりその考え方があっち側では普通なのだと知る。
「事情があったのだ、確実に守り切るには人手も足りなかった」
「教会に働きかければ教会騎士団が総力をあげたでしょうに!」
「街中をひっくり返す騒ぎになってしまうだろう、そうなれば……」
「姫聖下の御身より優先されるものなど今のこの国にはないはずです! 国や騎士団の威厳など二の次でしょうに!」
「い、いや、そうではなくてだな……」
かなり偉い人っぽい髭の紳士が押されている。
ごめん、ぼくたちの街での暮らしのために頑張ってくれ。
「フフ……すまない。困らせるつもりはなかったのだ、情けないところを見せたな。俺は『クレメンテ・ヴェルザリオ・アーク・アルヴェリア』。お前たちの母の兄……つまり伯父にあたる」
横の騒動のおかげで聖王様も持ち直したようで、息を整えながら立ち上がる。
「顔をよく見せておくれ」
「アリス……」
「うん」
スフィと示し合わせて頭巾を取ると、聖王様と老齢の侍女が息を呑む気配がした。
「ああ……見れば見るほど、幼少のステラ様によく似てございます……」
「無事に帰ってきてくれたのは奇跡だな」
涙ぐむふたりを前に、なんと言ったらいいのかわからずスフィと顔を見合わせた。
「それより、なぜ姫聖下がそのような格好を? まさか従業員として働かされているのですか!? それを看過しているとでも!?」
「違う、これには訳があってだな」
一瞬止まった髭の紳士の戦いが再開した。
「ロゼリアは昔から王家に仕えてくれている。そなたたちの産湯を準備したのも彼女だ」
「…………」
敵意はまったく感じない、むしろ好意ばっかりだ。
なのにスフィがぼくにピッタリ貼り付いて無言になっている。
このなんともいえない居づらい空気……どうしよう。
「……確かに、会ってすぐの大人にこんな話をされても困るか。ふむ、ロゼリア、少し静まれ、話がしたい」
「っ……後で説明して頂きますよ、陛下」
厳しい雰囲気を出しながら聖王様が命令を下すと、途端に騒いでいた大人たちがピタっと静かになった。
まだ言いたいことはありそうだけど、老齢の女性は『だから今回は口の固いものだけを集めたのですね』とつぶやきながら離れていった。
「あ、あの、聖王陛下!」
「砕けた話し方で構わん、呼び方も伯父上でいいぞ。すまんが先にひとつ確認したいことがある、よいか?」
「な、なんでしょうか」
スフィが前のめりで聖王様と話し始めた。
ぼくを守ろうとしているのか、確認したいことがあるのかはわからない。
「伝え聞いている『今している平民の暮らしも保ちたい』、という希望は真であるか?」
「……はい。アリスも私も、おともだちといっしょに暮らしてる、今のことをすごく大事にしています」
「ふむ、そうか……」
スフィには悪いけど、そこだけは譲れない一線だ。
もし通らないなら……素直に受け入れた振りをして家出計画を実行させてもらう。
「全て今まで通りというのは難しいだろう。だが……守ることも迎えにいくことも出来なかったのは我等。子供の足で自ら帰り着いたのはそなた達だ。いくら守れなかった側が合理的な理由を並べようとも、滑稽さが増すだけよな」
諦めたような呆れたような、なんとも判断の付き難い顔で聖王様は頷く。
「そなた達の希望に可能な限り応じることを、王家からの贖罪としよう。ただし、両親の説得は自分たちでしてくれ……我等の手には負えぬのでな」
「あ、あの、スフィのじゃなかった、私のお父様とお母様は……」
「そなた達が居なくなったあの日からずっと心配していた。セレステラも、オウルノヴァ様もだ。すぐにでも会わせてやりたいが、伝わった瞬間街まで飛来してくるのは見えている」
どうやら両親ともにすっ飛んでくるというのが聖王国側の共通認識らしい。
「そなた達の希望を叶えるためには、可能な限り誰にも見つからずに星降の谷にたどり着く必要がある。その前に見つかれば大騒ぎになってしまうが、向こう側につきさえすれば騒がれようとも余人に知られる心配はない」
「つまり、確実に大騒ぎする人たちを密かに説得する機会が出来ると」
「そういうことだ。俺もそなた達から直接聞くまでは、今の暮らしを維持したいという希望については半信半疑だったからな。他の者たちも容易くは信じまい、竜の一声が必要だ」
ここらへんはもう認識と常識、価値観の違いだろう。
色んな部分をスキップして両親の元にたどり着き、説得する必要がある。
「スフィ、面倒なことにしてごめんね」
「ううん……スフィもね、考えてたの。お姫様の暮らしになったら、もしかしたらもうみんなと会えなくなるかもって。そうじゃなくても、フォレス先生のときみたいに急に頭を下げられて、様付けで呼ばれて……なんか、ちょっとヤだなって」
「うん……」
スフィもスフィで、変化が近づくにつれて思うところがあったようだ。
ふたりの希望が同じなことを再認識したところで、聖王様がこほんと咳払いをした。
「そういうわけでな、希望を叶えるためにはそなた達にも少々頑張ってもらわねばならないのだが……そなた達、"かくれんぼ"は好きか?」
聖王様がぼくたちを見下ろして、まるで悪戯を思いついたように笑った。




