つかの間の休息
「王様ってくそ忙しいんじゃなかったの?」
「ファッ……!」
「こほん、逆に大義名分が立ったようです」
思わず出たスラングにヴィータがきつく目を瞑った。
見逃して欲しい。
「実はかなり広範囲に渡って不埒者が暴れていたようでして……。陛下が前面に立つことで不安に震えていた民を落ち着かせる必要があったのです。現在は中央5区にある屋敷を本部にして騎士団を動かしておられます」
「昨日から騎士さんたちいっぱい歩いてたよ」
「本気だ……」
他国の重鎮を集めた祭りの真っ只中で、そんな騒ぎを放置するわけにもいかなかったんだろう。
考えてみれば当然だ。
敵の目的は……本丸である学院内の未踏破領域『玩具の街』への騎士団の突入を遅らせることかな。
王族なら玩具の街について知っていてもおかしくないし、知っているなら重要視しているだろう。
かといって、街を放置して表面上は決着した学院に戦力を集めるわけにもいかない。
マイクの預かった遺産を奪取して、そのまま逃げ足の速い少数が逃走することを作戦だとするなら無謀とも言い難いか。
つくづくぼくたちがイレギュラーだった訳だ。
「昨日、学院への対処も終えたそうで、被害に巻き込まれた生徒たちへの慰問をしたいと仰せになりました。念の為、寮住まいの生徒を近隣のホテルで預かっておりますので、現在は順番に慰問中となります。こちらには明日訪れる予定となっているのですが……」
「アリス……大丈夫?」
「体調も戻ってるし明日なら平気」
「でもお熱あるよね?」
「うん……?」
そりゃあるけど。
「やはり治療師を呼ぶべきでは……」
「ヴァーグ導師以外は拒否する」
「ね、いったとおりでしょ? 普通の治療師さんはいやがるって」
「どうせ入院しか言ってこないし、原因もわかってるし」
全ての臓器の機能が弱いから、増強しないと身体の中の"処理"が間に合わないのだ。
対処法としては内臓機能を強化する薬で補強し続けること。
安静にすること、身体の循環をよくして免疫力を高めること。
このあたりはヴァーグ導師にも相談して同じ意見を貰っている。
服の中から粉薬の入った箱を取り出し、ブラウニーにお湯を貰ってカップの中で薬湯を作る。
隣でスフィが涙目になって鼻をつまんだ。
「ふぅ、今のところ自力で対処したほうが確実で早いからいい」
これみよがしに苦い薬湯を飲み干し、口元を拭いて話に戻る。
「それで、王様は明日来るの?」
「慰問の予定自体はそうなっておりますので、姫聖下のご準備がよろしければそこで面会のタイミングを設けることになります」
「スフィはそれでいい?」
「うん、いいよ」
「じゃあその方向で……今日一日はゆっくりしたいから、スケジュール調整は任せる」
「かしこまりました、ホテルの敷地からは出ないようにお願いします」
「ごゆっくりお休みください」
話し合いが済むと、ジルオとヴィータは部屋を出ていく。
見送った後、椅子からずり落ちそうになったぼくをブラウニーが支えてくれた。
「アリス、ほんとにだいじょうぶ?」
「かなり疲れが出たかも……お風呂入りたい」
「ここにはないから……お湯貰ってくるね」
残念ながら個室に湯殿はないようで、スフィがお湯を貰いにいってくれた。
今は扉がないので、家に戻らないと404アパートは使えない。
勢いよくリビングを出たスフィだったが、すぐに桶を持ったヴィータを連れて戻ってきた。
「申し訳ございません、お伝えし損ねておりました。ご用命の際はテーブルの上のベルをお使い下さい」
「……うん」
思い出した、そういえば部屋に入った時にそう言われていた気がする。
呼びつけるみたいなのはまだちょっと慣れない。
「あとはスフィがやってあげるから」
「しかし、そのようなことを」
「スフィがやってあげたいの」
「……わかりました」
「ブラウニーちゃん、アリス連れてきて」
ヴィータから桶を貰ったスフィが、リビングの端にあるソファへ誘導する。
ブラウニーに抱え上げられてそちらにいき、ソファへ座らされた。
「眠かったら寝ていていいからね」
「……ありがと、おねえちゃん」
「よしよし」
スフィが濡らした布を硬くしぼり、髪の毛を拭いてくれる。
顔、首元、手の次はふくらはぎと足を拭かれた。
心地よさでちょこちょこ意識が飛んで、気がつくとスフィに膝枕されていた。
「アリスも最近調子よかったんだよ、アクアルーンにいったあとからかな?」
「身体が熱を出すのは病と戦うためと聞きます、身体を温めたのが良かったのかもしれませんね」
目を瞑ったままヴィータとスフィの話を聞いていると、そこに別の音が混じった。
「フアアア……おはようにゃ。アリス起きてるにゃ?」
「ノーチェ、おはよう。いま起きてる……起きてる?」
瞼が重すぎるので、目を閉じたまま耳をピクピクさせて応える。
「起きてるみたい」
「ヴィータさんもおはようにゃ」
「ええ、おはようございます」
それにしても眠い。
マリークレアたちと直接話すのはまた別のタイミングになりそうだ。
■
結局部屋から出ずに一晩過ごした翌日、聖王陛下が慰問に訪れるということでホテル内は随分と騒がしくなっていた。
予定としてはラウンジに生徒を集め、そこに聖王様が訪れるようだ。
「野次馬が入ろうとしてるね」
「王様すごいね……」
ホテルのラウンジには生徒以外にも聖王を一目見ようとする客が押しかけ、警備と揉めているようだった。
……押し寄せているのは外国人が多いな。
ぼくたちはといえば、しっぽ同盟で固まってソファに座り時間を待っている。
時間や警備の都合もあってラウンジで生徒たちに慰労の言葉を頂けるらしい。
「聖王陛下のお話し中にいつものフリーダムするにゃよ」
「フリーダムってなに……」
「アリスちゃんはよくても、フリーダムするとまわりが大変なんだからね」
だからフリーダムってなんだよ。
「それにしても、護衛がいるとはいえ王様がうろうろして大丈夫なの?」
「聖王陛下はお強い方ですから」
「そうなんだ」
素朴な疑問を口にすると、背後に立つヴィータが教えてくれた。
「剣の腕前も並の騎士を凌駕する腕前ですよ」
「竜から授かった聖剣の保有者で、並の刺客ならまとめて返り討ちにできるそうです。王太子であられた頃には、他国から流れてきた賊を壊滅させ、武名を轟かせたこともございます」
「武闘派だぁ」
思った以上にやんちゃな人だ、フリーダムなのはぼくじゃなく聖王の方ではなかろうか。
「この国は強いやつ……人だらけにゃ」
「優れた武勇を誇る人物がアーティファクトを手にすれば、万夫不当の英雄たりうるということです。それだけであればいいんですが」
ジルオに睨まれたノーチェが言葉遣いを正す。
自慢するような呆れるような言い方のジルオからすると、聖王様の行動には思うところがあるらしい。
わかるよ。
「守られる立場の人に前に出られると困るよね」
「………………」
「………………」
周囲がシンとなると、遠くからざわめきが近付いてくるのに気付いた。
ホテルの従業員に案内されて、騎士服に身を包んだ偉そうな髭の紳士がラウンジに入ってくる。
「静粛に」
厳しさと重さのある声に、話し声がピタリと止まる。
「これより陛下が参られる。これは聖王国の未来を担う、王立学院の生徒のための慰問である。まずは関係のないものに退場願おう」
紳士の言葉に合わせ、鎧を着込んだ騎士がラウンジに入ってくる。
同時に生徒たちが慌てて立ち上がるのが見えた。
騎士たちは警備に声をかけながら交代して、ラウンジに入ろうとしていた少数の野次馬を追い払った。
押しかけていた連中はあっさりと追い払われた。
マナーを守れる層はそもそも近付いてもいないし、一気に静かになる。
「以後この場において礼儀作法は問われぬ。問われはせぬが、学院で学んできたことの成果を見せると良かろう。ではお迎えせよ、陛下のご入場である」
「…………」
座っていたぼくも、スフィとフィリアに支えられて立ち上がらされた。
何もしないから神経を研ぎ澄ませて口を塞ぐタイミングを伺わないでほしい。
「聖王陛下のご入場!!」
突然発せられた騎士の鎧越しでもわかるおじさんの大声に耳がちょっとキーンとなる。
それが合図のように、生徒たちが一斉にその場に片膝をついて顔を伏せた。
くいくいとフィリアに袖を引かれ、支えられながら膝をつく。
ぞろぞろと乱れのない足音が入ってくる。
「楽にせよ!」
嗄れた男の人の声を受けて顔をあげる。
騎士たちに囲まれて中心に立っているのは金髪紫眼の壮年男性。
顔立ちは整っていて、この間みた王子様に少し似てる。
年齢は30代半ばくらいに見えるが、足音や身体の動きからして鍛えているのがわかる。
ていうか顔上げてるのぼくだけじゃん。
ああ思い出してきた、ここじゃ昔の日本と同じで1回目は顔あげちゃダメなんだっけ。
聖王様の隣りにいる長い金髪を首の後ろで結んだ騎士が、笑いを堪えるように唇を引き結んだ。
まぁいいや、他の生徒に気付かれないうちに顔を伏せる。
「よい、楽にせよ」
今度はもう少し若い男性の声がして、周囲の人間が顔をあげる気配がした。
あぁ、最初はお付きの人が言って、次に王様が言った時に顔をあげるのね。
その声もかすかに震えていたのはまさか笑いを堪えているからか……?
「そなたらが無事で何よりであった。緊急事態にも関わらず、騒がず落ち着いて対処したと聞く。流石は王立学院の生徒だと騎士たちと感心していたところだ。聖王国を預かる王として鼻が高い、これからも励むように」
まず告げられた褒め言葉に、かすかに鼻をすする音やため息が聞こえる。
どうにも考え方の基盤となる権力への感覚が違うからか、周囲に共感できない。
少なくともこの国の人間からすると、一言で感動できるくらいには慕われているようだ。
「余の騎士達が不埒者共を撃退した。祭りを妨げられぬよう監視と警備も強めていく、以後やつらが跋扈することはない、安心して過ごすといい」
王のカリスマというやつなのか、その言葉だけで生徒たちに安心が広がっていくのが気配でわかる。
実際に強そうな騎士がずらっと並んでいるっていう視覚効果も大きいのだろう。
聖王様は生徒たちひとりずつに視線を向けながら、当たり障りのない慰めと励ましの言葉を告げて去っていった。
騎士たちもそれに続いたところで、ラウンジの中を満たしていた厳粛な空気が掻き消える。
「聖王陛下に直々にお言葉を頂いちゃった……」
「見てるだけですげえ圧を感じる騎士ばっかりにゃ」
「夜梟の人員もかなり戻っているようですね、これなら安心でしょう」
最後のジルオのつぶやきでここにきて大きく警備体制が見直された理由がわかった。
大陸全土に散っていた諜報員が戻りつつあるのだ、ようやく街の監視にも人員が割けるようになったのだろう。
「お嬢様」
数分ほどして場が落ち着いたあと、ヴィータがぼくとスフィを見て声をかけてきた。
「今日は天気も良いですから、お散歩でもいかがでしょうか」
「うん、スフィお散歩すきだよ!」
「わかった」
これは合図だ。
聖王様はこの後、外周区の責任者と面会をするという名目でこのホテルの部屋を借りることになっている。
計画としてはジルオが事前に用意した身代わりと入れ替わり、周囲の目を誤魔化しながら聖王様と面会する形だ。
朗らかに答えながらも、スフィがぼくの手を強く握りしめてきた。
ノーチェ、フィリア、シャオと顔を合わせる。
「あたしらはここでのんびりしてるにゃ」
「……が、がんばってね」
「無理してはいかんのじゃぞ」
「じゃあ、いってくる」
「いってくるね」
さて、いよいよ聖王様との面会か。




