そして朝
幻体を解除すると同時に意識が本体に戻った。
フィードバックのせいか骨折した場所に痺れと痛みがある。
でも……それ以外は問題なさそうだ。
現在地はベッドの中で、既にパジャマに着替えさせられていた。
隣ではスフィが寝息を立てている。
耳を澄ますと他の子たちの寝息も聞こえるので全員無事に帰り着いたようだ。
ぼくのワガママに巻き込んじゃったけど、みんな本当にがんばってくれた。
感謝してもしたりない、ゆっくり休んでほしい。
外は静かだし、この様子だと護衛たちにはバレていないだろう。
普段から壁越しでも接近されると即反応していたぼくの態度が功を奏した。
玩具の街も、任せられる後継者がいるから安心だ。
もうベッドの下から化物が現れる心配もない。
安心したら一気に疲れが吹き出てくる。
寝よう……疲れた……。
■
「アリス、おきて、おきて」
「…………ん、ぁ……ぅ」
スフィの声に目を覚ます、身体だっっっっっっる。
しかも喉がカラカラで熱っぽい。
「いま、なんじ」
「もうすぐ夕方だよ」
「…………」
数日経ってないだけマシか。
「うごける?」
「むり」
「そっか、しかたないよね」
「ごえい、は?」
「あんなことがあった直後だし、無理をさせちゃったって落ち込んでたよ。落ち着くまで宿泊延長するって。ふぉろーしといたから感謝してね?」
「あり、がと」
「よしよし」
やっぱり護衛たちに心理的負荷をかけてしまったようだ。
かわいそうなことはしたけど、スフィがフォローしてくれたならよかった。
何より気付かれていないみたいでよかった。
「喉乾いた?」
「う、ん」
「ちょっとまってね」
スフィがベッド脇に置かれた水差しを取りに向かうと、シラタマとブラウニーが姿を現した。
「あ、シラタマちゃんとブラウニーちゃん。出てこれたの?」
「…………」
「チュルル」
皆はぼくの意識がない時は、緊急事態じゃない限り勝手に出てこないようにしている。
解除してすぐ寝ちゃったし、シラタマたちが幻体を作る暇はなかったからなぁ。
「はい、アリス。1回起きたんだけど覚えてない?」
「あり……そうなの」
スフィが高そうなコップを口元に当ててきて、水を飲ませてくれる。
一気に飲み込まず、舐めるようにちびちびと喉を潤したらだいぶ身体が楽になった。
「スパゲッティのモンスターがどうとか言ってたよ」
「まったく覚えてない」
変な夢でも見てたんだろうか。
喉も潤ったし、もう一眠りしよう。
「まだ寝る?」
「うん……結構きてるみたい」
「そっか、ゆっくり休んでね」
「おやすみ……」
頷いて目を閉じる、今はとにかく身体を休めることにした。
今回はシラタマとブラウニーが外にいてくれるし、みんなも安心できるだろう。
■
次に目を覚ました時は朝だった、結局丸一日寝てた。
我ながら頑丈になったものだ。
「おはよ、アリス」
「…………おはよう」
「からだはどう?」
ここ数日調子が良かったのが嘘みたいな熱っぽさと倦怠感、節々の痛みと息苦しさ。
多分熱もあるし、身体が鉛のように重い。
これすなわち。
「ふつう」
「そっか、よかった」
ひとまず身体の方は大丈夫そうだ。
ぺこぺこのお腹を押さえ、身体を起こす。
ぐおお。
「といれ」
「あ、うん」
スフィがベッドから降りる。
ぼくは重力制御をオンにして、ブラウニーにトイレまで連れていってもらうことにした。
「やっぱりブラウは、戦士よりこっちのほうがいいや」
「…………」
敵と戦うブラウニーより、こっちの方が好きだ。
ブラウニーも同意するように頷いている。
背負われるように掴まったまま寝室を出てリビングへ、そこから廊下に出て右手側の先。
左手には応接室が、正面には護衛の待機室があり、待機室の先にホテルの部屋の出口がある。
言い訳もできないVIP仕様だ。
手早くトイレで用を済ませてベッドに戻って、ようやく落ち着いた。
寝ようと思えば寝れるけど……。
「……食べ物ってないかな」
「テーブルに朝ご飯の残りがあるよ?」
体調悪くて食欲はないけど、食べなければ動けない。
どうやら朝食の残りがあるようだ。
ちょっと待って。
「今って何時?」
「朝の鐘がなって結構経ってるから……もうちょっとでお昼の鐘?」
朝だと思ったら正午だった。
「ごはん持ってくる?」
「ベッド汚したくない」
ベッドから這い出て、ブラウニーに運んでもらう。
「ブラウニーちゃんは戦ってるよりそっちが似合うね」
「ぼくもそう思う」
「…………」
ぼくを背負って世話するブラウニーを見て、スフィも同じことを思ったようだ。
リビングに行ってテーブルの上にある大皿のクロッシュを退けると、中には丸いパンのようなものと、それにつけるためのソースが入っていた。
「美味しかったよ。昨日のはね、サクサクの三日月パンだった」
見た目はきれいな焼色のイングリッシュスコーン。
ディップソースは白いのがクロテッドクリームかな、あとはごろっとした果肉が入ったジャムもある。
匂いからしてぶどう、リンゴ、オレンジ、ラズベリー。
主食はイタリアっぽいのに、朝食はイングリッシュなのか。
焼き菓子だけなら日本に負けないと豪語していた英国出身者の護衛を思い出しながらスコーンを手に取る。
クロテッドクリームだけ塗って齧る……あ、さくさくしっとりで美味しい。
ジャムはいらないかな……ていうかリンゴのジャムだけ4分の1くらいになってる。
何とか1個食べ終えて一息つくと、その間にブラウニーが花茶を入れてくれた。
「そのお茶も……おいしくてよ」
「うーん」
唐突なお嬢様口調に笑うのを堪えながら、お茶で口の中を洗い流し、背もたれに体重を預けた。
落ち着く。
「そういえば、他のみんなは?」
「ノーチェは寝てるよ。フィリアとシャオはね、マリークレアちゃんたちとラウンジ」
「……あ、ほんとだ」
身体をずらして寝室を覗き込む。
寝息が静かで気付かなかったけど、2つあるベッドの片方のシーツが少し膨らんでいる。
かなり無理して頑張っていたみたいだ。
「食べて回復するんだって、ひとりで10個くらい食べてたから心配いらないよ」
「安心した」
それだけ食欲があるなら大丈夫だろう。
「マリークレアたちも無事だった?」
「うん、みんな大丈夫そうだったよ。ミリーくんがありがとうって言ってた。逃げてたレヴァンって人も捕まったんだって。あの悪い人はちゃんとやっつけられた?」
「一発ぶちかましてやった。トドメはぼくじゃなかったけど……まぁ、やっつけたに分類していいと思う。もう悪いこと出来ない」
「そうなんだ、じゃあ安心?」
「うん……今年はもう大丈夫じゃないかな」
今回の件でわかった敵対者は源獣教と光神教。
裏で手を結んでいるみたいだけど、仲良しってわけでもなさそうだ。
これだけやって失敗したなら、流石に暫くは身を潜めるだろう。
放置していたレヴァンも無事に騎士が回収できたようだし、その分ならハルファスの方もラフィが上手く誤魔化してくれただろう。
あとは断固たる決意で開校までにナレハテ廊下を撤去するだけだ。
■
「ご起床されましたか」
「うん……心配かけたね」
「いいえ、我々が不甲斐ないばかりにご心労を……」
遅めの朝食を終えると同時にリビングの扉がノックされる。
入室を許可すると、ジルオとヴィータが入ってきた。
「気にしないで、疲れて眠るのはいつものことだから」
ふたりの沈んだ様子に少し罪悪感を覚えながら会話を流す。
やっぱり夜中に居なくなっていたことには気付いていないようだ。
……昨日の時点では単純にバレなくて良かったとしか思っていなかったけど、ジルオはそこまで抜けているだろうか?
ラフィはあの街を避難所と言っていた。
大人に対する認識阻害に近い効果でもあるのかもしれない。
「……ひとまずですが、騒動の犯人はあらかた捕まりました。また、捕らえた襲撃者の中にラウド王国のハーニッツ家から依頼された者がいました。レヴァンという錬金術師が手引をしたようで、そこから繋がりを洗い芋づる式に罪に問えそうです」
「随分と素直に喋っているようで、早く片付きそうですよ」
「そっか、綺麗に片付きそうでよかった」
なにはともあれ、周辺でこそこそしていた連中を綺麗さっぱり一掃だ。
垢を全て落としたようなスッキリ感があった。
「今後についてなのですが、まずは聖王陛下との面会についてお話がございます」
「結局視察は中止になったんでしょ?」
言いにくそうにするジルオに尋ねる。
あれだけの騒ぎが起きたんだ、学園や市街への視察は中止になって当然だ。
「ええ、中止になるはずだったんですが……」
なのに、なんだか凄く歯切れが悪い。
「度重なる騒動で不安になる民を宥めるため、城を出て陣頭指揮を取られております。数日以内であれば面会の機会を作ることが可能です……如何致しますか?」
「……なるほど」
どうやらこの国の王様はかなりアクティブな人らしい。




