意外な決着
流石に学院内を壊すわけにもいかず、逃げるハルファスを追走しながら氷を床に張る。
ちっ、やっぱり捉えきれないか。
付かず離れず本館の階段を飛び降り、2階の渡り廊下を通って別館へ。
……こっちって主に錬金術とかの研究室がある棟だ。
「あぁ、あっちだ! 右奥の使われていない廊下を抜けた先の庭に! 外に通じる道がある!」
レヴァンの叫び声のおかげで行く先がわかった。
加速するハルファスに合わせてぼくも速度を上げる。
こっちの身体なら全力で動けるのだ。
『ここは昔の泥人形の親玉が使っていた城でちから、隠し通路はいろいろあるんでち』
「なるほどね」
急に言葉選びが子供っぽくなったラフィの補足に頷き、走りながら大技を準備する。
「なんですか、この悪趣味な飾りは」
別館の通路を走り、普段は使われていない廊下へ。
先に入ったハルファスを追いかけてぼくもそこに入り込むと、ようやくここがどこだか気付いた。
『なんでちかあれ』
「ナレハテくん廊下じゃん……」
壁一面に並べられたスプラッタな胸像たちを前に、流石のハルファスも一瞬足を止めた。
背中にしがみつくラフィも廊下を覗き込み、どこか愕然としているようだ。
『子どもたちの学び舎になんて物を置くでち、情操教育に悪いでち!』
「なんでまだ撤去されてないのよ」
知育玩具が背中でキレている。
さっきまでの玩具の街でのファンシーな戦いが嘘のようだ。
とりあえず出口を塞ぐように全力で氷を張っておく。
「な……なぁ!」
「ハァ、流石にしつこいですよ」
「安心しろ、これがラストだ」
ぼくの氷はシラタマのもの、そう簡単には砕けない。
ましてや利き手が治りきっていない奴には不可能だ。
「うぎゃっ!? な、なにをする! 私を誰だと思って」
「静かにしなさい」
ハルファスは左手で抱えていたレヴァンを放りだし、ぼくに向かって構える。
「一度負けたあなたが追ってくるとは、己の分を学んだのではないのですか?」
「そうだよ、おかげで力の使い方がわかった」
廊下の広さからして、長すぎる武器は不利になる。
身長と同じくらいの棒を作り、先端を丸くふくらませる。
ある程度振り回しても壁にぶつからないサイズだ。
「果たしてそれがただしい学び……」
「付き合わねーよ!」
駆け出す。
棒を回転させながら遠心力を乗せて殴打。
が、掴んで防がれる。
奴が左手で棒を掴んだところで氷の棘を伸ばすが、刺さる前に奴は手を放していた。
右手は使ってこない、読みは合ってる。
「残念ながら、あなたは戦いの経験が少なすぎます!」
「わかってるよ!」
放たれる蹴りを避けながらハルファスの足元に氷を走らせる。
奴の武技の光を纏った脚が暗い廊下を照らし、衝撃波がぼくの身体をかすめた。
バランスを崩し、受け身を取りながら倒れる。
同時に足元から氷を張る、飛んだ奴が再びぼくに向かって蹴りを放つ。
転がりながら避け、その勢いに乗せて身体を起こす。
左手で放った無数の氷のつぶてが奴の身体を打つ。
痛みを感じさせない様子で着地したハルファスが一気に距離を詰めてきた。
右腕をわずかに上げると、奴の左手がぼくの右脇腹を打つ。
身体の中で骨が砕ける音がする。
だけど気合で身体を動かし、負けじと奴の右脇腹に左手を叩き込む。
左手の平に作った氷の棘が、魔力の防御を貫いて突き刺さった。
そっちも脱出のために右手は使えないだろ。
「うぐっ!?」
「ぐ……フゥゥゥ」
『幻体は治せないでち、無茶しちゃダメでち』
奴の続けざまの足払いを避けたところで、素早く引かれた左拳が顔に飛んでくる。
曲げた右腕でガードするものの、体重差でふっとばされた。
ていうか衝撃が、脇に! 死にそうなくらい痛い!
「あぐっ!」
廊下に身体を打ち付けながら氷の杭をばら撒く。
奴は左手を動かして杭を払いつつ、前に出ようとして止めた。
足を踏み出すはずだった位置に鋭い氷の棘が生え、虚しく宙を突いた。
「ひ、ヒィィィ!」
「フゥ……」
「ぜぇ……手負いで、互角かい」
むしろあれだけダメージ受けてなんで普通に戦えてるんだよ。
ポーションは怪我が治るだけで、ゲームみたいに身体が元通りって訳じゃないんだぞ。
「おかげさまで、ここまでヒリつくのは久々ですよ」
「そ……う、か」
「ですが、ひとりで来たのは失敗ではありませんか?」
「いや、正解、だよ」
みんなを無事に帰すというぼくの勝利条件は既に達成している。
ここから先はハイスコア狙いの自己満足だ。
逃げる方法を封じることさえ出来れば、あとは騎士たちに任せていい。
「こっちの勝利条件、は、お前を倒すことだけ、だからな」
この幻体は、言ってしまえばただの戦えるラジコンだ。
なのにまるで変身ヒーロー気分で、自分が強くなってみんなを守れると勘違いした。
「……あなたは、まさか」
「こっちは、自爆上等、だ!」
遠隔操作で戦えるなら、危険地帯の偵察やこういう追撃戦でこそ真価を発揮する。
激痛を堪えて走り出す。
この痛みは幻だ、噛み砕け。
「グゥゥゥゥゥゥ!」
「く、おおおお!!」
自分の喉から狼の唸り声みたいなのが出たことに、少し驚いた。
頭を狙って氷の杭を打ちながら、相手の足元に飛び込む。
読まれていたのか、放たれた蹴り。
左腕を犠牲にしながらしがみつき、服越しに脛に噛みついた。
何かを食いちぎる感触が顎に響く。
狼の牙なめんなよ。
「ぐああああああ!?」
叫び声をあげたハルファスが倒れながら、ぼくごと脚を振り抜く。
身体が廊下にぶつかる衝撃を何度か経て、ようやく止まった。
激痛で目の前がチカチカする。
『ああもう戦い方がロックすぎて見てられないでち!』
「どうも……げほっ、げほっ」
途中で振り落とされたラフィに助け起こされ、何とか半身を起こす。
ハルファスは呻きながら片足を押さえていた。
ここまで血の匂いが漂ってくる、その脚なら暫くまともに走れまい。
もごもごと口の中を舌で確認してみるけど何も入ってなかった。
服越しだし、ほんとに噛みちぎった訳では無いか。
でも一矢報いてやった。
「侮り、ましたか」
「そのとお……」
ん?
余裕のない表情を見せるハルファスを笑ってやろうと顔をあげて、奴の背後に目が向いた。
……あれ、ナレハテくんってあんな位置にあったっけ?
相手は廊下の丁度真ん中、ナレハテくんは両脇に並べられていたはずだ。
今はオブジェが少し真ん中寄りに移動しているような、戦闘中の衝撃で動いた?
「ですが、あなたも、もう動けないようだ」
「すぐにポーションを出さない、っづ……あたり、お前もあとがない、だろ」
って今はそれどころじゃない。
確かに動けないが、あっちもポーション切れならその負傷は響くだろう。
「ハハハ、そうだといいですね」
「まっ」
ハルファスは余裕ぶって笑いながら右腕の包帯を外す。
時間をかけすぎたか、いや計算上でも治りきっていないはず、強がりだ。
「脱出させてもらいますよ」
「くそっ……ぐっ」
右腕を動かそうとして痛みで身体が硬直した。
まずい、流石に本気の攻撃なら氷を破られる可能性はある。
せめて補強するか少しでも足止めを……。
視界の端ですすっと、滑るように何かが動いた。
焦るぼくを見下ろしながら、右手を掲げるやつの背後にナレハテくんの一体が立つ。
今……動いたよね。
「あれだけ吠えて、動く力もありませんか。では、失礼します」
困惑するぼくに呆れたように言い放ち、ハルファスが振り返る。
「は?」
そして目の前にあるナレハテくんを見て呆然とした声を出した。
「なんですか、これは。邪魔です」
苛立ちまぎれにナレハテくんを左拳で殴ろうとするハルファス。
その拳がまるで泥沼を打ったような音を立てて、ナレハテくんの身体に沈み込んだ。
「なに、スライム!? く、なんて邪魔な!」
「イッショ……イッショ……」
「タスケ……タスケ……」
腕を引き抜こうとするハルファスだったが、どうやら中々抜けないようだ。
手間取っている間にも、端の方から黒い影が何体も近付いてくる。
ナレハテくんたちが、ひとりでに動いてる。
「イッショ……ニ……ナロウ……」
「タスケ……イヤダ……タスケ……」
「な、なんですかこいつらは! 精霊だとでも!? この、離れなさい!」
ナレハテくんたちはハルファスを囲み、徐々にその包囲を狭めていく。
倒れているせいで、ナレハテくんに遮られて奴の姿が僅かにしか見えなくなった。
「タスケ……タスケ……イッショ……」
「ぐ、ぐあああああ!? なんだ、皮膚が、肉が溶ける!?」
「イッショ……オナジ……イッショ」
「オマエモ……ミチヅレ……」
「ギャアアアアアアア!」
油にものを投げ込んだような音がして、ハルファスの絶叫があがる。
立っていられなくなったのか、見えていた部分も囲むナレハテくんの中へ消えた。
無音の廊下に聞くに耐えない、おぞましい絶叫が響き渡る。
ぼくはといえば、痛みを堪えて少しでも距離を取ろうとしていた。
「ヒイイイイ!!」
端の方で頭を抱えていたレヴァンが、一瞬ナレハテくんたちの方を見るなり盛大な悲鳴をあげてこっちに這ってきた。
何が見えたんだ。
「た、たすけてくれぇ!!」
『よるなでち!』
「ぐげっ!?」
「な、ないす」
ぼくに接触する前に、ラフィが杖でレヴァンを殴り倒した。
助かった、こいつには騎士団に捕まって貰うのが一番いい。
色々裏で動いていたみたいだし、必要な証人だ。
そうこうしているうちに悲鳴が止まっていた。
集まっていたナレハテくんたちが移動した気配がする。
恐る恐るそちらを見ると、囲まれている中心に破れたローブの一部が貼り付いた新しいナレハテくんの姿があった。
……………………………………………。
不意に全てのナレハテくんたちが、勝手に振り向いてぼくたちを見てくる。
「チガウ……タスケ……タスケ」
「イッショ……ナロウ……」
「ダマサ……レルナ……」
「あの、いった……よ、夜も遅いし、おうちでお姉ちゃんがまってるので、ぼく帰ります」
『やっぱり即刻撤去するべきでち、情操教育にわるいでち』
そういうレベルじゃねえだろ。
ぼくは全ての氷を消し、ラフィに抱えて貰ってその場を逃げ出した。
なおレヴァンは杖の先に引っ掛けて引きずられていた。
身勝手に騒乱を起こした集団の首謀者は、もう捕らえることが出来ない場所に行ってしまったのだ。
二度と悪さも出来ないだろうから結果オーライかもしれない、けど……。
休校が明けてもナレハテ廊下が残ってたら猛抗議してやろうと心に誓った。
■
「いっ……こいつは、これでいいとして、ハルファスはどうしよう」
『あとでローブの切れ端かアーティファクトを回収して、走狗たちに誤魔化しておくでち』
適当な布で縛り上げたレヴァンを、例の廊下から少し離れた位置に寝かせ、ラフィと軽く打ち合わせをする。
騒ぎを聞きつけて人が近付いてきてるし、ここに置いておけば騎士団が捕まえてくれるだろう。
ハルファスとの決着があんな形になったのは想定外だけど、あれならもう悪さは出来ないか。
『さあ、後は任せて戻るでちよ。痛々しくて見てられないでち。暫くは奴らも動けないから安心するでち』
「ラフィ、色々とありがとう」
『いいでちよ。マイクのことを大切に思ってくれていて嬉しかったでち』
「ううん、当たり前だから……それと街を壊してごめん、落ち着いたら手伝いに行く」
『それもいいでち。あの街は元々、君がこの世界に馴染めなかった時に逃げ込むシェルターとして作られたでち。直ったら今度は遊びに来るでちよ、歓迎するでち』
「……うん」
そっか、そのために現代風の見た目を維持していたのか。
なんだかちょっと切なくなる。
『汚泥どもから回収した泥はいくつか玩具の治療のために貰って、残りは君にあげるでち。終わったら届けさせるでち』
「治療に使えるの?」
『あれは精霊の力の源でもあるでちよ。大人を通す穴を作るのは重大な約束破りでち、大きく力を削られてしまうでち。無理矢理やらされて、放って置くと自壊しちゃう子もいるから全部はあげられないでちが……』
「助けられる子を優先してあげて」
『ありがとうでち』
そうか、精霊の力の源だから精霊に対しては治療にも使えるのか。
直せる可能性があることがわかって良かった。
「……それじゃあ、戻るね」
『幸せになるでち、友だちと仲良くするでち。それがマイクと僕たちの願いでち』
「がんばってみる」
最後に握手をして、手を振るラフィに見送られながら幻体を解除する。
学院でマイクと出会ったときから続く話に、本当の意味で決着がついた気がした。




