精霊の見る夢
「よっこいしょ」
『はぁ、一時はヒヤヒヤしたでち』
ラフィと共に穴に飛び込み、出てきた先は深夜の学院だった。
耳を澄ませると……ちょっと聞こえづらいな、聴力は落ちるみたいだ。
ここは本館の3階かな、遠くのほうで灯が動いているのが窓から見える。
『星竜の走狗が調査してるはずでち、バレると面倒でちよ』
「ってことはあっちも派手には動けていないな」
落雷を受けて腕を折られて、あいつも戦闘できる余力は残っていないはずだ。
じゃないとあんな全力で逃げに走ったりしない。
自分で小瓶を使わなかったのは、広場で死んでる女を見て変異が優位に働かないとでも見たか。
実際ぼくは慣れていない力で調子に乗って単騎特攻して敗北したし、同じ轍はふまなかったようだ。
推測だけど、回復を優先しているはずだ。
治癒ポーションは生物の治癒能力を増強させることで急速な再生を行う薬。
光神教の信仰魔術と違って、骨折とかの大きな傷はすぐには治らない。
応急手当してポーションを飲み、動けるようになるまで数分から数十分。
怪我の酷さに応じて体力や魔力を消耗する副作用もある。
あっちもかなり弱っているはずだ。
「今ならこの幻体でも戦える。といいな」
『あの泥はあんまりポンポン使わない方がいいでち』
巡回中の騎士にバレないように身を潜めて移動しはじめると、ラフィが警告をしてきた。
確かに客観的に見ると危ないものだけど、なんでかぼくはそうは感じないんだよね。
「……まぁやばいものなのはわかるけど」
『そうじゃないでち』
身をかがめたラフィが隣に来る。
『あれは精霊、神、そう呼ばれているものたちが持つ力の源でちよ。だからそれを取り込んだ人間は亜精霊化を起こすでち。それで人間は力に耐えきれず肉体が変異するでち』
「…………あれの正体って何なの?」
『"存在"を司る神獣、源獣の力が溶け込んだ海の底の泥を希釈したもの……原初の三獣、泥の神獣が最初に人間を作った時の泥の余りでち。星竜の血が流れているとはいえ君の身体は人のもの、大量に取り込むと肉体が持たない可能性があるでち』
「……気をつける。あれ、じゃあスフィも大丈夫なの?」
『大丈夫なのは君だけでち』
どうやらぼく以外が泥に触れるとまずいみたいだ、取り扱いには気をつけないと。
実際に使ってみた感じでは同時に5本までは何の問題もなさそうだった。
1本ずつなら感覚的にカンテラの中に流れる速度のほうが圧倒的に速い。
相変わらず原理や仕組みはわからないけども。
それにしても"存在を司る"か。
神獣はそれぞれ何らかの概念を司っている。
例えば水の神獣は"水"という概念を司っているから、あらゆる水分や水に関わる全てを操る力を持つと言われている。
存在の神獣がどんな力を持っているのか想像もつかない。
「存在の神獣ね……」
『はじまりの獣、まだ世界になにもなかった頃に産まれた最初の獣でち。こぼれおちた源獣の力の欠片から精霊は産まれまちた。その中の原初の三獣が、暗闇の中で孤独に過ごす源獣のために人間を作り出したでち』
ラフィが語り始めたのは、たぶん創世神話だ。
『源獣、神獣、精霊はいわば同じ樹の根と幹と枝葉でち、当時は分けて考える概念自体がなかったでち』
「一人遊びはさみしいからなぁ」
『だから、自分たちとは違うものとして人間を作ったでちよ。人間は観測者として精霊たちに名前を与え、世界を分けて形作る手伝いをしたでち』
『泥の神獣は泥人形に"貌"を与えまちた。命の神獣は泥人形に"成長"を与えまちた。時の神獣は泥人形に"時間"を与えまちた。そうして作られたのが人間でち。精霊とは違い貌を持ち、成長し、変化する。そんな泥人形にあのお方は興味を持ち、楽園が作られていったでち』
『最初の人は獣たちに名前をつけ、与えられた光で天地を分け、ひとつだった存在を区分けすることで世界を作りまちた。仕事を終えた最初の人は仲間をねだりまちた。泥の神獣たちは褒美として対となる人間と、繁殖するための機能を与えまちた』
『次第に人間も増えて世界は拡大し、他の精霊たちも真似ちて様々な生物を作り、放ちまちた。無数に分岐して広がっていく世界の中、精霊と人間が共生する最初の世界は、人間たちから楽園と名付けられまちた。あのお方は、違うもの同士で寄り添う人間たちの姿をいつもじっと、寂しそうに見ていまちた』
『源獣は世界そのもの、ひとつの生物と触れ合うには、あまりに存在として大きすぎたでち。広がっていく世界の中、やがて人間が勢力ごとに分かれはじめ、害獣が出現して楽園を荒らしはじめたり。色々ありまちた』
知識を語っているというより、記憶を語っているような雰囲気に移動しながら聞き入ってしまう。
『そんな中で最初の人、大きな勢力の王になっていた人間が、楽園を護る神獣の一柱にそそのかされて源獣の力を手に入れようと目論んだでち。あいつが裏切った理由はわからないでち。ただ……ただ、初めて友好的になれるかもと思った人間に牙を向けられたあのお方の心情は、察してあまりあるでち』
「…………聞いた話だと、それが原因で源獣は消滅したとか」
『正確には違うでち。創造主の力を手に入れようと、人間の中でも強大な力を持つ者たちを集めて、その力を削ぎ取り奪おうとしたでち。でも怯えてしまった源獣が身体を震わせたことで、彼等は壊滅したでち』
「……うん?」
『存在の力……全ての根底をなす力の総量が違いすぎるでち。神獣は本気になれば宇宙ひとつをたやすく滅ぼす力を持っているでちが、抑えたくしゃみで宇宙が数個まとめて消し飛んでしまうのが源獣でち』
「とりあえずスケールがおかしいことはわかった」
いわば本当の神殺しのために集められた戦力は、剣を向けられてビクっとなった反動で全滅の憂き目にあったらしい。
『源獣……あのお方はその事にショックを受けて、否定されたことに絶望して深い眠りについたでち。自らを滅ぼす眠りにつくあのお方を、僕たちは止めることが出来ませんでちた』
「……こんなこと言っていいのかわからないけど、ちょっとメンタル弱くない?」
『ちょっとどころじゃないでち。自分以外という概念はもちろん、他者から悪意を向けられるという概念すらなかったでち。あのお方は生物たちが寄り添うように、自分もその中に入りたい、仲良くなりたいと願っていたのに!』
明らかに合成音の声色が変わり、段々と感情がこもってくるようだった。
『挙句の果てにあの汚泥は生きて帰るなり、源獣は世界を滅ぼす悪魔だと触れ回り、事情を知らない人間たちを扇動して攻撃しはじめたでち。唆されたのがきっかけとか関係ないでち、泥人形どもは最悪の裏切りをしたのでち!』
イントネーションは機械音声なのに確かな憎悪と憤怒を感じる。
よほどの事があったのだろうということは、想像がついた。
『そうして、存在の概念を司る神獣を失った世界は崩壊し始めまちた。泥人形どもは罰として命に制限を与えられて追放され、滅びつつある世界へ散りまちた。それからは残った存在の力が消失するまで、世界の残り香だけが続いていたのでち。僕たち精霊は源獣から産まれたもの、深い部分で繋がっているでち。だから源獣の永劫の孤独を、絶望を、古き精霊の怒りを多かれ少なかれ継承しているでち』
「だからアンノウンって人間嫌いな子が多いんだ」
『そうでち』
そこで話を終えたラフィの声色は、妙に優しかった。
「…………ねえ、なんでアンノウン……精霊たちはぼくに好意的なの?」
時間はないけど、こうやって話せる精霊は稀だ。
しかも地球時代からの古い知識を持っている、今回を逃すといつ聞けるかわからない。
訳のわからないまま好意が向けられている状況は怖いけど、原因がわかれば多少は受け止めるのが楽になるかもしれない。
探し歩きながら小声で話を続ける。
『僕たちは源獣と繋がっているでち。だから深い孤独な闇の中で、仲間がほしいという切望を抱きながら、叶わぬ絶望の中ひとり消えていく……産まれる前も産まれた後も、そんな夢を見るでち』
「…………?」
言葉と裏腹に、なんだか妙に優しい雰囲気を感じる。
『消える寸前、最後には誰かに抱き上げられて明るい場所へ向かうでち。その誰かと一緒に食べ物を分け合い、歩き回り、身を寄せ合って眠り、夢は終わるでち。きっと精霊たちはその誰かを探しているのでち、自分にとっての"愛子"を』
核心を話しているようで、どこかズレているようにも感じる返答だった。
■
「誰かいるでち」
「おっと」
その話にぼくがどう関わっているのか問いただす前に、ラフィが廊下の装飾用の出っ張りに身を潜めた。
近くの教室の扉が開いて、外を伺いながらハルファスが出てくる。
右腕には添え木が当てられ、包帯で巻かれている。ポーションは在庫切れか骨折には効果が薄い奴なのか。
好都合だ。
動こうとするハルファスに誰かがすがりついた。
えーっと、たしかラパン……じゃないレヴァンだ。
「ま、待て! 置いていくな!」
「申し訳ありませんが足手まといを連れて行く余裕はありません」
「私は古い隠し通路を知っている! 見つからずに外につながる道だ! 連れていってくれ!」
「……声を潜めなさい」
「こ、殺すならもっと大声で叫ぶぞ!」
「仕方ありませんね、遅れないように」
少し苛立ちながら、ハルファスはレヴァンの同行を認めたようだ。
ここで始末するより利用できるだけ利用しようと考えたのだろう。
逃がすわけに行かない、氷の短槍を作り出しながら奴らの前に姿を現す。
「さっきぶり、待った?」
「だ、誰だ!?」
「……今は会いたくありませんでしたね」
「そういうな、よっ」
短槍を投げる、狙いはレヴァンの足下だ。
「ひい!」
「案内しなさい! 砂塵扇脚!」
「ぶっ!?」
ハルファスがレヴァンを左手で掴み上げると同時に、身体を回転させながら後ろ回し蹴りを放つ。
紫色の魔力から大量の砂が生成されて、視界を覆った。
「うえっ、ぺっ……ああ!」
『器用なやつでち』
砂はすぐ消滅したものの、やつは走り去っている。
こんな一発芸みたいな武技もあるのかよ!
「待てっ!」
『まつでち!』
ぼくが走り出す瞬間、ラフィがジャケットに掴まる感触がした。
わぁ、普段と逆の立場だ、面白い。
この姿を騎士たちに見られると、拘束される可能性もあって不味い。
速攻で行動不能にして騎士たちに預ける……その路線でいこう。




