逃げ足の速いやつ
女を倒した後、スフィたちは戦いながら少し離れてしまっていたようだ。
羽クマたちに残りを任せてブラウニーに背負ってもらい、スフィとノーチェを追いかける。
痕跡をたどっていくと、何故か玩具の街の上空に小さめの黒雲が浮かんでいた。
その真下で戦闘が行われているようだ。
「ノーチェ! もっとはやく! かき回して集めて!」
「やってる! にゃ! くそ、魔力キレキレにゃ!」
「がんばれ!」
「がんばってるにゃ!!」
ふたりはハルファスと接近戦をしながら何かをしているようだった。
スフィが剣で攻撃しながら上空に細かい氷の粒を飛ばし、ノーチェが大太刀が起こす風で空中に巻き上げている。
「なんで雲ができておるのじゃ!?」
「どうなってるの?」
「ええと、巻き上げられた細かい氷の粒が上空の大気を冷やして、雲になって、そこに氷の粒を送り込んでかき回して濃く分厚くなって……」
積乱雲のように積み上げられた雲は月明かりを遮って黒雲になり、中でかき回された氷の粒がぶつかって静電気を発生させて……。
「もうちょっと!」
「なにを企んでいるのかは知りませんが、疲れが見えてきましたね!」
「まだまだ余裕にゃあああ!」
完全に空元気のノーチェがハルファスに斬りかかるが、大ぶりになってカウンターを食らわせられている。
服の防御力でダメージが少ないからか、ノーチェは離されたところで受け身を取ってすぐに復帰する。
……あぁそうか、常に下から猛攻を受けてるから上に気付けないんだ。
「……ふたりとも静かに」
「のじゃ?」
「スフィたちに任せよう」
ここで変に手を出すと邪魔することになりかねない。
気付かれないように影に身を潜めて、いつでも助けられるように構えた。
激戦は続き、攻撃で転がるふたりを追ってハルファスが転移して追撃しようとする。
ちょうど雲が完成し、ゴロゴロと雷鳴を轟かせはじめた。
「……雷雲!? バカな、何故……ぐ、しまっ……」
「ノーチェ!」
「よっしゃあああああああ!」
上に気付いて愕然としたハルファス。
一瞬の隙をつき、スフィが双剣でハルファスの下半身を拘束した。
同時に半ばやけくそ気味に叫ぶノーチェが、刀にまとわせた雷を上空へ飛ばす。
翠色の雷を含んだことで、雲が今にも雷が落ちそうな放電を始めた。
スフィが氷の足場を作り、ノーチェがそれを踏み台にして飛び上がる。
「ンニャラァ! トォォォルハンマァァァァァァ!」
ノーチェが空中で身体をひねりながら振り上げた刀を振り下ろす。
奴の能力には使用間隔がある。ついさっき使ったばかりで避けられない。
放たれた加護の雷が呼び水となり、雷雲から落雷を呼び寄せる。
「―――――――!!」
一瞬の稲光を浴びて、ハルファスはなすすべなく衝撃波で砕けた氷の中に倒れ込んだ。
雲としてはそこまで大きくなかったからか、雷一発でエネルギーを放出したようだ。
その隣にノーチェが落下してべしゃりと音を立てる。
……服があるから大丈夫だろうけど、受け身も取れないくらい消耗してるのか。
「行こう」
「……?」
「?」
「い、こ、う」
確かにぼくも耳聞こえづらいな。
口パクで指示を出しながら近付いていくと、ハルファスの隣に分厚い白い氷の塊があった。
すぐに氷が砕けて、中からスフィが出てくる。
「ぷあっ……あ、アリス! 無事だった? ノーチェとあいつは!?」
「そこ」
「わぁ! ノーチェだいじょうぶ!?」
「あ、あたしはもうだめにゃ……ぎぼちわる……吐きそうニャ……」
「しっかりして!」
戦いのダメージより魔力切れの方が辛そうだなぁ。
ひとまずノーチェを引っ張って、適当な建物の影で休ませる。
また雷落ちたら怖いので落雷地点から結構距離を取る、ハルファスの死体がギリギリ見えるくらいの位置だ。
「シャオ、お願い」
「うむ。シャルラート、たぶん最後の仕事じゃ!」
服の耐久力があるとはいえ、やっぱりあちこち負傷しているようだ。
スフィにふたり分の治癒ポーションを渡しながら、シャルラートに治療を任せる。
「あの、ラフィさんにお願いできないの?」
「戦いでへろへろだったし、マリークレアたちも心配だから」
「そっか、そうだね……」
ラフィにはむしろあっち側の治療を任せたいのが本音だ。
あとはそうだ、言っておかなきゃ。
「ありがとう、みんな」
「えへへ、どういたしまして」
「は、気にするにゃ……おぇっ」
あとはラフィ達にまかせて戻るだけ……!?
「あいつ……!」
「え、立ってる!?」
「うそ!」
「なんじゃと!?」
倒れていたハルファスの姿が膝をつきながら身体を起こしていた。
落雷受けて生きてるどころか、動けるなんてありえないタフさだ。
とはいえ先程の余裕は完全にない感じで、懐に手を……しまった、あいつも小瓶を持ってる。
「シラタマ……もしくはブラウ!」
シラタマは指先サイズの氷の粒をぽろっと出しただけ。
ブラウニーはここから間に合うか。
ハルファスは手元で小瓶を割ろうとして、手間取ったのか振り上げる。
そうか、雷で指がうまく動かないんだ。
ブラウニーが剣を手に走るが……元からそんなに速いわけじゃない。
ダメだ、ギリギリ間に合わない。
「寵愛を! 我に!」
背後でパァンと乾いた音がして、ハルファスの右手が不自然な形に曲がる。
「ぐ、ううう! なに、が」
振り返ると、片腕の取れた狐のぬいぐるみが木で出来た輪ゴム鉄砲をハルファスに向けていた。
ぬいぐるみは鉄砲を取り落とし、膝をつく。
「……!」
小瓶を取り落としたハルファスにブラウニーが迫る。
天秤の剣が身体を切り裂こうと振るわれる……が。
ブラウニーの剣が当たる直前に姿が消える。
「消えたのじゃ!」
「じゃなくてあっち!」
「決着は、預けて、おきましょう」
言いながら倒れた狐のガンマンの方を見る、ガンマンの近くに出現したハルファスが脇目も振らず走っていった。
だから何で動けるんだよ!
「ああぁぁ!」
「ブラウ! 戻って!」
「チュリリリ! チュルル!」
慌てた様子で戻るブラウニーは徒歩、背中の羽根は飾りか。
「フィリア! アリスたちのことおねがい!」
「え、う、うん」
「スフィまって、ひとりじゃ……ブラウ急いで!」
「チュピピピピ!」
ようやく戻ってきたブラウニーに掴まってスフィを追いかける。
手負いとはいえひとりで追撃はマズイ、力を手に入れて強気になった妹の失敗を見て学んで欲しい。
スフィを追いかけて広場に戻ると、バリケードが撤去途中のステーションの入口で、ハルファスは生き残っていた少年のところにいた。
他のフードは羽クマたちに捕縛されているけど、バリケードの中で隠れていたやつらはまだだったようだ。
「ど、同志ハルファス?」
「リッシュ、大義のためにあなたの力が必要です」
まさか小瓶を奪う気かと思ったら、そういう雰囲気でもない。
「アリス! あいつが!」
「なにする気だ」
スフィが氷の刃を放つけど、ここからだとバリケードに阻止される。
「羽クマ!」
「……?」
「君たちのこと!」
武器を手にハルファスを見る羽クマたちに声をかけると、こっちを向いて首を傾げた。
ブラウニーの分身ってわけじゃないのか、この子たちとは意思疎通がし辛い。
「ブラウ! 攻撃指示!」
「……!」
ブラウニーを仲介してようやく動き出した頃には、ハルファスは少年の懐から奪い取った小瓶を噛み砕き、割れた瓶を少年の身体に押し付ける。
「ひぃ、な、なんで……! あ、あぐ……あああああああああ!!!」
「情報を持ち帰らなければいけません、あなたの力が必要です。精霊を捕らえて道を作らせなさい!」
「い、いやだ、バケモのにナりたクナああああ゛あ゛あ゛」
少年の身体が膨れ上がり、腹部の肉を裂いて太く黒い鎖が飛び出す。
そのまま少年の身体は鎖を吐き出す肉塊のようになってしまった。
飛び出た鎖が挑みかかる羽クマたちに絡みつき、動きを封じる。
「クマさんたちが!」
「……」
焦るスフィの肩をブラウニーが叩いて落ち着かせる。
捕まって動けないみたいだけど、操られている様子はない。
力は上がっているようだけど、羽クマたちは操れないようだ。
「あっ!」
離れた位置に居た兵士のぬいぐるみ2体が慌てて避けるが、1体が捕まってしまう。
首に鎖がつき、イヤイヤと首を振りながら鎖に引きずられていく。
あれは……まずいか。
「ブラウ! 鎖……いやあっちの本体を!」
「……!」
怪物化から元に戻す方法はわからない、敵とはいえ少年には悪いが討たせてもらう。
ブラウニーが剣を手に駆け出したところで向かってきた鎖が絡みついてくる。
「わ、鎖ちぎってる」
「うん」
しかしブラウニーは特に振り払う仕草もせず、走るだけで鎖が千切れた。
今度はスフィに掴まってブラウニーを追いかける。
引きずられたぬいぐるみ兵が、操られている様子でハルファスの近くに出入り口の穴を作ろうとしているようだ。
「ブラウ!」
「ウゥゥゥゥアアアアアア」
ブラウニーは元少年に斬りかかろうと振りかぶるが、うめき声を聞いて突然剣を止めた。
その間に穴は開かれてしまう。
「助かりましたよ、同志リッシュ」
「ま、まて私も連れて行ってくれ!」
「まてええ!」
ハルファスが開かれた穴に飛び込み、隣で頭を抱えていた人物もそれに続くのが見えた。
ふたりが穴に消えた直後、スフィが剣から放った氷が穴を覆う。
間に合わなかったか……。
「ブラウニーちゃん! なにして……」
「……ブラウ」
ああ、そうか。
追いついた後、どこか悲しそうにこっちを見るブラウを抱きしめる。
「ぼくの指示ミス、ごめん。止まってくれてありがとう」
「……? あ! あう」
スフィも気付いたようだ。
危うくブラウニーに怪物化したとはいえ子供を殺させるところだった。
「ブラウニーちゃん、ごめんね」
謝るスフィの頭を撫でながら、ブラウニーはどうしたものかと怪物化した少年を見やる。
「とりあえず……っと」
ぼくの方は少年が放つ黒い鎖に背負っていたハンマーを叩きつける。
バギャンと音がして、ぬいぐるみ兵を縛る鎖が砕けた。
性質は変わっているはずだけど、この形態でもある程度は効くみたいだ。
「君は危ないみたいだから退避して」
「…………」
頭を下げて慌てて逃げ出すぬいぐるみ兵。
ブラウニーは剣を振って羽クマたちを縛る鎖を断ち切り、ぼくたちに向かってくる鎖を掴んでちぎる。
「ど、どうするの? あの男の子だよね」
「うん……ラフィ! 何か方法ない?」
『完全に戻すのは無理でちけど、君の神剣で力を切除すれば形くらいは戻るかもしれないでち』
「……試してみるか、解除するよ」
怪物は全滅、幹部も全滅、フードは全員捕縛済み。
もう戦闘はないとみていいか。
「盤楽遊嬉、終演」
パリンとなにかが割れる音がして、ブラウに生えた羽や輪っか。みんなが持つ武器と服が光に消えていき元の状態に戻る。
羽クマたちも光りながら薄れて消えていった。
「ええええ! 剣も消えて、服も戻っちゃった……」
「永続的なものじゃなかったね」
「そんなー、かわいかったのに!」
『縛りを設けて安定させて、みんなが安全に扱えるようにしてたでちよ。責めないであげてほしいでち』
「責めてはないけど……むぅ」
「格好だけなら戻ったらいつでもできるよ、スフィは」
ぼくは嫌だと思いながら小瓶を取り出し、錬成で蓋を開けて中の泥を取り出す。
一時的な効果と割り切っている方が色々とやりやすく感じたのは事実だ。
「なんか普通に治癒ポーションみたくつかってるよね、それ」
「たしかに」
そんな会話をしながら身体に取り込み、カンテラから天叢雲を作り出す。
……あれ、短剣サイズから大剣サイズになってる。
まぁ使いやすいからいいか。
「ウウウウアアアア」
ブラウニーが盾になって怪物化した元少年から守ってくれる。
そのまま一気に近付いて、元少年の身体に天叢雲を突き立てた。
「ウ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
耳をつんざくような絶叫をあげて、肥大化して玉のようになりつつあった少年がぐにゃぐにゃと悶えた。
ブラウニーがぼくを抱えて距離を取り、スフィに手渡す。
……手荷物かな?
「な、なんか凄いことになってるけど」
「ううん、なんか違う気がする」
『それだとただ"内部の力"に傷を与えただけでちね』
ダメだったようだ。
力を切除……か。
「ぼくの身体能力じゃ無理か」
「じゃあスフィがやる!」
スフィがぼくの手から天叢雲をひったくり、ぼくの代わりに怪物に近付いていった。
そういや持てたんだっけ、最初から任せておけばよかった。
『な、なんで持てるでちか? まさか、ぐぬぬ、結局あいつの思惑通りでちか……!』
「はあああああ!」
気になることを言っているラフィに注目するより先に、スフィが元少年に斬りかかる。
「たあ! やあ!」
結構な勢いで容赦なく悶える肉塊を切り刻むスフィ。
悲痛な絶叫をあげながら肉塊がごぼごぼ汚血のようなものを吹き出し、やがて人間の身体に戻っていく。
ほんとに効果あるんだ。
「たあー!」
最後の一太刀を受けた肉塊は、妙に色が白くなった少年の姿に戻った。
一部の指が癒着したり、手足の一部が不自然に膨らんでるけど……生きてるし許容範囲か。
「ふぅ、ふぅ……。ねぇアリス、この子」
息を整えながら、スフィが不安そうにぼくに天叢雲を返してくる。
受け取った剣を消し去り、少年を見る。
「うぅぅ……ぅぅ……」
少年は焦点の合わない目で虚空を見上げながら、よだれを垂らしてうめき声をあげている。
形だけは戻せるけど、壊れた精神は無理だったようだ。
「……うん、あとは玩具たちと騎士団に任せよう」
『特例で星竜の走狗を招いて引き渡すでち、心配いらないでち』
哀れみながら見下ろすラフィが引き受けてくれて、これで玩具の街での戦いは完全に終結した。
■
少年の件が片付いたところで、ノーチェに肩を貸しながらフィリアたちが広場まで戻ってきた。
すぐ後ろには狐のガンマンが足を引きずりながらついてきている。
生きてたんだ、良かった。
「装備が消えちゃったにゃ……」
「わしの弓はどこじゃ?」
「あれは一時的な限定装備です。それより時間がない」
戦いで結構時間がかかった、早めに戻るに越したことはない。
「あいつは仕留められたにゃ」
「そのことなんだけど……みんなにお願いがある」
「にゃ?」
「アリス、なにするつもりなの?」
「そんなに心配しないでも、今回は無茶はしないよ」
不安そうなスフィたちをひとまず宥める。
「流石にあいつらを逃がしたままというわけにもいかない。同じ場所に出入り口を作ってもらって、追撃するつもり」
「やっぱり無茶じゃん! 時間がないんじゃないの?」
「だから幻体の方で行く。そっちなら解除すると同時に本体に戻れるし、負けても問題ない。みんなは本体を連れて戻ってほしい。今回ばっかりは時間がない」
「うぅん……そういうことなら」
スフィ以外は体力的にも限界が近いのか、渋々承諾してくれた。
「ラフィ、ここの穴ってどこに通じてるの?」
『基本的には全て学院本館に繋がるようになっているでち。この街自体が学院の真裏に位置しているでち。そこのステーションが例外なんでちよ』
「じゃあ同じ場所にいけるように穴を開けるって、出来る?」
『勿論でち』
ラフィが出入り口を作ってくれている間に、ぼくは再び幻体を作る準備をする。
せっかく手に入れたアイテムがどんどん消費されていく……。
■
「じゃあみんな、ちょっといってくる。本体のことよろしくね」
『しっかり送るでち』
「気をつけて、やっつけてきてね!」
「……にゃ」
「ノーチェちゃんしっかりして」
眠るぼくの本体と、今にも寝そうなノーチェを後部座席に押し込み、生き残ったぬいぐるみ兵が運転する車がステーションの中へ入っていく。
『もう1組の子たちも安全地帯から運ぶ途中でち。応援も近くまできているでちから、それまではあいつらに現場を任せるでち』
ラフィの言葉に応えるように、サングラスの割れたライオンと片腕の取れた狐のガンマンが手を挙げる。
みんな満身創痍だ、ちゃんと直るといいんだけど。
「じゃ、行こうか」
『いくでちか』
諸々の確認と準備を終えた後、ぼくとラフィは揃って学院へ繋がる穴へと飛び降りた。




