心に誇りを、手には剣を
「この力は一体……」
『うぎゅ……やっぱりあいつの仕込みを使うことになるでちか』
「ラフィさん、大丈夫!?」
白い光が広がって、世界を少しだけ書き換えていく。
変化はぼくを中心にした周囲の建築物が少しだけファンシーになったくらいだけど、それを目にした全員が呆然としていた。
自分でやっておいて何が起こったのかいまいち理解しきれていない。
前に天叢雲でやったように、ブラウニーの領域で周辺を塗り替えた?
エネルギーの総量が多いせいか前よりもずっと強固に。
「精霊の領域を作り出した? これが竜の血か、まるで原色の方々のような力だ。いや、あるいは……」
ハルファスのつぶやきも気になるけど、今はいい。
「とにかく、玩具たちに力を……」
『違うでち!』
ぼくが玩具に力を分けようとすると、スフィたちを庇ってふっとばされていたラフィが叫ぶ。
『玩具で遊ぶのは子供でち!』
「……?」
なんで謎掛けみたいな言い回しを。
玩具で遊ぶのは子供、玩具を使うのは子供……?
否定から入るということは玩具に力を与えるのは、この力の使い道としてラフィが間違いと思っているということ。
だとしたら正しい使い方はなんだ。
玩具とはなにか。
手に持って遊ぶための道具で、主に子供が使用する。
道具……そうか。
ここの玩具が自律して動いているのはあくまで道具の機能のひとつ。
玩具の本質は"道具"、所有者に使われてはじめて意味を持つ。
どんな強力な道具でも、使い手がいないと意味がない。
ぼくはここの玩具たちの所有者じゃないから、彼等の真価を発揮できない。
じゃあどうする。
「ハァ、策があるのかと思えば。ぶっつけ本番でどうにか出来る相手と思いましたか?」
ハルファスの挑発の声が聞こえる。
「頭の良い子だと思っていましたが、見込み違いだったのでしょうか? 無関係なものを巻き込み、ムキになって引き際を誤り。仲間を危険に晒して自分は守られる立場ですか。力を過信した傲慢で愚かな子供そのものですね、嘆かわしい」
「そんなことない!」
突然の正論にぽかんとしていたら、何故かスフィが怒り出した。
「アリスはいっつも、スフィたちのこと守ろうとたくさん考えてくれてる! 今だって、巻き込まないようにしていたのに、スフィたちがついてきたの! 巻き込まれたんじゃない! 妹をばかにしないで!」
「それに……本当はあたしが無理矢理でも撤退させなきゃいけなかったにゃ! でも、どうせこいつなら冷静に動けるだろうって甘えていたにゃ、あたしのミスにゃ!」
「ククク、おやおや、随分と仲間思いなことだ」
「……何言ってんの?」
ハルファスの視線がぼくからスフィたちに移ると同時に、自分の口から呆れた声が出た。
「愚かなガキで当たり前じゃん、8歳の子供に何言ってんの……?」
庇ってくれることは嬉しいけど、彼の言葉を否定する気はない。
というか、そんな指摘が挑発になると思っていることに驚く。
「……自信満々に挑んできて負けた挙げ句、ろくに作戦すら立てられずに賭けに出る。子供にしたって情けない。そう思いませんか?」
「うん、確かに見事に失敗したね」
「アリス……」
我ながら実に無様な負けっぷりだった。
だから直接戦闘は諦めたんだけど……?
「精霊を従えて、多少は錬金術を使えるようですね。確かに将来的には恐ろしい力を秘めています。ですが今のあなたには何も守れない、何もできない。いかに希少な力を持とうとも屈するしかないのです。仲間が倒れる姿を見ても、その余裕が保てますか?」
なんか頭が冷えてきた。
ぼくに出来ること。
奴の言う通り、精霊の力を借りれることと、錬金術を使えること。
……そうだ、きっとぼくにしか出来ないことがある。
「ありがとう」
「……は?」
思わず出た感謝の言葉に、ハルファスだけでなくしっぽ同盟の面々まで怪訝な顔をした。
「少し前、お前の仲間に何者なんだと問われて答えられなかった」
「……?」
言語化されて指摘され、改めて飲み込めた。
たしかにぼくは自分の力を過信して仲間を危険に巻き込んだ、傲慢でバカなガキだった。
自分の立ち位置を見失っていた愚かさを改めよう。
「ぼくはアリス、賢者ワーゼル・ハウマスの遺産にして、第四階梯の錬金術師。しっぽ同盟のサポーター」
ハリード錬師みたいに前に出て戦えたらいいと思っていた。
あの幻体を得て、自分が強くなったつもりで、守れるつもりでいた。
この考え自体が間違いだった。
手の上で玉が変化し、手の中に槌を形作る。
中心に肉球みたいなマークの飾りとリボンのついた巨大な槌だ。
身長よりも大きいけれど重さは感じない。
「今度はその武器で私に挑もうと?」
「武器じゃねーよ」
振りかぶるように両手で構える。
これは武器じゃない、ぼくの武器はもっと別のものだった。
「これが錬金術師アリスの戦い方だ。『錬成』!」
地面をたたき錬成をかける。
いつかハリード錬師が見せてくれた、魔術に錬成をかけて形を変えたのと同じ。
ぼくの作り出したものならば、ぼくと繋がるものならば。
ぼくが錬成で形を変えられる。
「シラタマ! フカヒレ! ブラウニー! ワラビ!」
「チュリリリ!」
「シャー!」
それは世界だって変わらない。
道理なんて叩いて退けろ。
広げた世界を収束させて、力を宿す器に変える。
呼びかけに応じて飛び出した精霊たちが、その力を器の中に流し込む。
凍てつく厳冬を白妙の双剣に。
大海の恐怖を骨歯の弓に。
不動の山を大きな盾に。
吹き荒ぶ嵐を大太刀に。
ここに居る子たちも、力だけとなった子たちも手伝ってくれた。
「……マイク」
目の前に立つブラウニーに、薄っすらとマイクのシルエットが重なった。
大きなクマのシルエットが揺らめいた。
促されるように残った世界の欠片を器に錬成する。
シルエットが飛び込むと、器は剣の形へと変化した。
柄頭の部分が天秤のようになっているバスタードソード。
それを掴んだブラウニーの背中に小さな赤い6枚の羽根が生え、頭の上に炎の輪っかが出現した。
「みんな、使って!」
「おっしゃあ!」
完成と同時にぼくの周囲に突き刺さった武器を指す。
真っ先に反応して戻るノーチェとスフィ、それを追いかけて転移したハルファスが攻撃する前に、ラフィが杖を手に割って入った。
いい位置取りだ。
「どけ!」
『急ぐでち! ぐえっ!?』
ラフィを無視して飛んでこない、やっぱり使用間隔があるのか。
作ってくれた一瞬の隙にスフィが双剣を、ノーチェが大太刀を手に取る。
それを確認したブラウニーが剣を掲げると、武器から光が溢れてふたりと……何故かぼくまで包みこんだ。
「ふわっ!?」
「にゃんだ!?」
「………………」
光が消えると、着ていた装備がリボンとフリルをあしらったエプロンドレスのようなものに変わっていた。
スフィは白と金、ノーチェは黒と翠のカラーリングで、エプロンドレスと言ってもかなりスポーティなデザインになっているようだ。
ぼくを包んでいた光も消えていたけど、自分の格好は確認したくない。
「わぁ、かわいい! アリスもかわいいよ!」
「なんかすげーかわいい感じになったにゃ?」
ガントレットとブーツの代わりに、装飾のついた動物の手足のようなものをワキワキさせながらスフィが目を輝かせる。
「ずるいのじゃ、わしも!」
「こ、これ使っていいの!?」
残ったふたりも装備を手に取るなり、光に包まれた。
フィリアはブラウンと金で重厚なデザイン、シャオは青と白で少し和風チック。
元の装備を参考に得意な属性に応じて変化してるのかな。
恐る恐る確認すると、ぼくのはたぶんスフィに近いデザインで黒と青紫。
羽織っていた黒いアルケミストのコートは、ブラウニー色のクマ耳のようなものがついたフードに変わっていた。
「…………」
剣を掲げていたブラウニーがこちらを向いて頷く。
装備セットのデザインについては後で猛抗議させてもらう。
「そんな姿を変えた程度で!」
「ふぎゃ!?」
「ノーチェ!!」
ラフィを押しのけて追いついたハルファスの攻撃を腹部に受けたノーチェがふっとばされる。
まずい、気を抜いてた、もろに食らったか。
地面をバウンドしたノーチェが身体を起こす。
「いっ……あれ、痛く……痛いけど、思ったほどじゃにゃい?」
殴られた部分を片手で押さえながら立ち上がるノーチェは、推定される攻撃の威力に対して余裕があるようだった。
「このぉっ!」
「こんな攻撃で……」
ノーチェの無事を確認したスフィが双剣を振るい、連続して白氷の刃を飛ばす。
それを距離を取りながら回避していたハルファスに対して、スフィが氷に紛れて地面すれすれから急接近する。
「なんと! 『迫撃拳』!」
「てやぁ!」
真下に向かって放たれたハルファスの武技が氷を砕くものの、既にスフィは真横に移動していた。
身体をひねり、全方位に氷の棘を飛ばしながら斬りかかる。
「くっ」
「まてぇ!」
手傷を負ったハルファスが逃げようと飛んで下がる。
疲れ知らずのスフィは両手で剣を振るい、連続で氷を放ちながら追いすがる。
「いつつ、やっぱ動くとちょっと痛いにゃ」
「……たぶんその服があの怪物に近い耐性をもたらしてる。その様子を見る限り無効化って訳じゃないから気をつけて」
片手で殴られた場所を擦りながら近付いてくるノーチェにポーションを渡しながら、見た限りの情報を伝える。
「大技はまずいけど、普通の攻撃なら上手く受けたら問題なさそうにゃ」
中身を一気に呷ったノーチェが投げ渡した瓶を受け取る。
「反撃開始だにゃ」
「ふたりが頼みなんだから、任せたよ」
ぺろりと唇を舐めたノーチェが、手にする刀に雷をまとわせながら走り出した。
ふたりはハルファスとライオンの戦いを見ていた。
そのため相手が極端なインファイターだということを理解している。
子どもの体型と獣人の素早さを活かす、4足に近い低姿勢からの猛攻。
服の耐性を頼りにほぼゼロ距離まで密着している。
あの野生の勘に近い戦闘センスはぼくには無いものだ。
「く、ぐぅ!」
「さっきまでの余裕はどうしたにゃ!」
「アリスにひどいことしたの! 許さないから!」
ノーチェが刀を振るうと翠色の雷がほとばしり、ハルファスの動きを止める。
スフィが手足を狙って氷を放ち、動きの止まったハルファスを拘束しようとする。
しかしハルファスも転移を発動して氷を避け、震える腕で棍棒を振ってふたりを攻撃する。
力の入っていない攻撃とはいえ、ふたりの体重は軽い。
「ふにゃっ!」
「わうぅっ!」
「『岩砕拳』!」
武器で受けながらも姿勢を崩してしまい、受け身を取りながら地面を転がるふたり。
ハルファスがそこに追撃の武技を打ち込むと、ふたりは身体を起こしながら武器を振り上げて迎え撃った。
「わわわっ」
「フギャアッ!」
結果として押し負けたのはふたりの方だが、ハルファスの拳からも嫌な音がした。
「スフィちゃんもノーチェちゃんも、いつもより強いような……」
「装備の性能を信頼してくれるのは嬉しいけど、ちょっと危なっかしいかも」
ぼくの作った装備の性能を信頼しているんだろうけど、安全マージンと攻撃力を装備に任せた戦いは見ていて冷や冷やする。
「アリスちゃん。これって精霊さんたちの力が宿ってるんだよね?」
「というか持っていて凄まじい力を感じるのじゃが? ちょっと怖いのじゃ」
「みんなが力を分けてくれた。さっきぼくが作った幻体を作る要領で装備を作った……って考えてくれればとりあえず問題ない」
「チュリリリ」
小さいモードのシラタマが頭の上で鳴く。
シラタマとブラウニー以外は器に力を注ぎ込んでおやすみ中だ。
ブラウニーが外に出ているのは、錬成で器にしたのが玩具の精霊の領域だからだろう。
シラタマは長年存在してるだけあって器用なのだ。
流石に戦闘できる状態ではないようだけど。
「さ、流石にあれには割って入れないよね……」
「よくあんな距離で戦えるのじゃ」
「ぼくたちの相手はあっちだね」
脇腹を押さえながらこっちを睨む細身の女を見る。
「ノーチェ、スフィ! そっちは任せる!」
「わかったにゃ!」
「おー!」
スフィたちにハルファスを任せて、ぼくは女に向き直る。
「ブラウニー、いいんだよね?」
「…………」
戦わせるってことはブラウニーを武器として使うことになる。
それでいいのかという問いに、ブラウニーは力強く頷いた。
自分は飾りじゃないと、胸を張るように。
……そっか、ブラウニーもしっぽ同盟の仲間だもんね。
「頼りにしてるよ、ぼくのブラウ」
「……!」
「アリスちゃん、あれ!」
フィリアが慌てた様子で指を指す。
女が小瓶を噛み砕き、その泥を掴んで胸元に押し当てていた。
しまった、阻止できなかった。
「ぐ、があああああああああ!!」
女の身体が膨らみ、歪に捻れはじめる。
『ふ、ふぐぐ……泥で加護の力が極大化されて、心身に影響を及ぼすでち』
「無理してないで寝てなって」
杖を支えに立ち上がろうとするラフィが、ボロボロの状態で解説してくれた。
フィリアとシャオが警戒するように武器を構える中、女が変異を終える。
捻くれた枝が合わさったような細い身体は高く伸びて、捻れた手が増えたようだ。
まるで木の化物だ。
「ああ主よ! この身を! 魂を! 贖罪に捧げます!」
「……悲しいな」
ネジレの怪物になった女が腕を振るうと、地面が砕けて石が飛んでくる。
「ちょ、来るのじゃ!」
「フィリア、盾!」
「ま、守って――!?」
フィリアが叫ぶと同時に盾が輝き、巨大な黄土色の光の盾を出現させる。
普段の何倍も分厚くて大きい盾が放たれる衝撃波も、岩も全て防ぐ。
「なんとぉ!?」
「シャオ、シャルラートと合わせて水の矢を」
「わ、わかったのじゃ」
随分小さくなったシャルラートが作り出す水の矢を、シャオが弓に番える。
水の矢は放たれると同時に、口が鋭くて細長いダツのような姿に変化した。
「――曲が……ギャアアアア!」
「ど、同志キャルト! うわァァァあ!」
水の矢は軌道を曲げられながらも水の柔軟さで強引に補正し、怪物の身体を突き抜ける。
痛みで倒れた女の身体が近くで介抱していたフードを巻き込んで潰した。
「ぼくたちの纏っているものと元は同じなのに、おまえたちの使い方はその力を踏みにじっているように見える」
「ぐ、ぅぅぅ、黙れ! 主の寵愛を踏みにじっているのは、お前たちの――」
なんでそう思うのかわからないけれど、彼等の使い方がただただ悲しい。
「ブラウ! 盤楽遊嬉、開演!」
ブラウニーが剣を構えると、その小さな翼から光の粒子が溢れ、様々な玩具の武具を手にしたぬいぐるみを形作る。
全員が小さいサイズの青い瞳の白いクマで、白い翼を生やして金の輪っかを頭に浮かべていた。
手に持っているのはいかにも玩具売場で売っていそうな、可愛いデザインの剣、槍、ワンド、ハンマー。
「ああああ! ここの精霊たちは玩具みたいなふざけた武器ばかりを手にする! どこまでふざけている!?」
「……ぬいぐるみはね、ままごとの中だと何にでもなるんだよ。父親母親、子供にペット、お姫様に騎士や怪物。ぼくがやるのは初めてだけどな」
「なにを言っている! 何の話よ!」
「望まれていない役割をこの子がこなせるはずもなかっただろっていう。バカな所有者の反省だよ。ブラウ!」
ブラウニーが剣を振ると同時に、クマ達が翼をはためかせて歪みの怪物に襲いかかる。
「ギャアアアア!」
見た目はふざけているが力は本物、加護の歪曲をものともせず接近したクマ達が女の身体を引き裂いていく。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」
たしかこいつはベクトル操作だっけ。
女を中心に地面が砕けていく。
フィリアの盾にまで波及したのか光が軋んでひび割れはじめる。
「ちょ、ちょっと! どうするのじゃ!?」
「あ、アリスちゃん!」
「スフィたちは離れてるし……フィリアなら大丈夫、ね?」
「あ……」
フィリアの目をまっすぐ見つめる。
乱れていた呼吸が整いはじめたので少しは落ち着いたようだ。
「守って――ううん、守ろう!」
祈るようにフィリアが抱える盾が輝きを増し、光の盾がぼくたちの周囲を覆う。
次の瞬間、バギャリと音を立てて広場の地面がぐちゃぐちゃに引き裂かれた。
まるで地盤を無理矢理ねじれさせたような、独特な壊れ方だ。
……倒れているぬいぐるみたちも範囲外、Dクラスのみんなは無事だったぬいぐるみ兵たちが避難させてくれていた。
「おぉぉぉ、凄いのじゃ!」
「やった……やったぁ!」
「私の寵愛の力を防ぐなんて……不敬な! 不敬な! 不敬な!!」
「行け、ブラウ!」
「――!?」
剣を手に駆けるブラウの背中に、かつてここで見たマイクの背中が重なった。
「がっ……は……そんな、寵愛の、力が……」
左下から右上へ、思い切り振られた天秤の剣が女の身体を両断した。
枯れるように崩れ落ちる巨体を前にして、ブラウニーがゆっくりと剣を降ろす。
危なげなんて欠片もない、誰かのように大きく優しい背中だった。




