紫紺のハルファス
この男、ハルファスは強い。
足場に氷を張れば飛んで避けられ、直線的な氷柱の射出は当然のように回避される。
距離を取ればテレポートで懐に飛び込まれ、ならばと近接で果敢に攻めるとカウンターを取られる。
手にする棍棒は攻撃というよりも防御に使われるようで、攻撃の主体は格闘。
力は互角、技術も手数もぼくが圧倒的に有利。
大きく負けているのは対人近接戦の経験値だ。
視線やフェイントで相手の攻撃の位置やタイミングを誘導しても引っかからない。
相手が動き出して修正が利かなくなる直前でノイズになる情報を送り、思考を誘導して攻撃地点や次の行動をぼくの都合がいいように決定させる。
体力やセンスがどうにもならないぼくが、唯一スフィたちから1本取れる特技だ。
それがこいつには通じない。
「ククク、ハハハハ! 素晴らしい! 滅罪してさしあげた達人達を思いだす!」
「バトルマニアかよ」
滅罪の名の下に強力な装備や強敵との戦場が次々と用意される。
こいつみたいな奴らにとって、今の源獣教はさぞ居心地がいいだろう。
戦乱の鐘もなんでこんなやつを……って戦乱の鐘だからか。
「正直、お前たちも逃げ場はないんだから観念してほしいんだけど」
「そうですね。まさか狙っていた子供にしてやられるとは思いませんでしたよ」
こいつらは既に負けている。
恐らく少なくはない損害を覚悟して戦力を送り込み、今回の作戦に従事した。
「100人以上使った作戦が失敗して、ムキになる気持ちはわかるけど」
「同志は217人ですよ、源獣教の総力の8割近くを費やしました。生きて帰れるのは多くて数人の計算でしたがね」
「……それで帳尻が合うの?」
総力の8割かけて、成功しても生き残りが数人の見込みって。
算数で見るならただの自爆だ。
「おや、知らないのですか? ミカロルが創始者『隻眼の翁』から奪い取った数々の遺産を。戦争の神たるかの翁が戦いの逸話の中で集めた神器の数々。必滅必中の槍、天雷を宿す槌、負傷を与える杖、英霊を呼ぶ角笛、剛力を与える帯、異空を駆ける船……伝え聞く限りでも、ひとつでも国を滅ぼしうる至高の神器ばかり! 生き残りがひとりでも、十分にお釣りが来るのですよ」
どこか聞き覚えのある物品ばかりがあげられる。
ぼくの知っている神話の中に出てくる品物だろうか。
「何よりあなたを連れ帰れば、蛇の神に大きな貸しを作れるでしょう。光神教を取り込めば源獣教は勢力を大きく取り戻す。十分に同志たちの命を賭す価値がある賭けでしょう」
「死を厭わないやつらはこれだから」
他の奴等がどこまで本気かわからないけど、少なくともこいつの目的はもっと即物的で実利に沿ったものだ。
「……最初から背水の陣かよ」
彼等の状況的に、最初から撤退してぼくたちを見逃す余地はなさそうだ。
そして最悪なことに、ぼくとスフィの人質の価値はとても高い。
「何をおっしゃいます。仮にも星竜に、精霊の中でも最高位に近い存在に挑むのですよ? 神代の神殺しより遥かに困難な道のり、命を賭けずにどうしますか!」
「…………」
精神性だけなら間違いなく求道者だな。
「フロストノヴァ」
「『岩砕拳』!」
足元から放射状に出現させた白氷が、紫色の光を纏うハルファスの拳とぶつかる。
押し勝ったのは氷の方だ。
一瞬表情を歪めたハルファスが氷から逃れるように後ろに跳ぶ。
「ホワイトライン!」
左から動線を狭めるように白氷を走らせる。
誘いはわかる、避けるために加護を使うはず。
すぐに自分の周囲に氷の種を仕込んでカウンターの準備を……。
「――ハハハ!」
ハルファスは腕を氷で傷つけられながら、ぼくに向かって直進してくる。
周囲に仕込んだ種を炸裂させて、正面にトゲを伸ばす。
身体にトゲを刺しながら、ハルファスは更に距離を詰めて拳を振りかぶった。
咄嗟に氷の盾を作り出す。
「『迫撃拳』!」
「うぐっ」
紫色の光が炸裂し、奴の拳が盾を殴りつけてくる。
それと同時に強烈な衝撃波が盾越しに放たれた。
軽いこの身体は耐えきれず、あっさりと飛ばされた。
足場はない、庇った腕はしびれてまだ動かない。
「ハハハハ! 『墜星脚』!」
「――!!」
腹から血を零しながら転移してきたハルファスが、笑みを浮かべながら脚を振り上げた。
紫色の光を脚にまとい、空中のぼくに向かって落とされる。
迎え撃とうと奴の足に拳を叩きつけるが、力負けしてしまった。
身体が急激に落下し地面に追突する。
「あぐっ……うぅ、くそう」
「どうしました! モンドを倒した力、その程度ではないでしょう!」
懐から取り出したポーション瓶を呷りながら着地したハルファスが、身体を起こすぼくへ迫る。
動こうとして右腕に激痛が走った……うわぁ手の甲が青い、肘のあたりから変な方向に曲がってる。
認識すると徐々に痛みがくる、脂汗が出てきた。
我慢して身を翻しながら、迫るハルファスの足元に氷を走らせる。
加護にはクールタイム……次に使用可能になるまでの必要時間があるのか、それとも戦法か。
このくらいの相手だと、どっちの可能性も考慮しないといけない。
「アイスブロック、スパイク!」
氷塊を放りだし、トゲを咲かせる。
その間に右腕を氷のギプスで固めて……!
「ハァ!」
「――ふっ!」
どうせ潰れたなら使い倒してやる。
痛みを堪え、相手の殴撃に合わせて氷の拳をぶつける。
激痛で涙が溢れそうになった。
「シッ」
「おおっ!」
左手に氷の短剣を作って脇腹を狙うが、やつは後ろに飛んで躱す。
ぼくもそれを追撃すると見せかけて地面に伏せる。
案の定、退いてすぐ加護で飛んできた奴の蹴りが頭上を掠める。
足場に氷を張って相手の足を捕まえようとするも、やつは飛んで回避。
距離を取ったところに氷柱を撃って攻撃しても避けられる。
やつはニヤリと笑って道路を曲がって建物の影に入り込んだ。
視界に入っていないと飛べないはずだ、何か手があってやっているはず。
あのあたりにあるのは……曲がった先を映すカーブミラー。
走りながら冷気を纏わせた氷をカーブミラーに当てて白氷で覆う。
カウンターの準備をしながら奴が曲がった道路の先を見るが、居ない。
逃げた? いや、あいつが逃げるなんて思えない。
不意打ちを警戒して耳を澄ませる。
「キャアア!」
スフィたちの戦っている方から悲鳴が聞こえた。
「まさか……!」
くっそ、やられたか!?
慌てて近くの建物に飛び上がりながら、スフィたちのいる戦場に向かう。
あいつらが建物の上から出てくる気持ちがわかった。
■
戦場を上から見下ろす。
怪物の数は半数以下に減っているが、味方側も被害を受けているようだ。
一番危ないのはマリークレア、クリフォト、ミリーの後衛組。
怪物が迫る中、ミリーが車から離れた位置で倒れ、クリフォトをマリークレアが庇っている。
果敢に魔術が怪物に放たれるが、有効打にはなっていない。
間に合うことを祈りながら氷柱を放つ。
怪物が腕を振り上げてマリークレアに殴りかかる直前、走ってきたぬいぐるみが割って入った。
応戦するため足を止めた怪物の身体に氷柱が突き刺さり、痛みのせいか身体をくねらせる。そこにぬいぐるみの追撃が入り、怪物は動かなくなった。
あとは任せて大丈夫そうか。
他の場所ではボロボロになったライオンが歪曲の加護の女と戦っている。
ラフィは車から離れた位置にいたが、杖を手にミリーの元へ走っているところだ。
ミリーが攻撃を受けた時の悲鳴だったのかな。
リオーネとブラッドは残っている怪物と戦っていて、こっちも問題なさそうだ。
スフィたちはどこに……居た。
どうやらバリケードを破壊しているようだ。
「…………」
背後に現れた気配に氷を放つ。
「いきなり離れるなんてつれないじゃありませんか」
「姿を消したのはお前だろ」
転移してきたハルファスが距離を取りながら、ぼくと同じように戦場を見下ろす。
「ふむ、これはもう敗色濃厚ですね」
「余裕だな」
「あなた方を連れ帰ればギリギリ元は取れますから」
元は取れる、か。
こいつひとりで何とか出来る自信があるらしい。
確かに、ここまで戦って未だにこいつの余裕を崩せていない。
今のぼくの戦闘能力はハリード錬師を10として、だいたい7か8くらいか。
悔しいけれど認めるならば、ひとりじゃこいつに勝てない。
加護の力や怪物化の身体能力に頼ってるようなやつなら手はある。
だけどこいつは純粋に武芸者として完成してるタイプ。
油断をつくのが得意なぼくにとって、相性最悪な相手だ。
「そういえば聞いておきたいことがあった。ここ最近、この街で起こった騒動っておまえたちの仕業?」
「どうしてそんな事を聞くのでしょうか」
「思い切り迷惑を被った側だから。お前たちがどこまで関わったのか知りたかった、別にいいだろ」
「そうですね……まぁいいでしょう。確かに色々手を回しましたよ」
ぼくの問いかけに、意外にも素直に教えてくれた。
それは親切でも、驕りからくる行為でもなさそうだった。
「光神教の暗部組織を潜り込ませる手伝いをしました。半獣のねぐらに密猟者が忍び込む手引もしましたね。それから……ラウド王国の貴族に復讐をしたいという方々にもお力添えをしましたね。私の頂いた寵愛は中々に便利でしてね、一番大きな関わりで言えば――あなた方を攫うお手伝いをしたことでしょうか」
「……なるほど」
あのピエロといい、アクアルーンでの騒動といい。
大きな事件は殆どこいつらが裏で関わっていた。
「もしも光神教のところへ連れ去られたら、ぼくやスフィがどんな扱いを受けるかわかってやっているんだよな」
「そうですねぇ。エルメキア王国では集めた半獣を犬や猫のように飼うのが流行っているそうですよ? エルメキアは今、半獣の子供を集めるためにいくつかの集落を潰したり、攫ったりもしています。私もいくつかお手伝いさせて頂きましたが、中々に燃える仕事でした」
これは挑発だ。
「全て行方が知れなくなったあなた方を探してのことです。銀狼の子ならば半獣が匿っているだろうという当て推量。まぁ大外れだったようですが」
嘲笑するように口元を歪めて、ハルファスは楽しそうに嗤う。
「"あなた達の代わり"に攫われた半獣は不幸ですね、勘違いで親を殺され、連れ去られて……。あなた達が隠れ続ける限り、半獣は狙われ続けることになるでしょうね」
スフィの耳がぼくほどじゃなくて良かった。
聞かれていたら、きっと深く傷ついていただろうから。
「ふむ、不気味なくらいに動揺していませんね」
「関係ないとは言わないけど、ぼくに問われても困るじゃん」
情勢の変化なんてのは仮にぼくが関わっていなくても起きるものだ。
天災で飢えたから隣国を襲う、隣国の戦争で出た難民が野盗になる。
被害者からすればぶつける先は欲しいだろうけど、ぼくの方から先んじて責任を感じろと言われても困る。
「助けてと言われれば助けるスタンスだよ、最初からずっとね」
「…………少し見込みを間違えましたか」
ハルファスが露骨につまらなさそうな顔をする。
ぼくが焦燥して食って掛かるところでも見たかったんだろうか。
こいつバトルマニアで嗜虐趣味とか、確かに表の世界に居場所はないな。
そもそもぼくの手は小さいし、届く範囲は限られている。
いちばん大事な物を掴んでいる今は尚更狭い。
「では姉君の方はこの話を聞いて、どんな反応を示してくれるでしょうか?」
「さあ、試してみたら?」
興味なさそうに肩を竦めると、不意にハルファスがスフィのいる方角に向かって跳ぶ。
咄嗟にぼくも飛び出し、空中で氷の杖を作って左手で殴りつける。
振り返ったハルファスの姿が消えた。
氷の杖を手放し、背後に氷の棘を放つ。
「あなたには!」
声と同時に足を掴まれる。
下かっ!
「姉君の傷付く姿を見せる方が効きそうだ!」
「ざけ……」
軽い身体が災いした。
足を持って振り回されて上下左右がわからなくなる。
「『迫撃拳』!」
凄まじい衝撃を受けて、地面に叩きつけられたことだけはわかった。
「アリス!!」
スフィの叫び声が聞こえる。
近くに落とされた?
まずい、動けない、幻体は強制解除しよう。
「スフィ」
「ふえっ!?」
幻体を解除して声をかける、重いまぶたを開くとどこかへ走っていこうとしていたスフィがこっちを振り向いた。
ここは……バリケードの近くで、フィリアとシャオが守ってくれていたみたいだ。
「アリスちゃん大丈夫!? いきなり飛んできて地面にドーンって……」
「ごめん、負けた」
「なんじゃと!?」
「おま、負けたって、あいつそんなに強いにゃ!?」
「ええまぁ、一応は原色の方々を除けば最高戦力を自負しておりますので」
近くにいる皆の声に混ざり、むかつく奴の声が聞こえた。
地面に降り立ったハルファスが、ローブの乱れを直しながらこっちに近付いてくる。
「大切な物を傷つけられた時、あなたはどんな反応をするのでしょうか?」
「……あ、アリスに近づかないで!」
「くそ、来るんじゃにゃい!」
スフィとノーチェが武器を手にハルファスに向かう。
ほんと、こういう時に真っ先に動いてくれるんだよね、ふたりとも。
「同志! ハルファス! ご、ご助力を――ギャアア!」
「お相手したいところだったんですが、指揮官はいつも辛い役回りですね」
横目で見ると、少し離れた位置で細身の女がライオンに追い詰められているところだった。
どうやら攻略法を見出したようで、ペロペロキャンディを盾に身体を滑り込ませて、女の身体に腕をねじ込んだ。
悲鳴を上げた女が壁に叩きつけられ口から血を吐き出す。
トドメを刺そうとしたライオンにハルファスが挑み、棍棒を振るい盾にされたペロペロキャンディーごとライオンを殴り飛ばす。
空中で体勢を立て直したライオンとハルファスの戦いがはじまり、様子を見ていたフードのひとりがバリケードから抜け出して女を介抱しはじめる。
ライオンが耐えていてくれる間に、なんとか手を考えないと。
相手はまだ余裕があった、同じように幻体を作っても勝てる可能性は低い。
変異体の怪物よりボスの方が普通に強かった、そりゃ重大作戦も任される。
「アリスだいじょうぶなの!? なんか、その凄いボロボロで」
「情けないところをみせた」
「本体の方は大丈夫なんだよにゃ?」
「……うん」
今まで大したダメージを受けたことがなかったから知らなかったけど、若干のフィードバックはあるようだ。
後頭部と右腕が痺れたようになっていて、左目がぼやけて見えづらい。
少しずつ感覚は戻ってきているから一時的だろうけど、今の状況だとやばいかな。
ここまできて、本当にあいつひとりにひっくり返されかねない。
『大丈夫でちか!?』
「ラフィさん! アリス、左目開いてない!」
『見せるでち』
スフィの声を聞いて、無意識に閉じていた目を慌てて開ける。
近くに来ていたラフィの顔が間近に迫っていた。
『さっきの力、幻体のダメージのフィードバックでちね。体がダメージを受けたと勘違いしているだけでち、治療しなくても少ししたら治るでち』
「よ、よかった……」
『それよりちょっとまずいでちね、あいつ聞いていた情報より強いでち』
「ライオンも苦戦してるにゃ」
万全な状態で全員がかりで……ならまだしも、今は全員が連戦でボロボロだ。
「シャルラートも、あと少しで魔力切れなのじゃ」
生き残った2体のぬいぐるみに守られて、マリークレアたちも車の影でぐったりと座り込んでいる。
「うおおおおおお!!」
別の場所では爆炎が上がり、ブラッドが焼け焦げた怪物の頭に剣を叩き込んでいる。
怪物はそれで倒れたが、ブラッドも体力が尽きたのか膝をついて倒れてしまった。
「ガアアアアア! ハァ、ハァ!」
リオーネも燃える鉄輪で怪物の頭を何度も殴り、叫び声をあげながら叩き潰す。
あれが最後の1体の怪物だ。
みんな頑張ってここまで持っていってくれたのに。
『動ける奴等でかかれば足止めくらいは出来るでち。撤退するでち』
「……う、うん」
気にしていないはずなのに、奴の嘲るような言葉を思い出した。
助けてくれた玩具たちを身代わりに逃げ出すのか……。
「玩具さんたち、大丈夫?」
『ここが玩具の戦場でち、気に病まなくていいでち』
今回ぼくはダメな行動ばっかりだった、情けない。
マイクの代わりに何かしようとして友達を巻き込んで、ボスを抑える役も失敗した。
ゲームキャラのように動ける身体を得て、強くなったつもりで調子に乗ってこのざまだ。
「ヂュリリ」
頭の上がひんやりして声が聞こえる。
夢幻モードが解除されて少し経って、シラタマたちも幻体を再構築出来るようになったらしい。
「……ごめん、折角力を借りたのに」
「ヂュルル」
「やっぱり弱いね、ぼくは」
『当たり前でち』
思わず出た弱音に、ラフィからの辛辣な同意が返ってくる。
「ヂュルルル!」
『なんでお前がキレるでちか! 大人しくするでち!』
「シラタマ、事実だからいいよ」
飛んでいってラフィの毛をむしるシラタマをなだめる。
『君は僕と同じサポーターでち、僕たちが強い必要なんてないでち。仲間が実力を発揮できるようにするのが一番大事な仕事でちよ』
確かに、ラフィの言う通りだ。
「…………力を手に入れて、自由に使えるようになって、調子に乗ってたのかな」
『それでいいのでちよ、君は子供でち。どんどん挑んで失敗して学ぶでち。その糧になれるのなら玩具は本望なのでち』
痺れが取れて、左目も見えるようになってきた。
「どういうことにゃ?」
『ここに集まる玩具たちは、君たちの思い出になりたいのでち。大人になるために積み重ねたページの中に居たいのでち。一緒にいた時間が短くても、たとえ途中で壊れてしまったとしても。いつか君たちの支えになる思い出になれたのなら、それでいいのでち』
みんなに言っているように見えて、ラフィの視線はまっすぐにぼくを射抜いていた。
ああ、そうか、きっとマイクも。
『さぁ、今のうちに車に向かうでち!』
「アリス、浮かんでいて!」
スフィがぼくを掴んで引き寄せ、走り出そうとする。
ぼくからもスフィの肩を掴んで止める。
「……アリス?」
「ラフィ、あっちの子たちを連れて行ってあげて」
『流石に無理でち、今回は諦めて……』
「ここで諦めたら、色んなところに騒動が波及して、傷を背負う人たちが増える。騒動が大きくなってぼくたちのことが派手にバレれば、街中を自由に動くことができなくなる」
朝、護衛が無事を確認する時間までに戻らなければ確実に騒ぎになる。
「アリス! 今そんなこと言ってる場合じゃ!」
「大事なことだから、だよ」
これでも一応自分の立場はわかってる。
「ぼくのわがままで、沢山の人の人生がメチャクチャになる」
ぼくたちの誘拐事件で人生が狂った人たちを見てきた。
今回はぼくの護衛たちに責任が覆いかぶさることになる。
「それじゃ、ここでの出来事を、楽しい思い出にできない」
マイクのためにと思ってやってきたのに、そんな結果に終わったら後悔しか残らない。
みんなを守って一緒に戦って、最後には仲直りできた。
折角の思い出が、ぼくの軽挙のせいで台無しに終わってしまう。
「で、でも、どうするの?」
「……だから、少し無茶をする」
ポケットから小瓶を取り出す、両手で持てるだけ6本。
「ちょ、ちょっと待つにゃ!」
「アリスだめ! そんなことして何かあったらどうするの!?」
察したスフィとノーチェが止めてくるけど、ぼくは首を横に振る。
「チュルル……」
『1本ずつなら問題ないでちが、複数本まとめては心配でち』
これが何かを知っているシラタマとラフィからしても、あまり推奨できない行為みたいだ。
「心配ってどういうこと!?」
『それが何かは今は置いておくでちが、濃度の低いそれを1本ずつならそのカンテラの力として消費される速度の方が速いでち。でも複数本同時だと安全とは言い切れないでち、元々ズタズタの器に悪影響が出ないとも限らないでちよ?』
ラフィの言い方だと、逆に危険とも言い難いようだ。
人間を怪物に変えるこれを取り込んで平気なのは自分でも思うところがあるけど……。
「元からしてわがままなんだ、リスクくらい背負う」
「アリス!」
『……まぁ、仕方ないでち』
「チュルル」
話をしている間に衝撃音がして、ハルファスと戦っていたライオンが地面を転がっていき、とうとう起き上がらなくなってしまった。
ハルファスは……血の流れる左腕をだらんと垂らしたままポーションを呷っている。
見る限りかなり濃度の高い強力なポーションみたいで治りも速い。
ただ、それでも回復まで数分はかかるだろう。チャンスは今しかない。
錬成で全ての小瓶を一度に割り、6本分の泥をまとめて掴み取る。
『こんなことなら守りを薄くしてでももっと連れて来るんだったでち!』
「戦いとはままならないものですよ、裏切り者の精霊よ」
『伝わる教えを好き勝手に捻じ曲げてきた奴らに言われたくないでち』
「ラフィさん!」
こちらに向かってくるハルファスに、杖を手にしたラフィが向かう。
『言っておくけど僕は弱いでち、大した時間稼ぎは出来ないでちよ!』
「……ありがとう」
「ちっ、あたしらもやるにゃ!」
「アリス、変だと思ったらすぐぺってしてね!」
スフィが食べ物みたいな注意をして、武器を手に立ち上がった。
巨大化したシラタマも参戦し、ハルファス相手に時間稼ぎをはじめる。
ここまで付き合って貰って大したことは出来ませんなんて言えないな。
掴んだ泥を胸のあたりに押し当てる。
1本だけを取り込んだ時と違い少し胸が熱くなる感じがした。
少しだけ苦しいかもしれない……なんというか、身体の内側で力が膨らむ感覚だ。
幸いすぐに治まったけど、この感じだと安全ラインは5本ってところか。
「虚空の果てより集いたゆたう、終わらぬ幻想の一欠けよ。始まりの言葉と願いを束ね、今ここに器となれ無垢なる混沌……偽典・八尺瓊勾玉」
かつてないほど燃え盛るカンテラから溢れ出す大量の黒い靄を集め、漆黒の球体を作り出す。
まだ、もっと、残っている分を足してありったけを固めろ。
手の平の上で凝縮された闇が、浮かんだままゆっくりと回転する。
以前作ったものと比べて明らかに密度が違うのがわかる。
「神威転変・傀儡」
ここでブラウニーの力に切り替えた。
途端にクマのぬいぐるみが玩具っぽい質感の宝石を抱きしめているような見た目になる。
偽典神器の中でも空間を支配する玉系統は特別に消耗が大きい。
だから普段は全力で力を使うなんて出来ないけど、今回は大盤振る舞いだ。
玩具の精霊の力を持つ玉なら、周辺の玩具に力を与える事ができる。
ぼくたちじゃ無理でも、あのライオンや狐のガンマンを復活させてパワーアップさせることが出来れば可能性はある。
普段はブラウニーくらいしか対象がいないので使い所がない玉だけど、今回はそこに賭けることにした。
「――!」
早速力を使おうと両手の間に収まった玉を見ると、そこに黒い日本語が現れた。
偽典神器の詠唱を教えてくれたのと同じハリガネマンの仕込みなのか。
今はどっちでもいいか。
「数多の願いを束ねて重ね、器となりし混沌よ。砕けて散った幻想を今、ふたたびこの地に描き出さん。天地開闢、盤楽遊嬉」
腕の中。ぬいぐるみの抱える宝石から光が溢れる。
放たれる光を中心にして世界が塗り替わっていった。




