マイクからのプレゼント
『自己紹介が遅れたでちね、僕は物知り兎のラフィ・ロール。ロール社製の音声認識応答システム搭載型コミュニケーション・トイでち』
「……?」
『おはなし出来るぬいぐるみでち』
「なるほどー」
車を運転しながらラフィ・ロールが名乗る。
敵の追手は来ていないようだ。
「あなたも玩具の精霊ですの?」
『泥にんぎょ……人間の言葉で言うなら玩具の精霊王ということになるでち。今はマイクからここの管理を引き継いでいるでち』
「あ、あの、マイクって?」
『人間たちはミカロルと呼んでいるでちね。ここの管理者だった精霊神でち』
落ち着いたからか、マリークレアとクリフォトがラフィに質問をしている。
特にクリフォトが前のめりだ。
「ミカロルって正式名称じゃなかったんですか!?」
『それは人間たちが呼んでいる通称でち、マイク・ロールというでち』
そんな会話を横で聞きながら、スフィが不思議そうな顔でぼくを見てくる。
「アリス、マイクさんのこと話してないの?」
「……ぺらぺら喋ることじゃないから」
自分の中で整理がついていないのもあって、聞かれたことに対して当たり障りのないことしか話していない。
あの時はミカロル率いる玩具たちが助けてくれたとかそのくらいだ。
『でも驚いたでち。改装中にいきなり子供が入ってきたと思ったら異能で弱い玩具を操っているし、暫くして戦乱の神のアーティファクトを使って汚泥どもが乗り込んでくるし……こんなことならもっとエインヘリヤルを借りてくるんでちた』
「エインヘリヤルって、あの強いぬいぐるみさんたちですよね?!」
『そうでち。念の為に何体か連れてきていたんでちが、汚泥の数が思ったより多かったせいで苦戦しているでち』
近くで見るとこの車もあちこちベコベコだし、援軍が遅れたのも戦闘していたからなのだろう。
「敵の数って把握できてるの?」
『汚泥どもの主力部隊だと思うでち、率いている汚泥は僕も知っているでち。ハルファスっていう汚泥どもの最高幹部のひとりでち』
さっきから気になっていたけど、やっぱり源獣教のことを汚泥と呼んでいるらしい。
人間を泥人形と言いかけたり……敵意まではいかないけど人間に思うところありまくりなようだ。
「源獣教について詳しいの?」
『ここを動かないマイクに代わって、僕が連絡係として飛び回っていたでちからね。泥人間たちのことも多少知っているでち。源獣教は大昔に隻眼の翁……人間の言うところの戦争の神が作った集まりでち』
「戦争の神……」
『元々は楽園に湧いた害獣を駆除するために作られた神でち。長くなるからあとで神代の頃の創世神話でも調べてみるといいでち、本人の残した文献だから大体合ってるでち』
「あ、はい。というか質問取っちゃったけど、続けて良い?」
「……」
うっかり割り込んでしまったので質問中だったクリフォトに聞いてみると、真剣な表情で続けてと頷かれた。
「歴史の生き証人から色々聞けるチャンスだよ」
「なんか凄い話を聞いてる気がする」
「……まぁ、たしかに」
よく考えると精霊王クラスから直接話しを聞ける機会なんてない。
物理的に音声が出てるからぼくも普通に会話が出来るし。
「ごめん、続けて」
『いいでちよ。あれも大本は贖罪の気持ちからはじまったことでち。人間の社会で異形として扱われる者たちを保護し、異端を排除する人間たちに"受容"を教える。奴らが名乗る"色"もでちね、最初は異形の子供たちに"君も世界を形作る特別な色のひとつだよ"と伝えるために作られた制度でち』
「……異形って、まさか」
『今は加護とか呼ばれているものを持つ人間でち』
どうやら光神教と同じく、最初は優しい目的で作られた教義が時間を経てねじ曲がってしまったようだ。
『当時は放流した生物を見守る段階でちたから、精霊の多くも休眠状態。そのせいで神がレムリアを支配していたでち』
「レムリアってなんだ?」
出てきた名前にぼくが思わず固まる横で、ブラッドが首を傾げる。
「ワシ知っているのじゃ、この大陸は大昔そう呼ばれていたのじゃ!」
「そういえばシャルラートも言ってたにゃ」
「……でも、レムリアって」
かつて地球上、インド洋のあたりにあったと言われていた大陸の名前も『レムリア』だ。
その後
アトランティス大陸やムー大陸と同じ伝説上の仮想大陸で、実在はしていない。
……少なくとも地球では物理的に観測されてはいなかった。
『君たちが加護と呼んでいるものは人の中で発現する精霊の力でち、神の力の片鱗でち。神々は人間が神の地位を脅かすと思い、異端として排除をはじめたでち。奴らはいつも愚かでち』
「……それで、魔王の出現を促した?」
『そうでち。異形の中でも特別大きな力を持つ人間が神への憎悪を爆発させて神々を惨殺、その後、新たに産まれた神が世界に干渉できないように精霊の力を借りて世界に結界を張って、生き残った神々も追放したでち。隻眼の翁も止めようとして敗れ、消滅したでち』
「なるほど」
「戦争の神って割に、そんなに強くなかったにゃ?」
『その前に自分の力の大半を神器に分割してマイクに預けにきたでち。ここの地下に封印されている剣も、エインヘリヤルも多数の武具も。とある人物に渡すためにマイクが預かったんでちよ。そんな隻眼の翁の遺物を狙って奴らは昔からちょっかいをかけてくるでち』
奴らの目的はそっちだったか。
話を聞いてスッキリしたと同時に、なんだかもやっとする。
「はい、それってミカロルの贈り物の話ですか!? 喧嘩別れしたミカロル様が、自分の持ち主にプレゼントするために色んなものを集めていたって!」
「ありましたわね、そんなおとぎ話」
「その持ち主に渡す武器を集めていたのかー」
最後のブラッドの言葉に、何故かもやもやが膨らんだ。
戦うための武器は今はありがたいけれど、由来を聞くとなんとも言えない気持ちになる。
マイクがぼくに残してくれた物があるなら回収したいと考えていたけど、そんなものだったのか。
『なんか変な漏れ伝わり方してるでちね』
ラフィの返事は困惑したような雰囲気のものだった。
『プレゼントを準備していたのは事実でちが、今はただの"預かりもの"の話でち。マイクの贈り物はもっと別のものでちよ』
「えー?」
「それって何ですか?」
『僕たちは玩具でち。玩具から持ち主への贈り物で自分自身を超える物なんてないでちよ』
「ふふ、道理ですわね」
「確かにそうですね! ……ミカロル様はちゃんとプレゼント出来たんですかね。私たちを守るために戦って、消えてしまったんですよね」
戦闘の緊張を解すような和やかな雰囲気の中、クリフォトが抱きしめているルイくんと見つめ合う。
『心配いらないでち。ミカロルはちゃんと仲直り出来たみたいでち。だから心置き無く役割を終えたのでち』
「ミカロル様は持ち主と仲直りできたんですね……絵本の続きを聞けたみたいで凄く感動してます!」
「おとぎ話では、自らの館でひとり主を待ち続ける物悲しい終わりでしたものね」
隣の話を聞き流していると、不意に頭を撫でられる。
「アリス、大丈夫?」
「……うん」
小声で気づかってくれるスフィに頷いて、目を閉じた。
あえて名指しはしてこなかったけれど、ラフィがぼくに伝えたいことは理解できた。
マイクからのプレゼントは、あの時ちゃんと受け取っていたみたいだ。
■
話が一段落してから少し進んで車が止まった。
改装されていない元のままの民家だ。
『ここで休むでち』
「それにしても、本当にここは変わったものばかりですわね。異世界と言われても納得しますわ」
「本物の精霊の領域だから、異世界みたいなものじゃないかな」
まだ慣れていないのか不思議そうな表情のマリークレアたち。
「変な建物ばっかりだぁ」
初見なのもあってか興味津々なリオーネ。
「うぅ……きついにゃ」
「ノーチェちゃん、肩貸すよ、ほら」
中身は404アパートと大差ないせいで勝手知ったる状態のノーチェたち。
反応は様々だ。
一方でぼくはようやく姿を出すことが出来たブラウニーを抱きしめたまま、おんぶ状態で運んで貰っていた。
なんだか無性にこうしたい気分だった。
みんなで連れ立って建物の中に入ると、全員が深く息を吐きながらカーペットの上に座り込んだ。
やっぱり疲れが限界にきているみたいだ。
スマホの時間は……夜中の1時か。
『ブラウニーでちか、いい名前をもらったでちね。マイクとデイダラの分まで頑張るでちよ』
「…………」
みんなが休んでいるのを眺めていたラフィが近付いてきて、ブラウニーに話しかける。
ブラウニーは頷いてるけど……デイダラ?
「デイダラってだあれ?」
『山の精霊神でち。この子を構成する一部になっているでち』
「あのハニワ、デイダラって名前だったんだ……」
『あの石像に封じ込められているうちに同化したらしいでちよ』
意外と長い付き合いなのに初めて知った。
つくづく見ないようにしてたんだなぁ……反省しよう。
「アリスは知ってるの?」
「うん。夢の世界で仲が良かった石の人形が居てね」
「その子も玩具だったの?」
「うーん……見てないところで動く石像で、玩具ではなかったかな」
何となく思い出話に興じているうちに、ラフィが古ぼけた杖をどこからともなく取り出した。
先端が木彫りの魚になっている変わった杖だ。
『さて……我は主の慈悲たる癒し手なり』
発声に合わせて魚が淡く緑に輝き、ラフィがゆっくりと左右に揺らす。
光の帯がゆっくりと伸びていき、リオーネの左腕をはじめとして、みんなの怪我をしている部位に包帯のように巻き付いた。
「お、おぉ!? 治ったゾ!」
「ほんとにゃ」
「あれ、痛くねぇ」
『ひとまず怪我を治しておくでち。残ってるのはあいつらだけ、次の戦いが正念場になるでち』
ラフィには治癒能力があるようだ。
治療を終えたラフィがこんっと杖でカーペットの床を叩く。
『エインヘリヤルは散らばった奴らの追撃と遊撃中ですぐに招集出来ないでち。何日か待って貰えるのなら安全に送ってやれるのでちが……』
「朝までには部屋に戻りたい」
「二度と外出できなくなっちゃうもんね」
それ以上に護衛の胃が死んでしまう。
自分の行動が原因になった身内の絶望を、「仕方ない」で流す人間にはなりたくない。
『だとすると正面突破しかないでちね。出入り口の閉鎖時間は5時、今は1時でちからあと4時間以内に決着をつける必要があるでち。休憩できるのは1時間でちね』
「ラフィさん時間わかるの?」
『僕は時報機能も内蔵してるでち』
最新の玩具って感じがする。
「敵の残りがあいつらだけって言ってたけど」
『半分は本当、半分はハッタリでち。敵の攻撃部隊とかちあって壊滅させたんでちが、何人かには逃げられたでち。今はこっちの追撃部隊が逃げ散った残党を追いかけているところでち』
「……ごめん、戦いの邪魔しちゃったみたいで」
あのライオンの強さを考えると、ぼくたちは余計なことして戦力を分散させてしまっているようにも思える。
『そんなことないでち、総攻撃されていたら守りきれたかわからないでち。籠城したまま時間が過ぎたら総攻撃されていたでち。おかげで汚泥たちの主力が分散した状態で戦えたのでちよ』
「そう言ってもらえると気が楽になる」
『問題はハルファスが強いってことでち、さすがに原色ほどじゃないでちが……それに次ぐ最高幹部でち』
「その原色ってそんなに強いのか?」
『人間の言う魔王級のやつらでち。今の源獣教だと指導者の灰のサンドラ、青きマルドゥーク、黄たるグレンダン、赤のヘイルの4人でちね』
ラフィは普通に知っているらしい情報を教えてくれる。
旅に出ていると言っていたけど、最近の事情まで妙に知っているような。
「随分と詳しいね」
『敵対している連中の情報は大事でち。それと今は亜精霊のカラスが2羽、情報収集役をしてくれているから最近の情報を知っているのでちよ。これも預かりものでちが』
なるほど、外の情報を集めてくる役割の子がいるのか。
『みんながステーションにこだわっているから、奴らは待ち構えている可能性が高いでち。1時間休んだら移動を開始するでち。申し訳ないけど戦力が足りないでち、戦う覚悟がない子はここで待機してほしいでち』
ここで無理しなくても、戦闘が終わったあとでゆっくり出口から出る方法もある。
ぼくたちは今後を考えると無理だけど、他の子たちはそうでもない。
「うぷ……アリスが行くにゃら当然あたしも行くにゃ」
「当然わしもなのじゃ!」
「ノーチェちゃんは無理してるし、シャオちゃんは脚震えてるし……放っておけないよね」
ノーチェ、シャオ、それからフィリア。
「あたしもまだ戦えるゾ!」
「おれもだ!」
当然のようなリオーネとブラッド。
「マリークレアたちは、無理せず隠れていたほうが安全だと思う」
「このまま隠れてやりすごすのが一番簡単かつ安全に帰還できる方法ですわね」
「マリークレアちゃん……」
ぼくの意見に同意するマリークレア、横にいるクリフォトが少し困った表情をする。
しかし同意したはずのマリークレアは突然胸を張って口元に手の甲を当てた。
「そんなのありえませんわ! 私を誰だと思っていますの? マリークレア・ブルーロゼですわよ! そんなそんな地味な真似、この私にふさわしくありません! 正面から突破して堂々と帰還しますわ!」
「だと思ってたよぉ! 私も頑張る……」
「お……私も、助けられてばっかりじゃ格好つかない。特訓の成果も出てきたし、一緒に戦うよ」
いつものマリークレア、頭を抱えるクリフォト、自信がつきつつあるミリー。
結局全員が突破戦に参加するみたいだ。
『わかったでち。必ず全員生きて返すでち。1時間後に出発するでち、それまで少しでも身体を休めるでち』
そう告げたラフィが、トランシーバーらしきものを取り出して『近くに居るものはすぐ集まるでち、場所はE22の4の……』と連絡をはじめた。




