いい加減にしろ
戦闘が終結し、あたりには弛緩した空気が流れていた。
終わってみるとみんなボロボロだ。
ノーチェもスフィも痣だらけだし、こっちに駆け寄ってくるリオーネは左腕が変なところで曲がっている。
「アリス、やっぱりそっちのほうがかっこいいゾ!」
「えー、元のほうがかわいいもん」
「そんなことよりリオーネ大丈夫なの?」
「ちょっと折れたけど固定すれば大丈夫だゾ」
「いや大丈夫ではないでしょ、ちょっとまって」
フィリアから回収したぼくの本体を抱きしめるスフィが、今のカッコイイぼくを褒めるリオーネと言い合っている。
その間に本体のポケットから布と木の棒を取り出し、添え木をして固定した。
……錬成が使えればもっとしっかりしたギプスを作れるんだけど、治療行為に関してはこのモードだと出来ることが少なくなってしまう。
「にゃはは、アリスは元のと今の、どっちがいいにゃ?」
「だるくないし苦しくないし、こっちの方がいい」
「…………悪いにゃ」
正直に答えたら冷気をだしてないのに空気が凍ったんだが?
普段の体調の悪さを考えると、こっちの方が動きやすくていいに決まってる。
かわいいって言われないし。
「アリス、ぐす、ごめんね、スフィまたアリスに酷いこと言った……」
「普段まったく意識してないから別に気にしてないからいいよ、本体はそっちなことに変わりないし」
「うぅ……」
本体をぎゅっと抱きしめて涙ぐむスフィの頭を撫でる。
こっちの状態になると、普段の体調の悪さを改めて実感するってだけだ。
別にずっとこっちで居たいわけじゃない。
さっきから本体がラグドール状態のまま浮いてるんだけど、あっちの重力制御もオンになったままなのか。
「……なぁ、いきなり出てきたけど、そいつ誰だ?」
合流したブラッドからもっともと言えばもっともな疑問が投げかけられる。
「アリスだよ?」
「はぁ、アリスは女だろ? そいつはなんか、あれ、どっちだ?」
「どっちだろう」
確かめてないからわからないし、確かめてがっかりしたくないから確かめない。
それはいいとして、流石に隠すのは難しいか。
「もしかしてアーティファクトですの?」
マリークレアたちも怪訝そうにこっちを見ている。
「うん、ぼくのアーティファクトの力。このカンテラから生まれる影で、色んな効果を持つアーティファクトを作れる。そのうちのひとつに幻体を操れるみたいな効力がある」
「また凄まじいアーティファクトをお持ちですのね、羨ましいですわ」
厳密に言うと少し違うけど、細かく説明する必要もないだろう。
こういうアーティファクトはよほど珍しいのか、マリークレアが珍しく羨ましいという言葉を使う。
「まぁ強力な分いろいろ不便なんだけど……あ、そうだノーチェ、フードのやつらから小瓶回収したいから手伝って」
「ん? あれにゃ、大丈夫にゃのか?」
「シラタマが警戒してなかったから嫌なものだとは思わなかったけど、このカンテラのエネルギーに使えるみたい。一瓶で余裕でこの幻体1体作れる」
「よし、集めてくるにゃ! フィリア手伝うにゃ!」
「あ、ま、待ってよノーチェちゃん!」
どれだけ魔石を食うかを知っているノーチェが、目の色を変えて近くで倒れているフードに駆け寄った。
「簡単に割れないようになってるけど、うっかり割らないように気をつけて」
「わかってるにゃー! 怪物にはなりたくないにゃ!」
「ひぅぅ」
ぼくが平気だったからか、平然とフードの所持品を漁るノーチェ。
一方で同行させられたフィリアが涙目で怯えている。
「アリス、その、なんか大事なものみたいだったけど、そういう使い方でいいの?」
「……シラタマ的にはその方が良いって思ってるみたい」
シラタマはこれが何かは知っているようだけど、ぼくが知らないから答えられないのだろう。
その代わり、『こんな奴らに利用されるくらいならアリスが使って』的な返答がくる。
むしろ精霊に嫌われてるなぁ、源獣教。
「まだ敵は残ってるし、今後のためにも小瓶は回収しておきたい」
小瓶ひとつで偽典神器1回作れるのは破格だ。
簡単に手に入る下級の魔獣の魔石だと数千個、中級のでも数百個必要だし。
燃費が悪すぎる。
「ご要望どおり拾ってきたにゃ」
「ナイスノーチェ」
結局任せてしまった。
ノーチェから12個ほどの小瓶を受取り、スフィの抱きまくらになっている本体のポケットの中にしまい込む。
「いざという時は頼むにゃ」
「任せて」
「アリスちゃんがこっちにいるのに、そっちのアリスちゃんが動いてるの、なんか慣れないなぁ……」
「わかるのじゃ」
まぁぼくも自分の眠ってる姿を見るのはなんだか慣れない。
かといって人間の精神構造だと、複数の身体を同時に動かすみたいなのは出来ない。
「アリス、その幻体の残りパワーってどのくらいにゃ?」
「4割ちょっと、大物相手は厳しい」
派手に戦ったから結構消耗した。
「そのアリスちゃんはなんか男の子みたいだね、凄く強いし」
「ちょっとカッコイイかも」
「すごくかっこいいゾ」
あとDクラスメンバーにこそこそされてなんだかこそばゆい。
「どういうこと、なんで同志たちが全滅しているの!?」
女の叫び声が聞こえて顔をあげると、建物の上から玩具を操っている少年と背の高い女、それからスキンヘッドの男がこちらを見下ろしていた。
他のフードたちもぞろぞろと姿を現す。
なんでどいつもこいつも高いところから登場するんだよ、いい加減にしろ!
「モンド……ブロッツォ……」
クレーターの中の血で汚れたフードを見て、少年が愕然とした様子で膝をついた。
「てめぇら絶対許さねぇ! 殺してやる!」
フードをずらして顔を露わにしながら、少年が叫ぶ。
怒りはわかる、仕方ないと思っていても立場が逆ならぼくも怒ってるだろう。
……ちゃんと怒れるよね。
「こっちだって殺されかけたにゃ!」
「うるせぇ! てめぇらが死ねばよかったんだ! 死ね! 今すぐ死ね! お前たち、殺せぇ!」
「リッシュ、やめなさい」
「藤黄のリッシュが! おまえたちの罪を裁いてやる!」
「リッシュ! 落ち着いて!」
スキンヘッドと女の制止を振り払い、少年が鎖に繋がれた玩具たちを引きずるように飛び降りてきた。
「死ね!」
「ホワイトライン!」
少年の着地点に向かって白氷を走らせるが、当たる寸前で背の高い女に阻まれる。
シラタマの氷を逸らした?
「キャルト! 邪魔するな!」
「いいえ、邪魔しますよ。命を賭した彼等のためにも大義を忘れてはいけません」
「……くそ、あっちの双子さえ殺さなければいいんだろ!? やらせろ!」
「はい……私も同志の無惨な死に様に怒りを覚えていますので」
そっちから攻撃をしかけてきといて、勝手な言い分だ。
「贖罪者たる山吹のキャルト、主のために世を正す者なり。お覚悟を」
女が拳を握って自分の元へ引き寄せる仕草をすると、突然身体が引き寄せられた。
こいつも加護もちか。
「アイスエッジ!」
「ただの子どもと侮るつもりはありません」
「殺れ!」
引っ張られるついでに氷を纏わせた蹴りを放つものの、また女に軌道を逸らされる。
攻撃を放って無防備になったぼくの元に操られた玩具の亜精霊たちが迫る。
こんなことしたくないと訴えるみたいに必死に首を横に振る。
悲痛な姿に思わず胸が痛んだ。
その力、気に入らないな。
幻体を解除すると同時に、本体に意識が戻る。
「消えた!?」
「少し時間稼いで、虚空の果てより集い揺蕩う……」
「アリス?」
顔色からしてノーチェは魔力切れだろう、リオーネも片腕が折れては厳しい。
リンクルも消えかかっているし、ミリーもクリフォトも魔力が厳しそうだ。
ポケットから小瓶を取り出し、割って黒い靄を身体に取り込む。
詠唱を続けながら周囲を伺うと、シャルラートが水で弾幕を張って敵の動きを牽制してくれていた。
フィリアも盾を構えながらぼくとスフィの前に立つ。
「な、なんとか耐えてみせるから!」
「……今ここに器となれ、無垢なる混沌……偽典・天叢雲」
前々から不思議には思っていた。
ただ格が高いだけのこの剣の効力はなんなのかと。
「神威転変・影鰐」
作り出した黒い剣を鮫の形へ変える。
神の血によって変異した神兵は、この剣で切られて苦痛を感じていたようだった。
蛇女はこの剣が掠っただけで異常な不死性を失った。
以前ここで戦ったあの怪鳥男も同じだ。
やつらの力の源流も神や精霊と同じものだとするなら。
何の精霊の力も宿していないこの剣は、それそのものを断てるのではないか。
「シッ!」
シャルラートの弾幕に紛れさせて近づかせた黒い鮫を、地面から襲いかからせる。
狙いは少年だ。
「うわっ、なんだ!」
「――寵愛が効かない!?」
邪魔はされない。
黒い鮫をそのまま少年の脚に噛みつかせる。
物理的な威力はないものの、黒い牙の部分が脚に齧りついた瞬間、彼の手から伸びる鎖が弾けた。
「俺の寵愛が!」
「なんですって! 離れます!」
ついでに女の方も噛ませようと思ったが失敗。
女は少年を掴んで瞬間移動のようにその場から消えた。
大気が弾ける音がしたので空間転移とは違う、恐らく超高速移動の類。
「お、俺の寵愛が、鎖が出ない、全然出ない!」
「他者の寵愛を奪うなんて……なんて罪深い力を」
女は少年の襟首を掴み、建物の上に移動していたようだ。
効力がどの程度続くかわからないけど、とにかくこれで玩具たちは解放された。
「逃げて!」
「やるにゃ、アリス」
呆然としている玩具たちに声をかけると、彼等は慌てた様子でその場から走り去る。
彼等がマイクの眷属なら、ぼくにも彼等を守る理由がある。
「厄介な力を持っていますね、あれが彼女の受けた寵愛でしょうか」
あのスキンヘッドも随分と余裕がある。
一矢報いたとはいえこっちもボロボロだ。
「御使いたち、あの双子以外を滅罪してさしあげなさい」
スキンヘッドの号令に合わせて、6体の怪物たちが空から舞い降りてくる。
ほんとどれだけいるんだよ……。
「……神威転変・氷月」
カンテラのチャージが出来ていても、精霊たちに一度に補充できる力の量は変わらない。
そっちは完全にぼくの魔力に依存している。
例外としては天叢雲や八尺瓊勾玉で無理矢理その精霊の領域を出現させて、そのエネルギーを消費する場合くらい。
先程のぼくの幻体に残った力を全て注いでくれたシラタマたちは、未だに自分の幻体を作り直せていない。
手札はあるのに、回転が間に合わない。
「せ、せっかくさっきの怪物を倒せたのに!」
「この程度で、私を討ち取れるとでも!?」
「む、無理しないでマリークレアちゃん、メチャクチャ魔力使ってたでしょ!」
怪物に囲まれて追い詰められていく。
ぼくは何とか腕を動かして剣を振ろうと構える。
――パァァァン
実行するよりも早く、状況は動いた。
乾いた発砲音のようなものがして、怪物の一体がよろめく。
「なんだ!」
スキンヘッドの近くにいるフードが叫ぶ。
発砲音は続き、怪物たちは銃撃を受けているかのように身体を動かしている。
ぽとりと目の前に何かが落ちた。
……輪ゴム?
「にゃんかきたにゃ!」
「おぉ!?」
道路の向こうから、ドリフトをしながら1台のオープンカーが姿を現す。
すごい速さで近付いてくるとその全容が見えた。
緑色のボディはあちこち凹み、赤黒く見える液体のようなものがこびりついている。
まるで人を何人か轢いたばかりのようだ。
「兎さんだ!」
運転席にはモノクルをつけた兎のぬいぐるみが座っている。
助手席にいるのはサングラスをかけた、ファー付きコートを着たライオンのぬいぐるみ。
耳を澄ますとキコキコ音が聞こえるので、あれも足漕ぎ式のようだ。
『遅くなったでち!』
小さい女の子のように聞こえる合成音声が響く。
無線越しだと子供の声って感じだったけど、直に聞くとこんな感じなんだ。
「エインヘリヤルだと!? 本部を攻めている部隊はどうしたのだ!」
ぐんぐんこっちに近付いてくる車の中で、助手席のライオンが後部座席から自身の体長より大きなものを取り出すのが見えた。
……カラフルな線が渦巻きのように編まれたあれは……巨大なペロペロキャンディ?
『いくでち!』
ペロペロキャンディを手にしたライオンは助手席からボンネットの上に這い出し、キャンディを構えながら大きく跳躍した。
蹴りの反動で揺れた車はキキキとブレーキ音をさせながら横滑りし、ぼくたちから少し離れた位置で停車する。
一方で飛び出したライオンは、空中にいる怪物に向かってペロペロキャンディを一閃。
2体の怪物をいともたやすく両断してしまった。
着地するなり再び跳躍し、返す刃でもう1体を縦にかち割る。
……強い。
『遅れて悪かったでち、出掛けに敵の幹部とかち合ってしまったでち』
車から飛び降りたコート姿の兎のぬいぐるみが、杖を片手にこっちに走ってくる。
「それ、大丈夫だったの?」
『大丈夫でちよ、でも時間がかかったでち。本当はもう少し連れてくるはずだったんでちが予定が狂ってしまったでち』
少し悲しそうな言い方からして、戦いで犠牲になった子がいるんだろう。
どうしても敵の人間より味方の玩具に肩入れしてしまう。
『無事でいてくれて本当によかったでち。よく頑張ったでち』
「こっちも、間に合ってくれて……ありがたい」
兎のぬいぐるみは杖を構えて、建物の上にいるスキンヘッドたちを睨む。
『汚泥ども、よくも好き放題荒らしてくれたでちね。せっかく子どもたちのために改装中だったのにメチャクチャでち! お前の仲間たちは全滅したでちよ! 観念するでち!』
「まさか、あちらの部隊にも色持ちが複数居たはずだ」
「これがエインヘリヤルの力だとでもいうのか……くそ、我等の元にさえあれば!」
……そのメチャクチャの一端はぼくたちが担ってる気がする。
ちゃんと復興手伝うから許して欲しい。
「いくらエインヘリヤルといえど、たった2体で守り切れますか?」
『誰も僕たちだけなんて言ってないでち』
パン、パンと乾いた音がして、フードが2人ほど弾かれたように吹き飛ばされる。
狙撃されたと仮定して吹き飛んだ方角から逆算すると……離れた建物の上にぽつんと何かが立っているのが見える。
遠くて細かくはわからないけど、狙撃兵か。
『今のうちに乗り込むでち! まずは安全確保でち』
「うん……全員乗れる?」
『つ、詰め込めばいけるでち。というかなんでこんなに多いんでちか』
「アリスは一番上ね、つぶれちゃうから」
強がる余裕もないので、大人しく従う。
ライオンと狙撃兵が相手を押さえてくれている間に乗り込み、最後に兎のぬいぐるみが運転席に飛び乗る。
『殿任せるでち、適当なタイミングで逃げて合流するでち!』
兎のぬいぐるみの呼びかけに応えてライオンがペロペロキャンディを掲げる。
そしてまた1体怪物を叩き斬った。
「狭い!」
「おおい、押すな! 押す……いだだぁー!!」
「リオーネちゃん大丈夫!?」
『振り落とされないように気をつけるでち!』
強引に全員乗り込んだあと、兎のぬいぐるみがキコキコと漕ぎ始める。
速度は落ちているが、十分に速い。
戦場が遠ざかっていくのを見ながら、ぼくは静かに安堵のため息を吐いた。




