再びのワイルドウルフ
「アリス! アリス!」
「く、まさか寵愛の試練を」
「なにかんがえてるにゃバカ! 化物になりたいにゃ!?」
「アリスちゃん!」
ともだちの悲痛な声を聞きながら自分の中に集中する。
薄目を開けて手の平を見ると、黒い中身はなくなっている。
身体の中に入ったってことでいいのかな、そうだよね。
そうだ、これからあいつらみたいになんか凄い力がぼくに宿るのだ。
それをコントロールするために集中して……。
「アリス! へんじして! アリス!」
「しっかりするにゃ! バケモンになるんじゃにゃいぞ!」
「アリスちゃん! 起きて! あんな怪物にならないでぇ!」
「人が亜精霊になるなど、まず正気を保てぬ! 気を確かに持つのじゃ!」
集中して……集中して……自分の中に入ってきた……入って……。
「アリス!」
「そんな解決の仕方ぜったいゆるさにゃいぞ!」
なんともないんですけど。
「……ねぇ、これフードが落としたやつなんだけど、本物?」
「!?」
なんでケンタウロスが一番驚いているのだろうか。
「えぇ?」
マジで一切身体に変化がない。体調はずっと最悪だし、違和感みたいなのもない。
……ただ、何故か前世でクロと過ごした思い出が頭をよぎった。
「ヂュリリリ!」
「くっ!」
シラタマがケンタウロスの頭部に掴みかかりながら、カンテラを示唆する。
しっぽの先にくくりつけたカンテラに視線を向ける。
……あれ、なんか、一気にチャージされてる?
余裕で偽典神器を使えそうなくらいにカンテラの力が溜まっている。
「まさか……待って酔いそう」
ケンタウロスがぼくを掴んだままシラタマに攻撃するせいで揺れる、気持ち悪い。
「そ、虚空の果てより集いたゆたう……終わらぬ幻想の一欠けよ」
「何をするつもりかは知らないが」
「させにゃい!」
詠唱をはじめたぼくを、シラタマとノーチェたちが援護してくれる。
何も言わなくても察して動いてくれるのはありがたい。
「始まりの言葉と願いを束ね、今ここに器となれ、無垢なる混沌。――偽典・八咫鏡」
詠唱を終えると同時にカンテラから大量の黒い影が吹き出す。
「ぐぅぅ、これは、まさか源獣の寵愛だとでもいうのか!? ありえない、こんな量は!」
ケンタウロスが影を恐れるように手を振り、ぼくを放りだして距離を取った。
ようやく離れた、空中で重力制御をしながら体勢を整える。
「似てるけど、たぶん違う――神威転変・傀儡」
作り出した黒い鏡を目の前に移動させ、デフォルメされた熊が抱えるファンシーな鏡に変化させる。
鏡に映るぼくの姿が、過去のぼくが混ざった少年のような見た目に変わる。
手を伸ばして鏡に触れる。
「逃がしません!」
鏡が砕ける音がした。
こっちに手を伸ばすケンタウロスが驚愕に目を見開いた。
空中で身体をひねりながらその顔面に蹴りを叩き込む。
「ガハッ!?」
「みんな、力を貸して」
シラタマが雪に、フカヒレが水に、ワラビが風に、ブラウニーがリボンに姿を変えてぼくのところへ集まってくる。
久しぶりのこの状態を維持するためにはみんなの協力が必要だ。
「あれ、アリスがふたり!?」
「そっちが本体、悪いけど守って」
「便利なようで不便だにゃ」
驚くスフィがゆっくり落下しているぼくの本体を掴んで距離を取る。
ノーチェが刀を構えてスフィとぼくを守る体勢を取った。
「……分身、いえ、幻体を形成した?」
「正解」
驚愕するケンタウロスに向かい、手の中で作り出した氷の杖を突きつける。
「それ、消耗凄いから滅多にできないんじゃなかったにゃ? というか大丈夫にゃのか?」
「全然平気。こいつらの小瓶、魔石の代わりのエネルギーになるみたい。全部カンテラの方に流れたのかも」
「心臓とまっちゃうかと思ったんだから! もうああいうのやめて!」
スフィがぼくの本体を抱きしめながら涙を流しつつ抗議してくる。
申し訳ないことをしたと思う。
「魔石の……代わり? 源獣の寵愛を! なんだと思っている!」
「知らねぇよ」
「不敬な!」
氷を固めた杖を変形させて大槍にして、ケンタウロスの槍と打ち合う。
重いから直接打ち合うのはやめて、フカヒレのように道路の中に沈む。
「ふぁ!?」
「地面に沈んだのじゃ!」
この状態なら精霊のみんなの力を借りることが出来る。
シラタマからは雪と氷を操る力を。
フカヒレからは水中で呼吸でき、地上の全てを水に見立てて泳ぐ力を。
ブラウニーからは玩具をアーティファクト化する力と、超パワーの片鱗を。
ワラビからは大気の流れを操る力を。
身体が半分沈んだ状態で氷の蔦を伸ばし、適当な壁に引っ掛けて滑るように移動する。
地中に潜れるけど泳げないので、何もしないとどこまでも沈んでいってしまうのだ。
そんなわけで沈まないように移動するがてら、すれ違いざまにケンタウロスの脚を氷の刃で斬りつけた。
「ぐああ!?」
道路から飛び出し、手の平から氷柱を撃ち出す。
高く飛び上がって避けたケンタウロスが、屋根の上に着地して睨みつけてくる。
「ブロッツォ、力を見せてやりなさい!」
「ウオ……ア」
「また動いたにゃ!」
「凍てつけ」
手の平に溜めた冷気を、巨体の怪物に叩きつける。
一瞬にして地面が白く凍り、巻き込まれた怪物も身体の一部が凍りついて動きが鈍った。
「あっちは任せろ!」
「うおおー!」
鈍った巨体の怪物にリオーネとブラッドが挑みかかる。
「ブラッド!」
「おう!」
ブラッドが自らの剣で腕を切り、怪物に斬りかかりながら相手に血をつける。
「さみぃー!」
「あわせろ! ガルアアアア!」
何度か剣で斬りつけたあと、ブラッドは反撃を受ける前に怪物の元を離れた。
入れ替わるようにリオーネが鉄輪を怪物に向かって投げつける。
「「爆ぜろ!」」
「オオオオ……」
衝突と同時に声が重なり、二重の爆発と炎上が起きて怪物の上半身が炎に包まれた。
これでも大きなダメージになっていない、それは驚きだけど……。
「素のままなら捌けた攻撃だろうに」
強靭な肉体の代償があれなのはなんとも物悲しい。
「寵愛の試練を平然とくぐり抜けるだけでなく、あれほどの量の始源の泥を……生まれだけでは説明がつかない! あなたは、あなたは一体何なのですか!?」
「その問いの返答はぼくも探している最中だよ」
自分が何者なのか、問われてすぐ言語化できるなら苦労はしてない。
「リオーネ、ブラッド! そっちは任せる!」
「任されたゾ!」
「誰だかわかんねーけど任せろ!」
あっちは頑丈なだけに成り果てた、リオーネたちだけでも対抗できる。
「ならば!」
「フィリア! 双子を守るにゃ!」
「守ってぇ!!」
屋根の上で身をかがめるケンタウロスの動きを察知したノーチェが咄嗟に叫ぶ。
それに反応してフィリアが盾を作り出した。
場所はぼくの本体を抱えるスフィの目の前。
直後にケンタウロスの巨体が槍を構えて飛び出した。
突き出された石突の部分が壁にぶつかり、甲高い音をたてる。
「おのれ!」
「一方的に狩れると思うにゃよ!」
ぼくの本体を抱えるスフィたちがウィークポイントと見たのだろう。
間違ってはいないけど、それでも簡単にやられるほど弱くはない。
「こっちは無視かよ」
氷で作った大鎌を持ち上げ、ぼくを放置しているケンタウロスに向かって全力で振り下ろす。
振り向いたケンタウロスが手に持つ槍の持ち手で受けとめた。
「この程度!」
「ふっ!」
鎌の持ち手を軸にして身体を翻し、ケンタウロスの足元に向かって蹴りを放つ。
普段とは比較にならない威力の重力の波が起こり、ケンタウロスが膝を折った。
「なんと!」
「スフィ! ノーチェ!」
ふたりの名前を呼びながら鎌から手を放し、バランスを崩したケンタウロスの身体を殴りつける。
人間体じゃなくて馬の部分の胴体に当たった。
何かが潰れる感触と共に馬部分の硬い外皮が砕け、赤黒いものが覗く。
ノーチェは間髪入れずに動き出していて、スフィはぼくの本体をフィリアに預けてすぐ駆け出した。
「『スラッシュ』!」
「うにゃああ!」
「グオオオオ!」
砕けた部位に白光と翠雷をまとった斬撃が見舞われる。
ぼくの攻撃に合わせて位置取りをしていたスフィたちが、タイミングを合わせて迷わずに切り込んでくれた。
「ぐううう!」
「効いてるにゃ!」
「うん!」
「調子に乗るなぁぁ!」
「ホワイトライン!」
反撃でスフィたちに槍を振るおうとするケンタウロス。
ぼくは技名を叫びながら、ケンタウロスとスフィたちの間に白い氷の壁を作り出す。
自分でやるとよくわかるけど、技名を口にすると技の威力と精度が変わる。
武技と違って名前を口にする必要はないんだけど、精霊との連携や加護を利用した行動に技名をつけるのは有効かもしれない。
「ブロッツォ!」
ケンタウロスが名前を呼ぶも、巨体の怪物はリオーネたちに追い詰められている。
奴らはまともに傷を与えられないような異常な耐久力を持っている。
しかし強力な砲弾で腹を貫かれただけで戦闘不能に陥る脆さもある。
ゲームで言うなら『異常な防御力を持っている代わりに体力が低い』タイプの敵。
確かに脅威ではあるんだけど、防御力を上回る攻撃力さえあれば倒せる。
「想定外ばかりです」
ため息交じりに逃げそうな素振りを見せるケンタウロスの向かいそうな場所に、氷のバリケードを形成する。
ケンタウロスが一瞬で目の前から消えたかと思うと、近くのバリケードに衝突してつんのめっていた。
「なっ!?」
ダメージはないけど、まるで想定外の障害物にぶつかったような反応だ。
さてはこいつ、変異した身体を使いこなせていないな?
「何度も、貴様は!」
体勢を立て直そうとするケンタウロスの足元に、段差になるように氷のブロックを作り出す。
ブロックに足を乗せたせいでケンタウロスが体勢を崩す。
ふふふ、想定してない段差は厄介だろう。
「フィリア! 攻撃後に盾にゃ!」
「は、はい!」
「考えがあるにゃ、アリスは足場! スフィ! 合わせるにゃ!」
「うん!」
素早く氷の足場を作ると、ノーチェが踏み台にして高く跳ぶ。
空中で刀に雷を集めるノーチェを、ケンタウロスが迎え撃たんと槍を構える。
温度差で生まれる白霧の中、地面すれすれにスフィが駆け寄り、身体を回転させながら白光を纏う剣を振るう。
狙いは寸分違わず、ケンタウロスの胴体の傷を負った部分に叩きつけられた。
「『ソードクラッシュ』!」
「ガァッ」
「トォォォルハンマァァァァァ!」
スフィは攻撃を当てた勢いで走り抜けて既に距離を取っている。
痛みで怯んだケンタウロスの頭に、轟音とともに翠緑の雷が落ちた。
衝撃波で大気が揺れ、街に残る木々がざわめく。
「う、く……アリス! シャオ!」
「いい攻撃だった」
「出番じゃな!」
「がか、ららだが」
耐久性は異常な代わりに再生能力は弱そうだ。
肉体の構造は生物から逸脱していないのだろう、落雷の影響で筋肉が上手く動かせないでいる。
ノーチェも戦いの中でそれを見抜いていたのか。
「シャルラート! 水矢で貫いてやるのじゃ!」
「精霊の力を緩和するなにかはまだ機能してる、それより大量の水で囲んで」
「のじゃ!? わ、わかったのじゃ、シャルラート! 大渦じゃ」
ケンタウロスが不自然に痙攣する手足を動かそうとしている。
シャルラートが大量の水で渦を作り、ケンタウロスを飲み込んだ。
「シラタマ、力を借りる。――冬天原野」
冷気を凝縮し、渦の中でもがくケンタウロスの近くに投げる。
一定範囲で絶対零度となった空間の中、水が一瞬で凍てつき白い氷が出来上がっていく。
「その状態なら避けられないだろ――天之岩戸」
完全に動けなくなったケンタウロスの真上に重力場を作り出し、カンテラからどんどん力を送り込む。
重力が千倍、万倍に近づくに連れて氷が中身ごと砕けながら地面にめり込み、悲鳴すら許さずに潰れていく。
やがて大型機械にプレスされたような円形のクレーターだけを残して、ケンタウロスは地面の染みになった。
今回はブラックホールまで行かずに済んだ。
「……やったにゃ!」
「うん!」
「おかげさまで」
つらそうなノーチェに、いつの間にか戻っていたスフィが肩を貸している。
強力な攻撃は時間がかかるから、みんなが手伝ってくれて助かった。
やっぱりこのメンバーが一番安心できる。
「屠れぇ! エゼルリゼル!」
巨体の怪物の方もリオーネが頭部にあたる部分を砕き、決着がついたようだ。
……な、なんとか全員無事で凌いだ。




